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タクヤの正体


「お、お父さん……何で僕に銃を向けるの……!?」


「頼む、教えてくれ……お前は何者なんだ……?」


 自分の息子に銃を突き付けている親父の手は、ぶるぶると震えていた。今まで戦場で傭兵として何度も戦い抜いてきた猛者でも、自分の遺伝子を受け継いで生まれてきた息子に銃を向けるのは辛いんだろう。きっと早くこの銃を下ろし、いつも通りの生活を送りたいと思っているに違いない。


 いつもの生活に戻るためには、俺が何とか誤魔化し切るか、親父に本当の正体を教えてしまわなければならない。だが、前者はもう不可能だ。ならば思い切って「俺は転生者だ」と言ってしまうべきだろうか?


 でも、言ってしまえば―――――親父は俺をどうするつもりだ?


 見た目は自分の息子。でも、中身は違う。6年前までは父親から虐待を受けながら高校に通っていた男子高校生に過ぎない。まったく他人の子供が自分の息子のふりをして生まれてきたようなものだ。俺の正体を知れば、親父は俺を受け入れてくれるのだろうか?


 その可能性はかなり低い。だから俺は、もう不可能になった前者に固執してしまった。


「ぼくは……お父さんの子供だよ……?」


「ああ、そうだ。お前は俺の大切な子供だ……。ならば、なんでMP40を持っていた? あれはどこから持ってきた?」


「あれは、信也おじさんが……」


「嘘をつくな。信也はお前に銃を持たせたことは一度もないし、誘拐された時、信也は自宅にいた。お前にSMGサブマシンガンを渡すのは不可能だ」


 もう誤魔化せない。まさに万事休すだ。


 正体を明かせば、この親父は引き金を引くだろうか?


 優しい親父だった。本当は戦場で敵を何人も殺している恐ろしい親父(怪物)なのかもしれないけど、家族の前では怪物ではなく、人間だった。妻たちにも優しくしていたし、休みの日はよく狩りに連れて行ってくれた。


 こんな父親だ。俺はあんな暴力を振るって来るクズじゃなくて、こんな父親がずっとほしいと思っていた。休みの日に家族を連れて、どこかへと連れて行ってくれる他の家の優しい父親が羨ましかった。


 たった6年だけだったけど、優しい父親が欲しいという前世の願いはかなったような気がする。


 自分の願いが既にかなっていたことに気がついた俺は、何故か少しだけ笑いながらため息をついた。


「―――――そうか。………さすがにバレちまうか………」


「てめえ、何者だ?」


「………俺の身に何があったのかは分からない。飛行機の事故で死んだと思っていたら――――――あんたの子供として、この世界に生まれていた」


「なに?」


 水無月永人は、あの飛行機の事故で死亡した。クラスメイト達を乗せた飛行機と共に墜落し、この世界へと転生したんだ。


 どうして転生したのかは分からない。他のクラスメイト達はどうなったんだろうか? 俺と同じように、赤ん坊としてこの世界に転生しているんだろうか?


 新しい父親に銃を向けられているというのにクラスメイトの事を考えていた俺は、もう普通の人間ではなくなってしまったという証に向かって右手を伸ばす。


 俺の頭から生えている短い角。これが、もう俺が普通の人間ではなくなってしまったという証だ。サラマンダーの血を持つ親父の遺伝子を受け継いで生まれてきたという、俺とラウラの身体に刻み込まれた怪物の証。こいつのせいで、外出する時は帽子かフードの付いた服が必須になってしまった。


 親父の顔を見上げながら、俺は言った。


「本当だよ。俺は高校生だった筈だ……。だが、旅行に行く時に乗っていた飛行機が事故で墜落しちまって………」


「………俺の息子として転生したのか?」


「そうらしい」


 突き付けられていたでっかいリボルバーの銃身が、大きく揺れたような気がした。


 きっと、親父は動揺しているんだろう。目の前にいるのは確かに自分の子供だ。だが、中身は自分の子供ではない。事故で死亡した筈の男子高校生が、他人の子供として異世界に生まれ変わった姿なのだ。


