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ウラルを救出するとこうなる


 人でありながら、売り物にされる奴隷。


 それを売る場所によく似た光景だが、ここにあるのは人の姿をした売り物などではない。まだ売り物ではなく人だというのに、条約によって歯止めを全くかけられない自由気ままな〝尋問”が、多くの惨状を生み出している。


 人でありながら、売り物のように扱われる捕虜。


 ここにいるのはそのような犠牲者たちだ。大国と軋轢を生み、勃発した戦争で敗北して搾取される。前世の世界でも本格的な条約が形になるまではまかり通っていた、単純で暴力的なルール。勝利の美酒を楽しめるのは、やはり勝者だけ。敗者はこうして血を流し、虐げられながら苦汁を舐めるしかない。


 血のこびり付いたナイフの刀身を一瞥し、俺は歯を噛み締めた。先ほど尋問を担当する男たちに痛めつけられ、犯された挙句殺された黒髪の少女。椅子に縛られて絶望したまま、心も体も壊され、汚されて命を落とした少女を目にした瞬間、幼少期に感じた一番最初の怒りが蘇ったような気がした。


 黴臭いボロボロの一室。そこで椅子に縛られ、暴漢に痛めつけられる姉の姿。転生してから初めて他人に殺意を向けたあの日の事を思い出してしまったせいで、感情的になり過ぎた。


 この殺意が生まれたのは、おそらく前世からだろう。必死に働いてくれている母さんに暴力を振るうろくでなしにも、こんな感じの殺意を向けた。もし今の状態であの光景を目にすれば――――――――今度こそ、俺はあのクソ親父を殺せるような気がする。


 二度と母さんに暴力を振るえないように。


「…………エリン、こちらアルファ1。捕虜を発見した」


『様子は?』


「全員負傷している…………。手持ちのエリクサーでは足りない」


『了解。ステラちゃん、ヒールの準備を』


了解ダー


「それと、人数も予想以上に多い。場合によってはもう1両装甲車を出す」


『分かったわ』


 連絡を終え、檻の向こうに横たわる捕虜たちを見下ろす。


 俺たちがフランセン共和国の騎士ではないという事には気付いているらしいが、だからと言って味方だと思っているわけでもないらしい。中には睨んでくる捕虜もいるし、助けてくれと言わんばかりに鉄格子を掴み、かすれた声で何かを言う捕虜もいる。


 彼らの前に置かれている血まみれのトレイの上に乗っているのは、カビが生えたり、すっかり腐っているパン。トレイの上ではなくゴミ箱の中の方が似合うような、パンの残骸だ。人間に例えるならゾンビのようなものだろうか。


 その隣に置かれている皿の中には、やけに黒ずんだ具の入った気味の悪いスープだ。おそらくあの具は野菜で、それも腐っているのだろう。本当ならばとっくに捨てているような食材で、申し訳程度の食事を作ってやったつもりなのだろうか。あんなものを食わされれば、どんな人間でも腹を壊してしまうに違いない。


「――――――――あんたら、ムジャヒディンのメンバーか?」


「あ、ああ……………そうだ」


 頭に血で汚れたターバンを巻いたハーフエルフの男性が、俺を見上げながら言った。年齢は俺の親父―――――――もちろん新しい方の親父だ――――――――と同じくらいだろうか。真っ黒な顎鬚は自分の血で赤黒く汚れ、顔には痣ができている。やりたい放題としか言いようがない過酷な尋問に耐え抜いたのだろう。


「ここにいるのは全員ムジャヒディンか?」


「いや、他のゲリラも混ざってる」


「ありがとう。……………ところで、この中に『ウラル・ブリスカヴィカ』という男はいるか?」


 するとハーフエルフの男性は、部屋の王の方にある牢屋の方を見つめた。俺も同じようにそちらの方を見てみると、隅の方にある鉄格子の中に、やけにがっちりした体格の男性が入っているのが見えた。髪の色は桜色のようだが、所々血で汚れている。身体中にも切り刻まれた傷痕や殴られた痣があるらしく、剛腕にはそれらの傷跡がいくつも浮かんでいる。


 あの男が、シルヴィアのの言っていたウラル・ブリスカヴィカなのだろうか。歯を食いしばってじっとしているようだが、立ち上がればおそらく身長は190cmくらいはあるだろう。ギュンターさんと同じくらいかもしれない。


