憎悪への引き金
咲希はどういう答えを出したのでしょうか?
あなたの職場にも意外と咲希のような子がいるかも知れませんよ。
次の日、私は七時にセットした目覚まし時計より先に起きてしまった。
コーヒーを飲み干し、心を落ち着かせる。
〈雅人にやり直したいと言われたことは、黙っておこう〉
未だ不倫の関係とは言え、白井さんもいい気分はしないだろうからだ。
私は自分の都合のいいように考え、逃げ道を作っていた。……そうすることで自分も男達がしてきたことと同類になるとは気付かずに……
「これで良しと」
早々とメイクも済ませたが、約束の時間までは二時間も早い。
「天気もいいし、少し先に外の空気でも吸おうかな……」
今週ずっと愚図ついた天気に見舞われ、久々の晴れ間。
気分良く私はアパートを飛び出し、待ち合わせの時間まで適当に暇を潰すことにした。
〈何処に行こうかな~〉
上京した頃のように聳え立つビル群を見渡す。
意外と知らなかった店を見つけたりして、私の心は踊った……かのようにみえたが、次の瞬間またしても目を疑うような光景を目の当たりにした。
高級そうなホテルのレストランで、白井さんが若い女性と食事をしていた。
それはまるで、恋人同士。
いや、夫婦? 大きな硝子越しに見える女性の左手の薬指には指輪が。
更に、普段指輪をしない白井さんの左手の薬指にも。
私はようやく事態が飲み込めた。
〈離婚するなんて、嘘だったんだ。私を弄んで。きっと、歩道橋から私を突き飛ばしたのも、白井さんだわ。結局、口では『結婚しよう』なんて言って、する気がなかったんだわ〉
私は硝子から少し離れて、意地悪に白井さんの携帯に電話を掛けた。
女性の目の前で慌てる白井さんが見える。
〈もしもし~咲希です。予定より、早く家を出ちゃって……〉〈あぁ、その件に関しては、後程連絡します〉
慌てた様子で、自己中心的、かつ、普段と異なる口調で話すと強制的に電話を切られた。
〈男は皆、嘘つきだ〉
硝子に映る私は、不敵な笑みを浮かべていた。
待ち合わせ時間の、二時になると白井さんから何度も電話が掛かってきた。
でも、私はそれを無視し、ショッピングを楽しむことにした。
溜まったストレスを解消するために、買い漁った服やバック。
それで気は治まらなかったが、何もしないで帰るのはもっと嫌だった。 重い荷物を抱え、アパートにたどり着くと、雅人が玄関前で待っていた。
「よう、買い物に行ってたのか」
「うん。何か用?上がって行きなよ」
「あ、うん」
まだ気が治まらない私は強い口調で雅人を招き入れた。
「適当に座って。コーヒーでいい?」
不機嫌な気持ちが後押しし、完全に私のペースになっていた。
「この間の返事を聞きたいなと思って……」
「うん、いいよ。もう一度やり直そう」
勢いに任せて私は簡単に元サヤに合意した。
「本当に?今度は咲希のこと悲しませないから」
私は半信半疑で雅人を見つめながら、コーヒーを口にした。
女の人は怖いですね~。
男は単純だから、気付かないのかも知れませんね。