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ベルボーイの宿

ようやく労働の義務を課せられている人々を描写できるパートまで来れました

【廃村エリア】





「なあ、ヘビ……。お前はどう考えてる?」


 私の意識を呼び戻したのは、コートの不意な囁きだった。周りでは、大統領以外の人間によって、廃村の中心でせっせとテントの設営作業が続けられている。


「アイツ……。本当に何が狙いだ? 俺たちに何をさせたいんだろうな……」


 一見すれば、至って平和な光景。つい数分前までの殺伐とした空気があったことを加味すれば、その絵面は間抜けですらある。誰もが思わず気の抜けてしまう大統領の態度……そして気がつけば仲良くテント設営など行っている自分自身に脱力して、幾ばくか緊張感を解し始めているのだ。

 そんな中、この男だけは遠くでメガネと言い争っている大統領の目を盗むようにして、私に小声で耳打っている。


「……さあな。私も皆目見当がつかないよ……」

 

 コートの問いに曖昧に答えてから、ただ……と、私は続けた。


「私たちは、1つの危機的状況を完全に回避できた訳ではないということだけは確かだ」


 その言葉に、コートも大きく頷く。思った通り、この男もそれは重々理解しているようだ。


「残念だが、カードを持っているのは正体不明の圧倒的な『力』を有していて、主催側であるあの男だという現状は変わらない……。そう。その気になればあの男は俺たちに殺し合いでも何でも始めさせられる立場に、依然立ち続けているって訳だ……」


 全くもってその通りだ。大統領とやらが一体何を企んでいるかは分からないが、それが私たちが『考え得る最悪の事態』に直結しないと思える以上は、私たちも下手に刺激せず、その言い分に従うのが最善なのである。


「メガネのヤツもそれを理解してくれているといいんだが……あの様子じゃな……」


 くいと親指で指差す方向には、威勢良く喚き散らすメガネの姿。


『テント設営ってなんなんですか!! 今何の意味があるんですか!! 私は説明を求めます!!』


『でもねえ、メガネさんや。この僕、大統領さんにとっては『知らない土地』じゃない訳なんだよ。それなら、土地勘のあるヤツの言うことに従っておけば間違いはないんじゃないかねえ。どうして突っかかるんだよ?』


『土地勘のあるヤツである前にアンタは黒幕成分が強すぎるんでしょうが!! 土地勘のあるヤツ1:黒幕9でしょうが!!』


 コートはそんな様子に苦笑いを浮かべるも……私は一抹の不安を拭いきれずにいた。


「……おいおい、ヘビみたいな目をしてるぞ? 大丈夫か」


「……生まれつきだからな。至って大丈夫だ」


「睨むなよ……。悪かったって……でも、余りネガティブな展開ばかり考えることもないとは思うぜ……。メガネがアイツの気分を損ねるようなことを言ったとして、あの『テンポ』だの『予定』だのに異常に固執する男が、一時の感情で暴挙を働くようなことは考え難いぞ……」


「……いや、別にメガネのことを案じている訳じゃない……」

 

 私は、自分に言い聞かせるように、そう呟いた。全員で設営作業をしているその光景を、改めて見つめ直しながら。

 各々の想像の中にあった、黒幕によって引き起こされると思っていた『最悪の事態』。それを黒幕自身が否定したことによって、場の空気が極端に緩まってしまっている。


「殺伐とした空気が変わったのは勿論いいことだよ……でも、それこそが黒幕の『狙い』だとしたら?」


「何……?」


「憶測に過ぎないけどね……。だけど、もしそうだったとしたら、この緩み切った空気を、私たちだけで正すことはできると思うか? 他の連中が万が一にも、黒幕である筈の大統領に変な信用を抱き始めてしまったりしたら、それを矯正することは私たちに可能か……?」


 私たちだけでは決して産み出す事が出来なかった仲間意識。それを皮肉にも、黒幕の筈の男がいとも簡単に作り出しつつある。それこそが現状なのだ。

 こうしてみんなが共同作業を行っている、そんな平和である筈の光景に私とコートが感じていた違和感の正体は、恐らくそれなのだ。


「確かに、数分前まで殺し合いでもさせられるのかと警戒していた所に、『テントを協力して設営してもらう』だからな。嫌でも縋りたくなる……」


「そして同時に、『この男は自分たちを取って喰おうとしている訳ではない』と勝手に思い込みつつあるんだ。さっきまでビクビクしていたメガネが急に強気になってるのがいい証拠だよ」


