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灰と水色  作者: I0【イオ】


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第9章 救いの手

ユウはその場に立ち尽くし、苛立ちを胸の奥から掻き出すように頭を掻き毟った。


火をつけたタバコの煙が、夜気の中へ滲んでいく。


(……なんで、あんな……)


言葉にならない感情だけが、身体の奥でざらついていた。


そのとき、ポケットのスマホが震えた。


画面にはシオン。


起きたよ。

任務の件、少し解析進んだ。

ユウも無理しないで。帰ってきたら話そ?


胸に広がる温度が、さっきまでの熱とは違う。


(……シオン。)


シオンは優しい。

触れれば眠れるし、抱けば落ち着く。


そのシオンが、自分のためにまだ起きている。


ユウは返事を打とうとして——

一瞬、手が止まる。


ノアの怯えた瞳が、また頭の中をかすめた。


(……クソ。)


胸の内が絡まり、喉の奥が重くなる。


“救いを求めていたノア”

“静かに自分を待つシオン”


自分でも整理できない感情が、胸の奥を軋ませた。


短くメッセージを返す。


もう少ししたら戻る。


スマホをしまい、夜風を吸い込む。


(……任務終わるまで、マダムにもボスにも会えねぇ。)


今行くべき場所はただひとつ。

シオンのいる部屋。


なのに、胸の中ではあの水色がまだ消えない。


(ノア……なんで、こんなに……)


ユウは夜を早足で歩き出した。

走り出したい衝動を、必死で押し殺しながら。


♦︎


ノアがヴァレリオのアジトへ戻ると、

扉の前で手が震えていることに気づいた。


恐る恐る開けると、

ヴァレリオがこちらを振り返る。


「遅かったな、ノア。」


疑う気配は一切ない。

ただ、支配する者の笑みだけ。


「戻ってこいと言ったら、すぐ戻れ。……来い。」


逆らえない声。

ノアは足を動かすしかなかった。


ヴァレリオが顎を掴み、無理やり顔を上げさせる。


「泣きそうな顔して。何かあったか?」


「……何も。」


「ふーん。まあ、どうでもいい。」


腰に回された手。

触れられた瞬間、胸の奥にユウの声がよみがえる。


『行くな。』

『……俺は、お前が欲しい。』


胸が痛い。

たまらなく、苦しい。


(……思い出したくない。今は……嫌だ。)


ヴァレリオの指先が肌をなぞる。

ノアはただ、耐えるだけ。


逆らえば殺される。

声を上げれば折られる。


だから従う。

いつも通り。


……でも今日だけは、泣きそうだった。


♦︎


ヴァレリオが眠った後。

ノアはそっと部屋を出て、自室へ戻る。


扉を閉めた瞬間、足の力が抜けた。


ベッドの端に座り込み、膝を抱えて俯く。


(……あぁ、惨めだ。)


ぽたり、と涙が落ちる。


すぐにユウの声が心を刺した。


『俺は……お前が欲しい。』


あの真っ直ぐな目。

優しさでも、同情でも、命令でもない“願い”。


(……どうして。どうして、そんなふうに言うの。)


涙は静かに膝の上に落ち続けた。

まるで、自分の中で何かが崩れていくみたいに。


(助けてほしいなんて……言えない。

でも……もう、耐えられない。)


嗚咽だけが、小さな部屋に震えて響いた。


♦︎


シオンの部屋の扉を開けると、

薄いオレンジの灯りの中、端末を操作するシオンがいた。


「……おかえり、ユウ。」


柔らかい声。

けれどその瞳の奥に、微かな影。


「…ただいま。」


「解析、進んだから説明するね。」


ユウが近づくと、シオンはほんの一瞬だけ視線を落とした。


(……においが違う。

誰かに会ってきた……そういうにおい。)


口にはしない。

でも胸の奥がちくりと痛んだ。


「これがヴァレリオの部下の動き。

あと……ノアって子の行動範囲の推測も。」


ノアの名前を出したとき、

ユウの目が揺れた。


シオンは、その一瞬を見逃さない。


(……やっぱり。)


嫉妬とも不安とも言えない感情が、喉の奥に沈む。

でも、それを飲み込んで淡々と説明を続けた。


「――ユウ。

……危ないこと、してないよね?」


「……危ないなんて、いつもだろ。」


視線を逸らすユウ。


本当は聞きたい。

どこへ行ったのか。

誰と会ったのか。

なぜそんな顔をしているのか。


でも言えない。


(ユウを縛る言葉なんて……言えないよ。)


静かな空気が満ちる。


ユウは資料を受け取り、ふっと息を落とした。


「……ありがとな。」


シオンは微笑んだ。

けれど、その指先はかすかに震えていた

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