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ノエルが買い物に行くとこうなる

この番外編ですが、時系列はタクヤが雪崩に巻き込まれてるあたりです。つまりノエルがお出かけしている頃、タクヤは雪の下で凍死寸前…………(笑)


 エイナ・ドルレアンは第二の王都と呼ばれるほど発展した大都市の1つである。今では馬車を凌ぐ普及率を誇る列車の線路もオルトバルカの各地へと伸びており、利用する客も増加し続けている。工場の数も同じように増え続けているため、遠方から働きに来る労働者も珍しくなく、駅の改札口から先が混雑しているのは日常茶飯事だ。


 ガラス張りの華やかな駅の入口から出てくる利用客たちを見つめていた僕は、黒いスーツの裾をぐいっと引っ張られ、微笑みながら下を見下ろした。僕とミラの間に生まれた愛娘にとっては、今日は人生で初めて家の外を本格的に出歩く日なのだ。きっと楽しみにしているに違いない。


 僕の袖を引っ張ったノエルは、セミロングの黒髪から左右に延びたハーフエルフの長い耳をぴくぴくと動かしながらはしゃいでいる。この耳を動かす癖は若い頃のミラと同じで、彼女もはしゃいでいる時は今でも耳をよく動かしている。逆に体調が悪かったり、落ち込んでいる時は耳が下を向くという特徴があるので、彼女とノエルの場合は耳を見ていれば何を考えているのか分かる。


「ねえねえ、今日はどこに行くの?」


「ええと、近くにあるショッピングモールでお買い物だよ。ノエルの服を見たり、今日の夕飯の食材を買ってから…………近くのレストランでお昼にしようか」


「レストラン!? 私、レストランに行くの初めてっ!」


「あはははははっ、そういえばそうだね。今日はいっぱい楽しみなよ」


「うんっ!」


 ああ、また耳が動いてる…………。


 元気な子犬を思わせる愛娘の頭を撫でながら、僕はそれを見守っている妻に向かって微笑んだ。耳を動かしながらはしゃぐ娘を見ていると、若い頃の妻の事を思い出してしまう。


 病弱でなかなか家の外に出ることがないノエルだけど、彼女も大きくなったら僕たちに結婚することになるのだろうか。ノエルがそれで幸せならば僕たちは祝福するけれど、何だか寂しいなぁ…………。いつも依頼を終えて家に帰ると、ノエルに笑顔で出迎えられた瞬間に疲労が全て消滅していたというのに、その彼女が見知らぬ男と結婚することになるのだから。


 ああ、愛娘を幸せにできるような男性と結ばれることを祈りたいけれど、もし彼女を悲しませるような奴だったら………………とりあえず、バラバラにしよう。うん、昔から何かをバラバラにするのは得意分野だからね。爪先から1cmずつハムみたいに輪切りにして肉屋に出荷してやる。


(それじゃ、行きましょう♪)


「おー!」


 ノエルの小さな手を優しく握りながら、家族3人で石畳に覆われた伝統的な通りを進んでいく。エイナ・ドルレアンは産業革命の恩恵で一気に発展した街だけど、伝統的な部分がすべて失われたというわけではない。この石畳の通りや古い建築様式の家は、オルトバルカの伝統らしい。


 中には僕たちが若い頃から景色が変わらないところもある。そういう場所を目にすると、魔物を目にする度にビクビクしていた若い頃を思い出してしまう。


 何だか、懐かしいな。アサルトライフルを抱えながらみんなよりもどうしても遅れてしまって、よく兄さんやミラに励まされてたような気がする。あの頃は銃が重いって思ってたんだけど、今では7.62mm弾を使用するような反動の大きな銃を片手でぶっ放すのは当たり前だ。……………腕力、かなり鍛えたんだよね。


「あ、パパ見て見て! 機関車!」


「本当だね。問題です、あの列車はどこに向かうのでしょうか?」


「えっと、確か王都はあっちに………………あっ、王都だ! ラガヴァンビウス行きっ!」


「あははははっ、大正解!」


「やったぁっ♪」


(ノエルは賢いのねっ♪)


