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ラウラがヤンデレになるとこうなる


 いつも食事に使っている大きめのテーブルの上に置かれたランタンが、橙色の優しい光を放っている。でもその優しい光に照らされている部屋の中は相変わらず薄暗く、広いリビングを照らし切れていない光のせいで気味が悪い。


 テーブルの上で光を放ち続けているランタンを凝視していた俺は、テーブルの向かいに腰を下ろす親父の咳払いを聞いてから、親父の顔を見上げた。


「……異世界の生活には慣れたか?」


「8年も過ごせばな………」


 俺がこの異世界に転生し、この魔王と呼ばれている男の息子として生活してもう8年が経過している。俺とラウラが誘拐されたあの日からずっと親父たちから訓練を受けているおかげで、身体能力は普通の子供よりも遥かに高くなり、スタミナもかなりついた。建物の壁をよじ登ったり、長時間走り続けるのもお手の物だ。相変わらず訓練は厳しいし、親父たちにも勝てる様子はないが、前の親父に虐げられ続けていた前世よりも遥かに充実している。


 前の世界に戻りたいかと問われれば、俺はすぐに首を横に振る事だろう。もう、あんな世界には戻りたくない。


「エミリアから聞いたぞ。お前、ラウラよりも接近戦が得意らしいな」


「まあ、ラウラはその分遠距離戦が得意だからな………」


「はっはっはっ」


 2年前から本格的な戦闘訓練をラウラと一緒に受けているんだが、接近戦の訓練ではラウラよりも俺の方が成績がいいらしい。元々騎士団に所属していた母親の遺伝なのか、母さんから教わる剣術はすぐに理解できる。俺の得物は大型のトレンチナイフとナックルダスターなんだが、ロングソードやバスタードソードを使う母さんの剣術が全く生かせないというわけではない。ラトーニウス式の剣術をベースに、早くも自分なりの戦い方を考案し始めているところだ。


 ラウラのほうは接近戦が結構苦手のようだ。彼女もナイフを使っているんだが、なかなか距離感が掴めないらしく、俺との模擬戦ではよくナイフを空振りして逆にナイフを突きつけられることが多々ある。最近では騎士団で採用されているロングソードを使って基本的な剣術からもう一度教わっているようなんだが、なかなか身に付かずに困っているらしい。


 その分、射撃訓練ではラウラには全く敵わない。地下室の射撃訓練では高い成績を出せるんだが、ラウラは必ず的のど真ん中に弾丸を全て命中させて満点を取るのが当たり前だから、俺も全て命中させない限り射撃で彼女を超えることは出来ないだろう。


 でも、早撃ちは少しずつだけど出来るようになってきたし、少しずつ成績も上がっている。さすがにラウラのようにスコープを搭載しないボルトアクション式ライフルで満点は取れないけど、何とか彼女をサポートできるように努力を続けていくつもりだ。


「………それで、相談って何だ?」


「ああ。実は………ラウラの事なんだけど」


「ラウラか………」


 俺と同い年の姉は、もう8歳になったというのに相変わらず俺に甘えてくるままだ。食事をする時は必ず隣に座ってくるし、マンガを読んでいるといきなり抱き付いてくるし、勝手にいなくなると不機嫌になるか、幼い子供のように泣き出してしまう。幼い性格の困ったお姉ちゃんだ。


 しかも、未だに風呂に入るのも一緒だ。相変わらず断ろうとすると駄々をこねるので仕方なく一緒に入っているんだが、もう別々に入ってもいいんじゃないだろうか? 


 2年前までは、ラウラはブラコンなんじゃないかとずっと思っていた。でも、実は全然違ったんだ。


 ラウラは――――もっとヤバかった。


「実はさ………ラウラが、ヤンデレになっちゃったんだ」


「――――――えっ?」


 向かいの席で炎のように真っ赤な顎鬚を弄りながら話を聞いていた親父は、予想外の事を言われて少し驚いたらしく、指先で顎鬚を弄ったまま呆然としている。


「や、ヤンデレ………?」


「うん」


「ちょ、ちょっと待って。…………何で?」


「前々から俺に甘えて来てたんだけどさ…………実は、2年前あたりからヤンデレになってたみたいで………」


 初めてラウラがヤンデレになっていたと気付いたのは、2年前に公園まで遊びに行った時の事だ。公園で他の子供たちと一緒にサッカーをやってたんだが、その時にレナという女の子が俺に向かって抱き付いてきたことがあった。


