タクヤとラウラが旅に出るとこうなる
タクヤのメインアームですが、G36からG36Kに変更しました。
少しだけ冷たい風が吹く開放的な世界の中で、地図を広げて現在地を確認する。
最初の目的地は、オルトバルカ王国の南方に位置するドルレアン領の中心地であるエイナ・ドルレアン。カノンの母親であるカレン・ディーア・レ・ドルレアンが統治する領地で、奴隷制度の完全廃止を提唱する彼女の考えを実践するため、ドルレアン領内では奴隷の売買が禁止されている。
最近は産業革命のおかげで工場がいくつも出来上がり、鉄道や様々な機械が大量生産されているため、奴隷たちは今までのように主人の元で労働させられるのではなく、工場の持ち主に雇用される形で働いている。前世の世界で主流だった資本主義経済みたいな感じだ。
この考え方がこの世界に浸透すれば、おぞましい奴隷制度は消えてなくなるだろう。文化や種族が違う人々を虐げ、無理矢理労働させるような制度は消えてなくなってしまえばいい。
奴隷の少女を連れて行こうとしていたデブの事を思い出した俺は、あの時の怒りが蘇る前にエイナ・ドルレアンまでの距離と移動手段について考えることにした。
ラガヴァンビウスからエイナ・ドルレアンまで続くエイナ・ドルレアン線は、俺たちが転生者を狩った際に線路もろとも車両を吹っ飛ばしてしまっているため、今日まで運休になっている。だから徒歩で行く事になったんだが、エイナ・ドルレアンに行く途中にはいくつか小規模で危険度の低いダンジョンがあるため、そこの調査をして肩慣らしをしていく予定になっている。
さすがに1日でエイナ・ドルレアンまで行くのは無理だから、今夜は宿をとるか野宿する必要がある。宿泊用の費用はあるから問題ないし、王都と南方の大都市の間だ。宿屋はあるだろうし、管理局の宿泊施設もあるだろう。
「タクヤ、知ってる?」
「ん?」
唐突に、草原を見渡しながら歩いていたラウラが話を始めた。
「パパやママが私たちくらいの歳の頃は、もっと魔物がいっぱいいたんだって。防壁の外に出るには護衛が必要だったらしいよ?」
「そうらしいね。最近は何故か凶暴化が止まって大人しくなったらしいけど」
でも、油断するのは禁物だ。魔物たちが大人しくなったとはいえ、奴らは人間を見つけると襲い掛かって来る事に変わりはない。親父たちが若かった頃は1日に10回以上も魔物退治の依頼が来る日があったらしくて、しかもその魔物の数はあの親父の心が挫けてしまうそうになるほどだったらしい。当然ながら戦闘が終われば草原は死体の山で、いつもふらつきながら拠点に戻っていたという。
よく過労死しなかったものだ。さすが親父だな。
「ラウラ、今夜は宿をとるか野宿になるぞ」
「はいはーいっ」
元気なお姉ちゃんだ。
このまま南方に進めば、森の近くにフィエーニュ村という小さな村がある。その村の近くにある森が、管理局がダンジョンに指定しているフィエーニュの森だ。森の中に魔物の巣がいくつもあるらしく、魔物による村や街の襲撃が激減した現在でも駐留する騎士団は大忙しらしい。本格的な掃討作戦も何度か実施されているようなんだが、なかなか魔物の数が減らないそうだ。
今日はとりあえず、フィエーニュ村の宿に宿泊するとしよう。余裕があればダンジョンの中にも入ってみたいし。
フィエーニュ村のすぐ近くにダンジョンがあるせいなのか、鉄道の駅はフィエーニュ村には存在しない。だから王都から伸びているこの線路沿いに進めば、フィエーニュ村を素通りしていくことになる。
もう一度地図を見て方向を確認した俺は、地図を折り畳んでポケットにしまってから再び歩き出した。
最初は開放的な世界の旅を楽しんでいたが、1日中歩いていてもあまり景色が変わらないとさすがに殺風景に感じてしまう。景色が変化するとすれば、たまに道を走り抜けていく商人の荷馬車か、遠くにある線路を蒸気を吐き出しながら疾走していく列車くらいのものだろうか。
徐々に蒼空が橙色に変わっていく時間帯まで歩き続けていると、やっと草原の向こうに森が見え始めた。その近くに見える明かりは、おそらくフィエーニュ村の明かりだろう。
草原と蒼空しか見えない景色に飽き飽きしていた俺たちは、その明かりを見た瞬間に、大喜びして走り出していた。
幼少の頃から鍛えていたから、1kmくらい先にある村に向かって全力疾走しても、全く息切れはしない。元々常人よりも身体能力が高いキメラとして生まれたおかげなのかもしれない。
