反撃開始
装甲車の兵員室には、血の臭いが充満していた。フランセン共和国騎士団の過酷な尋問から生き延びたムジャヒディンのメンバーは大半が重傷を負っており、仲間たちから回復用のエリクサーを分けてもらっても行き渡らないほどだ。
なので、重傷者から優先的にエリクサーを支給し、軽傷やもちこたえられる程度の傷を負っている負傷者には、申し訳がないが拠点に到着するまで我慢してもらう事になっている。タンプル塔には前々から多めに買い込んでおいた各種エリクサーの予備の備蓄があるし、エリクサーを使わなくてもステラのヒールならばすぐに治療は可能である。
兵員室は重傷のメンバーに使わせ、軽傷のメンバーや日光に当たっても問題はない種族のメンバーは、タンクデサントのように装甲車の上に乗ってもらっている。明らかに定員オーバーだが、今は一刻の猶予もない状況だ。いつフランセン共和国騎士団の討伐部隊が前哨基地に戻ってくるかわからないのだから。
「シルヴィア、無事でよかった!」
「心配したんだぞ!」
「みっ、皆さんこそ、無事で何よりです! え、えっと、これ、テンプル騎士団の皆さんから。スコーンって言うお菓子だそうです。それと紅茶もあります」
再会した仲間たちに、兵員室で仲間の手当てをしていたシルヴィアがスコーンと紅茶を振る舞う。嬉し涙を流しながら、もう二度と会えない筈の仲間たちを手当てする彼女を見守ってから、俺は息を吐いた。
いつもなら隣にラウラがいるんだが、今はいない。魔術で素早く治療できるステラにムジャヒディンのメンバーの治療をお願いしているため、ラウラが代わりに操縦士を担当しているのだ。だから俺の隣にいるのは、ターバンを頭に巻いたあらゆる種族の戦士たちである。
「な、なあ、お嬢ちゃん」
「…………申し訳ない、俺は男だ」
「えっ? ……………し、失礼。と、ところでその……………変わった武器だな、それ。槍なのか?」
「……………まだ秘密だよ」
肩に担いだAK-12を優しく撫でつつ、付着した砂埃を払い落とす。
金属の弾丸をぶっ放す銃は、どうやら異世界の人々から見れば槍のようにも見えるらしい。まあ、確かに主流となっている飛び道具のクロスボウとはだいぶ違うし、銃剣を取り付ければなおさら槍に見える事だろう。
興味深そうにAK-12を眺める戦士に向かってにやりと笑い、ポケットの中から非常食の缶詰を取り出す。基本的に冒険者は食堂や酒場で食事を摂る事が多いが、いつでも規則正しく街に戻って来れるとは限らないため、非常食を持ち歩くのは珍しい事ではない。中には魔物の肉をその場で解体して調理し、食料まで現地調達する猛者がいるのである。俺たちもそう言った訓練を受けたし、よくハーピーの肉でちょっとしたバーベキューをやった事があるから、環境にもよるけれど、そういう事をやって生き延びろと言われれば生存することは可能である。
とりあえず、オルトバルカでは大人気のハーピーの塩漬けを全て取り出し、装甲車の上に乗っている戦士たちに渡す。ついでに水の入った水筒も渡して水分補給をさせておく。
過酷な環境で、過酷な尋問を延々と受けていたのだ。食事は腐っていたようだし、水もほぼ泥水。腹を壊しながらもよく耐え抜いてくれたものである。
「ありがとう。……………ああ、久しぶりだよ。腐ってない肉を見るのは」
「ほら、水だ。あのお嬢ちゃんに礼を言うんだな」
「ありがとよ、お嬢ちゃん! 結婚したら、その優しさで旦那さんを喜ばせてやれよ!」
「え、ええと……………うん、頑張る……よ……………」
ああ、訂正するのめんどくせえ…………。
フードの上から頭を掻きながら、戻ってきた水筒を受け取って腰に下げておく。
この装甲車に乗っているのはムジャヒディンのメンバーだけではない。他の小規模なゲリラや、フランセン共和国の過酷な政策に反旗を翻した植民地の反乱軍の残党も含まれているのだという。
彼らの拠点は徹底的な攻撃によって壊滅しており、今の彼らには戻るべき拠点がないのだという。故郷の村もとっくに焼き払われているらしいので、もし仮に俺たちが彼らの治療を終えたとしても、彼らには帰る場所がないのだ。
何人かは前哨基地の死体から装備を鹵獲したみたいだけど、殆ど丸腰の状態の彼らを魔物のいる砂漠に放り出し、独力で拠点を作れと言うのも無茶な話だ。
うーん、テンプル騎士団に誘ってみるのはどうだろうか。まだ発展途上の拠点だけど、これだけの人数がいれば設備の拡張もできそうだし、何しろ今は人手が足りない。
『タクヤ』
「ん? ラウラ?」
BTR-90を操縦するラウラの声が、小型無線機から聞こえてきた。もう戦闘は終わっているというのに彼女の声音は大人びたままで、まだいつもの彼女には戻っていない。
『後方から変な音がする』
「変な音?」
『うん。……………耳障りな、クソ野郎の音』
「……………距離は?」
『6時の方向。距離2km。数は……………30人前後』
尾行されているだと?
