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受付嬢の司書

次回で一つの山を迎えることが出来るんじゃないかなと

 ホテルマンな少年と別れてからは、とりあえず施設内を探索することにした。と言っても、2階の5つの客室とロビー、それから食事の準備に急がしそうな食堂以外に目立ったものは特にない。

 そういえば、意識を失う前まではあれ程空腹だったのに、今はそうでもない。やはり意識を失っている間に、何かを口にさせて頂いていたようだ。そう気づいてさっさと食堂を後にする。そうなると……散策などしようにも、どうやら、ロビーと廊下くらいしかしようがなかった。


 俺が一通りうろつくと、受付のお姉さんと目が合った。ロビーを意味も無く彷徨く俺を不審に思っているのだろうか、先ほどから彼女の近くを通る度に熱い視線を送られている。


 ……部屋でおとなしくしているか……。

 そう思い、木造の階段に足を掛けようとしたその時。


「気づいたのね」


 後方から、呟きに近い声を掛けられたような気がした。


「え?」


 聞き間違えだったかもしれないが、俺は咄嗟に振り向いてしまった。そしてそんな俺とばっちり目線を交わしているのは『彼女』しかいなかった……。


「気づいたのね。私は確かにそう問い掛けたのよ。聞き間違えじゃないとオフィシャルに発言するわ」


 公式に否定して頂けた。そうか、聞き間違えじゃなかったか……。

 ここまで言われてしまっては部屋に戻る訳にもいかないので、俺は踵を返して受付にまで歩み寄った。


「あの、ども……。お世話になっております……。さ、昨晩はご迷惑をお掛けしたようで……」


 何気にこの世界に来てから女性と話すのは初めてだと気づく。俺が必要以上にどもっているのも止むを得ないことだとご理解頂きたい。

 上目遣いでちらりと顔を覗き込むと、先ほどの店員とは打って変わって、非常に無機質な表情が伺えた。


 それにしても、妙な格好だ。カウンター越しからは、大きな学士帽のようなものを頭にのせ、深緑のケープを羽織っている姿が見て取れるのだが、これがこの店の制服なのだとしたら、夏とか大変なんだろうなと思った。


「私はお世話をしていないわ。貴方を連れてきたのはピタリアよ。覚えてない? 貴方をおぶさってここまで運んできた張本人なの」


「ピタリア……?」


「ウチの親玉」


 メガネの蔓を押し上げながらカッコ良くそう言い捨てた……けど、親玉て……。

 まあ会話の内容から察するに、さっきのホテルマンの彼のことなのかな? そう言えば、世話になったのに名前も聞いてなかったっけな。まあ、普通店員の名前なんか聞く必要はないしなあ……。


「…………」


「…………」


「……私のことは聞かないの?」


「え?」


「私が何者かは別に気にならない? 気にならないならそれはそれでいいんだけど」


「……?」


「気になるなら教えるんだけど」


 繰り返すが、店員の名前なんざ正直興味はないのだ。少なくとも俺は。


「えと……君は何者なんですか……」


 しかし押しに弱いのだ。俺は。


「私は受付をやらされてる。リブラって呼んで。それからね……ええっと、好きな色は赤よ」


 ここぞとばかりに次々といらん情報が飛んでくる。そんなに聞いて欲しかったのか。つくづく思うが、よく分からんヤツが多い……。いや、そうだ。今の所よく分からんヤツにしか会っていないんだった。変なヤツオンリーだこの世界は。


「ふ、ふうん……えと、俺は……」


「聞いてないわ」


「え……」


「別に聞いてないから……もし、アレだったら……無理して言わなくていいから」


「あ……じゃ、じゃあ言わないけど……」


「…………」


「…………」


 ……なんだろう。すごく分かりやすい、自分大好きっ子なんだね。いっそ清々しくある。別に関心はしないけどな。


「他には?」


「え?」


「他に、あるでしょう? 色々、聞きたいこととか。あると思うの」


「…………」


「無いならいいんだけど。無理しなくても。でも、初対面の私に恐悦至極しちゃって聞こうにも聞けないことがあるなら、変な恥は捨てて聞くのが賢明だと思うの」


「え……いや、特には」


「え……あ……そう。ないんだ」


「…………」


 そう呟いたきり、押し黙ってしまった。ちらりと顔色を伺ってみて、驚く。

 見れば、無機質だった顔にはずんと影が掛かっていた。心無しか顔色も青冷めていて……しかもよく見れば、唇を噛み締めてぷるぷる震えている。どんだけショックだよ!


「……えっと、そういえば俺この宿から出てから、行く当てもすることもないんですけど……。とりあえず、お金を稼ぐ方法とかって」


「いい質問!!」


「え!?」


「いい質問をありがとう」


「は……いえ、どういたしまして」


 どうやら、自分のことじゃなくてもいいらしい。俺の何気ないそんな問いに、彼女は瞬時に目を輝かせてくれた。うーん、ただのアドバイスマニアか。


「とりあえずお金が欲しいなら、ハロワに行けばいいと思うの」


「ふーん……そ、そうなんだね……え?」


 え? ハロワ?

 今ハロワって言った?


「ハロワ!? この世界ハロワあんのっ!!?」


「あるよ」


「ハロワって、ハローなワーク!? こんにちは仕事さん!?」


「よく分かんないけど、みんながハロワって呼んでいるよ」


 よ、よく分かんないってなんだよ……。いや、でもこれは意外で貴重な情報だ……! すぐにでも向かわなくては!! あ、でもチェックアウトはまだか!? いや、早めてもらうことは可能だろう!