疲労を感じる前に村に到着した俺たちは、ダンジョンの近くに位置する小さな村を見渡した。
産業革命の影響で大都市では大きな工場がいくつも建設されているというのに、この小さな村は産業革命が起こる前とあまり変わっていないようだった。建物は殆ど木造で、レンガ造りの家と言えば村長の家と思われる大きめの家くらいのものだ。
村の中には冒険者が何人もいるようだが、活気があるのは彼らだけで、ここの住民たちは薄汚れた服を身につけながら、無表情で出歩いている。
貧しい村なんだろう。ダンジョンが近くにあるせいで鉄道の駅が無い。便利な移動手段がないという事は、観光客もなかなか来ないというわけだ。何か特産品でもあるのかは分からないが、儲かっているのは冒険者向けの宿屋の主だけみたいだな。
「……なんだか、小さな村だね」
「仕方ないさ……。ほら、宿屋に行こうぜ」
小さい村だから、宿屋の看板はすぐに見つかるだろう。
少し錆びついた防具を身に着け、小さな穴がいくつか空いた制服を身に纏う見張りの騎士たちに挨拶してから、俺とラウラは村の入口の門を潜った。駐留している騎士たちの装備は、モリガン・カンパニーが武器の販売を開始する以前の旧式のものだ。最近の騎士団の剣には日本刀と同じく玉鋼が使用されるようになり、切れ味が劇的に向上したらしいが、旧式の剣は魔物に振り下ろしても弾かれることが多く、騎士団は魔物の掃討作戦で大きな被害を出していたらしい。
旧式の装備しか支給されてないのか……。
ちなみに俺の母さんは、その旧式の装備が主流だった時代で活躍した凄腕の剣士だったらしい。分隊を指揮したこともあるって言ってたな。最終的には転生者を剣だけで瞬殺するほどの強さになったらしい。
親父、夫婦喧嘩はしないでくれよ。家が壊れちまう。
宿屋は入口の近くにあった。他の建物と同じく木造の建物で貧しい感じがしたが、周りの家と比べると壁に穴が開いていることもない。宿屋の看板を確認してから宿屋のドアを開け、ラウラと2人でドアの向こうへと足を踏み入れる。
床や壁には補修した跡がある宿屋の中は、当然ながら王都にある宿屋に比べると狭くて貧しい感じがする。カウンターの向こうでは痩せ気味の初老の男性が後ろにある棚を掃除していて、カウンターの周囲には丸いテーブルが4つほど置かれていた。テーブルには椅子がそれぞれ5つずつ用意されていて、その全ての椅子に冒険者と思われる体格のいい男たちが腰を下ろし、ポーカーを楽しんでいるようだ。背中には大剣や斧を背負い、中には騎士のように全身に防具を装着している者もいる。
フィエーニュの森目当ての冒険者なんだろうか。あんな危険度の低いダンジョンを目的にする冒険者はいないだろうと思っていたんだが、どうやらここにいる奴らはあの森の調査が目的らしい。
「ふにゅー………部屋は開いてるかな?」
「さあ……。とりあえず、野宿の覚悟はしておこう………」
「あれ? 君たちも冒険者なの?」
予想外の冒険者の人数に驚いていると、俺たちが宿屋に入って来たことに気付いた冒険者の1人が椅子から立ち上がり、こっちへとやって来た。そいつと同じテーブルでトランプをやっていた男もこっちを見てニヤニヤしながら立ち上がり、俺たちの前までやってくる。
おいおい、また女に間違われてるんじゃないだろうな? 異世界に転生して男共に口説かれるとは思ってなかったぞ。ふざけんな。
「ごめんねぇー。この宿はもう満室なんだよぉ」
「あ、でも俺らの部屋だったら寝れるぜ? どうだい?」
「ふ、ふにゃあ………っ」
俺の手をぎゅっと握り、後ろに隠れるラウラ。俺はニヤニヤ笑いながらじろじろ見てくる男たちを睨みつける。
「いいじゃん。君たち、2人とも可愛いし」
「そうそう。この黒いコートって男の奴だろ? 結構似合ってるよぉ?」
「それはどうも。………ラウラ、今夜は野宿にしよう」
「う、うん、そうしようよぉ………このおじさんたち………き、キモいっ」
「あ?」
「何だって?」
何言ってんだよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!?
俺はぎょっとして後ろに隠れているラウラの顔を見た。こいつ、この男たちにビビってたわけじゃなくてキモかったから俺の後ろに隠れたのかよ!?