 この子は外に出ることはないから、いつもは部屋の中で人形たちと遊ぶか、ミラが買って帰る本を読んで過ごしている。時折家を訪れるフィオナちゃんとお話をするのも楽しみにしているらしく、その度に色々と彼女から外の世界の事を聞いたりしているらしい。


 それと、不規則的に家に届くタクヤくんたちからの手紙でダンジョンの事を知るのも、家の外に出られないノエルの数少ない楽しみの1つだ。手紙の中には白黒の写真を同封している物もあって、その写真には仲間たちが一緒に写っていた。


 今頃、彼らはシベリスブルク山脈を越えているだろうか。一昨日家に届いた手紙には、『スオミの里のみんなと仲良くなった』って書いてあったし、今頃はスオミの里だろうか。


 あの辺りの気候はかなり特殊だ。シベリアを思わせる極寒の山脈の向こうに、中東を思わせる灼熱の砂漠が広がっているのだから。


 一説では、カルガニスタンやフランセン共和国から流れてくる熱風が、シベリスブルク山脈を温めることで〝辛うじて”オルトバルカが人間が住めるような雪国にしているのだという。その両国が存在しなければ、このエイナ・ドルレアンも今頃は永久凍土になっているに違いない。逆にシベリスブルク山脈がなければ、フランセン共和国は自国の火山のせいで火の海と化し、カルガニスタンも人間が住めないほどの気温になっているという。


 ちなみにこの説は、僕が学んだのではなく、ノエルが本を読んで僕に教えてくれた知識だ。前世の世界では考えられない事だけど、この世界ではこういう環境は当たり前らしい。


 この子は大きくなったら何になるんだろうね。フィオナちゃんみたいな研究者かな? 兄さんならあっという間に採用してくれそうだけど。


 お気に入りのぬいぐるみを抱えながら歩くノエルを連れ、妻と一緒に大通りを歩き続ける。すれ違った知り合いに挨拶していると、時折ノエルの抱えている人形を他の女の子が興味深そうにじっと見つめていた。きっと、あのぬいぐるみはどこで売っているんだろうかと思っているんだろう。


 残念だけど、ノエルが抱えているぬいぐるみは非売品だ。なぜならば、彼女が裁縫の練習を繰り返して作り上げた手作りのぬいぐるみなのだから。


 ちなみに、今抱えているぬいぐるみはラウラちゃんがモデルになっている。綺麗な赤毛や髪の中に隠れている角だけでなく、ミニスカートの中から伸びるキメラの尻尾までちゃんと再現してある。ノエルからすれば尊敬する元気なお姉ちゃんのぬいぐるみだけど、他の人から見れば何かのマスコットキャラクターにしか見えないだろう。


「それにしても、ノエルって器用だよね」


「えへへっ。このお人形さんね、ちゃんとナイフも持ってるんだよっ♪」


「え?」


 そう言ったノエルは、抱えていたラウラちゃんをモデルにした人形の足の方へと手を伸ばした。脹脛の辺りに装着されているパーツから伸びた糸を引っ張ると、その中に納まっていたナイフを模した黒い糸の塊が展開する。


 そ、それまで再現してるんだ……………。


「それでね、今度音響魔術を使っておしゃべりもできるように改造しようと思ってるのっ♪」


 ラウラちゃん、アフレコお願いします。


 というか、音響魔術ってそんな事もできるんだね。


 音響魔術は音波を操る事ができる魔術で、大昔にエルフが提唱した魔術の1つだ。一時期は廃れかけていたんだけど、モリガンの傭兵として各地で戦ったミラが得意としており、その力を目にした各地の魔術師たちが復興と普及を目指して努力を続けた結果、今ではメジャーな魔術の中に名を連ねつつある。


 特定のの属性に含まれない『無属性』に分類される魔術で、魔力を音波に変換することで超音波を発したり、今のミラのように口を動かさなくても声を出す事ができるようになる。その気になれば僕や兄さんの声の真似もできるらしい。上手く使えば、ボイスレコーダーのように音声の録音もできるんだとか。


(ノエルは器用なのねぇ)


「ありがとっ。あ、ママのお人形さんも作ったの。お部屋にあるよ♪」


(シン、私この子を純粋な子に育てられて満足してるわ)