「あ、あの! じゃあもう戻りますね!」


 兎にも角にもこんなところでサボり魔の受付嬢なんぞと話し込んでいる場合じゃない。そう思った俺はすぐさま踵を返そうとしたのだが……。


「待って」


「え?」


「もう戻るなら、待って。もう質問は無いのね?」


「あ、ありませんけど……」


 何故か呼び止められる。ん? 何か不穏な空気が……。


「じゃあ、集計。私、幾つ質問に答えたっけ?」


「何の話……?」


「4つ……多分4つだと思う……。あれ、案外少ない……。あれれ? 私、もう少し喋ってなかった?」


「あの……」


「悪い癖なの。聞かれたことだけを答えればいいのに、つい耳寄り情報を挟んでしまうの。お得な人間なの私」


「へ、へえ……」


「物は相談なのだけれど、私が貴方に補足で教えてあげた、『赤色が好き』って情報も、一つカウントしてしまってもいい?」


「よく分かりませんけど、もう自由にしてください」


「貴方ってばいい人ね。じゃあこれで5つだ。それじゃ、私は5回権利を得たことになるわ。それじゃあ早速……」


「は? 5回? ちょ、ちょっと待って……!!」


 どういう訳だかここ数分の中で一番目を輝かせている、そんな彼女を見て俺は思わず制止の声を叫んでしまった。

 まさかそんな交換条件で俺の質問に答えてくれていたのか? ただの親切の押し売りで俺と話していた訳じゃないとでもいうのか!?


「5回って……俺に何をするつもりですか……!」


「何を身構えているの? 私は貴方に個人的な疑問を5回ぶつけるだけよ」


 質問……?

 なんだ、そんなことなら良かった……が、


「質問って……別にいいんですけど、何を聞きたいんですか? 悪いんですけど、自分……えっと、変な話かもしれませんけど、記憶が無いっていうかその……」


 そう。俺は記憶喪失なのだ。そんな状態の俺に他人に対して答えられるようなことがあるとは到底思えない。しかし、記憶喪失なんて突拍子も無いこと、そもそも理解してもらえるかどうか……。


「全然大丈夫。興味があるのは貴方のことじゃなくて、貴方の持っている知識だから。それも、一般常識レベルのね」


 全然大丈夫だった。それどころか、記憶喪失に関しては触れられもしなかった。

 まあ、記憶ではなく知識の話なら俺でも少しは力になってやれそうではあるが……ただ、記憶喪失という俺にとっての一大ニュース>一般常識レベルの知識という図式がさらっと出来上がってしまったのはそれはそれでショックだ。


 まあそれはそれとして、どうしてそんなことをわざわざ聞きたいんだろう……。そんな疑問に答えるように、彼女はまたしても顔に影を掛けながら言う。


「ちょっとしたお勉強をしたいだけよ……会話の中で分かったとは思うけど、私は一般常識に欠けているから……」


 会話の中で……? ああ、さっきの『親玉』がどうこうとか、『オフィシャルな発言』だとかいう、違和感のある物言いのことかな。


「学も教養も無い愚図なの」


「いや、そこまででは……そんなに自分を卑下しなくても」


 そりゃ確かに多少引っかかってはいたが、この世界の人たちってみんなそんな感じじゃないか。


「私、もっと普通の会話がしたいから……ボキャブラリーを天国にしたいんだけど、ピタリアに反対されているの」


「え? なんで……」


「私、一度人に物を尋ねると、暴走列車になっちゃって止まらないから……」


 ずーん。

 そう呟いて、落とした影を更に濃くしていた。なんだ、要するに本当は人に物を聞くことにご執心なのか。被アドバイスマニアだったのか。ていうかアドバイスマニアってなんだ。


「だから、この宿の従業員をやっている内は、私が他人に対してしていい質問は数が限られているの。束縛系女子なの。じゃないと切りが無いんだって」


 聞けばその制限とやらは例のホテルマン、ピタリアによって定められたものらしく、その内容は『自分が他人の問いに対して答えてあげた数だけ、質問し返していい』とのこと。事情は分かったが、それって完全に相手の都合を無視してないか? しかももっと言うなら、質問を強要しているくせに押し付けがましくないか……?


 俺がもやもやとした気持ちを募らせて唸るも、彼女はお構い無しと言った具合によぅしと意気込みの声をあげた。


「さて……。貴方の巧みな話術に負けて、ついつい私のことを根掘り葉掘り話しちゃったわね。フェアじゃないから、さらっと質問を2、3個追加させて頂くわ」


 いやホントにさらっと何勝手なこと言ってるの!? そっちが勝手にべらべら話したんでしょうに。


「じゃあまず1つ目は……ハローワークって何?」


「知らないで口にしてたの!?」


「お金を稼ぐ所だとは説明を受けたわ。でも……ねえ、何の施設なの? どうして貴方はそこに行かなくちゃいけないの?」


「いや、なんでって……」


「私みたいに普通に働けばお金になんてそこまで困らないのに、どうしてわざわざそんな所を利用しなくちゃいけないの? どうして?」


「ハロワはニートに働き口を紹介してくれる親切な施設だよ!! そして俺はニートだからすぐにでもそういう施設にお世話にならないと働く権利すら貰えないしまた餓死しちゃうんだよ!」


 俺は目に大粒の涙を浮かべながら、次の目的を定めることができた。


何か今回は箸休めになっちゃったいめーぢ

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