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海底へと潜航するとこうなる


 殺人事件が起き、現場に騎士団と野次馬が殺到しているというのに、ノルト・ダグズの港は関係なく静かなままだった。波の音とカモメの鳴き声に包まれながら停泊する漁船の群れ。縄で船を固定し、道具を積み込むドワーフの漁師たち。きっとこの街の港の風景はいつもこの風景なんだろう。


 港から少し離れた位置にある桟橋の上から、俺は漁船の近くで作業するドワーフの男性たちを見守っていた。


 これから潜水艇で海底神殿へと向かうというのに、俺たちが潜水艇で海の旅に出ると決めた場所は、漁船の並ぶ港ではなく放置された造船所の跡だった。


 かつてはあの港に停泊している漁船を何隻も造船していたと思われる木造の建物の中には、様々なサイズの漁船が造られている途中で放置されている。海原へと解き放たれることなく潮風を浴び続けている彼らの船体には、フジツボが付着した痕はない。


 こんな場所を出発する場所に選んだのは、出来るだけ潜水艇を見られないようにするためである。


 俺の能力は色んな武器や能力を自由に生産できるし、それを自由に装備する事ができる。それを使っていきなり潜水艇を出現させれば怪しまれるという理由もあったが、目立たない場所から出発することにしたのは、他の冒険者たちに極力俺たちが海底神殿に向かったという事を秘匿するためだ。


 争奪戦が本格化する前に全ての鍵を手に入れてしまうのが最も望ましいが、おそらくその前に争奪戦の規模は大きくなることだろう。だから、せめて1つでも鍵を争奪戦の前に手に入れておきたい。それが、俺たちの思惑である。


 その海底神殿へと向かうための潜水艇の船体には、左右に1本ずつ魚雷が吊るされていた。元々魚雷を大きくしてセイルを取り付けたような形状だからなのか、まるで大きな魚雷が小さな魚雷を引き連れているようにも見えてしまう。


 黒とグレーの迷彩模様で塗装された船体を見つめていた俺は、カノンがハッチから艇内へと乗り込んでいったのを確認してから、船体に飛び乗った。乗り込む前に潮風を吸い込み、前世の世界で味わった安らぎと再会してから、俺も艇内へと滑り込んだ。


 耐圧穀と電子機器に取り囲まれた艇内は非常に狭い。元々このDSRVは救難用の潜水艇なんだが、武装するために魚雷を装備した影響で、その魚雷を発射するための設備まで追加する羽目になったため、新たな配管やケーブルが居座った艇内はなおさら狭くなっている。


 中心には潜望鏡の柱があり、その左隣には4つのモニターに取り囲まれた艇長の座席がある。そこに腰を下ろすのは、訓練でも何度も艇長を担当していたナタリアだ。彼女はパーティーの仲間たちの中では一番しっかりしている上に冷静沈着だから、艇長には適任だろう。


 ナタリアの座席の右手には、電子機器からケーブルでつなげられた大きなヘッドホンが置かれている席がある。そこで機器や計器をチェックしているのは、ソナーマンを担当するラウラ。頭の中にメロン体があるため、幼少の頃からエコーロケーションを使い続けていた彼女は、視力だけでなく聴覚も非常に優れている。ソナーマンにはうってつけだ。


 艇長の座席から見て左手には、グラフや数値がいくつも表示されたモニターが鎮座している。そのモニターの傍らに用意された座席で早くもチェックを始めているのは、機関士を担当するカノンだった。


 潜望鏡の柱を躱し、船首の方にある座席へと向かう。船首の方には2つの座席が並んでいるが、俺が座るのは右側の方にある座席だろう。


 その座席の正面には深度計と小さなモニターがいくつか設置されており、真正面からはがっちりした灰色の操縦桿が伸びている。操縦桿の右隣からは小さなレバーが2本ほど突き出ていた。


 これは、操縦士を担当する俺の座席だった。ちなみに左隣にも座席があるが、そっちの席にはもう先客がいる。


 小さな指で素早くモニターをタッチしつつ、後付けされた魚雷発射用のシステムをチェックし終えたステラは、目を輝かせながら目の前のレバーについている赤いボタンを凝視していた。


