三十分間死にました
第五作ですね。
読んでやっていただけると幸いです。
「あの……、三十分だけ死ねますが、死んでみたいですか?」
人生に疲れ果てていた。会社の上司とそりが合わず、仕事がうまくいかない。励ましてくれる部下はいるが、その励ましが耳に届くことはない。いつも残業に追われていた。家にはお袋がいるが、言葉を交わすことはほとんどない。最近の心の支えは俺が会社に入った年に始まったあるバラエティー番組を毎週かかさず見ること。深夜番組として始まったその番組がゴールデンに進出した時、俺は初めて部下を持った。自分と重ねていたのかもしれない。親近感を抱いていた。しかし、その番組も先週終わってしまった。これから、何を支えにすればいい?
「大人のための心の診療所」
新聞の折込チラシに、そんなワンフレーズを見た。一度は自分には関係ないとスルーしたが、もう一度、そのフレーズが目に入った時、行ってみようかと思った。「死にたい」という男に医者はどんな反応をするのだろう。
思わず声が出るほど驚いた。だってそうだろう?「お試しで死んでみますか?」というようなことを言われたのだ。しかも、俺の目の前にいるとてもオドオドしている十代と言われても納得できるほど若い女性の口からだ。この診療所に入った時も、この女医の人見知りぶりにはびっくりしたが、この台詞から得られるビックリ度はその事象を遥かに超えていた。
「……ほ、ほんとに死ねるんですか?」
「あ、は、はい。お薬を使って脳の状態を三十分だけ、し、死んだ時と同じ状態にで、出来ます」
詳しい説明を受けた。最先端科学はなんてことを可能にしてしまったんだ、そう思わざるをえなかった。
なんでも、薬が特殊らしくたまにいる「死後の世界に行ってきた」という人の脳の状態を調べて、この薬によって「死後の世界」に行った時の状態を再現できるようにしたのだという。
「じゃあ、死んでもまた戻ってこれるんですね?」
「は、はい。薬は効果が三十分で切れるので、そうすれば、目は覚めます。た、ただ……」
「ただ?」
「死後の世界を受け入れてしまうと、そ、そのまま、死にます。でも、意識をしっかり保てば、だ、大丈夫です。今まで、い、逝ってしまったかたもいませんし……」
こんなこと聞かされたら、不安にもなるはずだ。しかし、その時の俺は何を思ったか逆にわくわくしていた。貴重な体験ができる、そう思ってしまった。
条件がいくつかあったが、それらを承諾し、薬をもらい、飲み、ベッドの上で横になった。すぐに眠くなり、意識が朦朧としてきた。女医の
「い、いってらっしゃい」
という言葉を聞いたのを最後に、意識はこの世を離れた。
気がついた時、目の前は真っ白だった。
「何だここ。…………!」
自分の声が高かった。手も背も小さくなっている。子供に戻った? そのようだった。
目の前が真っ白だった。このように思ったのは錯覚で、何というか、どこまでも果てしなく広がっている真っ白な世界の上に立っている、というような感じ。足もとに影はない。ただ真っ白なだけで、光という光もない。もちろん、闇もない。自分以外、何にもない。
「ここが死後の世界?」
慣れない声変わり前の自分の声で、呟いてみる。もちろん、何が変わるわけでもない。というか、ここは殺風景すぎるのだ。まだ、
「花でもあればなぁ」
!!
本日三度目の驚きだった。
さっきまで俺がいたのは、何もない真っ白な世界だったはずだ。でも今、俺の足もとには、きれいな青い花が一輪咲いていた、名前も知らないような花だが、それはお世辞抜きにきれいだった。
ただ、いつの間に現れたんだろう。不可解だった。でも、考えても分からない。そんな気がしたので、考えなかった。しゃがんでただただ花をじっと見つめる。
うーん、
「もっと仲間がいれば、お前もさびしくないのにな」
!!!
俺が言葉を発した瞬間、地面は花畑になっていた。
いやいやいやいや、おかしいだろ、何が起こったんだよ。そう思うと同時に、ある一つの考えが頭をよぎった。
まさか、俺の発した言葉の通りになるのか?
確認のため、もう一言言葉を発してみた。
「家があるといいなぁ」
目の前には確かに俺の家がある。
てことは……
この世界でやりたいことをやりまくった。ゲームをした。外を駆け回った。ジェットコースターに乗った。公園の噴水で泳いだ。アイスクリームを食べまくった。ずっと、心の支えにしてきたあの番組を一話から全部見返した。
楽しかった。とてもとても楽しかった。時間がたつのを忘れた。ただ、あるときふと思った。
[一緒に遊べる友達が欲しい]
それだけは、口にしても叶わなかった。
この世界にいる人間は、俺一人なのだ。俺一人だけ、なのだ……
やりたいことをすべてやりつくした。もうやりたいことが思い浮かばない。
暇だ。
心から、暇だ。
……つまらない。
さっきまで、あれほど楽しかったのに……
この世界をめいっぱい楽しんでいたのに……
でも…………
俺は気づいてしまった。この世界には、温もりがない。人の温もりがない。人の温もりは、人を幸せにする。一緒の遊んだり、励ましあったり、時に喧嘩したり……。そういうのがあるから、生きてて面白いんだろ?
気づいて思った。俺は、何をしてるんだろ。
両親がいない人もこの世にはいる。そんな中、俺の両親は生きて俺の近くにいる。仕事をしたくても、職に就けない人もこの世にはいる。そんな中、俺には部下までいる。しかも、いい奴らばっかりだ。
俺は上司とそりが合わないってことを言い訳にして、逃げてただけじゃないか。温もりを与えてくれる人は近くにいたはずなのに、それを受け取らなかっただけじゃないか。
俺は…………ここにいたくない。元の世界に戻りたい。
でも、もう時を忘れるくらいここにいる。三十分なんてとっくに……。どうすれば、どうすれば…………
どうすることもできずに時は流れていく。無力感に打ちひしがれ、俺は、いつ出したかもわからない大きな木の根元に座り込んだ。光はないはずなのに、温かく感じた。俺は眠りにいざなわれていった。
次に目を開けた時、目の前に天井があった。
ここは……病院?
起き上がると、ベッドの近くにあの女医がいた。
「あ、お、お帰りなさい」
「あ、はい……」
「それで、どうでした?」
俺は言葉に詰まった。なんて言えば、いいのだろう……
「あ、こ、答えづらいですよね。じゃあ、質問を変えます。あの、あなたはまた死にたいですか?」
!!
でも、今度の質問の答えには、詰まることはなかった。
「いえ、もう、こりごりですよ……」
帰ってきたことが、よほど嬉しかったのだろう。俺は、涙を流していた。その姿を見て、女医は微笑んでいるように見えた。
時計の針は俺が眠った、丁度三十分後を指していた。
他作品も読んでやっていただけると幸いです。
感想お待ちしてます。