 引き金を引くつもりなんだろうか? そう思いながら親父の顔を睨みつけるが、親父はやはり動揺しているらしく、引き金を引く様子はなかった。


「……端末は持っているか?」


 俺はすぐに首を横に振る。端末というのは、親父がさっき取り出していた携帯電話のような端末の事だろう。もちろん俺は持っていない。持っているのは武器や能力を生み出す事ができる能力だけだ。親父に見せるために片手を突き出した瞬間、親父は下げかけていた銃を再び俺に向けてきたが、俺の目の前にゲームのメニュー画面を目にした途端、すぐにリボルバーの銃口を下げてくれた。俺の能力に驚いているらしい。


「―――――武器は、こうやって生産したんだ」


 目の前のメニューをタッチし、俺たちを誘拐した男どもに向かってぶっ放したMP40を装備する。

 

 自分の持つ端末よりもハイテクだったことに驚いたのか、親父は少しだけ目を見開くと、まるで羨ましがるような顔をしてから「……随分とハイテクなんだな」と言った。


 羨ましいのかよ。


「まあな」


 息子の正体を知った親父は、どうやら警戒心を解いてくれたらしい。手にしていたプファイファー・ツェリスカをそっとホルスターの中へと戻した親父を見上げた俺は、安心して息を吐くと、メニュー画面を閉じた。


「……お前の本当の名前は?」


「――――水無月永人みなづきながとだ」


「ナガト? 戦艦長門ビッグセブンか?」


 クラスメイトの奴らにもよく言われた冗談だ。聞き慣れたニックネームを異世界でも聞く羽目になった俺は、苦笑いしながら親父に訂正する。


「残念ながら、永遠の永に人って書くんだ」


「なるほどね……。それで、お前の目的は?」


「何もない。……このまま、この世界であんたの息子として生きていくつもりさ」


 元の世界に戻る方法は全く分からない。俺はあの飛行機の事故で死んでしまっている筈だから、あっちの世界ではもう死人扱いだろう。それに、もし戻れたとしてもあんなクソ親父のところに戻るつもりはない。


 できるならば、もう水無月永人には戻りたくない。ずっとタクヤ・ハヤカワとして生きていたい。


「……俺の息子でいいのか?」


「構わねえよ。………俺の前の親父はクズでさ。自分勝手で、よく母さんや俺に暴力を振るってた。気に入らねえことがあればすぐに殴ってくるし、反論すればもっと殴ってくる。そのせいで母さんは病気になって死んじまってさ、俺はその糞親父クズと2人暮らしをする羽目になった」


「………」


「殺してやろうかと思ったよ。父親ってのは、自分勝手なクズばっかりなんだと思ってた。――――――でも、あんたは何だか違う。ちゃんと話も聞いてくれるし、家族を大切にしているし………」


 俺はこんな父親が欲しかった。あんな暴力を振るうクズではなく、自分の家族を必死に守ってくれるこの男のような、優しくて強い父親がずっと欲しかった。


 だからあの世界には戻りたくない。そう思いながら親父を見上げていると、親父はやっと冷たい目つきで俺を見下ろすのを止めてくれた。


「……安心しろ。6年前から、お前はもう水無月永人じゃない。お前はもう、タクヤ・ハヤカワだ」


「……」


「正体が転生者でも関係ない。これがお前にとって2回目の人生だというのなら、思い切り楽しめ。いいな? つまらん人生を送って死ぬのは許さんからな」


 前の父親は、絶対にこんなことを言ってくれなかった。俺を見れば無視するか、八つ当たりをするかのどちらかだった。


 父親って、こんなに優しかったのか………。


 俺もこんな男になりたい。強くなって、家族を守れるような父親になりたい。


「……あんた、最高の父親だ」


「それはどうも。……さて、そろそろ部屋に戻ろうぜ。夜更かししてるとお母さん(エミリア)に怒られちまう」


「ああ、そうだな」


 母さん、怒ったら怖そうだ。もしかしたら大剣で両断されちまうかもしれない。


 ここに俺を呼び出した時のような冷たい目つきではなく、いつもの優しい目つきに戻った親父は、落ち着いたように微笑みながら地下室の出口へと向かっていく。


 何とか殺されずに済んだ。俺を生かしておいたということは……親父は俺を受け入れてくれたって事なんだよな?