「俺たちは、知らず知らずの内に、黒幕に一定の信頼を抱いているのかもしれない……のか」


 私たちは忘れてはいけないのだ。

 『この男こそ、私たちをこんな所へ拉致した張本人である』という事実を。

 私たちがそれを忘れた時、ペースは完全に大統領のものになる……。


「……有り得ない話だけど……もしもの話だが、よく聞いてくれコート」


 この空間の空気としては、今や不釣り合いとなってしまった緊張感。コートはそれを察して、ただ黙って私の顔を見つめていた。


「『立場』なんだ……。私たちに立ち塞がっているのは。大統領が『黒幕』だから、私たちは総じて『それ以下』なんだ。半ば反射的に『従うしかない』と諦めているんだ。それがいつの間にか、『従っていれば安全だ』なんて根拠の無い安心感にすり替わりつつある。それはいけない。避けなくてはいけない……」


「……何が言いたいんだ?」


「誰にどう非難されてもいい。私はその『立場』を逆転……いや、最低でもパワーバランスを対等にするような一手さえ見つかれば……」





「私は……迷わずそれを大統領に行使するぞ」


 不可能ではない。私は本気でそう考えている。可能性ならある筈だ。


 差し当たり、望みになり得る可能性はまず2つ。

 1つは、大統領が口にしていた『能力』の存在。ヤツはそれを我々に与えることを示唆していた。それが一体どのようなものかは分からないが……最悪、大統領の隙を突けるようなものでさえあれば、可能性はある。


 もう1つは、大統領の行使する『力』の弱点。あの、瞬間移動めいた現象の正体を、私たちは未だに掴めずにいる。しかし、その謎の片鱗さえ露わになれば、その対策を講じることも不可能ではないだろう。そして、その力の存在によって大統領は圧倒的に優位な立ち位置にいると感じているはずだ。その虚を突けるとすれば可能性として大いに期待できる。


 一時的にでもいい。圧倒的なまでの立場を覆す一手。存在しない訳ではない。一度は決めた覚悟だ。勝機さえ見えれば私は……。


「必要であれば、だろう?」


 水を浴びせられたように唐突で冷たい言葉で、私ははっとした。


「冷静になれ、ヘビ……。お前が言っているのはヤツが俺たちを懐柔しようとしていることが前提の話だ。『大統領が俺たちに洗脳めいたことをしているとハッキリした時』のみの話だろうが……。ヤツが本気で俺たちを共生の道へ導こうとしている可能性の方が……正直言って濃厚だ」


「…………」


 ……確かに。私は、結論を急ぎ過ぎているのかもしれない……。

 でも、本当にそんなことでいいのか? 共生の道へ導こうとしている可能性の方が濃厚? 何故だ? それは既に、この男もヤツに懐柔されかけている証拠なんじゃないか……?


 現状最も信頼できる男の言葉と、自分の中の拭いきれぬ不安との間に葛藤し、私はただ俯くしか無かった。


「……それなら、こうしよう」


 垂れたままの頭に、落ち着き払った声が降り掛かる。


「お前がどうしても納得いかないのなら、いざという時、自分のやりたいように行動してみるといい……。どの道、俺たちも何が正しいかなんて分からないんだ……。ただ、その行動が明らかに誤っていると俺が感じたその時は、俺が全力で止めてやるよ……」


