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タクヤとラウラがプレゼントを買いに行くとこうなる


 21年前の親父たちは、毎朝こんな光景を目にしていたのだろうか。


 蒼い空の下に広がるレンガ造りの建物の群れ。21年後の産業革命で発展した王都のものよりも遥かに小さいが、それなりに大きな通りの左右にはずらりと露店が並び、買い物客で混雑している。田舎の街とは思えない活気に包まれた通りを眺めながら、幼少の頃を思い出す。


 ラウラと一緒にモリガンの屋敷に遊びに行く時は、この通りを通っていた。街の外れにあるモリガンの屋敷に行くならばわざわざ街の中を通っていく必要はないんだが、よく甘いお菓子を売っている露店があったので、余裕がある時は小遣いでこっそり買っていくか、母さんかエリスさんにお願いして買ってもらっていたものだ。


 21年後ならばチョコレートやキャンディーなどのお菓子は露店に行けば普通に購入できるし、一般的な家庭の子供たちも購入できるほど安い。しかし、まだ産業革命が始まる前はお菓子はなかなか貴重品らしく、一般的な家庭の子供たちは1ヵ月に1度口にできれば良い方だったという。


 俺たちの場合は両親の収入のおかげで1週間に数回は口にしていたけど、やっぱり恵まれてたんだなぁ………。


 よく2人でキャンディーを買っていた露店はこの頃からあったのだろうかと思いつつ、混雑する通りの中に足を踏み入れる。極力他の人にぶつからないようにするが、王都ほど広くはない通りが混雑している状況では無理な話だ。早くも体格のいいおじさんに肩をぶつける羽目になったけど、おじさんはこれが当たり前だから気にしないと言わんばかりに何も反応せず、そのまま通りの奥へと行ってしまう。


 こちらも気にせずに通りを進んでいくと、魔術師のような恰好をした男性が水晶や壺を売っている露店の隣に、見覚えのある露店が並んでいた。露店と言っても、所々に穴の開いた布で作った即席のテントの下に家庭に置いてあるような大きめのテーブルの上に仕入れた商品をありったけ並べただけの小ぢんまりとした店である。他の露店も似たり寄ったりで、個性が出ている点を挙げれば店主の恰好や商品の違いくらいのものだが、あの露店を目にする度にラウラが目を輝かせていたのを覚えている。


 懐かしい感じがするけど、この時代では俺たちはまだ生まれてないんだよな。


 ほんの少しだけ笑いながら、角を隠すためにかぶっているグレーのハンチング帽を目深にかぶり直す。露店に近付いていくと、そのテーブルの向こうで木箱をせっせと並べていたおばさんが俺に気付いたらしく、にっこりと笑いながら「何か買うかい?」と声をかけてきた。


 やっぱり、このおばさんだ。俺とラウラがここに寄った時も、このおばさんがにっこりと笑いながらお菓子を売ってくれたんだよな。この人は俺たちが生まれる前からここで店を開いていたのか。


「あら、エミリアちゃん?」


「あっ、いえ、違います。その………よく間違われるんですよ」


 うーん、母さんと同い年になるともう見分けがつかなくなるのかな。一応、胸の大きさと瞳の色で見分けることはできる筈なんだけど。


 胸の大きさは当たり前だが母さんの方が遥かに上だ。まさに超弩級戦艦エミリアである。それに対して俺は男だから膨らんでいる筈がない。魚雷艇とかコルベット程度だろう。筋力だったら………巡洋戦艦くらいかな。


 瞳の色は母さんが紫色で、俺は紅い。色がほんの少し似ているけど、この2点で見分ける事ができます。ですのでちゃんと見分けて下さいね。


 とりあえず、何かお菓子でも買っていこう。王都に引っ越ししてからはここの露店のお菓子は食べれなくなったし、買って帰ったらお姉ちゃんは喜んでくれるに違いない。


「あらあら、そうなの? そっくりなんだけどねぇ」


「あははっ、そうですか? あっ、そうだ。このチョコレート2つ欲しいんですけど」


「はいはい、銀貨2枚ね」


 うーん、やっぱり高いな。21年後の値段と比べると高過ぎる。まあ、主に購入しているのが貴族とか裕福な家庭の子供だし、この頃の庶民の子供はなかなか口にできなかったからな。