 その傍らには、同じく桜色の髪の少女が入れられた鉄格子がある。更にその隣の鉄格子は――――――もぬけの殻だ。


「あの奥にいる男だ」


「ありがとう」


 教えてくれたムジャヒディンに礼を言った俺は、血まみれのナイフを取り出すと、巨躯解体ブッチャータイムを発動させた。高周波を利用して刃物の切れ味を爆発的に向上させる能力で、これを使えば戦車の複合装甲でも切り裂く事ができる。


 刀身を突き立てた瞬間、ボウイナイフ並みに分厚いテルミットナイフの刀身が鉄格子にあっさりとめり込んだ。まるでカッターナイフで紙切れを切っているような手応えのなさに自分で驚きつつも、その調子で鉄格子を寸断し、彼らを閉じ込めていた鉄格子の群れに大穴を開ける。


「え……………?」


「外で仲間が待ってる。さあ、早く」


「あっ…………あ、ありがとう!」


 続けて、隣にある鉄格子も同じように切断していく。切断された鉄格子の間から飛び出し、俺に礼を言ってから出口の方へと走っていったのは、ノエルよりも年下と思われる男の子だった。やはり顔や身体中に痣があり、緑色の髪が赤黒く汚れていた。


 あんなに小さな子供まで尋問してたのか…………!


 フランセン共和国騎士団の尋問に憤りながらも、そのまま次々に鉄格子を両断し、中にいる捕虜たちを解放していく。そしてもぬけの殻になっている鉄格子をスルーし、桜色の髪の少女が囚われている檻を切断しようとしたところで―――――――――俺は、その少女に睨みつけられている事に気がついた。


 俺やラウラと同い年くらいだろう。自分の血で赤黒く汚れた桜色の前髪の奥から俺を睨みつけるのは、まるで鮮血のように紅い瞳だった。その瞳に封じ込められているのは、自分や同胞たちにこんな仕打ちをした者たちへの憎悪である。


 ナイフで鉄格子を両断し、少女が通れるくらいの穴を開ける。すると彼女は目を見開き、はっとしながら檻の外へと飛び出した。


「ジナイーダッ!!」


 ジナイーダ? 彼女の仲間か?


 もしかして先に逃げたのかと思ったが、飛び出した彼女の表情は一足先に逃げた仲間を追う表情というよりは、瀕死の仲間を大慌てで助けに行こうとする必死さに埋め尽くされていた。


 そして、俺もはっとする。


 先ほど部屋の中で尋問され、殺された黒髪の少女。彼女の隣にあった、もぬけの殻の鉄格子。


 まさか、ジナイーダってさっきの女の子……………!?


「ダメだ、見るなッ!!」


 大切な友達なのだとしたら――――――――余計なお世話かもしれないが、あんな無残な姿は見せたくない。そう祈りながら彼女の細い傷だらけの腕を掴んだけれど、檻から飛び出した少女は、とても同い年の少女とは思えないほどの怪力で強引に俺の腕を引き離す。


「僕に触るなッ! ジナイーダが! ジナイーダがあの部屋の中に……………!」


「よせ、彼女はもう―――――――――」


 死んだ、というよりも先に、その少女は部屋の中を覗き込み―――――――――凍り付いていた。


 彼女が目にしているのは、俺たちが先ほど目にした少女の残骸。心も体も壊され、汚されて、部屋の中に置き去りにされた少女の遺体―――――――――。


 赤の他人の俺たちでも、無残な死体を目にした瞬間には心が痛んだ。クソ野郎をどんな残虐な方法で殺しても心が痛まないというのに、珍しく、死んだ犠牲者を目にして心が痛んだのだ。もしそれが赤の他人ではなく、彼女と親しかった仲間が目にすればどうなるかは想像に難くない。


 案の定、部屋を覗き込んでしまった少女は絶望していた。一見するとポカンとしているように見えるが、目が虚ろで、辛うじて持ち上げた自分の指先もぷるぷると震えている。


 認めたくないのだ。仲間が、あんな死に方をしたなんて。


「あ……………ぁ……………………ジナイー……………ダ…………………?」


「………………」


「う、嘘………………なんで…………? ねえ、何で目を瞑ってるの…………………? ははははっ…………冗談…………でしょ? ねえ、ジナイーダ………………」


 部屋の中へと入った彼女は、椅子の上で目を瞑っている少女の亡骸に近付くと、肩に触れながら彼女の身体を揺すり始めた。眠っている仲間を起こそうとするかのように、優しく揺する彼女。まるで授業中に居眠りしているような恰好の少女だけれど、彼女はもう目を覚ますことはない。