索敵している距離が、彼女の探知可能なギリギリの距離だから精度は低くなっている。しかし存在しない敵を探知するようなことはないため、敵の数が間違っていることはあっても、敵がいるかいないかで間違う事は殆どない。
討伐部隊か? さっきの前哨基地を出払っていた討伐部隊が戻ってきて、俺たちを尾行しているのか?
目的はおそらく、俺たちの拠点を発見する事だろう。このまま戻れば本隊に位置を報告し、総攻撃を仕掛けてくるに違いない。
『お兄様、どうなさいます? 装甲車の武装の射程距離内ですから、ご命令があればすぐにつぶせますわよ?』
「……………いや、このまま気付かないふりをしよう」
『誘い込むの?』
「ああ、そうだ。誘い込んで全力で潰す。1人も生かして返すつもりはない」
それに、武装が使えると言っても車体の上には怪我をしているムジャヒディンのメンバーがいる。そんな状態で砲塔の機関砲や対戦車ミサイルをぶっ放せば、下手をすれば攻撃に巻き込んでしまう恐れがある。
保護した彼らの事を考えれば、ここで戦うのではなく拠点まで戻った方が良いのは明らかだ。
「ナタリア、タンプル塔に連絡。36cm砲の砲撃準備をしつつ、負傷者の受け入れを」
『了解』
さて、どうやってあのクソ野郎共を返り討ちにするべきだろうか。
ムジャヒディンのメンバーにも、できるならば銃を渡して訓練させたいところだ。最低でも撃ち方とマガジンの交換を覚えてもらえれば戦えるだろうか? もし無理なら剣や弓矢などの従来の武器を使わせてもいいかもしれないが、それだと死傷者が出る恐れがある。
剣を持っている敵に、正直に剣で挑む必要はないのだ。
装甲車の上に乗りながら、タンプル塔の周辺の地形を思い出す。タンプル塔へと向かうには、まるで防壁のようにそびえ立つ岩山の間に形成された谷を通っていく必要がある。岩石のテーブルを思わせる岩山の上に迎撃用の武器を設置するべきなんだろうけど、残念ながら現時点では何も配置していない。
あの地形なら迫撃砲による攻撃が有効か? それとも、谷の中にバリケードを作って機関銃でも配備するか?
うーん、どうやって迎え撃つべきか。まあ、36cm砲の砲撃ならば谷を飛び越え、敵の頭上から戦艦の主砲と全く同じ口径の砲弾を振らせることが可能だが、それだけでは小回りが利かない。
まあ、拠点に戻るまで考えておくとしようか。大切なお客さんをもてなすんだから。
装甲車の中から、1人の少女の亡骸が姿を現す。砂だらけの大地を照らし出す日光や、岩山の防壁の中にあるタンプル塔にもお構いなしに入り込んでくる熱風の熱を、もう二度と感じることができなくなった少女の亡骸。シルヴィアやステラが移動中に身体を拭いてくれていたらしく、彼女の身体を赤黒く染めていた血は消え去っている。
ジナイーダの亡骸を抱き抱えて外へと出てきたのは、彼女の親友だったというイリナ・ブリスカヴィカ。帰ってくるまでずっと涙を流し続けていた彼女は、もう泣いていない。凛とした表情で親友の亡骸を抱き抱え、シュタージのメンバーが用意してくれていた棺に、ジナイーダの亡骸をそっと横たえさせる。
待ってくれていたクランやケーターたちの顔を一瞥すらせず、イリナは唇を噛み締めながら目を瞑ると、棺の中で眠るジナイーダの手を握ってから、静かに踵を返した。
帰ってくる途中にウラルに聞いたが、ムジャヒディンたちは仲間が戦死した場合は、棺に剣を入れて火葬にするという。剣を入れて火葬にするのは死後の世界で襲い掛かってくる悪霊を打ち払うためらしい。
ジナイーダの亡骸を見下ろしていたウラルが、腰に下げていた剣を鞘と共にジナイーダの胸の上に置いた。そして拳を握りしめながら目を瞑ると、イリナと同じように踵を返す。
「……………本当にありがとう。ジナイーダは助からなかったが……………君たちのおかげで、多くの同胞が救われたよ」
「いや、彼女を助けられれば……………」
「……………そんなに気にしないでくれ。君たちは、我々の命の恩人なのだから」
だが、もう少し早く突入していれば、ジナイーダを助けることはできた筈だ。重傷を負う事は免れなくても、ここで治療することもできた筈なのだ。
俺もできるならば気持ちを整理したいところだが、まだ1人になることは許されない。フランセン共和国騎士団の連中が近くに来ている筈だし、順調に尾行しているのであれば、今頃は本隊に伝令を向かわせたはずだ。報告はもちろん、こっちの拠点を見つけたという内容。それからすぐに拠点を攻撃し始めるのは想像に難くない。