 良かった………。


 安心しながら歩いていると、いきなり親父が立ち止った。親父のでかい背中にぶつかる前に立ち止まった俺は、親父の頭を見上げながら「親父、どうした?」と問いかける。


 すると親父は、俺の方を振り向かずに、低い声で言った。


「――――――そう言えば、お前は赤ん坊の頃の事は覚えているのか?」


「ああ、ちゃんと覚えているぜ」


 そういえば赤ん坊の頃は最高だったなぁ……。母さんたちが滅茶苦茶可愛がってくれたし、喋ったり歩きはじめたりするとよく抱きしめてくれたし。


 それに、赤ん坊の頃は粉ミルクじゃなくて母乳だったからな。美女の巨乳は最高でした。


「そうか………」


 赤ん坊の頃の事を思い出しながらニヤニヤしていると、目の前で立ち止まっていた親父がホルスターへと手を伸ばし、プファイファー・ツェリスカを引き抜きながらゆっくりと俺の方を振り向いた。


 あれ、お父さん? 


 目つきも鋭くなってるし、リボルバーを持ってる手も震えてるよ? 何で怒ってるの?


「―――――そういえば、お前とラウラは粉ミルクじゃなくて母乳だったよなぁ?」


「え? ああ……ちょ、ちょっと、親父………?」


「―――――よくも人の妻をッ!! このクソガキぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃッ!!」


 ちょっと待って、それは仕方ないだろうがッ!


 反論しようとしたんだが、親父は顔を真っ赤にしてブチギレしながら俺にリボルバーを向けてきた。おい、それに装填されてるのって実弾だよな!? しかも.600ニトロエクスプレス弾だよな!?


 やめろ、頭が吹っ飛んじまう!!


「ぎゃあああああああああ!? お、親父、落ち着けッ!! 拒否できるわけないじゃん! 当時の俺は赤ちゃんだったんだぜ!? 赤ちゃんがお母さんに『母乳じゃなくて粉ミルクが欲しい』って言えるわけねえだろ!?」


「黙れぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇッ!!」


 お願いだからそれをぶっ放すのは止めてくれ! 胴体に当たってもバラバラになっちまう!


 必死に親父からリボルバーを取り上げようと足掻くが、6歳の子供の身長では全く親父の銃に手が届かない。なんてこった。こんな理由で俺は親父に殺されるのか。


 大暴れする親父を何とかしようと足掻いていると、1階の廊下へと続く階段の奥の方から、誰かが駆け下りてくるような足音が聞こえてきた。足音からすると子供ではなく、成人のようだ。男性なのか女性なのかは分からないが、誰かが階段を駆け下りてきているらしい。


 その直後、暗い階段の中で紫色の瞳が一瞬だけ輝き――――階段から飛び出してきた美しい2本の足が、俺にリボルバーを向けながら大騒ぎしていた親父の後頭部を直撃した。


「うふんッ!?」


 後頭部を蹴られたせいで俺に振り下ろす筈だったリボルバーを空振りし、変な声を上げながら地下室の奥へと吹っ飛ばされていく親父。がっしりした親父は顔面を床に叩き付けられると、そのまま回転しながら地下室の奥の壁に激突した。


 俺は呆然としながら、親父を見事なドロップキックで吹っ飛ばした美脚の持ち主のほうを振り返る。


「夜中に大声を出すな、馬鹿者ッ!」


 お、お母さん! 助けに来てくれたのかッ!?


 ありがとう、お母さん。そう言えばお母さんは、3歳の時に俺たちが狩りに行きたいって言い出した時も味方してくれたよな。


 俺、大きくなったら絶対にこのお母さんに親孝行するよ。決して親不孝者にはならない。命尾の恩人だからな。……それと、赤ん坊の頃はお世話になりました。


 鼻血を出しながら起き上がる親父を、腕を組みながら睨みつける母さん。何だかカッコいいです。


 母さんは俺の方をちらりと見ると、いつものように優しく微笑みながら俺を抱き締めてくれた。


「す、すいません……」


 す、すげえ。さすがの大黒柱も妻には逆らえないのか。


「まったく……。さあ、タクヤ。今日はもう寝よう」


「うん、お母さん」


 そういえば、もう10時を過ぎていたな。いつもだったらとっくに寝ている時間だ。ラウラはもう眠ってしまったのだろうか?