 身体を傷つけられる痛み。心を汚される苦痛。騎士たちの残酷な尋問に、彼女は耐え切る事ができなかった。


 もう、目は覚まさない。どれだけ身体を揺すっても、傷だらけの冷たいからだが揺れるだけ―――――――。


「あ……………あああああ…………………!」


「すまない、もっと早く突入していれば……………」


 傷だらけになっていたとしても、一命をとりとめていた可能性はある。あの時俺は慎重さを最優先し、彼女を見殺しにしてしまったようなものなのだ。


 唇を噛み締めながら見つめていると、こっちを振り返った彼女が手を伸ばし、俺の胸倉を掴んだ。やはり傷だらけの少女とは思えないほどの怪力で、それなりに踏ん張ったにもかかわらず、俺はそのまま後ろにあった壁に押し付けられてしまう。


「お兄ちゃん!」


「やめろ、ノエル」


 少女にウェルロッドを向けるノエルを止めつつ、俺は少女の瞳をじっと見つめた。


「あんたがもっと早く助けてくれれば…………ジナイーダは…………………ッ!!」


「ああ、すまない。俺のせいだ…………………」


 歯を食いしばり、自分の血の混じった赤黒い涙を流す少女。食いしばっている彼女の犬歯はやたらと鋭く、まるで獣や吸血鬼を思わせる犬歯だった。


 いや、もしかするとこの少女は――――――――本当に吸血鬼なのかもしれない。傷だらけで、黴だらけのパンや腐った具の入ったスープしか与えられない劣悪な環境に放置されていたにもかかわらず、これほどの怪力を維持しているのだ。普通の人間の少女では考えられない力である。


 シルヴィアの話では、ムジャヒディンには様々な種族が所属していると聞いたけれど、まさか吸血鬼まで参加しているなんて……………。


「よせ、イリナ」


「でも、兄さん!」


 俺の胸倉を掴み、ひたすら睨み続けていた少女に声をかけたのは、まだ牢屋の中に残っていた1人の大きな男だった。先ほどムジャヒディンの男性に教えてもらった、桜色の髪の大柄な男性である。


「止めるんだ。ジナイーダが助からなかったのは無念だが……………彼女は命の恩人だ」


「……………ごめんなさい」


 謝りながら、そっと手を離すイリナ。俺に対して謝ったのか、それとも自分を咎めた兄に向かって謝ったのかは分からない。


 彼女は涙を拭いながら踵を返すと、椅子に腰を下ろしたまま絶命しているジナイーダの亡骸にそっと触れた。頬を覆っている彼女の血を傷だらけの手で拭い去ったイリナは、彼女の両手を縛っている縄を優しく外すと、崩れ落ちそうになったジナイーダの亡骸を抱え、そのまま抱き締める。


「ごめんね、ジナイーダ……………。さあ、みんなの所に戻ろうよ」


「……………」


 歯を食いしばりながら、奥にある牢屋の前へと向かう。鉄格子の奥に胡坐をかいているのは、やはり最初に教えられた桜色の髪の男性だった。体格はがっちりしていて、目つきも鋭い。百戦錬磨の戦士のような雰囲気を纏う猛者を見下ろしながら、俺は小さな声で問い掛けた。


「あんたがウラル・ブリスカヴィカだな?」


「ああ、その通りだ」


「アルラウネのシルヴィアからここの話を聞いて、助けに来た」


「シルヴィア…………? 彼女は生きているのか?」


「ああ。俺たちが保護している」


「……………感謝する」


 ナイフを鉄格子に突き立て、先ほどと同じように彼の逃げ道を作る。ウラルは体格ががっちりしているから、少し大きめの穴を作らなければならないだろう。


 鉄格子を両断したナイフを鞘に戻し、彼に手を差し出す。やけにがっちりした手を掴んで外へと引っ張り出すと、ウラルは俺に礼を言ってから、ジナイーダが尋問を受けていた部屋の中を覗き込んだ。


 部屋の中にあるのは、俺とノエルが惨殺した2人の死体。ジナイーダが座っていた椅子はもうもぬけの殻で、傍らでは椅子からジナイーダを解放したイリナが彼女の亡骸を抱き締めている。


 もう動かなくなったジナイーダの顔を覗き込んだウラルは、一瞬だけ唇を噛み締めた。


「……………許してくれ」


 いや、あんたは謝らなくていい。どう励まそうと思ったけれど、俺にはそう言うことはできなかった。


 俺のせいなのだ。俺が慎重になり過ぎたせいで、彼女を見殺しにしてしまった。もしここにみんなが囚われた原因がウラルなのだとしても、少なくともジナイーダの一件は俺のせいなのだ。だから、あんたは謝らなくていい。


