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2人が最後の試験を開始するとこうなる


 少しだけ冷たい空気と甘い香りの中で、俺は瞼を開けた。片手で瞼をこすりながら眠気を払い落とし、あくびをしてから起き上がろうとする。


 しかし、毛布の中で俺の左腕に絡みついている白くて柔らかい2本の腕のせいで、俺は起き上がる前に再び毛布の中へと引き戻される羽目になった。ベッドの上に倒れ込んだ俺の耳に流れ込んできたのは、その腕を絡みつかせている少女の寝言と寝息。どうやら彼女は、眠っている間も俺と離れるのを嫌がっているらしい。


 ため息をつきながら、そっと毛布をかぶっている赤毛の少女の顔を見つめる。スラムに誘拐されてから11年も経過し、もう冒険者の資格を取得できる17歳になったというのに、この同い年の姉は相変わらず甘えん坊のままだ。


 17歳になったラウラの顔立ちは、エリスさんに似てきた。幼少の頃のような活発さは健在で、母親であるエリスさんと同じく優しそうな雰囲気を放っている。一目で元気そうだとすぐに分かってしまうのは、いつも彼女が浮かべる幼少期と変わらない笑顔と、特徴的な赤毛のせいだろう。当然ながら身体も成長していて、身に着けているパジャマの胸元は立派に膨らんでいる。しかもパジャマのボタンがいくつか外れているから、その大きなおっぱいを覆う水玉模様のブラジャーが見えている。


 俺は少し顔を赤くしながら目を逸らすが、少し遅かった。頭から生えている角はほんの少しだけ伸び始めている。


 厄介な角だ。こいつのせいで頭には帽子やフードをかぶらなければならなくなってしまったし、少し興奮するだけでも角が伸びてしまう。


「えへへ………タクヤぁ……………だいすきだよぉ………」


 俺の夢を見ているらしい。幸せそうな笑顔で眠っている姉の頬をそっと撫でた俺は、枕元に置いてあったハンカチを手に取ると、静かにラウラの口元のよだれを拭き取った。親父は彼女を清楚なレディーに育てたかったらしいんだが、残念ながらブラコンでヤンデレのお姉ちゃんになってしまっている。


 よだれを拭き取ったハンカチを畳んでから再び枕元に置くと、俺の腕に絡みついていたラウラが、眠ったまま今度は俺の身体を引っ張り始めた。ハンカチを置いた直後の俺を引き寄せたラウラは、今度は腕ではなく身体にしがみついてくる。


 しがみついてきたせいで、柔らかい上に弾力もある彼女のおっぱいが俺の腕に押し付けられていた。


「おいおい………」


 お姉ちゃん、角が伸びちゃうんだけど。


 はっとして頭の上に手を伸ばすと、もう既に俺の蒼い髪の中から突き出た先端部の蒼い角はダガーのように伸びていた。


「ふにゅ………。あ、タクヤ。おはようっ」


「お、おはよう………」


 顔の近くで目を覚ますラウラ。彼女は微笑みながらそう言うと、そのまま今度は俺の頬に向かって頬ずりを始める。


 幼少期から全然変わっていない。しかも成長したせいで、毎朝俺の頭の角はダガーのように伸びるのが日課になってしまっている。


 ラウラは俺の角が伸びていることに気が付いたのか、頬ずりをしたまま片手を俺の角へと伸ばし始めた。まるでダガーのような長さになっている角を優しく握った彼女は、頬を赤くしながら囁く。


「……ドキドキしてるの?」


「う、うん………」


「そっか。……えへへっ!」


 姉に角を触った手で頭を撫でられながら、俺は苦笑いした。


 ラウラは小さい頃から全く変わっていない。相変わらず食事をする時は必ず俺の隣だし、マンガを読んだり部屋で休む時も必ず俺の傍らにいるか、抱き着いて頬ずりを始める。しかも風呂に入るのも一緒なんだ。さすがにバスタオルを身体に巻くようにしているけど、こんなに立派な身体に成長したせいで俺の角はいつも風呂場で伸びっ放しだ。しかも、寝る時も一緒のベッドで眠っている。


