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ノエルの覚醒

※今回はグロいです。ご注意ください。

 エイナ・ドルレアンには大きなショッピングモールがある。昔にここに住んでいた貴族が王都へと引っ越したせいで、取り残されてしまった屋敷をある資本家が購入し、ショッピングモールに改装したという変わった建物である。だから王都にあるようなショッピングモールとは異なり、かつて貴族が生活していた頃の面影がまだ残っているという一風変わった店だ。


 第二の王都とも呼ばれるエイナ・ドルレアンの中でも人気のショッピングモールの周囲には、もう既に騎士団の団員たちが展開し、音響魔術を使って傭兵たちに何かを呼び掛けているところだった。シルクハットを片手で押さえながら妻たちと共に野次馬の中を進んでいくと、ショッピングモールを包囲していた団員の1人が俺の到着に気付き、隊長と思われる人物に「ハヤカワ卿が到着しました!」と報告する。


 言っておくが、俺は貴族ではない。会社を経営しているごく普通の庶民である。貴族でもないのにハヤカワ卿と呼ばれるのは、我が家が裕福なのか、それとも単なる愛称なのかはまだ分からない。


 不快なわけではないが、他の貴族の前でそう呼ばれると、貴族たちが一斉に渋い顔をするのだ。まあ、そいつらを尻目にニヤニヤと笑うのも面白いので、悪くはないけど。


 若い団員に敬礼された俺たちは、立ち止まって敬礼を返す。


「状況は?」


「はい、数名の傭兵たちがショッピングモールを占拠し、広間に立て籠もっています。モリガンカンパニーには『ただちに企業の運営を停止し、この国から退去せよ』と要求しているようです」


「馬鹿馬鹿しい。そんなお粗末な恫喝で動じるわけがないだろう」


 今まで、そんな事を要求して馬鹿な事件を起こしてきた奴らは全員棺桶に入る羽目になったのだ。きっとこいつらも、同じ運命を辿る羽目になるに違いない。


 端末を取り出し、妻たちに武器を支給する。当然ながら室内戦になるし、相手には人質もいるため、アサルトライフルではなくSMGサブマシンガンのほうが適任だ。このような場合、命中精度が低い傾向にあるSMGサブマシンガンの中でも群を抜いて命中精度の高いMP5が適任となる。


 その中でも特に銃身の短いMP5Kを妻たちに支給し、俺も軽く点検をしてからそれを腰に下げた。


「君たちはこのまま敵を引きつけてくれたまえ。我々が〝掃除”する」


「はっ。ご武運を、ハヤカワ卿」


「ありがとう」


 今までと同じだ。


 トリガーを引き、敵を殺す。今まで何度もやってきた事を、またここで繰り広げるだけだ。












 その瞬間に起こった出来事は、これから惨劇が起こると既に決めつけていた僕たちや他の人質たちの予想を容易く裏切った。


 傭兵たちや貴族たちの自分勝手な要求の生け贄として、14歳の少女が剣で切り裂かれるという理不尽な光景。次の瞬間には、泣き叫ぶ彼女の声が一瞬だけひしゃげ、鮮血を噴き上げる音にかき消されてしまう事だろうと、その光景を目にしていた全員が勝手に決めつけていたことだろう。


 父親にあるまじき考えかもしれないけど、正直に言うと、僕もその予想を裏切られた1人だったと言わざるを得ない。


 愛娘を死なせるつもりはない。でも、もしかすると死んでしまうかもしれない。ノエルは死なせない、という正しい思考の裏から染み出し、いつの間にか正常な思考の表面を塗り潰していた諦めを、その目の前の光景が更に塗り潰したのである。