 すると、ウラルは惨殺された騎士たちの持っていた剣を拾い上げた。片方をイリナに渡し、もう片方を自分の腰に下げる。


「脱出するぞ。守備隊は血祭りにあげる」


「いや、守備隊はもう壊滅してる」


「なに?」


 正確に言えば、ラウラがとっくに壊滅させた。スコープを取り外すという長所を殺しかねないカスタマイズのライフルで、しかも姿を消しながら、敵に見つからないように的確に狙撃を繰り返して仕留めてしまったのだ。おかげで前哨基地の外は、上顎から上を吹っ飛ばされた死体だらけである。


「俺のお姉ちゃんが全滅させた。外にいるのは仲間だけだ」


「いや、外を警備していたのは残り物だ。本当の守備隊は魔物の討伐に出発している」


「つまり、戻ってくる可能性があるという事か……………」


 一戦交えるか?


 いや、捕虜にされていた人々は殆どが負傷していた。あんな状態で、治療しながら守備隊と戦うのは危険だ。勝ち目はあるかもしれないけれど、また犠牲者を増やしてしまう可能性がある。ここは戦わず、タンプル塔まで引き返した方が良いだろう。


 守備隊がすぐそこまで戻っているというのならば話は別だが、今は逃げるべきだ。


「戻ってくる前に逃げよう。拠点も近くにある」


「ありがとう。…………イリナ、行こう」


「…………うん」


 今は逃げよう。報復するのはその後だ。


 クソ野郎は、狩る。それがテンプル騎士団なのだから。













 壊滅した前哨基地から立ち去っていくのは、奇妙な乗り物だった。一見すると鋼鉄で作られた馬車のようにも見えるし、鉄道の機関車をレールではなく地面の上に置き、そのまま走らせたようにも見える。


 その見たこともない乗り物を望遠鏡で覗き込みながら、私は息を吐いた。


 かつて、見たこともない武器や兵器を多用し、世界最強の傭兵ギルドと呼ばれた者たちの伝説を私も聞いたことがある。凄まじい音のするクロスボウにも似た武器を使い、防具も身に着けずに魔物や無数の軍勢に挑んでいった傭兵たち。当時の戦士たちから見れば無謀な者たちかもしれないが、少なくとも防具を身に着けずに連携して戦うというのは、今の時代で主流になっている戦い方だ。彼らはその戦い方を、21年前から先取りしていたのである。


「まるでモリガンだな」


 見たことのないエンブレムが描かれた漆黒の車両を望遠鏡で追いながら、私は呟いた。


 彼らの武器を手に入れようと、当時は多くの商人たちが彼らの元を訪れて交渉していたという。モリガンの傭兵たちはそれらをことごとく断り、実力行使に出た馬鹿な商人は片っ端から血祭りにあげていた。だから今はもう、彼らにそんな事をする愚か者は1人もいない。


 しかし、それを欲する者たちが消え去ったわけでもない。その中の1人と言える私も、愚か者の1人なのだろうか?


「アドルフ准将、追撃しますか?」


 傍らで騎兵隊を指揮していた部下が問い掛けてくる。私は望遠鏡を静かに下ろすと、つい先日私の元に着任したばかりの部下を一瞥する。


「尾行しろ。どこかに拠点がある筈だ。その隙に本隊は駐屯地に戻って装備を整え、奴らの拠点を急襲する」


「はっ! …………それにしても、あの飛び道具はいったい………………?」


「モリガンの傭兵たちが使っていたという飛び道具にそっくりだ。………………もし手に入れられれば、我が国はオルトバルカを超えられる」


「ええ、是が非でも手に入れたいところですな」


 あの少女たちは、モリガンの傭兵ではないようだ。関係があるかどうかは不明だが、似たような武器を使っている以上はつながりがあるのだろう。


 上手く行けば、彼女たちを人質に取った上でモリガンと交渉できるかもしれない。


 あの武器を手に入れられれば、我が国の騎士団はまさに世界最強となるだろう。弓矢やバリスタよりも長距離からの狙撃が可能で、しかもその貫通力は魔術に匹敵する。さらに、魔力を一切使わないため魔力で探知される心配もない。


 何としても、手に入れなければ。


 去っていく奇妙な乗り物を見守りながら、私はそっと笑った。



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