 8歳くらいならば弟思いの姉ということで誤魔化せるだろうが、さすがに17歳になっても同じように一緒に風呂に入る実の姉はいないだろう。


 彼女に頬ずりをされながら、俺は壁に掛けられている時計の方を見た。


 いつもベッドから出る6時まであと30分もある事を知った俺は、目を細めてため息をつくと、頬ずりを続けるラウラの頭を撫で始めた。


 このままでは、俺もシスコンになってしまうかもしれないな。








「親父、そろそろ冒険者の資格を取りたいんだけど」


 朝食のスクランブルエッグをスプーンで口へと運びながら、俺は向かいの席でトーストにバターを塗っている親父に言った。もう38歳になった親父は真っ赤な顎鬚の生えた顔で俺の方を一瞬だけ見ると、バターを塗り終えたトーストを齧り始める。


 まだ俺たちは、冒険者の資格を取らせてもらっていない。訓練が不十分だだからだろうか? でも、もう弱い魔物は瞬殺できるようになったし、数日前はゴーレムの群れを壊滅させてきた。もう冒険者の資格を取らせてくれてもいい筈だ。


 返事をしてくれない親父を見つめながら、口の中へと流し込んだ半熟のスクランブルエッグを咀嚼する。


「ねえ、パパ。いいでしょ?」


 隣で皿の上のハムをフォークで口へと運ぶラウラも、親父にそう言う。親父の左右に座る母さんとエリスさんは、何故か心配そうに親父の顔を見つめ始めた。


 訓練ではもう3分以上逃げ切れるようになったし、ラウラと一緒ならば親父たち全員に攻撃を叩き込めるようになっている。まだ倒すのは無理だけど、長年出来なかった親父たちへの攻撃を成功させられるようになったんだ。もうそろそろ認めてくれてもいい筈だろう。


「………力也、私もそろそろ認めるべきだと思う」


 おお。お母さん、賛成してくれるのか!


 母さんは初めて狩りに行く時も賛成してくれた。親父にドロップキックや飛び蹴りを叩き込めるほど強い母さんの意見ならば、親父も認めてくれる筈だ!


「うーん……私はまだ早いと思うんだけど。ダーリン、どうするの?」


「…………そうだな。お前たちも十分に成長した」


 ラウラの性格は幼いままだけどな。まだ俺と一緒じゃないと泣き出したり不機嫌になるし。


「じゃあ、今日は最後の試験を行う。………これに合格したら、冒険者として旅立つことを認めよう」


「やった!」


 最後の試験か……。どんな試験なんだろうか? 


 だが、これに合格する事ができれば冒険者になる事ができる。ラウラと一緒に、この世界を冒険する事ができるんだ!


「パパ、どんな試験なの?」


 はしゃぎながら、ラウラが親父に尋ねる。親父の隣に座る母さんとエリスさんは安心したような顔をしているが、親父は先ほどから全く表情を変えていない。


「――――――最後の試験は、転生者の抹殺だ」


「なっ!?」


「ダーリン、正気なの!?」


 最後の試験の内容を告げた直後、母さんとエリスさんがぎょっとして隣に座る男の顔を振り向いた。言われる前までは安心したような顔で朝食を摂っていた2人だったが、親父が告げた内容が遥かに予想以上で、危険なものだったらしい。


 転生者の抹殺。それが、冒険者になるための条件………!