 傭兵の振り下ろした剣で、少女が死ぬ。


 普通ならばそうなるだろう。


 なのに、その無残なシナリオをどう書き換えれば―――――――――その剣が、振り下ろそうとしていた小太りの傭兵の腹に、突き立てられるような結末になるのだろうか。


「ガッ……………?」


「は…………?」


 あの剣は、ノエルに突き立てられる筈ではなかったのか。


 ウェルロッドをその男に向けたまま、僕とミラは唖然としていた。手元が狂ったのか、振り下ろされた筈の剣は切っ先の向きを真逆へと変え、男の腹に突き刺さったのである。


 ただのミスだろうか? いや、こんなことをしたとはいえ傭兵だ。少なくとも魔物と戦うための訓練は積んでいる筈だから、いまさらそんなミスをするとは思えない。


「お、おい、何やってる…………?」


「あ、あ、あれ………?」


 リーダー格の男に問われ、剣が突き刺さってしまった哀れな男は目を見開いた。


 するとその男は、今度はもう片方の手で突き刺さっている剣の柄を握った。とりあえず刺さった剣を抜こうとしているのだろうと思いつつ見守っていると―――――――その男は、自分に刺さっている剣を引き抜こうとするどころか、逆にその剣を下へと下げ始めたのである。


 まるで、自分で自分の腹を切り開こうとしているかのようだった。


「あっ…………ア…………ギッ……………!?」


「ばっ、馬鹿、何やってんだ!?」


「わ、分かり………まッ……せんッ…………! で、でも………死ななきゃッ…………!」


「はぁ!?」


 まさに、自殺行為だ。


 小太りの傭兵は、そのまま剣を下に下げ続けた。臍の下の辺りまで剣を下げた彼の腹はまるでこれから調理される魚のように裂けており、殺し合いが日常茶飯事となっている戦場でもお目にかかれないほどの量の鮮血を噴き出し続けている。


 紅く汚れる純白の石畳。予想以上の惨劇を目の当たりにしてしまった、人質や野次馬たちの絶叫。そして血涙を流し、白目になりながらも両手を広げ、自分の腹を見せつける小太りの傭兵。


 そのまま倒れるのかと思ったけれど、その傭兵はまだ生きているようだった。


 今度はその剣を近くに投げ捨てると、その傭兵は空いた両手を自分の腹へと突っ込んだのである。傷口を塞ぐためではなく、逆に押し広げようとしているかのように。


 鍛え上げられた剛腕が傷口に入り込み、肋骨や筋肉を圧迫する。何をするつもりなのだろうかと思いながら見守っていると、その傭兵は狂ったように呻き声を上げると―――――――なんと、そのままその両手で自分の内臓を引っ張り出したのだ。


 踊り場の反対側で、グロテスクな光景を目の当たりにしてしまったミラが目を瞑り、顔をしかめながら横を向いてしまう。


 長い間傭兵を続けていれば、グロテスクな光景には慣れるものだ。戦場でズタズタにされた死体や焦げてしまった死体を何度も目にしてきた。殺した敵の死体が原型をとどめていないのは当たり前だ。でも、目の前で死のうとしている男のように、自分から無残な死に方を望んでいるような『死』は、一度も見たことがない。


 まるで見えない何かに、自分の内臓を全てささげようとしているようにも見える。


「アッ……ガッ…………アァァ…………ギィッ」


「うっ…………ば、馬鹿、やめろッ!」


 もう、その男は呻き声しか口にしていなかった。激痛のせいで正気を失っているらしく、もうすっかり白目になっている。でも、身体はまるで無残な死を望んでいるかのように、太い両腕を自分の腹に突っ込んで、相変わらず血で真っ赤になった腸を腹の中から荒々しく取り出し続けている。


 やがて男の目の前に腸の山が出来上がる。男は物足りないと言わんばかりにまだ内臓を取り出そうとしたけれど、次の内臓を取り出そうとしたところで身体が動かなくなった。ぴたり、と両腕の動きが止まり、ぐらりと小太りの男の身体が傾く。


 そのまま今しがた自分が取り出した腸の山の上に崩れ落ちた。ぐちゃっ、と腸の中から血液が絞り出される音が響き、呻き声の残響をかき消す。


「う、うわ…………」


「わぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」


 男が絶命してから3秒ほど経過してから、その惨劇を目の当たりにしてしまった者たちは全員我に返った。予想外の惨劇に奪われていた感情が一斉に戻ってきたかのように、野次馬や人質たちはあっさりとパニックに支配されると、傭兵たちが武装しているにもかかわらずそのまま遁走を始めたのである。