 そのあと家に帰ってから、ラウラがヤンデレだったということが発覚した。虚ろな目で俺に抱き付いて来て、母さんが子供部屋に呼びに来るまで離してくれなかったんだ。


 それ以来、あの公園で遊ぶことはなくなってしまった。


 何とか親には内緒にしておこうと思ってたんだが、そろそろ親父にだけは相談しておこうと思って、母さんたちが寝た後にこうして親父に相談している。俺の正体を知っているのはこの親父だけだし。


「お前にやたらと甘えていると思ったら………そっか、ラウラはヤンデレだったのか……………」


「ああ、だからあのお姉ちゃんを何とか――――――」


「ああ、諦めろ」


「はぁ!?」

 

 ちょっと待てよ! 諦めろって、あのお姉ちゃんと幸せになれって事か!? 確かに断ったらナイフでぶち殺されそうだからいうことは聞くようにしてるんだけど、何とかしてくれよ! あの虚ろな目は滅茶苦茶怖いんだよッ!?


「み、見捨てないでくれ親父ぃッ!」


「だって、断ったら死ぬじゃん。だったらラウラとずっと一緒にいるしかないよね」


「助けてくれよぉ……。俺、ヤンデレ派じゃなくてクーデレ派なんだよぉ………お姉ちゃんが怖いよぉ………」


「落ち着け。………そもそも、何でラウラは病んだんだ?」


「えっと――――――」


 おそらく、原因は2年前のあの事件だろう。


 ずっと一緒に暮らしてきた家族を姉として助けてあげる事ができず、痛めつけられていたところを逆に助けられた彼女は、あの事件の後から余計に甘えてくるようになった。あの事件が、ラウラの俺への好意に拍車をかけたとしか思えない。


「多分、2年前の………」


「あれか………。確かに、あの後からラウラが『タクヤのおよめさんになるっ!』って言い出してたしな………」


「と、止めるよね? 血のつながった姉が弟に惚れてるんだぜ?」


「…………どんな孫が生まれるのかなぁ」


「見捨てないでパパぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!?」


 ため息をついて苦笑いをしながら、虚ろな目でゆっくりと椅子から立ち上がる親父。俺は涙目になりながら椅子から立ち上がると、親父のがっしりした胴体にしがみついた。


「うおっ!? は、離せクソガキ!!」


「やだやだぁ!! パパ助けてよぉっ!!」


「諦めろっつってんだろうが! いいじゃねえか、あんなに純粋な女の子がお前の事大好きって言ってんだぜ!? ちゃんと結婚式の準備はしてやるから、もっと大きくなったらとっとと押し倒して○○○しちまえ!!」


「何言ってんだよッ!? このままじゃマジでお姉ちゃんが俺のお嫁さんになっちまうよ!?」


「だってまだ死にたくないんだよぉッ!!」


 こ、このクソ親父め………!

 

 俺を引き剥がして寝室へと戻ろうとする親父に何とか抗っていたんだが、俺を見捨ててとっとと寝ようとしているこのクソ親父を、常人よりも身体能力が高いキメラとはいえ8歳の子供が1人で押さえつけるのは無理な話だった。親父はしがみついている俺の小さな体を引きずりながらついに廊下へと出たんだが、廊下にある階段の方からうっすらと聞こえてきた足音が、大騒ぎしていた俺と親父を同時に一瞬で黙らせてしまう。


 階段の方から漂ってくる猛烈な威圧感。一気にかけ下りて来たのならばぎょっとしただろうが、恐怖は一瞬だけ感じたらすぐに消えてしまう。だが階段から聞こえてくる足音は、ゆっくりと時間をかけて下へと下りてきているようで、規則的に聞こえてくるやや軽めのその足音を聞いた俺と親父は、ぞっとしながら無言で階段の方を凝視した。


 ゆっくりと下りて来るからこそ、威圧感と恐怖は長続きする。


 やがて、階段を包み込んでいる暗闇の中で、一瞬だけ長くて蒼い髪が揺らめいたような気がした。それを目の当たりにした親父は俺よりも先に階段を下りて来た人物の正体を見破ったようで、ぎょっとして目を見開きながら腰を低くし始めた。このまま親父にしがみついていたら危険だと判断した俺はすぐに胴体から両手を離し、数歩後ろに下がる。