「ステラ、そのボタンは押しちゃダメだからな」


「はい。ですが、ステラは早くギョライをぶっ放したいのです」


「わ、分かってるって。魔物が出たら頼むよ」


「はい」


 ステラが担当するのは………副操縦士という事になっているが、実質的には魚雷の射手だ。武装するという計画になる前までは機関士の補助やダメージコントロールを担当してもらう予定だったんだが、操縦する上に魚雷の発射まで担当するのは大変だし、ステラが「ギョライを撃ってみたいです」と希望してきたので、彼女に担当してもらう事になったのだ。


 まるでこれから遊びに行く子供のようにワクワクしながら、じっと目の前の発射スイッチを凝視するステラ。あの魚雷は潜水艦の魚雷よりも小型だし、潜水艦のように発射管から発射するわけではないから、発射する前に注水する必要はない。諸元入力をしてから銃のように安全装置セーフティを解除し、あのスイッチを押して発射するだけである。だから発射管に注水する際の音で察知されるリスクはないが、小型であるため潜水艦の魚雷と比べると威力は低い。それに、諸元入力を間違えれば命中することはない。


 ちなみに、訓練での魚雷の命中率はトレーニングの成績のデータによると56%だという。魚雷の発射訓練が操縦訓練よりも短かったとはいえ、まだ命中率は低い。魔物と遭遇したら応戦はせずに逃げることになるだろう。


「機関部、異常ありません。バラストタンクにも異常なし。オールグリーンですわ」


「ソナーも異常なし。大丈夫だよ、ナタリアちゃん」


 おっと、俺もチェックを終わらせて報告しないと。


「深度計、各種計器異常なし。舵も問題ないぜ、ネモ船長」


 ニヤニヤ笑いながら、俺はナタリアに報告した。ちなみにこのDSRVは仲間たちに『ノーチラス号』と名付けられている。


 ネモ船長と呼ばれたナタリアは目を丸くしながら首を傾げていた。俺はまだ笑いながら計器類を再チェックするふりをして、ステラが報告を終えるのを待つ。


「ギョライに異常はありません。安全装置セーフティにも異常なし。オールグリーンです」


「了解よ。………じゃあ、出航しましょう」


「イエッサー。ノーチラス号、抜錨ッ!」


 ついに、海底神殿へと向かうのだ。伝説の天秤の鍵を手に入れるために。


 前世の世界では痛みを捨てていた海から、俺は目的を手に入れようとしていた。………いや、もしかすると取り戻そうとしているのかもしれない。


 あの痛みを。――――――克服するために。


 操縦桿の脇にあるスイッチを押すと、耐圧穀の外側からまるでリールがワイヤーを巻き取っているかのような擦れる音が聞こえてきた。船首に搭載された小型の錨が、ワイヤーと共に巻き取られているんだろう。


 本来ならばDSRVは母艦から出撃するんだが、俺たちはこの潜水艇を出撃させるための母艦を持っていないため、停泊用の錨も追加してある。母艦を生産するには莫大な量のポイントを使うし、第一乗組員が全く足りない。一応様々な箇所を自動化することができるらしいんだけど、そんな改造をするのにも莫大な量のポイントを使う羽目になるため、どの道俺たちは母艦を使う事が出来ないのだ。


「機関、始動しますわ」


「沖に出るまで微速前進よ。念のためソナーで警戒をお願いね」


「了解!」


「はーいっ!」


 機関室の中で、モーターたちが一斉に吠えた。甲高い咆哮をハッチの向こうから響かせつつ、このノーチラス号をゆっくりと沖の方へ送り出していく。


 魔物はあまり港に近付いて来ないと言われているが、稀に港の内部まで侵入し、暴れ回って漁船を破壊する魔物もいるという。ナタリアが早くもラウラにソナーで警戒させているのは、その〝稀に”やってくる短気な来訪者を警戒している証拠だろう。