 普通なら、逃げ出した人質たちを始末するために傭兵たちも武器を振るうところだ。しかし、その傭兵たちもいきなり仲間の1人が無残な死に方で自殺したことにショックを受けているらしく、唖然としたままだった。逃げ出す人質を追いかける傭兵は1人もいない。


 でも、その惨劇が起こった広場の中で、1人だけパニックを起こしていない少女が佇んでいた。もしいつもの彼女がこんな光景を目にしてしまったら、真っ先にパニックを起こしている筈なのに。


 しかも、すぐ近くで自分を殺そうとした男が無残な死に方をしたのに―――――――――ノエルは、全く動じていなかった。


「ノエル…………?」


 倒れている男を見下ろしていたノエルは、無言で顔を上げた。


 黒髪に付着した血を白くて小さな手で拭いながら、まだパニックを起こしているリーダー格の男に手を伸ばす。そして、彼女は―――――――――純粋な愛娘とは思えない言葉を、口にする。


「――――――――お前も、死んじゃえ」


「え…………?」


 信じられない。


 ノエルは優しくて、とても純粋な女の子なのに。


 あの子は、もし仮に憎たらしい相手が目の前にやってきたとしても、決して「死ね」と言うことはない筈だ。いったい何が起きているのだろうか。


 すると、そのリーダー格の男は、手にしていたスチーム・ライフルの銃口を自分の胸板に当てると、まるで自分の身体を自分で撃ち抜こうといているかのように指をトリガーへと近づけ始めたのである。スチーム・ライフルの貫通力は7.62mm弾にも匹敵するため、そんなことをすれば間違いなくただでは済まない。ヒールで治療する暇もないだろう。


 けれど、トリガーを引こうとしているリーダーの指は、まるで抵抗しようとしているかのように痙攣を続けていた。どうやら自分の意思ではなく、何かに身体を操られているらしい。


「り、リーダー! 何やってるんです!?」


「わ、分からねえ! かっ………身体が……………ッ」


 部下がリーダーの自殺を止めようとした頃には、リーダーの腕力が、見えない何かに屈してしまっていた。


 太い親指がトリガーを押し込み、スチーム・ライフルに接続されたケーブルが一瞬だけ膨らむ。その高圧の蒸気によって押し出された鉄製の矢はクロスボウを遥かに上回る運動エネルギーを与えられ、飛竜の外殻も貫通可能なほどの破壊力を纏いながら、銃口から飛び出す。


 その矢はすぐにリーダの胸板へと突き刺さると、容易く胸筋と胸骨を粉砕し、肺と心臓を木端微塵にすると、背骨を食い破って肩甲骨の間から姿を現した。


 そして今度はリーダーが背負っていた蒸気の入っているタンクを貫くと、高圧の蒸気でリーダーの背中をズタズタに引き裂いてしまう。至近距離で蒸気を放つだけでも人間の皮膚を容易く抉るほどの圧力の蒸気が噴き出したのだから、タンクを背負っていたリーダーの肉体が原型を留めていられる筈もない。純白の蒸気を先決と肉片で薄い紅色に染め上げながら、鍛え上げられた男の肉体が砕け散る。


「ひいっ……………!?」


 傍らで砕け散った男の返り血を浴びたノエルが、生き残った傭兵たちの方をゆっくりと見つめながら、いつも人形を抱えている細くて真っ白な手を、彼らへと向けて伸ばす。


 まるで「怯えるな」と言うかのような優しい仕草だったけど、その真っ白な腕が何の前触れもなく変色し始めた瞬間、唖然としていた傭兵たちが復活したパニックに再び支配された。


 何と、エルフに間違われるほど真っ白なノエルの右腕が、唐突に黒と黄色の複雑な模様へと変色したのである。単純な縞々模様ではなく、まるでジョウロウグモのような模様だ。しかも肌が変色しただけでなく、よく見ると昆虫の外殻と騎士の鎧を組み合わせたような形状の外殻に覆われているのが分かる。


 騎士の放つ重々しさと昆虫の醸し出すグロテスクさが融合した、奇妙な右腕。それが今のノエルの右腕である。


「あれは……………」


 ゆっくりと変異を終えていく彼女の腕を見た瞬間、僕は兄さんの身体の事を思い出した。


 この世界初のキメラとなった兄さんは、自由自在にサラマンダーの外殻を生成して皮膚を覆い、硬化する事ができる。外殻の形状と色は全く別物だけど、ノエルの今の右腕は、その兄さんの能力にそっくりだった。


