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かくれ蓑

作者: 橘 みとせ
掲載日:2026/03/01

病室に入るなり、しまった、と思った。

長く見舞いに来なかった自責の念なのか、思いがけない伯母の姿に、あまりにも無防備だったからか、自分でも分からない。


悪性の関節リウマチで入退院を繰り返す伯母の、今度の入院は、年をまたいで長引いていた。

中三になった私は、部活や受験勉強に気を取られ、半年以上も伯母を見舞っていなかった。


「なによ、ちっとも来ないで。」

恨みがましく言う伯母の眼は赤く充血し、それでいて薄い膜がかかったように濁っている。

手術を繰り返した手足の関節は溶けて縮んでしまったのか、目に見えて短くなった腕と脚が、力なく胴体につながっていた。


夏だった。

病室は冷房の効きが悪く、重だるい空気が肌に触れてくる。

ベッドに横たわる伯母は、大ぶりのバスタオルを一枚、かけているだけだった。

自分では動かせないその身体は、前に会った時より、ひと回りも、ふた回りも小さくなっていて、薬のせいで丸くむくんだ顔と痩せた身体の比率が不自然だった。


病室は4人部屋だが、伯母の他に患者はいなかった。

私は平静を装って曖昧に笑い、当たりさわりのない学校の話をした。

母は持ってきたリンゴを向くために、果物ナイフを持って病室を出た。


すると、母が出ていくのを見はからったように、伯母が声をひそめて言った。

「天井裏に人が隠れていてね。」

「ときどき降りてきて、おばさんを()()()のよ。」

眉間に皺をよせる伯母に、返す言葉がなかった。


「おばさんね、小説を書くの。」

「小説?」思わず聞き返すと、

「シッ!声が大きい!」

誰かに聞かれでもしたら大ごとだと言わんばかりに、鬼の形相で私をたしなめた。

そして、いっそうささやく声で

「題名はね、『かくれ蓑』っていうの。」

そう言ったとき、病室のドアが開いた。

母が戻ってきて、小説の話はそれきりになった。


夕暮れに蝉が鳴いていた。

「また来るね。」できるだけサラリと言うと、

「なによ、もう帰るの?」伯母は不満げな顔をして、

「『好き好き、チュッ』は、してくれないの?」と言った。


それは昔、親戚たちの間で定番だった、幼い子どもとの、ちょっとしたスキンシップのこと。

「好き好き」と言いながら、お互いの頬と頬をくっつけたあと、「チュッ」と言って、子どもが大人の頬にキスをする。子どもと言っても、3歳くらいまでの話だ。

戸惑いを見せないようにして、私は伯母に頬を寄せ、別れの挨拶をした。


「あんた、よくあんなこと出来るわね。」

病室のドアを閉めるとすぐ、母が不機嫌に言った。

私は急に身体が重くなり、砂のように地面に崩れていく気がした。


エレベーターを待つ間、母との沈黙を避けるように伯母の病室を振り返った。

病室のドアの前に、昔ばなしに出てくるような、蓑笠をつけた伯母を描いた。

かくれ蓑をまとった伯母は少しずつ透明になり、誰の目にも映らず、どこへでも好きな所へ行ける。

空想のなかの伯母は私と目が合うと、いたずらそうにウインクをして見せた。


それから3日して、伯母の急変を知らせる電話が鳴った。

あれが、伯母との最後となった。

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