「えっ?」


 何気なく発せられたその言葉に思わず顔を上げ、飛び込んできた光景に思わず目を見開いた。

 コートは、大人が子どもをあやすような、とても落ち着いた微笑みを浮かべていたのだ。それは……この男と会ってから彼が初めて見せた、混じり気一つない『笑み』だった。


 ああ。私は、何を偉そうに強がっているんだ……。


 そう感じた時、不意に情けないような、恥ずかしいような気分に襲われた。いつの間にか、靄が掛かっていたような頭の中も幾ばくかすっきりとしていた。


「……少しは冷静になったか?」


「ん……すまない……。私はきっと、自分で考えているよりずっと子どもなんだ……」


「きっとじゃねえ。子どもだ……つまらないことを言っている間にテントができているぞ。はは……すっかりサボっちまったな」


「えっ?」


 腑抜けた声で振り向いた……その時だった。


『次のステップに進んだのだ』そう私たちに知らしめる合図かのように。

 それは例に漏れず、唐突に起こった。


「きゃああああああ!! ど、どういうこと!?」


 それは、ツンデレの発した悲鳴だった。

 コートと顔を見合わせ、すぐにテントの入り口前に駆け寄る。


「どうした……!?」


「な、中に……」


 ツンデレが指差すテントの内部を、幕をめくり上げながら皆が覗き込む。そして、すぐに私たちは思い出すことになった。

 微かに抱いた安心や希望など、即座に覆されても不思議ではない。何が起きてもおかしくはない世界に私たちは身を置いていたのだと。




「中に……誰かいるのよっ!!!」


 薄暗いテントの中、虚ろな6つの瞳がギョロリと浮かぶ。

 先ほど、皆で設営したばかりのテント……当然中にいる筈も無い者が……いや、そればかりかこの空間自体にいる筈も無い、見覚えの無い人間がそこにはいた。

 体育座りをして、窮屈そうに身を寄せ合う男女が合わせて3名。彼らは何故か後ろ手で縛り付けられていて、ただこちらを見つめ返していたのだった……。




◆◆◆



【市街エリア】





 唐突な目覚めだった。

 何か、夢の途中で無理矢理起こされたような心地だ。

 夢……見ていたような気がするが、まるで記憶には無かった。まあ、夢を見るだけの記憶なんて俺にはないんだ。気のせいだろう。


 まあ、そんなことよりも……。


「…………天国?」


 じゃないよな。俺が握りしめているのは毛布の端だし、身を捻らせて這い出たのは布団だったし、ワインレッドの絨毯にも問題なく足がついた。


「…………ここ、どこだ?」


 ドンッ!!!

 俺の呟きに呼応するように壁ドン。


「ふわぁ!! すみませェん!!」


 思わず素っ頓狂な声をあげてしまってから気づく。隣にも部屋があるようだ。

 幸いなことに、壁ドンを受けた訳ではなく、何か別のことで騒いでいるようだ。何やら物々しげに絶え間なく騒音が続いている。俺が目を覚ましたのはこの音によるものかもしれない。

 恐る恐る、壁に耳を近づける。


『〜〜〜〜〜〜〜!!!!!』


『〜〜〜〜!!!』


 何人かの人間が言い争っている、それだけは理解できた。よく分からんが、大丈夫なんだろうか……。

 考えている内に意識もはっきりとしてくる。自分に置かれた状況も何となく見えてきた。恐らく、ここは宿屋の一室だ。


 ふかふかのベッド。メダルを漁って下さいと言わんばかりの小さな箪笥。そして隣人の存在……。

 しかし問題は、広場で餓死しかけた筈の俺が何故ここにいるかだ。

 まあ、考えていても仕方ない。俺は現状の把握も兼ねて、恐る恐る部屋を出ることにした。




 廊下に出てすぐに……まずは1つ、俺の読みが当たったことを知る。扉を閉めると、嫌でも目に入った物……。


『205』


 間違いない。部屋番号を表すプレートは宿屋のそれだろう。

 そしてどうやら、俺の部屋は角部屋らしく、廊下の先にも客室と思しき部屋が連なっていた。怒声や物音は、やはり隣の部屋から漏れ聞こえてくる。俺はすっと件の部屋の前に立った。


『204』


 俺の出てきた部屋と同様、そんな木製プレートの打ち付けられた部屋は、壁だけでなく扉までなまじ防音性に優れているのか、何を揉めているのまではやはり聞き取れない。


「んー、ホント大丈夫かこの部屋……?」


「ご心配なさらずでございます。少々、グループ仲が非常に悪い団体様がいるんでございます」


「え!?」


 咄嗟に振り向くと、開け放たれた部屋の扉の前で、少年が立っていた。


「珍しいことではございません。団体でお越しになるお客様は、知っての通り大体が成り行きで集まったものに過ぎませんので……どうかしましたかにございますか?」


 目を丸くしている俺を、彼は怪訝な表情で見上げる。俺より一回り小さいが、容姿だけは立派なホテルマン風。そんな少年なのだが……あれ? キミ、いつからそこにいましたか……?

 俺は背後から声を掛けられたから、廊下の奥からやってきたと考えるのが普通だ……が、俺が立っているのは角部屋の扉の前。つまり、俺の背後には壁しかない訳で……。


「あの、どこから……?」


 いっそシンプルに尋ねてみた。


「はは、ご冗談を。205号室の他に無いでしょう?」


 いやそっちのが冗談キツいわ……。それって俺の部屋の中にずっと潜んでたってこと?