「ば、馬鹿かお前ッ!? 喧嘩売るつもりか!?」
「だ、だって、本当にキモいんだもん……!」
「す、すいません! 姉が失礼しましたっ!! えっと、僕たちは野宿するのでどうぞそのままトランプをお楽しみくださいッ!!」
本音を言って喧嘩を売りやがったお姉ちゃんの手を引き、そそくさと宿屋の外に出ようとする。だが踵を返して一歩踏み出した直後、俺の肩にがっちりした浅黒い肌の男の手が置かれてしまう。
「なんだ、姉妹だったのかぁ」
「妹はしっかり者なんだねぇ。でも………ちょっと怒っちゃったなぁ」
くそったれ。ラウラのせいだぞ……!
怯えるふりをしながら、俺は腰のホルスターの中にナックルダスターの状態で収まっているアパッチ・リボルバーへと手を伸ばす。基本的にアサルトライフルのような大きな武器は戦闘の時以外は持ち歩かず、常に身に着けているのはリボルバーやナイフのような小型の武器ばかりだ。
さすがに宿屋の中でリボルバーをぶっ放すわけにはいかないため、もし喧嘩になるのならばこいつでぶちのめすだけだ。ホルスターの中からナックルダスターを取り出し、グリップの穴に指を通しながらゆっくりと後ろを振り向く。
「可愛い子にキモいって言われるとさぁ、結構傷つくんだよね」
「そうそう。だからさぁ、今夜一緒に寝ようよ。そうしたら許してあげるからさぁ」
「………一緒に寝るだって?」
「ああ」
ここでぶちのめして、明日の朝まで寝かせてやろうか………?
ナックルダスターを握った手をコートの陰から出し、肩に手を置いている男の顎にアッパーカットをお見舞いしようとしたその時だった。
「――――――やめなさい」
いきなり背後から響いてきた凛とした声が、振り上げかけていた俺の拳を静止させる。後ろを振り向くよりも早く俺の隣へとやって来たその声の主は、俺たちと同い年くらいの金髪の少女だった。
騎士団に所属しているのかと思ってしまうほど凛々しい雰囲気を放つ少女だ。左肩にだけ金属製の防具を付けていて、それ以外は私服のようだ。腰には少し大きめのククリ刀の鞘を下げていて、背中には矢筒とモリガン・カンパニー製のコンパウンドボウを折り畳んだ状態で背負っている。
彼女も冒険者なんだろうか? 自分よりもがっちりした体格の男たちに怯えることなく堂々と彼らの前に立った彼女は、片手を腰に当てながら男たちを睨みつける。
「げっ、ナタリアだ」
「なんだよ、クソ………」
彼女の事を知っているのか、舌打ちをしてから元のテーブルに戻っていく男たち。どうやら喧嘩にはならずに済んだらしい。
静かにアパッチ・リボルバーをホルスターの中に戻していると、男たちを追い払ってくれた彼女が後ろを振り向いた。
「………残念ながら、ここは満室みたいね」
「あ、ああ。……あの、申し訳ない。助かったよ」
「気にしないで。ああいう奴らが許せないだけなの。………あなたたちはどうするの? 野宿?」
「そうする予定になっちゃったね………」
「奇遇ね。私もなの」
彼女に微笑まれて顔を赤くしてしまう俺。ラウラは幼い感じの可愛らしさなんだけど、この少女は真逆だ。ラウラよりも遥かに大人びている。
目の前の美少女に見惚れていると、俺の右手を握っているラウラの力が一気に強くなった。ちょっとお姉ちゃん、痛い。手の骨が砕ける。ダンジョンに入る前に粉砕骨折しちゃう。
きっとラウラは、この少女が俺を奪おうとしているとか勘違いしてるんだろうなぁ……。長い間一緒に過ごしていたせいで姉が何を考えているのか分かるようになってしまった俺は、左手を彼女の頭の方へと伸ばすと、そっとラウラの頭をなせ始めた。
「ふ………ふにゃあー…………」
「ほら、お姉ちゃん。落ち着いてねー」
「はーい………ふにゃあ……………」
頭を撫でられて幸せそうな顔をするラウラ。その様子を見ていた金髪の少女は、何故か幸せそうな顔のラウラを見つめて顔を赤くしている。
「あの、もし良ければ一緒に野宿しない?」
「え? ああ、構わないよ。君も1人で野宿すると大変でしょ?」
「まあね。………私はナタリア・ブラスベルグ。よろしく」
「俺はタクヤ・ハヤカワ。こっちの子は姉のラウラ・ハヤカワ。よろしく」
「ハヤカワ? ………東洋人?」
「えっと、ハーフなんだ。父親が東洋人で、母親がラトーニウス人なんだよ」
