第11章 突入
薄暗いアジトにヴァレリオのタバコの煙が揺れる。
ヴァレリオは椅子に腰掛け、部下に指示を飛ばしている。
ノアはいつものようにヴァレリオの側に立っていたが、
目の下には隠しきれない影が落ちていた。
「ノア、顔色悪いぞ。
……まぁ、後でまた手当してやるよ。」
ヴァレリオの手がノアの腰に触れる。
“手当”。
その意味を、ノアは嫌というほど知っている。
声は出なかった。
――そのとき。
アジトの外から“破砕音”が響いた。
ドォンッ!!
「……なんだ?」
ヴァレリオが眉をひそめる。
廊下で叫びが起きる。
「た、隊長ッ!!やべぇのが!!」
「てめぇら、止めるな!撃て!!」
銃声。悲鳴。
そして――
ズシャッ!!
壁ごと人間が吹き飛ぶ。
ノアの心臓が跳ねた。
(……まさか――)
崩れた壁の向こうから、
黒い影がゆっくり歩み出る。
笑っている。
楽しげで、狂気すら孕んだその表情。
ユウだった。
「よぉ。思ったより固ぇな、ここの壁。」
倒れ伏す部下たちは生きている。
だが全員、手足を折られ戦闘不能。
ユウは指を鳴らしながら歩き出す。
「ショータイムだ、ヴァレリオ。」
♦︎
部下が執務室へ突っ込む。
ナイフ、銃、怒号。
ユウはにやりと笑い――
足元に“黒豹の影”が揺らめいた。
そして消える。
「どこ――ッ!?」
バキィッ!!
拳が空気を裂き、男が壁にめり込む。
別の男が銃を構える。
ユウが片手を上げると、床から“異界の蛇影”が這い出す。
「な、なんだこれッ!?離れねぇ――!」
「俺の蛇ちゃんたちだよ。かわいいだろ?」
蛇の牙が閃き、
ドシュッ。
悲鳴。
ユウは熊の腕力の拳で床を砕きながら笑った。
「まだ来るか?
全員まとめての方が楽なんだけど。」
恐怖が走る。
ユウは血一滴浴びていない。
悦楽に満ちた笑みだけがある。
「んふふ、もっと暴れさせろよ。」
♦︎
数分後、アジトは静寂と呻きだけになった。
ユウは肩を回しながら息ひとつ乱れていない。
「……一人で乗り込んで、ずいぶん派手にやってくれるじゃねぇか。」
ヴァレリオが立ち上がる。
「お前んとこの連中、弱すぎんだよ。」
ユウは笑う。
「で?私の勧誘を断ったくせに何しに来た。」
ユウの視線がノアへ向く。
ノアの呼吸が止まる。
ユウはヴァレリオへ歩み寄り、低く告げた。
「交渉だ。」
「交渉……?」
ヴァレリオが鼻で笑う。
「俺たちの組織を探るな。」
「断る。」
当然の返答。
ユウは気にした様子もなく続ける。
「じゃあ条件を出す。」
「条件だと?」
ユウはノアの腕を掴んだ。
「っ……!?」
「こいつを貰う。」
「…………は?」
ノアを引き寄せる。
細い肩が震えた。
「今日からこいつは俺のもんだ。」
「ふざけんな!!ノアは俺のだ!!」
ユウは冷えた目で見下ろす。
「いや、もう違ぇよ。」
ノアの体が、ヴァレリオの声に反応して震える。
「ノア。そいつを刺してこっちに来い。
来い!!!!」
ヴァレリオの声は怒りと焦りと執着に濡れていた。
支配の声。
それでもノアは抗えず、体がそちらへ向きかける。
その瞬間。
ユウがノアの腕を“優しく”掴んだ。
「バカ。行くな。」
軽くもない、冗談でもない声。
ただ真っ直ぐな拒絶。
ユウはノアの腰を引き寄せ、抱くように腕を回す。
ノアの息が止まる。
「……お前が欲しいって言ったの、忘れたか?子猫ちゃん。」
ノアの目が大きく揺れ、
溜め込んだ涙が零れる。
それを見てヴァレリオの表情が歪む。
「……ノアを泣かせるな……」
「泣かせたのはお前だろ。」
ユウが即答する。
ノアの頬に触れ、涙を拭う。
「こんな顔させて“手放さない”とか言うなら……」
ユウの目が極限まで冷える。
「――お前を殺すぞ。」
刹那、ヴァレリオがナイフを抜く。
「やれるもんなら――!」
「無理だよ。」
ユウはノアを姫抱きに抱え上げ、
黒豹の影を纏って瞬間移動する。
視界が弾け――
ドンッ!!!
ヴァレリオが床に叩きつけられた。
ユウは見下ろしながら静かに言う。
「ノアは、俺が貰う。」
「返せ……!!
ノアは……俺の……!!」
ユウは一瞬だけ笑う。
「ノアは物じゃねぇよ。」
ノアは震える手でユウの胸を掴んだ。
「……ユウ……」
泣きそうな声。
助けを求める声。
ユウはその後頭部を優しく撫でる。
「もう戻さねぇ。」
そのまま異能で空間を歪める。
ヴァレリオが手を伸ばす。
「待て……ッ!!」
ユウの声が低く響く。
「――ノアは、俺が貰った。」
黒い粒子となって二人は消えた。
「ユウ・アルカディア……!!
てめぇ……絶対に……!」
怒号が虚しくアジトに響いた。