「まあ要はこの世界お得意の瞬間移動ですね。分かります……」


「は?」


「ああいや、こっちの話っす……」

 

 そのナリから察するに……どうやらこの宿屋の従業員らしい。らしいのだが、それにしてもこの如何にもRPGに登場しそうな古臭い宿屋には似合わず、ガッチリとした所謂『ホテルマン』スタイルで全身を固めているのがどうにも不釣り合いに思えるのだ。


「何か気に入らない点でもございましたか?」


「いや、別に……。そ、それよりさっきから『ございましたございました』って……」


「ええ。お客様には最上の敬意を払うのが礼儀でございますから!」


 眩しい!! 屈託の無い最上級の笑顔! としか言いようが無い! 俺が何に引っかかっているのか、彼がまるで理解していないのはその表情一つで明白だった。


「いや、そういうことじゃなくて……まあいいや……」


 どうせこの世界には変なヤツしかいないんだろう。いちいちツッコむ気力も湧かん。

 今の所まともなヤツに会っていなかった俺は、すっかり感覚が麻痺していた。ある意味、順調に人間不信に陥りつつある俺だった……。


「それと……お客様?」


「え?」


「先ほどから指で弾いていらっしゃるその……ちいさいメダルは一体?」


「あ、いや……別に」


 見咎められ、そっとメダルをポケットにしまう俺。

 やっぱ、現実でやると罪悪感あるよね……後で、箪笥の中に戻しておこう……。



「お客様からは既にご契約の際にお伝えしましたが、再度確認させてございますね」


「契約?」


 適当な挨拶も終え、色々と尋ねてみようと思っていた矢先に、先手を打たれる。

 よく分からないが、何だか不穏な響きのする言葉に、俺はほんの少し身構えた。


「まず、お客様は1泊のご契約となっているのでございます」


「あの、その契約っていつしましたっけ……?」


「昨晩広場にてしたのを覚えていないんでございますか?」


 昨晩……ああ、あの死にかけの時か……?

 ……確かに、うっすらと誰かに話しかけられた記憶はある……。あれは幻聴じゃなかったのか……。


「……あの。俺、あの時意識はっきりしてなかったんですよ……。なんか、ヤバい契約しちゃいましたか?」


「あははは。そう心配しないでくれてよいでございます。お客様には、食事付き1泊200Gの宿泊契約をさせてもらっただけでございますから」


「そ、それならいいんですけど……ってか安っ!! 200G!?」


 リンゴ1個が1000Gの世界で宿泊料金200G!? 何その価格設定の格差!? 知らない内に国境越えてアジア圏入ったか!?


「驚くのも無理はございません。当店は他の宿泊系統施設に比べましても、破格の料金で価格を設定してございます」


 まあ、他の宿泊系統施設とやらに行ったことはないからよく分からんが、根本から言って、まず常識的に考えて宿泊施設とは思えない良心的価格だと思う。どう考えても裏があるとしか思えない……。そう思っていると、俺のそんな予感を裏付けるように、彼は「ただし」と付け加えた。


「チェックアウトし忘れだけにはご注意下さい」


「え?」


「当店は、チェックアウト時間を過ぎた時点で追加料金が発生するようになってございます。その際は1泊ごとに30000Gが発生致します」


「ああ、なるほど……ってか高っ!! 30000G!?」


 袋一杯のオクスリ1000Gの世界で追加料金30000G!? 休日深夜のカラオケ通常料金でもここまで悪質じゃないよ!!


「ええ。ですから1泊以上をする予定の人には、手間でございますが、1泊ごとにその都度チェックアウトをすることをオススメさせてもらっているんでございます」


「なんでそんな面倒なことを……」


 そう尋ねると、ホテルマンなボーイは何やら物憂げにそっと目を閉じて言った。


「以前、当店にてとてもとても胸の痛む事件が起きてございました……。あるお客様が、お支払いを拒否し、不当に宿泊を続けたのでございます……」


「え? それ、どういうことですか?」


「つまり……『自分は100億Gを持っているから、可能な限り延長宿泊しているだけだ』と主張し、宿から出るのを拒んだのです。当店は料金をチェックアウトの際に支払ってもらってございますので、チェックアウトさえしなければ支払いが発生しないのでございます。その盲点を非道にも突きやがったのでございます」


