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前哨基地への突入

 冷房のおかげで涼しかった車内から外に出た途端、猛烈な熱風と熱い砂の粒が身体を包み込んだ。うんざりしながらも首に下げた双眼鏡を片手に持ち、仲間たちが下りてくるまで目標の前哨基地を確認する。


 カルガニスタンの砂漠はかなり広大だ。そのうえ気温は高いため、いくら水を持っていたとしてもラクダや馬を使わずにこの砂漠を越えるのは自殺行為である。いや、仮に馬に乗っていたとしても、何事もなく砂漠を越えられる可能性は50%以下だろう。砂の下には獰猛な魔物が潜んでいるのだから。


 装甲車のエンジン音しか聞こえない砂漠の真っ只中に、ぽつんと建てられているのはレンガで作られた建物と、それの周囲に群がる馬小屋や見張り台だ。まるでそれらを守るかのように等間隔に木の棒が立てられ、それらの間を棘の生えた有刺鉄線が繋いでいる。


 フランセン共和国の騎士団が、この植民地に建設した小規模な前哨基地である。見張り台の上には新型のコンパウンドボウを持つ騎士があくびをしながら突っ立っているし、検問所には剣と盾を持った2人の騎士が待ち構えている。警備は本格的とは言えないが、手薄だからと言って油断すれば痛い目に遭う。油断して増援を呼ばれたり、救出するべきムジャヒディンが殺されるのを防ぐため、今回はいつもよりも確実性を優先しなければならない。


「ラウラ、エコーロケーション」


了解ダー


 右手を頭に当て、軽く目を瞑るラウラ。彼女の頭の中にあるメロン体が生成した超音波が、熱風に乗って砂漠へと広がっていく。


 彼女の超音波で探知できる範囲は半径2km。それ以内の範囲ならば自由に調節できるんだが、範囲を広げれば広げるほど索敵の精度が下がってしまうという欠点もあるため、この距離で敵の人数を決めつけてしまうのは早計だ。とりあえず索敵の結果を目安にして作戦を立てつつ接近し、正確かつ確実に索敵できる距離でもう一度索敵を頼むしかない。


「検問所は2人。見張り台の上に1人と、見張り台の下に3人。基地の裏側には5人。それ以外は建物の中」


 やけに数が少ないな。尋問中だからなのか? それとも、本当に規模の小さい基地だからそれほど人員がいないという事なのか?


 敵の数が少ないのは僥倖だが、まだ油断するわけにはいかない。基地の騎士たちが魔物の討伐で出払っていて、潜入中に帰ってくるという可能性もあるのだから。


 ひとまず、接近しよう。


「ラウラ、先行して接近してくれ。そしたら再度エコーロケーションを。ノエルは俺についてこい」


了解ダー


了解ダー!」


 双眼鏡を下げ、AK-12を構えた瞬間、俺の隣に立っていたラウラの姿が一瞬で消えてしまう。微かに冷たい風が熱風を緩和したと思った瞬間には、誰もいない筈の場所にいくつも足跡が穿たれ始めた。


 本当に彼女の能力は便利だ。無数の細かい氷の粒子を纏い、それで周囲の光景を複雑に反射させることにより、マジックミラーのように自分の姿を消してしまうという擬似的な光学迷彩。彼女は平然とやっているが、魔術でそれを真似するのはかなり難しく、氷属性を得意とする魔術師でも実用化は不可能と言われている。


 キメラという常人離れした種族として生まれたという事と、母親の持つ素質が彼女にそんな芸当を可能にさせているのだ。


 ちなみに、全体的な視力はラウラの方が俺よりも上である。俺の場合は瞬間的なスピードや反射速度が彼女よりも勝っているだけで、視力と全体的なスピードならば彼女以下なのだ。


 姿勢を低くしながら前哨基地に接近していく。遮蔽物はほんの少しだけ盛り上がっている砂の丘程度で、それ以外に隠れられそうな場所はない。このような戦場ならば射程距離の長い武器が真価を発揮するんだが、俺たちはこれから潜入するのだ。気付かれていいタイミングまでは、ラウラに敵の相手を任せよう。


『え、えーと、聞こえます?』


 ん? シルヴィアか?