 財布の中から銀貨を2枚出し、袋に入ったチョコレートを2枚受け取る。おばさんにお礼を言ってから店を離れようと思って踵を返すと、チョコレートをポケットに入れて立ち去ろうとする俺を小さな2人の子供がじっと見つめていたことに気付いた。


 姉弟なんだろうか。お姉ちゃんの方は6歳くらいで、弟の方は4歳くらいだろう。身に着けている服は薄汚れていて、髪もぼさぼさになっている。


「………おばさん、チョコレートをあと2枚ください」


「はい、チョコレート2枚ね」


 後ろを振り向いてから銀貨を2枚おばさんに渡し、更にチョコレートを2枚受け取る。財布をポケットの中に突っ込んでから改めて踵を返した俺は、じっとこっちを見つめていたその姉弟の方に歩み寄ると、新しく買った方のチョコレートを微笑みながら差し出した。


「え………?」


「ほら、食べな。ここのチョコレートは美味しいんだぞ」


 まさかチョコレートを買ってもらえるとは思っていなかったんだろう。きょとんとしながら2人は俺の顔を見上げると、目を丸くしながら差し出されているチョコレートを見た。


 この時代の庶民の収入から考えるとお菓子は高級品だという事と、見ず知らずの男――――――どうせ女だと思ってるんだろう―――――――からお菓子を差し出されているからなのか、2人はなかなか受け取らない。申し訳がないとも思っているのかもしれない。


 微笑みながら頷くと、お姉ちゃんの方が恐る恐るチョコレートの袋に手を伸ばした。2枚とも受け取った小さな女の子は、もう片方を弟の方に渡すと、もう一度俺の顔を見上げる。


「い、いいんですか?」


「ああ、いっぱい食べなよ」


「あっ、ありがとうございます!」


「おねえちゃん、ありがとっ!」


 や、やっぱり女だと思ってたな………。


 もう慣れてきたよ。


 嬉しそうに笑いながら走っていく姉弟に手を振って見送り、俺も露店の前を離れることにする。何だかあの姉弟は、小さい頃の俺とラウラみたいに思えてしまう。だからあの2人にチョコレートをあげようと思ったのだろうか………。


 とりあえず、雑貨店に行こう。今日は普通の買い物に来たわけではないのだ。


 今日は9月22日。俺とラウラの誕生日である。この時代から4年後に、街の外れにある森の中の家で俺とラウラは産声を上げることになっている。


 しかし、それはエリスさんが予定通りに親父の妻になってくれればの話だ。もしここで俺たちが下手に歴史を変え、エリスさんが親父と結婚することがなくなったり、母さんや親父が命を落とす事になってしまったら………俺とラウラは存在しない事になってしまう。


 もしかしたら、あまり俺たちは干渉しない方が良いのかもしれない。下手に干渉すれば歴史が変わってしまうおそれがある。


「………」


 考え事をしながら街を歩いていると、いつの間にか通りから聞こえてくる買い物客の声が聞こえなくなっていた。露店の数も減り、その代わりに路地の左右にはずらりと傭兵ギルドの事務所や看板が並んでいる。入口の所では酒瓶を手にしたいかにもチンピラのような男たちが、チョコレートの袋を手に私服姿でやってきた俺を場違いだぞとでも言うかのように睨みつけている。


 とりあえず、無視しよう。殴り合いになったらめんどくさいし、今は護身用の武器は3つしかない。内ポケットの中のCz2075RAMIが1丁と、暗殺用と護身用に作っておいた秘密兵器が2つだ。


 目を合わせないようにしながら傭兵を無視して路地を通り抜けた先に、ぽつんと1軒の雑貨店があった。やはり小ぢんまりとした木造の建物で、店先には可愛らしい看板が置かれている。


 木材の香りのする店内へと足を運ぶと、カウンターの向こうで新聞を読んでいた背の小さい女性が出迎えてくれた。


 さて、ラウラに何を買っていこうかな。リボンとか可愛い髪留めをプレゼントしようと思ってたんだけど、他にも安物だけど色んな種類の懐中時計とかペンダントも売られている。プレゼントを決めるのは店内を見てからにしよう。


 棚に並んでいる懐中時計は大きな街で売られている物と比べると値段が安いみたいだけど、翼を広げたドラゴンの姿や騎士団のエンブレムが刻まれたカッコいいデザインの懐中時計も売られている。個人的にはこういう懐中時計はカッコいいと思うんだけど、ラウラはどう思うだろうか。というか、ラウラってあまり懐中時計を使う事はないんだよな。時間を知りたい時は俺に尋ねてくるし。


 というわけで、懐中時計は残念ながらやめておこう。ペンダントはどうだろうか?