 もしラウラがその来訪者を感知した場合に備えて、俺は操縦桿に手をかけたままいつでも転舵できるように準備していた。深海まで潜るための耐圧穀に覆われているとはいえ、もし海底に住む巨大な魔物に体当たりされれば、たちまち俺たちはこの潜水艇もろとも木端微塵だ。潜水艦や潜水艇の防御力は非常に低いのである。


 ステラも魚雷の発射準備をしているようだったが、結局ラウラが「港を出たよ。反応はなし」と報告したため、何故か落胆しながらボタンから手を離していた。


 頭上のハッチを開け、双眼鏡で海原を見渡すナタリア。海中も警戒しなければならないが、潜航する前に野生の飛竜が空襲してくる可能性もある。魚雷は搭載しているが対空用の機銃までは搭載していないので、もし仮に飛竜が襲ってきた場合は逃げるしかない。


 だが、聞こえてくるのはカモメの鳴き声だけだ。ハッチから入り込んでくる潮の香りを吸い込んで安堵しつつ、俺はネモ船長(ナタリア)に「そろそろ潜る?」と問いかけつつ、彼女の座席のモニターにマップを送信する。


 そのマップには、海底神殿の位置が表示されている。海底神殿が存在するのはラトーニウス海の深度900m。このDSRV(ノーチラス号)ならば到達する事が出来るだろう。


 双眼鏡で飛竜を警戒していたナタリアはちらりと座席のモニターを見てから、もう一度双眼鏡で周囲を見渡した。


「………そうね、もう潜った方が良いかも。周囲に漁船もいないし」


「了解、じゃあハッチ閉めてくれ」


「はいはい」


 双眼鏡を首に下げ、ハッチを閉めてから席に戻るナタリア。潮の香りとお別れするのは残念だが、鍵を手に入れてもう一度浮上すれば、前世の世界で海に行く度に俺と母さんを慰めてくれたあの香りと再会できるだろう。


 鍵を手に入れて海面に戻って来れれば、あの潮の香りが勝利の美酒となる。


「バラストタンクに注水、潜航開始。まだ深度は20mでいいわ。目標海域に到達するまで、深度20mを維持」


了解ダー


 潜水艇や潜水艦は、潜航する場合はバラストタンクと呼ばれるタンクに海水を注水し、それを重りにすることによって潜航する。逆に、浮上する場合はそのバラストタンクから注入した海水を排出するのだ。


 潜水艦よりも遥かに小さなバラストタンクに流れ込んだ海水が、DSRV(ノーチラス号)を深海へと誘っていく。微かに床が前方へと傾き、魚雷のような船体が海水の絨毯の中へと潜り込んでいった。








 オルトバルカ王国の東には、『エメラルドハーバー』と名付けられた軍港が存在する。オルトバルカ王国の海上騎士団が保有する拠点の1つで、産業革命が起こるよりも昔から常に軍艦が停泊している巨大な軍港だ。


 フィオナの発明によって産業革命が起きてからは、そこに停泊する軍艦の外見は目まぐるしく変貌していった。木製の帆船だった軍艦は、今では鉄鉱石で造られた鋼鉄の装甲に覆われた装甲艦となり、原動力も帆から巨大な高出力型のフィオナ機関へと変更されている。


 同様の方式の軍艦は何隻も停泊しているが――――――その中で最も巨大なのは、王国の女王の名を冠された漆黒の装甲艦であるクイーン・シャルロット級一番艦『クイーン・シャルロット』と、姉妹艦の『ブリストル』だろう。どちらも従来の軍艦では大型であった40mを超える60mの巨体を持ち、いたる所にモリガン・カンパニー製の最新兵器を満載した最新鋭の装甲艦である。


 その二番艦『ブリストル』の甲板の上で、リキヤは甲板の外側へと砲口を向けて眠る新兵器を見渡していた。


 一見すると天体望遠鏡のように見えるが、その望遠鏡の部分は6本の細い筒を束ねられているという事が分かる。その砲身の束の根元には円柱状のタンクが垂直に装着されており、それらを金属製の脚が支えていた。その足の左右には、屈強な水兵でも腰を下ろせそうな座席が用意されている。