 いや、冒険者になるためだけじゃない。人々を虐げるような輩を狩る転生者ハンターになるための条件でもある。


 転生者は親父や信也叔父さんのように、俺たちの住んでいた世界で死亡し、17歳くらいの姿でこの世界に転生してきた者の総称だ。能力や武器を自由自在に生み出す事ができる端末を持ち、身体能力はステータスで強化される。様々な武器や能力を生み出して装備できる汎用性の高さと、敵を倒すだけで短時間で強くなっていく成長速度の速さが厄介な存在だ。


 すぐに身体能力が上がり、自由に強力な武器や能力を使えるため、レベルが低い段階で攻撃を仕掛けない限り、この世界の武器や魔術で撃破するのは難しい。それほどの力を持つ者たちの大半は、街を占拠して独裁者のように人々を虐げるなど、力を悪用している者ばかりだ。だから、狩らなければならない。


 冒険者として旅に出る以上、他の転生者と遭遇する可能性は高いだろう。


「―――――転生者を討ち取った暁には、お前たちにあのコートをくれてやろう。俺たちに攻撃を当てられるようになったお前たちならば、やり遂げる事ができる筈だ。………やるか? それとも先送りにするか?」


 何言ってんだよ。先送りにするわけがないだろうが!


「やる」


「うん、私も」


「よろしい。………言っておくが、俺はピンチになっても手助けはしない。自力で倒すか、無理ならば撤退しろ」


 自力で転生者を倒せるようにならなければ、冒険者になったとしても転生者は倒せないだろう。


 かなりレベルに差でもない限り撤退するつもりはないぜ、親父。








 フィオナちゃんがフィオナ機関を搭載した機関車を発明し、鉄道がこの異世界でも走り始めてからもう9年が経過した。新しい機械や動力機関の実用化によるオルトバルカ王国での産業革命は未だに継続されており、既にあの中世ヨーロッパのようなレンガ造りの建物が並ぶ街並みは、高い建物や工場の煙突が乱立する産業革命の頃のイギリスのような光景に変貌している。


 工場の屋根の上にしゃがみ、転落しないように近くのポールに尻尾を巻きつけて命綱代わりにしながら、俺は王都のやや中心に鎮座する産業革命のシンボルとも言える建造物をズームインし、入り口を見張っていた。


 双眼鏡の向こうに見えるのは、実用化された列車が初めて出発した駅と言われている『王立ラガヴァンビウス駅』。伝統的なレンガ造りの建物だが、ホームの天井は鉄骨で覆われていて、何ヵ所かはガラス張りになっている。大国の中心に位置する駅という事であらゆる方向に線路が伸びており、その路線は今でも範囲が広がり続けている。


 このまま宮殿のように立派な駅を眺めていたかったんだが、耳に装着していた小型の無線機から聞こえてきた少女の声が、俺を転生者の抹殺という最後の試験の真っ只中へと引きずり込んだ。

 

『グレーテルよりヘンゼルへ。目標を確認したよ。見える?』


「待ってね………あいつ? あの貴族みたいな服着てるデブ」


『うん、そいつ。北口のやつだよ』


 双眼鏡を覗き込み、俺も攻撃目標を確認する。ラガヴァンビウス駅の北口の辺りを、貴族のような派手な衣装に身を包んだデブが護衛と一緒に歩いているのが見える。左手には鎖を持っていて、その鎖はボロボロの服を身に纏ったエルフの少女の首輪へと繋がっていた。


 奴隷を購入したんだろうか。エルフの少女の顔には暴行を受けたと思われる痕がいくつも残っていて、抵抗できないと理解した少女は俯いたままデブの後を歩き続けている。


 俺は今すぐデブの顔面に5.56mm弾のフルオート射撃をお見舞いしてやりたくなったが、ここから北口までの距離は600mもあるし、あいつの周囲には民間人も歩いている。狙撃すれば民間人を巻き込む恐れがあるため、珍しく別行動しているラウラも狙撃は行っていない。


「ヘンゼルよりグレーテルへ。まだ攻撃は仕掛けるなよ………」


『了解!』


 今回の作戦中は、俺にはヘンゼルというコードネームがついている。ラウラについているコードネームはグレーテルだ。


 親父が教えてくれた情報では、ターゲットは奴隷を購入した後、午前10時15分に王都ラガヴァンビウスを出発するエイナ・ドルレアン行きの列車に乗り、エイナ・ドルレアンから更にクラグウォール行きの列車に乗り換えるつもりらしい。親父のサポートは、その情報だけだ。奴の息の根は俺たちが止めなければならない。