 そう思いながらペンダントを見てみたんだけど、何だかラウラってペンダントを付けることはないんだよね。


 じゃあ、リボンとか髪留めはどうだろうか。その隣にあるリボンが並ぶ棚を見てみることにした俺は、持っていたペンダントを元の場所へと戻し、リボンが並ぶ棚の前へと向かう。


 うん、リボンならば喜んでくれそうだ。小さい頃とか旅に出る前はよく髪型を変えてたし、リボンや髪留めだったら喜んでくれるに違いない。とはいえ、大きさとか色も考えないといけないんだよな。


 色は赤かな。でも、ラウラって赤毛だから真っ赤なリボンだと目立たないし、別の色を基調にしたリボンの方が良いのかもしれない。


「お?」


 どの色にしようかと悩んでいると、左の方に黒と赤の2色のリボンが並んでいた。黒の方が基調になっていて、縁の部分が赤いラインで染まっている。ちょっと禍々しい色かもしれないけど、いつもテンプル騎士団の黒い制服を身に着けているせいなのか、ラウラにはこんな色が似合うのかもしれない。


 うーん、これにしてみようかな。念のため2つ買っておこう。


 リボンを2つ取った俺は、財布をポケットから取り出しながらカウンターの方へと足を運んでいた。












「えへへっ。タクヤはどんなプレゼントだったら喜んでくれるかなっ♪」


 今日は私とタクヤの誕生日だからね。あの子はお買い物に行っちゃったみたいだから、今のうちにこっそりプレゼントを買っておこう。そして、帰ってきたらタクヤにプレゼントを渡すの!


 喜んでくれるかなぁ………?


 どんなプレゼントを買ってあげようかと考えながら、私はネイリンゲンの懐かしい通りを進んでいく。この通りはモリガンの本部に遊びに行く時に通っていた道だから、どこにどんなお店があるのかすぐに分かるの。小さい頃はこの通りにあるお菓子を売ってる露店で、よくチョコレートを買ってたんだよね。


 ママとかエミリアさんに内緒でチョコレートを買ったこともあったね。あの時は確か、タクヤがお金を払ってくれてたような気がする。


 あの子って、小さい頃から大人びてたからなぁ………。私の方がお姉ちゃんなのに、なんだかお兄ちゃんができたみたいな感じだった。読み書きを覚えたのはタクヤの方が先だし、立って歩いたのもタクヤの方が先だったってママが言ってた。それに、パパの住んでた異世界のニホン語っていう言葉もすぐに話せるようになったし、お勉強でもタクヤの方がいつも成績が良かった。難しい問題をすぐに解いてしまうし、よく私に勉強を教えてくれることもあった。


 今度、あの子の事を「お兄ちゃん」って呼んでみようかな。きっと顔を赤くしちゃうと思う。


 顔を赤くしてるタクヤかぁ………えへへっ、可愛いかも。


 照れるタクヤの顔を想像しながら歩いているうちに、路地の向こうにある雑貨屋さんの前に到着していた。途中でごろつきみたいな変な男の人が睨んできたり、私の事を見ながら「おい、いい女がいるぞ」とか言ってたけど、おじさんたちに興味はないの。私はもうタクヤだけのものなんだから。


「いらっしゃいませ!」


「こんにちわー♪」


 カレンさんに教えてもらった雑貨屋さんは、王都のお店と比べると小さいけれど、予想以上に品揃えは多かった。植物を植えるための鉢とか、筆記用具もここで売ってるみたい。奥の方には懐中時計が売られている棚があるし、その隣にはリボンとか髪留めが並んでいる棚もある。


 懐中時計かぁ………。タクヤっていつも懐中時計持ってるんだよね。プレゼントは懐中時計にしようと思ったんだけど、あの子はもう懐中時計を持ってるから違うプレゼントの方が良いかも。


 うーん………。どれにしようかなぁ。


 ペンダントは………昨日の夜から下げてたような気がする。ハンドガンをもっと小さくしたような変わったペンダントだったよ。どこかで買ってきたのかな?