 さまあみろ、クソ親父め。


 鼻を抑えながら立ち上がった親父に向かってにやりと笑うと、親父は悔しそうに俺を睨みつけてくる。


 ニヤニヤ笑いながら親父を見ていると、母さんは俺から手を離し、ポケットからハンカチを取り出した。どうやらさすがにいきなりドロップキックをぶちかましたのは悪かったと思っているらしく、申し訳なさそうに苦笑いしている。


「ほら」


「ん?」


「その……すまなかった。いきなり背後から………」


「き、気にするな。俺が悪かったんだ………」


 受け取ったハンカチで鼻血を拭き取る親父。母さんは親父にそっと近づくと、親父がハンカチを鼻から離そうとした瞬間に手を親父の背中に回し、驚愕する親父の唇に自分の唇を押し付けた。


 む、息子の前でキスだとぉ!?


 しかも一瞬だけ舌伸ばしてるのが見えたぞ!? ただのキスじゃないのかよ!?


「――――ぷはっ! ………おいおい、タクヤが見てるんだぜ?」


「ふふふっ、そうだな。………ほら、部屋に戻るぞ」


 う、羨ましい……! 前世で俺は童貞だったっていうのに………!


 少しだけ顔を赤くしながら母さんは言うと、親父と手を繋ぎながら一緒に階段を上り始めた。


 階段を上りながら後ろを振り向いた親父が、俺の顔を見下ろしながらにやりと笑う。


 こ、このクソ親父め………。


 もっと成長したら絶対に彼女を作ってやる。あ、でもこの世界では一夫多妻制はごく普通らしいから、ハーレムを作っても問題はないよな。


 よし、俺は絶対にハーレムを作ってやるからな。そしてニヤニヤしながら親父の事を見下ろしてやる。


 







「タクヤ、起きて。タクヤっ」


 聞こえてきたのは、聞き覚えのある幼い少女の声だった。かぶっている毛布よりも温かい小さな手に身体を揺すられて、やっと眠気から解放される事ができた俺は、瞼をこすりながらベッドから起き上がる。


 俺を起こしてくれたのは、元気な笑顔と赤毛が特徴的な同い年の少女だった。頭からは先端部が炎のように赤い2本の角が生えている。昨日あの男たちに連れ去られ、暴行を受けて傷だらけになっていた筈の少女の顔には、もう殴られた痕や痣は残っていなかった。


 あの後、家に戻ってからラウラは母さんたちにヒーリング・エリクサーを飲まされたらしい。ヒーリング・エリクサーは冒険者が治療に使うアイテムの1つで、飲むと傷口を治療してくれる便利な薬品だ。従来のエリクサーは瓶の中身を全て飲まなければ効果を発揮しなかった上に不味かったらしいんだが、フィオナちゃんが改良したエリクサーは一瞬で傷を治してしまう高性能な代物で、現在ではこちらが売店などで売られている。


 そのエリクサーのおかげで、ラウラの顔からはあの痛々しい痣が全て消えていたんだ。


「おはよう、ラウラ」


「うん、おはようっ!」


 瞼をこすりながらそう言うと、ラウラはにっこりと笑ってくれた。


「あのね、タクヤ」


「ん?」


「き、昨日は………あ、ありがと……」


「え?」


 昨日って、あの誘拐された時の事だよな?


「あの………昨日のタクヤ、かっこよかったよ」


「あ、ああ。……ありがと」


 そう言えば、今まで女の子にカッコいいって言われたことは一度もなかった。照れてしまった俺は、思わずラウラから目を逸らすと、指先で毛布を弄り始める。


 すると、まるで追撃するかのようにラウラまでベッドの上に乗って来ると、目を逸らしている俺の頬を優しく触りながら、俺の顔を覗き込んできた。


 よ、容赦のない姉だ。容赦のなさは親父譲りなのかもしれない。


「えへへっ。顔が真っ赤になってるよぉ?」


「そ、それはっ……」


「可愛いなぁ………。えへへへっ、タクヤっ」


 わ、笑い方がエリスさんにそっくりだ。確かエリスさんも、親父に甘える時はこんな感じで笑いながら抱き付いていたような気がする。


 ラウラはまだパジャマ姿の俺に抱き付いて来ると、俺の頬に自分の頬を押し付けた。


「大好きだよ、タクヤっ!」


 しょうがないお姉ちゃんだなぁ。


 でも、こんな甘えん坊のお姉ちゃんと一緒に生活するのも悪くないかもしれない。


 そう思った俺は苦笑いすると、同じように彼女の小さな背中に手を伸ばし、ラウラを抱き締めた。


 彼女は俺の大切な家族なんだ。だから―――――もっと強くなって、俺が守ってみせる。



仲の良い親子ですね(笑)

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