 耳に装着していた小型の無線機から、シルヴィアの声が聞こえてきた。後方で停車している車内で無線機を借りたのだろう。本当に自分の声が聞こえているのか、まだ半信半疑らしい。


「ああ、聞こえる。どうぞ」


『あっ、凄いです! これ本当に声が聞こえてます! …………ええと、タクヤさん。基地に潜入したら、〝ウラル・ブリスカヴィカ”という名前の男性を探してください』


「ウラル?」


『はい。ムジャヒディンのリーダーです。多分、そこにいる筈です』


「了解した。必ず救出する」


『お願いします』


 ウラル・ブリスカヴィカか。どんなやつなんだろう? 


 シルヴィアから教えられた1人の男の名前から、どんな人物なのかと人物像の想像をしつつ先へと進んでいく。陽炎に守られているかのように屹立する前哨基地の小ぢんまりとした建物には変化はなく、相変わらず見張り台の上には退屈そうな見張りが突っ立っているだけだ。


『こちらアルファ2、エコーロケーション開始』


「了解、頼む」


 戦闘中になると、ラウラは一気に大人びた少女になる。いつも甘えてくる腹違いの姉とは思えないほど冷静で大人びた声にびっくりしながらも、俺は返事を返して匍匐前進を始めた。


 本格的な戦闘になればいつも耳にする声だが、ラウラはいつも俺に甘えてくるブラコンのお姉ちゃんと言うイメージが強いためか、このクールな声には全然慣れない。戦いの最中にいる彼女は、冷たくて、淡々としていて、容赦がない。エリスさんの冷酷さと親父の容赦のなさが見事に遺伝していると言えるが、あの淡々とした雰囲気はどこから来ているのだろう? その源流は、いったいどこだ?


『――――――――索敵完了。敵の配置は先ほどと変わらない。タクヤ、狙撃許可を』


「ちょっと待て」


 匍匐前進のまま再び双眼鏡を覗き込み、敵の位置を確認。頭に焼き付いていた最初の索敵の結果を思い出しつつ、一番距離が近い検問所から順番に敵を確認する。検問所には相変わらず2人。見張り台の上に1人。障害になるのはこの3人か。


 距離を考慮すれば、もう射程距離に入っている。撃てば排除できるが、あいつらに戦友が〝消された”瞬間を見せるわけにはいかない。断末魔をあげられればゲームオーバーだ。それゆえに、こういう作戦ではヘッドショットが原則なのである。


 ブースターをチューブ型ドットサイトの後方に移動させつつ、セレクターレバーをセミオートに切り替える。隣で伏せているノエルにも射撃準備をするように目配せしつつ、無線に向かって言う。


「ラウラ、見張り台の奴をやれ。こっちは検問所を掃除する」


了解ダー


 標的の顔にカーソルを合わせた俺は、隣でVSSに装着されたロシア製スコープを覗き込むノエルの様子を窺う。


 標的との距離は300m前後。射程距離が短いVSSでも狙撃できる距離だし、アサルトライフルでも命中させられる距離だ。先行してどこかでスナイパーライフルを構えるラウラにとっては、1km先の目標でも目と鼻の先だろう。彼女にとってこの程度の狙撃は、まさに朝飯前に違いない。


 やれるかとノエルに問うよりも先に、彼女は俺の顔をじっと見つめながら頷いた。緊張しているみたいだが、この程度ならばやれると言わんばかりに微笑んでいる。


 ならば、訓練の成果を見せてもらおう。


「ノエルは右の奴を」


了解ダー


「落ち着けよ。狙撃は熱くなっちゃダメだ」


 標的を狙い撃つ時は、冷静にならなければならない。熱くなっていいのは報復の時や白兵戦の時だけ。スコープを覗きながら戦う場合は、熱くなってはならない。標的との距離が離れている場合、感情は照準を狂わせる敵でしかない。