「ぼ、僕も…………」


 純粋だよね、ノエルって。


 彼女の頭を撫でながら歩いていると、通りの向こうにショッピングモールが見えてきた。王都に引っ越しした昔の貴族の屋敷を購入し、それを改装してそのままショッピングモールにしたという変わった経歴のある大きな店で、天井の一部は駅のようにガラス張りになっていたり、床には豪華なカーペットが敷かれていて、貴族の屋敷だった頃の面影をまだ残している。


「あっ、あそこ?」


「うん、あそこだよ。さあ、最初はノエルのお洋服を見に行こうね」


「わーいっ♪」


 僕とミラは微笑むと、ノエルと手を繋ぎながら入口へと向かった。












 日曜日だからなのか、ショッピングモールの中はやたらと混雑していた。正装に身を包んだ紳士や、やけに派手なドレスに澪を包んだ淑女も見受けられるけど、大半は週に数回の休日を謳歌する家族連れの労働者だろう。


 中には仕事で工場を訪れた時に顔を合わせたことのある労働者もいて、彼らと目が合う度ににっこりと微笑みながら小さく頭を下げておく。お互い家族連れで買い物の最中なのだから、仕事の話をして雰囲気を壊すような真似はしない。


 エイナ・ドルレアンの工場は他の工場や企業と比べると賃金も高いし、従業員への待遇もいいと言われている。それに、種族の差別を一切しないので、他の企業や工場に不満を持つ従業員の大半はエイナ・ドルレアンかモリガン・カンパニーに就職しているような状態だ。


 まあ、大概の貴族が経営する工場は利益を最優先にしてるからね。従業員兵の待遇は二の次だし、種族の差別は当たり前だ。酷いケースでは人間以外の種族の従業員の賃金が、人間の従業員の3分の1になっている工場もあるという。


 今しがた僕に頭を下げていったのは、この前その工場を退職してモリガン・カンパニーに再就職したハーフエルフの男性だった。3歳の息子と2歳の娘がいる4人家族で、さすがに家族を養うには賃金が3分の1では辛かったんだろう。今ではモリガン・カンパニーの技術分野で新技術の開発に勤しんでいるらしい。


「パパ、知り合いの人?」


「ああ、お仕事で会った事があるんだ」


「そうなんだ」


 僕も頑張って、この子を育てないと。


 ノエルの息が少しだけ上がっていることに気付いた僕は、ミラと頷き合ってから少しだけ歩くペースを落とした。彼女は幼少の頃から身体が弱くなっており、普通に歩くだけでも息切れしてしまう事は珍しくない。


 あらゆる種族の中でもオークと並んで身体が屈強とされているハーフエルフでは考えられない体質だ。


(ノエル、大丈夫?)


「う、うん、大丈夫だよ。えへへっ」


 呼吸を整えるノエルを連れ、エレベーターを目指す。洋服売り場は確か5階にあるから、そこまで階段を使ってノエルを連れて行くわけにはいかない。下手をしたらノエルが動けなくなってしまう。肩車とかだっこをしても良いんだけど、さすがに14歳の娘にそんなことをすればノエルが恥ずかしがってしまう。僕やミラは構わないんだけど、ノエルが嫌がるだろうからね。娘の事が第一だ。


 エレベーターは1階の隅の方に4つ並んでいた。前世の世界から見れば古めかしい雰囲気のエレベーターで、鉄格子を思わせるような扉が特徴的だ。もちろんモリガン・カンパニー製で、ワイヤーと側面の歯車を使ってエレベーターを昇降させる仕組みになっている。小型のフィオナ機関が動力源で、中にはそれに魔力を送るためにエレベーターガールが待機している。


「いらっしゃいませ。何階へ向かいますか?」


(5階でお願いします)


「はい、かしこまりました」


 制服に身を包んだエルフのエレベーターガールが、5階のボタンを押してから壁に描かれている魔法陣に手をかざし、フィオナ機関へと魔力の供給を開始する。張り巡らされた細かい配管の中で加圧された魔力が動力源へと伝達され、側面の歯車が、ガチン、と駆動し始める。