 あっ、そうだ。リボンはどうかな?


 タクヤっていつもポニーテールにしてるし、リボンを買っていったら喜ぶかも! それにもっと可愛くなるかもしれないし!


 えへへっ。色はどれにしようかなぁ………♪


 ウキウキしながら棚に並んでいるリボンを見ていると、蒼いラインのある黒いリボンを見つけた。黒が基調になってて、縁の部分はコバルトブルーになってる。禍々しい感じがするけど、タクヤっていつもあの転生者ハンターのコートを着ている事が多いし、黒と蒼は似合うと思うのよね。


 うん、これにしよう。


 私はタクヤがこのリボンを付けている姿を想像してニヤニヤしながら、カウンターへと向かった。












 クガルプール要塞の向こうに広がる森と草原を抜けた向こうに、街が見えた。


 ラトーニウス王国の隣国であり、世界最強の大国とも言われるオルトバルカ王国。その大国の最南端に位置するネイリンゲンという田舎の街が、草原の向こうに広がっている。


 最南端とはいえ、雪国であるオルトバルカ王国の街であるため、9月下旬か10月上旬にはもう雪が降り始めることは珍しくない。冬が異様に長く、逆に夏が異様に短い北国の田舎の街。雪が降り出す前に攻め込む事ができたのはジョシュアの手配のおかげかもしれない。


 いくら氷属性の魔術を得意とするエリスでも、冬のオルトバルカ王国に攻め込む羽目になるのはまっぴらごめんである。しかも相手になるのは、百戦錬磨のオルトバルカ王国騎士団だ。


 とはいえ、今は9月22日。雪が降り出すにはギリギリの時期である。


「無事に国境を越えられましたね、エリス様」


「ええ。ジョシュアの奴に感謝しないと」


 表向きは、オルトバルカ王国のネイリンゲンで活動する最強の傭兵ギルド(モリガン)との合同演習ということになっている。ネイリンゲンの周囲は草原になっており、魔物が姿を現すこともまれであるため合同演習にはもってこいだ。それにオルトバルカ王国には数多の傭兵ギルドが存在しており、国王も傭兵ギルドがどれほど存在するのか把握していない。そんな状態なのだから各ギルドのスケジュールまで把握できるわけがない。だからこそ、合同演習という名目でそれなりの規模の強襲部隊を送り込んでも目立つことはない。


 エリスが率いることになった強襲部隊の人数は200名。魔術師は僅か3名のみだが、その代わりに大型の盾と槍を持つ重装突撃兵は80名。ドラゴンのブレスを防ぐことが可能と言われている最新型の盾ならば、モリガンの傭兵が使うというクロスボウにも似た飛び道具を防ぐことは容易いだろう。


 目的は、エリスの妹であるエミリア・ペンドルトンを連れ戻す事。彼女がいなければジョシュアの計画は始まらないのだ。それに、その計画が終わればエリスは妹から解放される。だからエリスはジョシュアの計画に従っているのである。


「敵はたったの7名です。すぐ終わりますよ、エリス様」


「………そうね」


 部下たちは先ほどから高を括っているが、エリスは咎めなかった。


 というより、元からあてにしていないのだ。辺境の駐屯地であるナバウレアで魔物との戦いを経験している騎士たちとはいえ、せいぜいゴブリンやゴーレム程度だろう。初心者の冒険者や傭兵でも相手にできるような魔物ばかりだ。


 それに対し、エリスはドラゴンなどの危険な魔物との戦いも数回だけだが経験しているし、オルトバルカ王国から密入国した魔術師の排除や盗賊団の粛清なども経験している。そもそもナバウレアの騎士とは、練度が全く違うのだ。


 自分1人でも十分なのにと思いながら、エリスは乗っていた馬をゆっくりと前に進ませる。


 進軍していく軍勢の目の前には――――――――街の外れにある、モリガンの屋敷があった。




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