「ところで、ウラルは吸血鬼なのか?」
ふと、俺はウラルの犬歯が他のメンバーよりも鋭いことに気付き、問い掛けた。棺の中で眠るジナイーダの亡骸を見守っていたウラルはきょとんとすると、「ああ」と言ってから自分の鋭い犬歯を俺に見せてくれた。
やはり、人間よりも鋭い。より首筋に穴を開け、そこから血を吸いあげることに特化した吸血鬼の牙である。
「俺とイリナは吸血鬼だよ。カルガニスタンの日差しは過酷でな。帽子やフードは必需品なんだ」
無理に陽気なふりをして教えてくれるウラル。俺は「ああ、どうりで牙が鋭いわけだ」と苦笑いしながら返しつつ、拳を握りしめた。
なんてこった………………。吸血鬼にとって、キメラは怨敵ではないか。
吸血鬼の王であるレリエル・クロフォードを殺したリキヤ・ハヤカワ。俺たちの父親が、キメラの原点だ。つまりそれ以外のキメラがいるという事は、高い確率でその血縁者という事になる。
仇を討つべき男の息子が、すぐ近くにいるのだ。なのにウラルは仲間を殺されたという哀しみを抑え込みながら、無理をして陽気に笑っている…………。
「―――――――――だから、あんたらと同じさ」
「え?」
なんだって…………?
笑うのを止めたウラルが、大きな手で俺のフードを掴んだ。そしてそのままフードを外し、俺の蒼い髪を熱風の中に晒す。砂を孕んだ熱風の中で揺れるリボンを指先で撫でたウラルは、更にその太い指を伸ばし―――――――――蒼い髪の中に隠れているキメラの角に、そっと触れた。
「この角……………やはり、あんたはキメラか」
「………………!」
気付いていたのか……………!
心臓の鼓動が大きくなる。暑さで浮き上がっていた汗の中に、冷や汗が溶け込む。
吸血鬼にとって、キメラは自分たちの王を殺した憎たらしい敵。見つけたら血祭りにあげてしまうほど憎んでいるに違いない。
「キメラという事は……………リキヤ・ハヤカワの子供か」
「ああ。――――――俺は………………レリエル・クロフォードを殺した男の息子だ」
「そうか」
キメラだという事がバレている時点で、親父の子供だという事もバレている筈だ。だから嘘はつかずに、俺はウラルの顔を見上げたまま息子だという事を明かす。
できるならば、彼らとは一戦交えたくない。ただでさえ敵が拠点の近くにいるというのに、こんなところで吸血鬼たちと争っている場合ではないのだ。
目つきが鋭くなったウラルだが――――――――彼は苦笑すると、また俺のフードを掴んで元に戻してくれた。
「ははははっ、冗談だ」
「……………キメラを憎んでないのか?」
「憎んでるのは過激派の連中さ。人間たちとの共存を拒み、自分たちの世界を作ろうとした血の気の多い奴らだよ。俺たちは人間と共存しようと努力した吸血鬼の末裔だから、別にあんたらを恨んでるわけじゃない」
「脅かすなよ……………」
「悪い悪い。はははははっ」
というか、吸血鬼って一枚岩じゃないのか。
俺たちを憎んでいるのが過激派という事は、まだ断定はできないけれど、遺跡と雪山で戦ったあのキモい吸血鬼も過激派ってことか? あいつの場合は俺たちを憎んでいたというより、鍵を手に入れようとしていたみたいだからまだ分からないが、ウラルやイリナはそういう奴らとは違うらしい。
あ、安心した…………。
「お兄様、そろそろ迎撃の準備を」
「おう」
俺の近くにやってきたカノンは、もう既にマークスマンライフルのSVK-12を背中に背負っていた。彼女の後ろの方では、XM8を背負った坊やと木村の2人が、36cm砲の土台にあるハッチを開け、砲台の中へと入って行く姿が見える。
「ウラル、仲間を集めてくれ。これからフランセン共和国騎士団と戦闘になる」
「やはり尾行されていたか…………了解だ」
ちゃんとした訓練ではないが、まだアサルトライフルの使い方を教えられる程度の時間は残されているだろう。急ピッチでの訓練になるから、撃ち方とマガジンの交換の方法などの基本的な事しか教えられないかもしれない。
支給する銃はAK-74にしよう。AK-47をベースに改良したアサルトライフルで、大口径の7.62mm弾ではなく小口径の5.45mm弾を使用するライフルだ。吸血鬼にとっては大口径の弾丸の反動も軽く感じるかもしれないが、全員そのように軽く感じるわけではない。そういう事を考えれば、小口径の弾丸を選ぶのは当たり前である。