「わあ…………パパ、見て! すごーい…………!」


 袖を引っ張りながらノエルが見ているのは、後ろに広がるエイナ・ドルレアンの街並みだろう。エレベーターの壁はガラス張りになっていて、外の景色が一目瞭然なのだ。


 窓の外に釘付けになっているノエルの耳が、ひっきりなしにぴくぴくと動く。やっぱりこの子もミラと同じく、耳を見ていれば何を考えているのか分かる。いつもはしゃいでいる時はこんな感じに耳を動かしてるからね。


「5階でございます」


「ありがとう」


「ごゆっくりどうぞ」


「お姉さん、ありがとうっ!」


「ふふふっ。楽しんでいってね」


 エレベーターガールを担当していたエルフの女性に手を振りながら、ノエルは僕たちの後をついてくる。彼女がはぐれないようにすぐに手をつないだ僕は、壁に用意されている案内板を確認しながら洋服売り場へと向かう。


 このショッピングモールが貴族の屋敷だった頃は、洋服売り場のスペースは何に使われていたのだろうか。やたらと広い広場の中にずらりと洋服が並び、壁際の方や広間の柱の近くには試着室が用意されている。前世の世界の洋服売り場の比ではない。天井にはやや小さめのシャンデリアがぶら下げられていて、まるでショッピングモールの中というよりは貴族の屋敷の中にでもいるかのようだ。本当にここは改装したのだろうか?


「わあ…………!」


 ノエルには何が似合うかな? 真っ白なワンピースが似合うんじゃないだろうか?


 まあ、ノエルの好きな服が一番だね。


 耳をぴくぴくと動かし、目を輝かせながら洋服売り場を見渡すノエル。僕が「好きなのを選んでね」というよりも先に、まるで飼い主が放り投げたフリスビーを一目散に追いかける子犬のように、ノエルは駆け足で洋服売り場の方へと走っていった。


 あ、ノエル。お前は身体が弱いんだから走ったらすぐに息上がっちゃうでしょ。


(ちょ、ちょっと、ノエル!)


「まったく…………」


 それに、はぐれたら大変だ。あの子は家の外に出て本格的に出歩くのはこれが初めてなんだから、僕たちからはぐれてしまったら九分九厘はぐれてしまうに違いない。


 少しばかり慌て、僕とミラは同時に走った。ノエルは目を輝かせながら並んでいる洋服の中から真っ白なワンピースを手に取ると、楽しそうに笑いながら試着室の方へと走っていく。


 まったく、ノエルったら。ちゃんと買ってあげるから、そんなに慌てなくてもいいじゃないか。


 ノエルが右に曲がったのを確認し、僕も通路を右に曲がる。確か、そっちの方にも試着室があった筈だ。前にこの洋服売り場に新しいスーツを買いに来た事があったんだけど、試着室の中も結構豪華だったんだよね。まあ、元々は貴族の屋敷だったし、そういう雰囲気を出しているのもここが人気の理由なんだろう。


 そんな事を考えながら通路を曲がり終えた瞬間、僕は目を見開いた。


「――――――――えっ?」


 あ、あれ? ノエル…………?


 通路の先に、黒髪のハーフエルフの少女の姿はなかった。はしゃぎながらワンピースを手にし、試着室へと走っていく愛娘の姿はなく―――――――――高級そうな雰囲気を放つ木製の床と、ずらりとならぶ大人用の洋服の間に挟まれた通路には、彼女が手にしていた筈のものと全く同じデザインの白いワンピースが…………。


 慌てて、僕は走った。近くに曲がり角があったから、そっちに走っていったに違いない。はしゃぎすぎてワンピースを落としてしまっただけなんだ。ああ、ノエルはちょっとおっちょこちょいだから…………!


 顔を青くしながら、近くにあった曲がり角を見据える。けれど、その先にはワンピースを落として慌てる愛娘の姿はなく、洋服を買いに来た買い物客や、新しい服をかける店員しかいない。


「ノエル………………」


 どこに行ったんだ、ノエル……………!?

 


 




タクヤ=シスコンの変態

ラウラ=ブラコン&ヤンデレの変態

ナタリア=まとも(ツンデレ?)

ステラ=食欲の変態

カノン=純粋な変態

ノエル=まとも

クラン=やや変態?

ケーター=まとも(ツッコミ役)

坊や(ブービ)=砲撃の腕が変態

木村=ガスマスクの変態


………モリガンよりテンプル騎士団の方がひでえwww


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