 持ってきた懐中時計で時刻を確認。現在の時刻は10時6分だ。あと9分でエイナ・ドルレアン行きの列車が出発する。


 駅のホームで始末できれば手っ取り早いが、人込みが多過ぎるし時間も短い。確実に仕留めるならば、俺たちも列車に乗り込んで始末するべきだ。


「ヘンゼルよりグレーテルへ。狙撃は中止。列車に乗り込んで始末する」


『ふにゅ!? う、撃たないの!?』


 得意分野を中止と言われて驚くラウラ。彼女も接近戦の腕は上げているが、相変わらずナイフを使っての接近戦は苦手らしい。


 でも、さすがに列車の中で狙撃するのは無理がある。ここは俺たちも列車に乗り込んで接近戦を仕掛けるべきだ。


「接近戦でいこう。グレーテルはサポートをお願い」


『はーい……』


 双眼鏡から目を離した俺は、持ってきた武器を確認する。


 まず、メインアームはフランス製ブルパップ式アサルトライフルのFA-MASfelinだ。M16やM4と同じく5.56mm弾を使用するアサルトライフルだけど、ブルパップ式と呼ばれるタイプのライフルであるため、マガジンはグリップの後ろに装着されている。連射速度が速い上に反動も小さめだから、接近戦で破壊力を発揮することになるだろう。命中精度も高いため、中距離での射撃も可能だ。


 FA-MASは銃身の上に巨大なキャリングハンドルを装備しているのが特徴的だったんだが、改良型のこのfelinフェリンではキャリングハンドルはかなり小型化されている。俺はその小型キャリングハンドルの上にホロサイトを装着し、銃身の下にはロシア製40mmグレネードランチャーのGP-25を装備している。グリップの後ろにあるマガジンは、本来ならば26発入りのマガジンなんだが、40発入りのマガジンに変更している。


 サイドアームはいつものMP443。9mm弾を使用する、ロシア製のハンドガンだ。それと最近生産することに成功した、オーストリア製大型リボルバーのプファイファー・ツェリスカの1丁だけだが持って来ている。こいつがぶっ放す.600ニトロエクスプレス弾の猛烈な破壊力とストッピングパワーは頼りになるだろう。早撃ちやファニングショットを使う前提で持ってきたんだが、中距離でも狙撃が出来るように、銃身の上には小型のPUスコープを装着している。


 それ以外の武器は、大型トレンチナイフとカスタマイズを済ませたアパッチ・リボルバーだ。少しでも攻撃力を上げるためにグリップを厚くした他、使用する弾薬を貧弱な7mm弾からリボルバーなどで使用される.357マグナム弾に変更している。シリンダーの大型化を極力避けるため、弾数は6発から5発に減らしている。やや大型化したシリンダーの下には、折り畳み式から伸縮式に変更されたナイフの刃が内蔵してある。


 ラウラの装備は、メインアームがいつものSV-98になっている。7.62mm弾を使用するロシア製ボルトアクション式スナイパーライフルで、スコープは取り外してある。サイドアームは9mm弾を使用するロシア製SMGのPP-2000だ。今回は室内戦になってしまうため、俺のMP443を合流したら彼女に渡しておこう。いくら彼女でも近距離用の銃がPP-2000だけというのは危険だ。


 彼女のそれ以外の装備はナイフなんだが、彼女は接近戦だとちょっと特殊な戦い方をするんだよなぁ………。


「よし、作戦開始だ」


『了解!』


 俺は命綱代わりにポールに巻き付けていた尻尾を離すと、工場の屋根の上から下り、ラガヴァンビウス駅に向かって走り出した。






冒頭の「2本の腕が絡みついていた」という部分を、ミスって「23本の腕」と書いてしまいました。ホラーじゃねえかwww

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