可能ならばRPDやドラグノフなどの武器も支給したいところだけど、そのような武器はアサルトライフルとは違う訓練が必要になるから、今のような時間がない状況では無理な話だろう。ひとまず、この襲撃を乗り切る必要がある。
「あんな岩山の中に奴らの拠点があるのか?」
偵察部隊から送られてきた伝令に案内され、偵察部隊と無事に合流した我々の目の前に鎮座していたのは、砂漠の真っ只中に屹立する岩山だった。やや歪だが、テーブルを思わせる円形の岩山にはいくつかの裂け目があり、そこがそのまま中心部への入口となっているようである。
一見すると、明らかにダンジョンにしか見えない場所だ。だが管理局が公開している情報では、ここにはダンジョンはないという事になっているため、なおさら気味が悪い。
人が寄ってこないという意味では拠点にするにはうってつけだが、それにしては見張りがいる気配もない。微かに砂埃が舞い上がり、熱風が吹き抜けていくだけの岩山。こんなところを拠点にする奴などいるのだろうか。
まあ、本当に拠点にしているのだとしても、敵の数はたかが知れている。モリガンの傭兵たちが持っていたという奇妙な飛び道具を使うようだが、我々の今の戦力は140名。しかも、全員魔物の討伐を経験したことのある百戦錬磨の騎士たちだ。奇妙な飛び道具を使うとはいえ、敵の数は少ない。しかも負傷したムジャヒディンの連中を何人も抱え込んでいる筈だから、そんなに迎撃に手は回らないだろう。
「早いうちに降伏させて、酒でも飲もうぜ」
「噂だとムジャヒディンを助けに来た奴らの中に可愛い女がいたらしい。捕虜にすれば楽しめるかもな」
先ほどから、部下たちはそんな会話ばかりだ。勝利は見えているとはいえ、気を抜き過ぎではないだろうか。
そう思った私が、部下たちを咎めようとしたその時だった。
「隊長、あれは何でしょう?」
「ん?」
部下のうちの1人が、望遠鏡を覗き込みながらそう言ったのである。
その部下から望遠鏡を受け取り、私も敵の拠点があると思われる岩山を確認する。
「あれは…………?」
岩山の間にある道を塞ぐかのように、そこに漆黒の何かが鎮座していた。
傍から見れば、まるで鉄道の機関車の車輪だけを取り外し、奇妙な筒のようなものをいくつか取り付けて巨大化させたような物体に見える。サイズは…………何メートルだ? 明らかに人間の平均的な身長を優に超えているようだが、あれは何だ?
そう思った次の瞬間――――――――車輪に取り付けられていた筒が、一斉に火を噴いた!
「「「!?」」」
その炎に押されるかのように、漆黒の車輪が、ごろん、とゆっくり転がり始める。よく見ると車輪の表面には、ギザギザした魔物の牙を思わせる刃がびっしりと取り付けられており、あの車輪がただのオブジェではなく、殺戮を目的とした兵器であるという事を私たちに告げているようだった。
やがて車輪は加速を始め―――――――――我々に向かって、突進してきた!
「わぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」
な、何だ!? 何だ、あの車輪はぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!?
「何だ!? 魔物か!?」
「馬鹿、あんな魔物がいるか! 敵の攻撃だ!!」
「剣を抜け! 総員、突――――――――」
「隊長、新たな車輪が!!」
な、なに…………!?
まだ部下に返していなかった望遠鏡を覗き込み、迫ってくる車輪の後方へと向ける。その向こうに見えた光景を目の当たりにした瞬間、私は発狂しそうになった。
先ほど車輪が止まっていた岩山の道からは――――――――我々に突進してくる車輪と全く同じ形状の車輪の群れが、ぞろぞろと姿を現していたのだから。
おまけ
気付いてなかった
タクヤ「俺は………………レリエル・クロフォードを殺した男の息子だ」
ウラル「なっ……………!? き、貴様――――――――」
ウラル「――――――――――男だったのかッ!?」
タクヤ「えっ」
イリナ(そういえば、前哨基地でも〝彼女”って言ってた………………)
クラン(悲惨ねえ……………)
完
次回はパンジャンドラムが無双します(笑)