(………この世界の技術も、変わるな)


 甲板の上に配置されているそれは、フィオナが発明した『スチーム・ガトリング砲』と呼ばれる最新兵器の1つであった。超小型の蒸気機関を搭載しており、それで生成した高圧の蒸気によってクロスボウ用の小型の矢を連射するという代物だ。タクヤの仲間であるナタリアにフィオナがプレゼントしたという小型エアライフルを発展させた武器であり、既に社内でのテストを終えて騎士団へと納品が始まっている。


 ガトリング砲とはいえ、ハンドルを手動で回転させて連射させるというかなり旧式のガトリング砲と同じだ。ヘリや装甲車に搭載されているM134(ミニガン)のように、スイッチを押すだけで高速連射ができる代物ではない。


 しかも、もう1人の水平がハンドルを操作して射角を調整しなければならないため、使い勝手がいい武器ではないだろう。だが、空中から襲い掛かって来る飛竜に対する対空兵器としては非常に優秀で、社内のテストでも7.62mm弾並みの貫通力を持つという成績が出ている。


「どうですかな、ムッシュ・ハヤカワ」


「ああ、ジェイコブ艦長。立派な船ですね」


 スチーム・ガトリング砲の群れを見つめていたリキヤは、後ろから声をかけてきた紅い制服姿の初老の男性に頭を下げた。


 肌は浅黒く、頬には髭を剃った後が残っている。制服に包まれた肉体はがっちりしていて、身長は2mほどはあるのではないだろうか。彼のために防具を用意する羽目になればオーダーメイドになるだろう。


 おそらく、この艦長の種族はオークなのだろう。オークは彼のような大男が多く、2mでも彼らの中では平均的な身長だという。


 差別と奴隷制度が未だに撤廃されないオルトバルカ王国で、差別されているオークの男性が最新鋭の装甲艦の艦長になるという事は、周囲からの差別を押し退けてしまうほどこの艦長が優秀であるという事を意味している。


「いい船です。この船を建造したのはあなたの会社ですからね」


「建造したのは我が社の社員(同志)たちですよ、ジェイコブ艦長。………では、倭国までよろしくお願いしますね」


「ええ、もちろん」


 この装甲艦ブリストルの任務は、倭国で勃発している戦争に参加して新政府軍を支援する事だ。リキヤとエミリアとモリガン・カンパニーの精鋭部隊も同行し、現地で新政府軍を支援するという依頼だが、リキヤたちの目的は新政府軍の支援ではなく――――――旧幕府軍の拠点である九稜城に保管されている、メサイアの天秤の鍵を手に入れる事である。


 たまたま敵の本拠地に鍵があるから、殲滅するついでに回収するのだ。


 ブリストルに同行するのは、駆逐艦『エドガー』と『アービター』の2隻である。一番艦であるクイーン・シャルロットまで出撃すると本国の海軍の戦力が激減するため、クイーン・シャルロットはエメラルドハーバーに残ることになっている。


 隣に鎮座する同型艦を眺めながら、リキヤは海底神殿へと向かったもう1人の妻の事を思い出していた。リディアと共に海底神殿へと向かったエリスは、タクヤたちと戦う羽目になったら躊躇うだろうか?


(………いや、躊躇わんだろうな)


 我が子とはいえ、鍵の争奪戦になるならば容赦はしない筈だ。天秤から遠ざけることは、子供たちのためなのだから。


(切り裂きジャックとバネ足ジャックの対決か………面白い戦いになりそうだな、エリス)


 海底の神殿で、ジャックの異名を持つ2人の転生者ハンターが激突する。


 少しだけ笑ったリキヤは、目を細めてからブリストルの甲板を後にした。

 


 

 


 

潜水艇の名前ですが、最初はピークォド号にする予定でした。でもあっちは捕鯨船ですのでノーチラス号にしました(笑)


ちなみに、最後に出てきた装甲艦のモデルは幕末に新政府軍で使用されたストーンウォール号です。

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