「うふんッ!?」


 その直後、暗闇の中から何かが飛来するような音が聞こえたかと思うと、がっしりした親父の胴体が暗闇の中で吹っ飛ばされた。10年も傭兵を続けていた男の身体が突風に吹き飛ばされた紙のように舞い上がり、床に後頭部を打ち付けて跳ね上がってから玄関のドアへと激突する。


「お、親父ッ!?」


 親父にこんな蹴りを以前にも叩き込んだ人物を思い浮かべながら、俺は恐る恐る廊下の向こうを振り向く。


 そこに立っていたのは、いつもはポニーテールにしている蒼い髪を下ろしたパジャマ姿の成人の女性だった。


「だから夜中に大声を出すな、馬鹿者ッ!!」


「す、すいません………」


 お母さんの蹴りって強烈だなぁ………。魔王って呼ばれてる男を吹っ飛ばすほどの威力だからな。この親たちとは本当に親子喧嘩はしたくないもんだ。あんな蹴りを喰らったら死んでしまう。


「まったく、何時だと思っているのだ!? もう夜の11時だぞ!?」


「は、はい………」


「タクヤも大きくなったが、まだ8歳だ! 早めに寝かせろといつも言っているだろう!?」


「ご、ごめんなさい………」


「ほら、タクヤ。もう寝なさい」


「は、はーい………」


 でも、親父に相談したのは俺なんだよな………。


 母さんに説教されている親父にこっそりと頭を下げた俺は、親父を説教する母さんの声を聞きながら階段を上がって行った。




 

 


 

 甘い香りがする。石鹸と花の匂いが混ざったような優しい匂いだ。


 嗅ぎ慣れた匂いに包まれながらゆっくりと瞼を開けると、俺のすぐ目の前で赤毛の少女がいつも寝息を立てている。瞼をこすりながら壁に掛けてある時計を見て時間を確認した俺は、まだベッドから出なくてもいいだろうと判断すると、幼少の頃からずっと一緒に寝ている同い年の姉の頬をそっと撫でてから、もう一度毛布をかぶった。


 オルトバルカ王国は国土の4分の1が雪山になっている北国で、夏にでもならない限り朝と夜はとてつもなく寒い。今は春の終盤くらいだから朝も暖かくはなっているんだけど、さすがにまだ寒い。


「ふにゅ………」


「あ、ラウラ。おはよう」


「おはよう………えへへっ」


 彼女の頬を撫でていると、ラウラがゆっくりと瞼を開けた。小さな手で瞼をこすりながら眠そうな声でそう言った彼女は、毛布の中から左手を出すと、その手で俺の髪を弄りながら胸に顔を押し付けてくる。


 ラウラの身体は暖かかった。実の姉だというのにドキドキしてしまった俺は、顔を赤くしながら右手を毛布の中から出し、彼女の頭を撫で始める。


 弟に撫でられるのは嫌がるんじゃないかと思ったんだが、どうやら彼女は俺に頭を撫でられるのが大好きらしい。「ふにゃあー………」と幸せそうな声を出しながら、毛布の中で嬉しそうに尻尾を振っている。


「………うん、お姉ちゃんと同じ匂いがする。えへへっ」


「あはは………ところでさ、そろそろベッドから出ない?」


 きっと却下されるだろうなと思いながらも提案した俺は、もう片方の手で頭の角を触り始めた。俺とラウラの頭から生えているこのダガーのような形状の角は、頭蓋骨の一部が変異して突き出ているものらしく、感情が昂ると髪に隠れる程度の長さからダガーのような長さまで伸びてしまうらしい。


 実の姉とはいえ美少女に朝っぱらから頬ずりされ、匂いを嗅がれた俺の頭の角は、早くも伸び始めていた。


 胸に頬ずりをしていたラウラは、きょとんとしながら俺の顔を見上げると、片手で髪を弄り続けながら時計の方を凝視する。


「何言ってるの? まだ5時50分だよぉ」


 いつもベッドから出てリビングに下りて行くのは朝の6時だ。特訓が始まってからはラウラも早起きをするようになったから起こしに行かなくてもよくなったのは喜ばしい事なんだが、早起きをするせいで毎朝こうして朝6時まで彼女は俺に頬ずりするか、抱き着いて匂いを嗅いでいる。


