第4章 違和感
薄暗い寝室。
かすかな熱が、二人の体に残っている。
シオンはユウの腕の中で眠っていた。
呼吸は深く穏やかで、その身を預けている。
ユウはゆっくりと起き上がり、窓際の椅子に腰を下ろしタバコに火をつける。
紫煙がゆらゆらと昇り、薄暗い空間に溶け、消えていく。
煙が喉と肺を満たした瞬間、脳裏をよぎったのは
―鮮やかな、水色。
冷たい雨の中で光った、ノアの髪色。
自分の指先が、彼の喉元に触れた瞬間の小さな震え。
殺気と恐怖を感じているのに、どこか澄んだ瞳。
「…面白い奴。」
ぽつりと呟き、ニヤリと笑う。
ベッドで眠るシオンは、ユウにとって“帰る場所”だ。
長い時間を共にして、互いの傷を知っている。
触れれば安心するし、触れられれば眠れる。
――だけど。
タバコの灰が落ちる。
ユウは知らず、ノアの事を思い出していた。
あの必死な目。
怯えているくせに、引かずに向かってきた無謀さ。
そして、
“殺気の中にあった一瞬の優しさ”。
(……なんだ、あいつ。)
自分の中に残る、説明のつかないもやつき。
まるで胸の奥を、鷲掴みされたように息苦しい。
ユウは煙を吐き、眠るシオンに目を向ける。
シオンは静かに、幸せそうに眠っている。
その顔に手を伸ばせば、いつも通りの夜に戻れる。
けれど―
その手は動かなかった。
「……」
タバコの火が、静かに消える。
火の落ちたタバコを灰皿に押し付けた瞬間、無機質な着信音が静寂を破った。
シオンを起こさないよう、ユウはスマホを取る。
画面には《ボス》 の文字。
「……仕事か?ボス。」
低い声で出ると、受話口から甘く歪んだ声が響いた。
『ユウ。暇なら来い。面白い仕事が入った。お前にしか任せられん。』
ユウはすぐには返事をしない。
煙の残る部屋の中で、脳裏に浮かぶのは水色の髪だけだった。
(……ノア。)
何故だ。
何故あいつの髪色ばかりが思い出される。
恐怖?いや違う。
もっと別の――
喉の奥が熱くなるような、妙な衝動。
“気に入った”なんて言葉では説明できない。
欲しい。
ただ、それだけだった。
『ユウ?聞いているか?』
「ああ……行く。すぐ向かう。」
ベッドに眠るシオンに視線を向ける。その寝顔は変わらず穏やかで、ユウの帰りを信じ切っていた。
ユウはそっと立ち上がり、着替えジャケットを羽織る。
(……会いたい。)
ただ心の中で呟く。
(もう一度、あいつに。)
扉を静かに閉め、ユウは暗い廊下へと消えた。