東の方には海が広がっていて、その海の向こうには島国がある。その島国の周辺の海域は丸ごとダンジョンになっている上に、その国の政策で鎖国が始まっているらしく、あまり国内でも東洋人の姿を見ることはないらしい。
いつかその島国にも行ってみたいものだ。冒険者だし。
「それじゃ、今夜はよろしくね」
「ああ」
ナタリアと握手した俺は、ラウラが機嫌を悪くしそうにする度に大慌てで彼女の頭をなでなでして機嫌を直させながら、ナタリアと共に安全そうな場所を探す事にした。
フィエーニュ村は小さな村であるため、宿屋は1つしかない。野宿できそうな場所を探してみたんだが、草原だと雨が降った場合にずぶ濡れになってしまうため、出来るならば屋根代わりになるものがある場所を探したかったんだが、見つけられたのはもう使われなくなった馬小屋の跡しかなかった。
壁と天井には穴が開いているし、中は腐食した木材と藁の臭いで占領されていたけど、他に使えそうな場所がないため、ここで野宿することにした。残っていた藁と壊れた木製の柵を拝借して火を起こした俺たちは、各々が持ってきた非常食を夕食代わりにすると、少し早めに眠ることにした。
ラウラはもう俺の膝を枕代わりにして眠ってしまったが、俺はラウラが寝相で太腿をたまに甘噛みしてくるためなかなか眠れない。お姉ちゃん、寝かせてくださいよ。
「眠れないの?」
「ナタリア………」
太腿を甘噛みしたラウラが残したよだれを拭き取り、天井の穴から星空を見上げていると、一足先に藁を枕代わりにして眠った筈のナタリアが瞼をこすりながら俺の隣へとやってきた。
あの時は凛々しい雰囲気を放つ大人びた少女だったんだけど、すこし寝ぼけているのか、今の彼女は普通の少女に見える。隣に腰を下ろした彼女の綺麗な金髪についていた藁を静かに取った俺は、頷いてからラウラの頭を撫でる。
「………ナタリアは冒険者なんだよね?」
「ええ、そうよ……。まだ半年くらいだけど」
「俺たちは一昨日資格を取得したばかりなんだ」
「え、そうなの? 私と同期くらいかと思ったわ」
雰囲気のせいか? 幼少の頃から転生者ハンターと同じく転生者を瞬殺してしまうような凄腕の騎士たちに育てられたせいで、初心者には見えなかったんだろうか?
「どうして冒険者になったの?」
「うーん………冒険者に憧れてたからかな。冒険って楽しそうだし。………ナタリアは?」
「私は…………」
楽しそうに俺の話を聞いていてくれていたナタリアだったけど、自分の冒険者になった理由を聞き返された途端、少しだけ悲しそうな目つきになった。何かあったのか? 聞かない方が良かったのかもしれないな。
「――――――3歳の時にね、私の故郷が焼かれたことがあったの」
「焼かれた………?」
「うん。見たことのない武器を持った男たちだったわ。……私はママと2人暮らしだったんだけど、逃げる途中でママとはぐれちゃって………燃え上がる街並みの中で、私は焼け死んじゃうのかなって思ってた………」
辛い過去じゃないか………。自分の故郷が焼かれたなんて………。
やっぱり、聞かない方が良かった。死にかけた過去を思い出すのはかなり辛いからな……。
「でもね、1人の傭兵さんが私を助けてくれたの。街を焼いた男たちを次々に倒して、私をママのところまで連れて行ってくれたのよ。…………かっこよかったわ」
「それで、その傭兵に憧れて冒険者になったの?」
「ええ。本当は傭兵になりたかったんだけど、最近は冒険者の方が仕事があるからってママに言われてね。………でも、私もあの人みたいになりたかった……。だから、何と言うか………虐げられている人を見ると、見捨てられないのよ」
危なかった。もしナタリアが止めなかったら、逆に俺があの男たちをボコボコにして虐げているところだったじゃないか。ナタリアに喧嘩を売ることにならなくて良かったぜ。
でも、この子も俺と同じらしい。俺も人を虐げるような奴は許せない。
「………ちょっと変な話だったわね。ごめん」
「いや、そんなことないよ。ナタリアは立派だ」
自分を助けてくれた傭兵のように、他の人も助けようとしているのだから。
俺よりも遥かに立派だ。
「ふふっ、ありがとね」
「おう。………じゃあ、そろそろ寝るよ」
「ええ、おやすみ」
星空を見上げてあくびをした俺は、ラウラの頭に手を置いたまま瞼を閉じた。




