身体の距離と心の距離
白井が打ち明けた内容に咲希は衝撃を受ける。また咲希の打ち明けた内容に白井も衝撃を受ける。
人々が忙しく行き交う中、信号が赤に変わる。車が停車すると白井が咲希に告げる。「話そう、話そうと思っていたんだが、なかなか切り出せなくて…」私はその後に続く言葉を待ちながら息を飲んだ。「実は結婚しているんだ。だが、聞いてくれ。妻とはうまくいってなくて、近々離婚するつもりなんだ。咲希…君への想いも嘘じゃない…」白井が言い終えると信号はやがて青に変わり、街も忙しく動き出す。「私を騙したの?そんな…そんな…」「ごめん…でも、君への想いは本当なんだ…信じてくれ」
〈久しぶりに白井さんに会える〉そう思っていたのに、私はまた裏切られた。白井さんは必死で場を和ませようと、高級ホテルでディナーを用意してくれたけど、そんなものはどうでも良かった。また私の心には大きな穴が空いた。
でも、事件はこれでは終わらなかった。有給休暇を終え、職場に復帰した私に更なる試練が待ち構えていたのである。
最近どうも身体の調子が優れない私はある疑念を抱いていた。近くの薬局に足を運び、妊娠検査薬を購入し、試しに検査してみた。一つ溜め息をつく。溜め息をつく癖がまた戻っていた。結果は陽性…時期からみて、元彼の子供…本当なら嬉しいはずの妊娠…しかし、それは望んではいけなかった悲劇…
歯車は更に複雑に絡み合い、咲希を弄んだ。
私は誰にも相談出来ず、とりあえず白井さんを呼び出した。〈初めて私のアパートに白井さんを呼ぶきっかけがこんな形なんて…〉
〈ピンポーン〉チャイムが鳴り、玄関を開けると白井さんが立っていた。「狭い所ですけど、どうぞ」元彼以外を部屋に入れたのはどのくらい振りだろう?緊張しながら、白井さんを招き入れお茶を差し出した。「この前はすみません…取り乱してしまって…」「いや、僕の方が悪いんだ。そうそう、今度部屋を借りたから良かったら遊びに来てくれ。それはそうと、相談ってなんだい?」私はお茶を口に含み、一息入れると例の話を持ち掛けた。「実は妊娠したみたいなんです…」「に、妊娠?」白井は身体を反らせ、湯飲みをテーブルに置いた。「元彼の子供です…私どうしたらいいんでしょう…」「病院には行ったの?」「病院には行ってません。検査薬で陽性反応を確認しただけです」「そうか…それじゃ、一度病院に行った方がいいな」間髪入れず私は続けた。「私、産もうと思うんです」「そうか…なら、僕と結婚して二人で育てよう。な~に、妻とは別れるさ」真剣に私のことを考えてくれる白井さんに気持ちが揺れた。〈この子を産もう。そして、幸せになろう〉私は決意にも似た感情を抱いた。「白井さん…ありがとう。明日病院に行ってきます」「そうするといいよ」全身の力が抜け、私は白井さんの胸に身体を預けた。白井さんは優しく私を抱き締めると、唇を重ね舌を絡ませてきた。互いの体温を感じれる程の距離。心の距離はどのくらいなのだろうか?そんなことを考えながら、また身体を許してしまった。
突然の白井のプロポーズ。ことを伝えた咲希。病院に行くように進められるが…