 よよよでございますと、ニコニコ笑顔でそう締めくくられた。


「まあ、宿から一生出ようとしない人がいるなんて普通思いませんもんね……てか、なんでそんないい笑顔なんですか」


「ホテルマンは丁寧な言葉遣いの他に、どんな時でも0プライスのスマイルをお客様に提供しなくてはいけませんのでございます」


 ……なんだろう。この全部が間違ってる感。

 とにかく、誰かこのホテルマンに正しいマニュアルを見せてあげて欲しい。このノリで例の悪質な客に対応していたと思うととても不憫だ。


「ですから、当店は実質的な『チェックアウトを介さない1泊以上の宿泊』の禁止を行う事にしたのです」

 

 それで法外な値段を追加料金に提示しているのか……。ハナからチェックアウトなしには1泊以上できないようにしているんだな。


「でも、仮にチェックアウトし忘れたら、その時は馬鹿みたいな額の追加料金も掛かっちゃうんですよね? ちょっとリスキーな気も……」


「ええ。ですからそれに伴って、規定時間内のチェックアウト忘れを防ぐための確認をさせてもらってるんでございます」


 そう言うと、少年は徐に袖を捲り、小さな腕時計の時計盤を覗き込んだ。


「確認?」


「お客様のチェックアウト予定時間はいつ頃でございます?」


 チェックアウト予定時間?

 チェックインの予定時間とかだったら聞かれることもあるだろうが、チェックアウト時間か……。


「え、えっと……。大体午後から夕方までには出て行くと思いますけど……。あ、でも午前中くらいにはチェックアウトしなくちゃいけませんよね? 普通は」


「全然おっけーでございます。日中にチェックアウトをする分には、新たに追加料金が発生することはございませんのでございます」


「あ。左様でございますか。じゃあ、17時くらいでいいっすかね」


「分かりましたでございます。それでは、17時になりましたら精算のために、こちらからお部屋に行きますでございます」


 ああ。なるほどな。

 向こうから精算処理に来てくれれば誤って2泊してしまうことも無い訳だ。朝食の食い忘れを防ぐモーニングコールならぬ、チェックアウトコールですな。

 ……うん? なんかそれは全然違う気がするな! まあいいや!


「それともう1つ確認したいことがございます」


「うん。どうぞ」


「有り金全部見せてけでございます」


 うん。しれっと何言ってんだコイツ。ふざけんなでございますだよね流石にそれは。


「そんな目をしないででございます……。これはですね。宿泊料200G+追加料金30000Gを持っていらっしゃるか否かの確認なんでございます」


「なんでそんな確認を?」


「分かりませんかでございますよ!」


 ぷんぷんでございます!! 至ってにこやかに彼は語気を荒げた。

 

「30200Gを満たしていなければ、仮に1泊以上されても、不当な宿泊だと宿側で判断ができるからでございます!」


 ああ、なるほどな。最初に所持金を確認しておけば『俺は100億G持ってるから延長宿泊してるだけだー!』なんていう屁理屈を予め封じることができるって訳か。なんというか、働くって色々大変なんですね。


「まあ、そういうことなら……。俺は所持金……ええっと……」


「?」


「あの……500Gしかないんです……すみません」


「何故に謝ってるんでございますか」


 なけなしの所持金を自分に言い聞かせてるみたいで虚しくなったんだ……。つか、この宿でたら俺、どうすればいいんだろう……。

 あ。でも一度チェックアウトすれば、200G使ってもう1回宿泊できるな。つまりもう1泊分は安泰……って、それただ問題先送りしてるだけだな……。もっと現実と向き合え俺……。


「まあ、500Gでございましたら通常宿泊する分には問題ございません。色々と面倒な確認をさせてもらってごめんなさいでございます」


「い、いえ……。とんでもない。あと数時間お世話になります……」


 ホント、あと数時間したら俺どうすればいいんだ……。いや、自暴自棄になりかけても仕方ない……。ここは意を決して聞くべきなんだ。

『僕みたいな人間でも働く場所はあるんでしょうか』的なことをな!


「では、改めてご確認もできたので、そろそろ失礼するでございます。それでは次は17時に伺いますねでございます。それまでどうぞごゆっくり……」


「あ、あの。この世界ってお金稼ぐのは……あれ?」


 俺が恥を承知で尋ねようと顔を上げると……。


 既にそこに人影は無かった。

 まるで最初から誰もいなかったように、閉ざされた205号室の扉の前には、ただぽっかりと人一人分のスペースが空いているだけだった……。


次回は一週間以内に更新する予定です

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