 幼少期に聞いた親父の言葉を思い出しつつ、ブースターを覗き込む。


「狙撃準備」


 息を吐き、標的を睨みつける。


(トゥリー)(ドゥーヴァ)(アジーン)撃て(アゴーニ)


 銃声は、しなかった。聞き慣れた銃声だけがサプレッサーに取り除かれたが、これから殺戮をもたらす弾丸は健在である。


 慣れた反動を感じた直後、カーソルの中心へと飛び出した弾丸が駆け抜けていく姿が見えた。回転しながら飛翔していく弾丸の隣に一瞬だけ見えたのは、隣にいるノエルが放った9×39mm弾。俺の7.62mm弾よりも大柄で、ストッピングパワーが高い弾丸だ。


 その弾丸が標的と重なった瞬間、カーソルの向こうで鮮血が噴き上がった。照準を合わせられていた標的の頭が大きく揺れ、鮮血と脳味噌の破片が検問所を紅く汚す。肉がこびりついた骨の破片をまき散らしながら崩れ落ちていく2つの死体は、どうやら今の狙撃で上顎から上を吹っ飛ばされたようだ。狙撃される直前まで生真面目に砂漠の向こうを見つめていた騎士の顔は見当たらない。


「命中」


「や、やった」


「ラウラ、そっちは?」


『命中』


 双眼鏡を覗き込むと、見張り台の上にいた騎士も同じ運命を辿っていたようだった。上顎が無事かは定かではないけど、即死しているのは間違いない。ラウラの狙撃は正確だし、命中精度も高い.338ラプア・マグナム弾の殺傷力も優れている。


 まあ、ラウラならば命中させるのは当たり前だ。彼女が狙いを外したのを最後の見たのは、冒険者になる前に防壁の外で魔物を狩っていた時だろうか。それ以来、ラウラは滅多に狙いを外さない。遠距離用のライフルを彼女に持たせれば、たちまち戦場はラウラの独壇場になる。


「ラウラは引き続き援護を。俺たちは突入する」


了解ダー、無理はしないでね』


了解ダー、同志」


 さて、突撃するか。


 姿勢を低くし、死体が転がる検問所へと急ぐ。騎士団の馬車を出迎える検問所の壁は死体がまき散らした血肉で汚れていたけど、死体を隠せば誤魔化せる程度だ。素早くAK-12を背負い、倒れている2人の死体を検問所の中へと放り込む。鍛え上げられた男性の死体だったが、いくら上顎から上が吹っ飛んでいるとはいえほんの少し重い。まあ、片手で放り投げられる程度だけど。


 物音を立てずに死体を処理し、ちらりと検問所の中を見渡す。何か捕虜についての資料でも置いてあれば楽になるんだが、ここにはないのだろうか?


「お兄ちゃん、これ」


「ん?」


 すると、ウェルロッドを構えながら警戒していたノエルが、デスクの引き出しの中から紙切れを何枚か引っ張り出した。片面にびっしりと黒い文字が書き込まれた書類のようだ。言語は…………この異世界で公用語となっているオルトバルカ語ではなく、フランセン語のようだ。敵に情報を見られないための措置に違いない。


「読めないけど、もしかしたら手がかりかも」


「あー、ちょっと待て」


 確か、訓練の最中に列強国の本来の言語は一通り勉強したぞ。その中にフランセン語も混じってたはずだ。


 アルファベットに似た文字が書き込まれている書類を睨みつけつつ、幼少の頃に習ったフランセン語を思い出す。完全には翻訳できないが、ある程度翻訳できれば内容は理解できる筈だ。フランセン語を教えてくれた両親に感謝しなければ。