 甘えん坊なお姉ちゃんだ。


 仕方なく、ため息をついてからラウラの頭を撫で続ける。ラウラもドキドキしているのか、頭から生えている角は徐々に伸び始めているようだった。彼女の角で手を切らないように気を付けながらふわふわしている赤毛を撫でていると、俺の髪を弄っていたラウラが、いきなり俺の頭の角に触り始めた。


「ちょ、ちょっと、ラウラ?」


「えへへっ。タクヤも角が伸びてる」


「や、やめろって! 手を切っちゃうかもしれないでしょ!?」


「大丈夫だもん。えへへへっ!」


 そう言って俺に密着し、両手で角を触り始めるラウラ。少しずつ膨らみ始めている胸を押し付けられて余計顔を赤くしたせいなのか、頭の角が更に伸びていく。


「あ、また伸びたぁ。頭からナイフが生えてるみたい」


「ねえ、もうベッドから出ようよ。6時になるし………」


「やだやだぁ! もっとこうしてるのっ!!」


 強引に起き上がろうとしたんだが、上半身を起こす前にラウラが絡みついてきたせいであっけなく墜落する俺。もう6時になっているというのに、ラウラは俺から離れてくれる気配がない。


「………ねえ、ラウラ」


「ふにゅ?」


「もう6時だよ……?」


「うぅ…………まだ離れたくないよぉ…………」


 朝食が終わったらまたくっつけばいいだろ……?


 でも、甘えてくる彼女をあまり強引に引き離そうとすると、泣き始めるか、またあの虚ろな目で爪を噛みながらじっとこっちを見てくるんだよなぁ……。特に家族以外の他の女の話になると、いつも虚ろな目になって何も言わずに俺にしがみついてくるし。


 だから最近は買い物について行くことはあるが、2年前のように公園で他の子供と遊ぶようなこともなくなってしまった。おかげで最近の遊び相手はラウラか、親父が仕事に行っている間に帰宅するガルちゃんのどちらかだ。


 俺はクーデレが好きなのに………。ヤンデレは怖いし、ツンデレはデレる前に俺の心が折れてしまいそうだからあまり好きじゃない。美少女に酷い事言われると滅茶苦茶傷つくからなぁ……。


「ほら、早く起きないとお母さんに怒られるよ」


「うぅ…………うん………」


 最後にもう一度俺の匂いを嗅いでから、ラウラはやっと俺から手を離してくれた。ベッドから起き上がる俺を寂しそうな目でじっと見つめていた彼女は、自分の赤毛を指で弄りながらベッドから起き上がり、着替えをクローゼットまで取りに行く。


 俺は自分の分の着換えを取ると、一旦子供部屋の外に出た。彼女と一緒に着替えをするわけにはいかないので、俺はいつもラウラが着替えをする時は外に出るようにしている。


 そういえば、メニュー画面の中に『好感度』っていうメニューがあったよな。あれはどういうメニューなんだろうか?


 廊下の向こうから誰も来ないことを確認した俺は、ちょっとだけメニュー画面を開いて確認してみることにした。片手を前に突き出して立体映像のようなメニュー画面を目の前に展開した俺は、その中にあった好感度と表示されているメニューをタッチしてみる。


《このメニューでは、仲間の好感度を確認できます》


 画面には、まだラウラの名前しか表示されていなかった。どうやら仲間になった奴の好感度しか確認できないらしい。親は含まれないんだろうか?


 好感度はレベル5まであるらしい。ラウラの好感度は早くもレベルが5に達していて、その数字の隣にあるハートマークは紫色に染まっていた。


 この禍々しいハートマークは何だ?


《ハートマークは、仲間が異性だった場合にのみ表示されます。黄色がツンデレで、紫色がヤンデレで、蒼がクーデレを意味します。特に普通の性格の場合はピンク色で表示されます》


 なるほどね。だからラウラのハートマークは紫色なのか。


 どうしよう。俺は冒険者になったらハーレムを作ろうと思ってたんだけどなぁ……。他の女の話になるだけで危険だから、早くもハーレムは作れなくなっちまったよ………。


 ハーレムを作るにはラウラのヤンデレを治さなければならないんだろうが、親父も諦めろって言ってたからなぁ……。


 ため息をついた俺は、メニュー画面を閉じてから窓の外を見つめた。


 窓の外に見える殺風景で重々しい防壁を見た途端、俺はもう一度ため息をついてしまった。


 


 

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