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灰と水色  作者: I0【イオ】


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第7章 衝動

アジトを出て、夜風を吸い込む。

雨はやみ、冷たい空気は頭を冴えさせるはずなのに、胸の奥のざらつきはそのままだった。


(……シオンは、まだ寝てるよな。)


さっきまで隣で眠っていた姿が浮かぶ。

腕の重さも、体温も、まだ肌に残っている。


ユウはポケットからスマホを取り出す。


— 新規メッセージ:ボス案件。


任務入った。

ヴァレリオ関係。

詳細はざっくりまとめた。

添付した資料、起きたら見てくれ。


アジトは不明。

とりあえずさっきノアと会った店へ向かう。

ネット経由の痕跡探しは、起きてからでいい。

ゆっくりで構わねぇ。


そこまで打って、ユウはしばらく画面を見つめた。


眠っている顔を思い出すと、胸の奥がほんの少しだけ温かくなる。


体まだ辛いだろ、無理すんなよ。


送信を押し、スマホをしまう。


(……今は寝かせておいてやろう。)


街に出てノアと出会った場所……あの雨宿りの路地を抜ける。


向かうのは、三人が初めて出会ったBAR。

ノアの気配が残っていなくても、何か拾えるはずだ。


ユウはふぅ、と息を吐き歩き出した。


胸の奥のもやは晴れない。

シオンの体温も、ノアの瞳も髪色も、どちらも脳裏から離れない。


ユウは夜の闇に沈み込むように、あのBARへ向かった。



廃墟のように静まり返ったBARの前に立つ。

雨上がりの冷たい匂いと、焦げた木材の残り香が鼻をかすめた。


(……ここで戦ったな。)


数時間前まで温かみのあったカウンターは跡形もない。

崩れた梁からは水滴がまだ落ちている。


ユウの瓦礫を踏む音だけが、広い空間に孤独に響いた。


なのに——

胸がざわついて仕方ない。


(……人の気配。)


期待でも希望でもない。

ただの気のせいかもしれない。


それでも足は勝手に中へと進む。


半壊したカウンターの前で立ち止まり、周囲を見回す。

何もない。誰もいない。


(…やはり気のせいか。)


帰ろうと踵を返しかけた、その時。


視界の端に“直線”が引っかかった。


瓦礫の影。

黒い折り畳み傘が、まるで宝物のようにそっと置かれていた。


ユウはその直線に近づき、手を伸ばす。


雨で冷えた布。

指先に残る、微かな温度。


持ち手には、小さく刻まれたイニシャル。


《N》


——ノア。


胸が一拍、激しく跳ねた。


「……馬鹿か。こんなとこに、わざわざ。」


低く漏れた声は、叱るというより、呆れるというよりどこか苦しげだった。


ノアはここに来た。

壊れたBARの前で、ひとり立ち尽くした。


(もしかしたら……あの人が来るかもしれない。)


その淡い期待を胸に。


そして叶わなかったから、傘だけを残していった。


痕跡ではない。

忘れ物でもない。


——“印”。


ここにいた。

ここで待った。

あなたに、もう一度会いたかった。


そう刻むように。


ユウは傘を握りしめる。

布の冷たさが手のひらにじんと染みた。


(……あいつも、俺を探していた?)


胸の奥が、ひどく軋んだ。

自分の反応に、自分がいちばん戸惑う。


「こんなもん置いてくな……余計、意味が分からねぇ。」


舌打ち混じりに呟きながらも、手は離れない。

むしろ、強く握りこんでしまう。


まるで“これは俺のものだ”と刻みつけるように。


風が吹き抜け、ユウは目を閉じる。


「……十五分前、くらいか。」


気づけば、半獣の姿に変わっていた。

衝動が先に走り、理性が追いつかない。


すん、と鼻を鳴らす。

ノアの残した匂いが、雨の湿度に溶けて薄く漂っていた。


短く息を呑む。


(……まだ、近くにいる。)


ユウは踵を返し、夜の街へと駆け出した。


理由なんて考えたくない。

ただ胸の奥の衝動が、ひとつの言葉だけを叫んでいる。


——追え。


静かな夜に、ユウの足音だけが響き渡った

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