「どう?」


「……………でかしたぞ、ノエル。移送された捕虜について書いてある」


 どうやらムジャヒディンとその他のゲリラの構成員たちは、ここで尋問した後に強制収容所か処刑場に送られるらしい。処刑場に送られる奴は哀れだが、強制収容所で危険な労働をさせられる奴らも哀れだ。下手をすれば処刑されるよりも、強制収容所に送られる奴らの方が辛い運目を辿るかもしれない。


 そんな事はさせない。ムジャヒディンの戦士たちは、必ず俺が助け出す。


 ノエルに合図をしてから、俺はその書類を放り投げて検問所を後にする。完全に翻訳することは出来なかったが、重要な部分は親しんだ母語(オルトバルカ語)に翻訳し、脳味噌の中に保存した。捕虜たちはこの前哨基地で尋問され、今日の夕方に移送される。まだ夕方まで昼寝できるほどの余裕があるが、それまで戦士たちが尋問で命を落としたり、精神的に大きなダメージを受けないか心配だ。この世界にも条約はあるらしいが、前世の世界のようなちゃんとした条約はない。それゆえに敵兵の尋問はもうやりたい放題だという。


 検問所を飛び出し、前哨基地の建物へと向かう。俺たちは堂々と正門から入ってきたわけだが、それに気付いて応戦してくるような敵はいなかった。AK-12を構えながら周囲を見てみると、その役割を担っていた見張りの騎士たちはもう既に頭を撃ち抜かれ、うつ伏せや仰向けになって転がっているだけだったからだ。


 上顎を吹っ飛ばされたり、首に大穴を開けられた死体がある。倒れている格好はバラバラだけど、彼らには〝首から下には一切傷がない”という共通点がある。全員、ラウラにヘッドショットで仕留められたのだ。


 おいおい、まだこっちは1発しか撃ってないぞ。


「さすがお姉ちゃん」


『どうも』


 頼もしいよ。


 AK-12を背中に背負い、ホルスターの中からPL-14を取り出す。これから室内戦になるわけだが、それほど広い場所ではないだろう。アサルトライフルよりもハンドガンとナイフで応戦した方が立ちまわり易いに違いない。


「アルファ1よりエリンへ。これより室内へ侵入する」


『了解。見張りは?』


「全員ラウラが永眠させた」


『……………速いわね。あんたらが出て行ってからまだ4分よ?』


 計ってたのかよ。


 というか、警戒しながら慎重に進んでいたとはいえ、前哨基地を4分で制圧するとは。さすがラウラだ。


『とりあえず、こっちも移動するわ。幸運を』


了解ダー、同志」


 俺は連絡を終えると、前哨基地の中へと続く扉を静かに開けた。













 基地の中は、まるで奴隷売り場のような臭いがした。血と膿の臭いがするし、腐った食べ物の臭いがする。まだ奴隷制度を廃止するべきだという世論が勢いに乗る前にはラガヴァンビウスでも奴隷売り場は何ヵ所もあったし、そういう場所を目にしたこともあるけれど、店の外にもそういう臭いが広がっていた。近くを通る人々はその悪臭と奴隷たちの絶叫に包まれながら顔をしかめるだけで、彼らを助けようとはしなかった。


 そういう世界なのだ。前世の世界のように敗戦国の人命も尊重される世界ではなく、敗北すれば〝人”ではなく〝売り物”にされ、購入した者たちに労働させられたり、犯されるだけ。負ければたちまち人ではなくなる世界だからこそ、それは普通の光景に違いない。


 けれども、ここはある意味でそういう場所よりも酷い。まだ彼らは〝人”だというのに、そういう扱いを受けている。


 前哨基地の地下には、ずらりと牢屋が並んでいる。中には空いている牢屋もあるけれど、殆どの檻の向こうには様々な種族の捕虜が入れられていて、痣だらけの状態で横たわっていた。中にはここの騎士に犯されたのか、ボロボロになった服に身を包み、牢屋の隅で泣きながらぶるぶると震えている少女もいる。


