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灰と水色  作者: I0【イオ】


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第8章 揺れる想い

ユウは柄にもなく全力で走る。

ほんのわずかのノアの匂いを辿って。


(……なんで、ここまで必死なんだよ。)


走りながら胸がざわつく。

息苦しいほどの焦り。

理由が分からない。


ただ、


“会わなきゃいけない”


その感情だけが、胸をかき乱していた。



ノアは高架下の影に身を隠し、濡れた前髪を押さえながら小さく震えていた。


ひどく疲れていた。

ヴァレリオに蹴りを入れられた腹は鈍く痛み、息をつく場所すらない。


(……助けて。

でも……言えない。言ったら、ヴァレリオに——)


そのとき、足音が近づく。


ノアの瞳が大きく見開かれる。


「お前は……。」


暗闇から現れた影。

半獣の姿のまま、ユウが立ち止まる。


息が荒い。

まるで命を削ってここまで走ってきたようだった。


けれどノアには、彼の目が

“ようやく見つけた”

と語っているように見えた。



ユウは数秒、言葉を発せなかった。

ノアの姿を見た瞬間、胸のざわめきが痛みに変わったからだ。


「……なんで、こんなとこにいんだよ。」


低い声。

だが怒りではない。むしろ何かを抑えた声。


ノアは一歩後ずさる。


「アルカディア……どうして……」


「傘、置いてっただろ。

あんなもん残して、何がしたかった。」


ノアは息を詰める。


(会いたかった、助けて欲しい。

……なんて言えない。)


言ったら壊れる。

自分が。

そして、ヴァレリオとの“鎖”も。


ノアは唇を噛み、俯く。


「……ただの、忘れ物だ。」


震える声。


「嘘だな。」


ユウの視線はノアの腹で止まる。


少し見えるノアの素肌。

わずかな腫れ、痛みで引きつる呼吸。

誰かに蹴られた痕だと、見ただけで分かった。


(誰だ……こんな……)


喉の奥が、低く唸る。


「……俺以外の誰かと戦って、やられたか」


ノアは首を振る。

何故かノアの瞳が“助けて”と言っているように見えた。


声にならない悲鳴を抱えたまま、ノアはただ震える。


ユウはノアに一歩近づく。

触れられる距離。

でも、触れない。


理由は分からない。

ただ、触れたら壊れてしまう気がした。


「……ノア。」


「……何だ。」


「もし……お前が困ってんなら。」


ノアの心臓が跳ねる。


その声音が、あまりにも優しすぎて。


「……俺がどうにかしてやる。」


その瞬間、ノアの目が揺らぐ。

涙が滲む。


だが——


端末が震えた。


ヴァレリオからの短い命令。

ノアの顔が青ざめ、身をすくめる。


ユウはその変化を見逃さない。


「……ヴァレリオか。」


ノアは小さく首を振る。


「……お前には、関係ない。」


「関係ある。」


ユウがあと半歩近づく。

ノアは後ずさり、壁に背中を打ちつけた。


逃げ場がない。


ユウは眉間に皺を寄せ、ノアの震えた表情を見つめる。


(なんでだ……

なんでこいつがこんな顔してんのを見て……

こんなに、イラつくんだよ。)


喉の奥から、言葉がこぼれる。


「ノア。」


「……何だ。」


「行くな。」


命令ではない。

懇願でもない。

ユウ自身も理由を知らない、ただの“願い”。


ノアの胸が痛むほど跳ねた。


けれどヴァレリオの影が喉を塞ぐ。


「……でも、行かないと……俺……」


“殺される”の一言を飲み込み、ノアは黙った。


その沈黙が、ユウの胸を焼く。


ユウは残りの半歩を詰め、壁に手をつく。

手放さないようノアを塞ぐ。


触れられない距離。

でも、逃がさない距離。


「ノア。」


怯えた瞳を捕らえた瞬間、ユウの口が勝手に動いた。


「……俺は……お前が欲しい。」


ノアの呼吸が止まった。


「……ノアが……どこに行くかとか……

誰に縛られてんのかとか……

察してるようで、何も分かってねぇけど。」


ユウは苦しそうに眉を寄せる。


「それでも……お前が欲しいと思った。

理由なんか……知らねぇ。」


ノアの喉が震える。


(……助けてほしい。

でも言えない……

言ったら、ユウまで——)


ノアは涙をこらえ、首を振る。


「……その手、退かしてくれ。

俺のボスは……あんたじゃない。ヴァレリオだ。」


ユウの指先がわずかに震える。


掴みたい。

止めたい。

誰にも渡したくない。


でも触れたら壊れる気がして、手を引いた。


ノアはユウの腕を払い、背を向ける。


急ぐように歩き出す。


「ノア!!」


ユウの声が夜を裂く。


ノアの肩が震える。

振り返れば、戻れなくなる。


「俺の組織のボスから……

お前らを監視するように言われてる。

俺が、その任務を与えられてる。」


ノアの足が止まる。


「だけど……俺はお前が欲しい。」


ユウの声が震える。


「だから言え……

助けてって!!!」


ノアは振り返らないまま、歩き出した。


(言えない……

言えないよ……

だってあなたまで死ぬ……)


冷たい風が吹き抜け、

ノアの姿は闇に消えた。


ユウはその場に立ち尽くす。


胸が痛い。

理由はまだ分からない。


ただひとつだけ確かだった。


もう二度と、あんな顔をさせたくなかった。


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