「まさか…………!」


 ミラが妊娠したのは、僕が右腕にキングアラクネの義手を移植した後の事だ。この世界の義手は機械ではなく魔物の素材を使用するため、そのまま移植すると身体が拒否反応を起こしてしまう。そのため、遺伝子的に全く違う生物の身体の一部を馴染ませるために、少しずつその素材に使った魔物の血液を身体に投与する必要がある。


 この世界の人々はそれに免疫があるのか、変異を起こすことはない。けれど転生者はこの世界の人間ではないから、その免疫を持ち合わせていないために変異を起こし、キメラとなってしまう。それがフィオナちゃんの仮説だ。


 そして父か母がキメラとなった場合、その遺伝子まで子供に影響してしまう。両親の片方がキメラならば、生まれてくる子供もほぼ確実にキメラとして生まれてくるのだ。しかも、原点(第一世代)となる親よりも強力なキメラ(第二世代)として。


 今までノエルがキメラになる予兆は全くなかったし、種族もハーフエルフという事になっていたんだけど、どうやら極限状態を経験したことで変異が促進されてしまったらしい。


 つまり―――――――――ノエルは、キメラとして覚醒したという事になる。


 しかも、謎の能力まで身に着けた状態で。


(ノエルが、キメラに…………!?)


「…………!」


 突き出したノエルの右手の指先から、銀色に煌めく無数の何かが放出され始めた。とはいえ、おそらく常人では黙視することは出来ないだろう。常人離れした視力の持ち主か、魔術でも使わない限りその糸は見えない。


 まるで蜘蛛が巣を作ろうとしているかのように広がり始めたその糸は、いきなり右腕を変異させた少女に驚く傭兵たちの身体にひっそりと絡み付いた。傭兵たちは「な、何だその腕は!?」と叫びながら動揺しているけれど、ノエルは何も答えない。指を小さく動かしながら巧みに糸をコントロールし、傭兵たちの急所に的確に糸を巻き付けていく。


 もし彼女が僕の遺伝子のせいでキメラになってしまったのだとしたら――――――――あの糸は、普通の糸ではない。


 普通の蜘蛛は、粘着性の糸を使って獲物を絡めとり、捕食してしまう。魔物の一種であるアラクネも同じく、粘着性の糸を操ることで有名だ。けれども僕が移植した義手は、〝キングアラクネ”と呼ばれる強力な魔物の義手である。


 蜘蛛と騎士を融合させたような奇妙な外見の魔物で、他の蜘蛛と同じく糸を操るんだけど、その糸は得物を絡め取るための糸ではなく、触れたものを瞬く間に切り刻んでしまうほどの硬質の糸なのである。しかもキングアラクネは極めて獰猛で、その気になればドラゴンをバラバラにして捕食してしまうという。


 ノエルが受け継いだ遺伝子が、そのキングアラクネの遺伝子なのだとしたら、あの糸は―――――――!


「ぎっ」


 そう思った次の瞬間、すっかり人質が逃げてしまった広い広場でノエルを睨みつけていた男の肉体に、ついにその糸がめり込み始めた。皮膚に糸がめり込んだと思った頃には糸が皮膚を切断して筋肉繊維をズタズタにし、複雑な形状に寸断される羽目になった男たちが、一斉に鮮血を噴き上げた。


 床を埋め尽くした鮮血の上に、グロテスクな音を奏でながら無数の肉片が降り注いでいく。身に着けていた剣や防具もろとも切断していたらしく、中には金属の破片も混じっていた。時折聞こえる金属片はそれが原因なんだろう。


 もう、広場に立っている人影はノエル以外にいない。倒れている男たちも、全員原形を留めない状態で床に転がっている。まるで猟奇的な殺人事件の現場を目にしているようだ。


「!」


 覚醒したばかりだったからなのか、ノエルの小さな身体がぐらりと揺れる。返り血まみれのノエルがゆっくりと血の海の上で崩れ落ち、吹き抜けの上で見守っていた僕たちを見て微笑んでから、彼女は瞼を閉じた。




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