「ひどい……………」


 ウェルロッドを構えていたノエルが、捕虜たちを見つめながら呟いた。


 これが敗者の末路だ。戦争に負ければ、こうやって虐げられる。


 牢屋の向こうで震えている少女に、「必ず助けるからな」とオルトバルカ語で話しかける。言葉が理解できなかったようだが、俺たちがこの騎士ではないと気付いたその少女は、虚ろな瞳に浮かんでいた涙を拭い去ると、唇を噛み締めながら頷いた。


 彼女の前を通り過ぎようとした次の瞬間だった。


『あっ…………ああ……………きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!』


「!」


 廊下の奥から、少女の絶叫が聞こえてきたのである。おそらく尋問されているのだろう。彼女がどれほどの苦痛を味わっているかは分からないが、普通の少女が発する絶叫とは思えないほどの叫び声だった。


 びくりとしたノエルを連れ、俺は訓練の時のように音を立てず、通路の奥まで走った。奥には牢屋が並んでおり、その脇には表面が剥がれかけている赤い扉がある。絶叫が聞こえてきたのは、その扉の中からに違いない。


『やだ、やめて……………たす………け……………て……………』


 弱々しい少女の声。言語はカルガニスタン語だ。


『おい、やめろ! ……………あーあ、壊れちまった』


『あ? おい、ガキ。死んだふりなんかするんじゃねえ!』


『馬鹿、もう死んでる。だからお前はやり過ぎなんだ。生かしておけば俺も楽しめたのによ』


『これも尋問だって。ギャハハハハハハハハハッ!』


 クソ野郎が……………!


 歯を食いしばりつつ、俺はノエルに目配せした。すると彼女は頷いてから、連射の利かないウェルロッドではなく、近接戦闘用のジャックナイフに武器を切り替える。


 そしてナイフの柄を握りしめてから――――――――右手を硬化させ、ナイフのフィンガーガードで思い切り扉を殴りつけた!


 めきり、とドアがあっさりとへし折れる。まるで自動車の体当たりを喰らった板の束のように木端微塵になったドアの向こうには、今しがた少女を殺した2人のクソ野郎が、いきなり乱入してきた俺たちを見て目を見開いていた。


 ハンドガンを足に向け、左側にいた男の足を撃ち抜く。太腿に風穴を開けられた男は倒れそうになるが、倒れるよりも先に下りてきた顎に向かって膝蹴りをぶちかまし、強引に立たせる。そして右手のナイフを振り上げると、俺の膝蹴りで口の中が血まみれになっている男の喉元へと、何度もナイフを突き立てた。


 瞬く間に漆黒のナイフが真っ赤に染まっていく。切っ先が首の骨を何度も直撃し、徐々に男の首の骨が折れていく。


 反対側では、もう1人の男もノエルによって掃除されている最中だった。ジャックナイフで片目を抉られ、両手で押さえている隙に今度は耳を斬りおとすノエル。そして今度は唇をズタズタにし、更にナイフを突き入れて歯茎をめちゃめちゃにする。


 最後は声帯に向かってナイフを突き立てて止めを刺した。


「クソ野郎にお似合いの最期だ」


 動かなくなった2人の男を見下ろし、俺は呟いた。そしてこの2人に尋問されていた少女を確認するために、顔を上げる。


 椅子に腰を下ろしていたのは、俺と同い年くらいの黒髪の少女だった。身に纏っていた筈の服はもうボロボロで、白い肌が殆どあらわになっている。身体中は痣と血で覆われていて、彼女の周囲の床には悪臭を放つ明らかに血ではない別の液体がへばり付いている。


 椅子の傍らには血まみれのナイフが転がっているし、細い彼女の指の先にある爪は、全て剥がされている。身体だけではなく、心まで壊され、汚された少女の残骸。顔をしかめながら、俺は目を見開いて絶命している少女の目をそっと閉じさせた。


 安らかに眠れと祈っても、無理だろう。彼女はきっと絶望して死んでいったのだから。


「……………許せ」


 もっと早く突入していれば……………!


 歯を噛み締めながら、俺は踵を返した。


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