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騎士団の朝


「おい、新入り。朝だぞ」


低い声と同時に、ドアが無造作に開く。


毛布にくるまっていた真央は、飛び起きて悲鳴を上げる。


「きゃあっ!? ノックくらいしてください!」


「した」


「今!?」


「返事が遅い」


腕を組んだまま、レオンは涼しい顔で立っていた。


その背後では、すでに陽の光が差し込んでいる。



「訓練場で朝食を取る。五分以内に来い」


「む、無理無理! 顔洗ってないです!」


「三分で済ませろ」


「鬼っ!」



レオンは無言でドアを閉めた。



「もう!なんなのよ!!」



朝の光が、石造りの中庭に反射してまぶしい。


マオは、見渡すかぎり広がる訓練場の端で立ち尽くしていた。



「……これ、ゲームとかじゃなくて、現実なんだよね……」



金属音。砂を蹴る音。


数十人の騎士が整列し、かけ声を上げながら木剣を打ち合わせている。


剣と剣がぶつかるたび、乾いた衝撃が空気を震わせた。



一晩明けても信じられない。


昨日まで会社員として、満員電車に押しつぶされていた自分が――

今は“異世界”にいるなんて。



「……あの、私は本当に、ここにいていいのかな……」



呟いたところに、朗らかな声が飛んできた。



「おーい、新入り!」



びくっとして顔を上げると、背の高い男が手を振っている。


灰色の短髪に、鋼のような腕。騎士団副団長のガイルだ。


昨夜、マオの部屋へ案内される前、

ドカドカと正面からやってきた途端



「お前が噂の嬢ちゃんだな?俺はガイルって言うんだ!よろしくなぁ!」



真横では少々聞こえすぎる大きさの挨拶をされ、風のように通り過ぎていった記憶がある。



「見学か? 遠慮すんな、もっと近くで見ろ!」


「えっ、い、いえ! 私、見るだけで充分ですから!」


「そう言うなって。ほら、怖くねえから!」



豪快な笑い声とともに、がっしりした手で背中を押される。


マオはたたらを踏みながら、訓練場の前方へ出た。


その瞬間――目の前で剣がぶつかり、火花が散る。



「ひゃっ……!」


「わっはっは! 見物は度胸だ!」



呆然とするマオの耳元で、別の静かな声が響いた。



「ガイル。訓練中に観客を巻き込むな」



振り返ると、銀縁の眼鏡を掛けた青年が立っていた。


黒髪の整った魔導士、リオという。


手には魔法陣が浮かぶ紙を持っている。


そしてもちろん涼しげな切れ長の瞳を持つ美形である。



「またですか副団長。あなたの声、呪文より強いですよ」


「うるせえな! 俺は活気を出してんだ!」


「活気と爆音は別物です」



小さくため息をつくリオの隣で、マオは苦笑いした。



「お、おふたりって仲がいいんですね」


「いいのか悪いのか、境界が曖昧なだけだよ」



そう言ってリオは肩をすくめた。



「新人ちゃん、今日は見学だけだって聞いてる。

無理せず座って見てるといい。うちは騒がしいから、耳慣らしも必要だ」


「耳慣らし……?」


「叫び声と金属音の混ざった交響曲、ってやつだね」


「……怖い例え方しないでください」



リオがあきれた声でたしなめる。


その明るさに、マオらほんの少し緊張がほぐれた気がした。





午前の訓練は、ただの剣術だけではなかった。


集団戦の動き、魔導士の支援呪文、そして神官の回復。


それぞれの役割が緻密に噛み合い、まるで一つの“軍の機械”のようだ。


その一角で、白いローブをまとった青年が祈りを捧げている。

杖の先に光が集まり、訓練中の擦り傷を瞬く間に癒していく。



「……すごい。CGみたい……」



マオが呟くと、その青年――神官のセスが気づき、微笑んだ。



「ようこそ、マオさん。体調はいかがですか?」


「え、はい、大丈夫です」


「それは何よりです。昨日は大変でしたね。

異界からの来訪者が生きて到着すること自体、珍しいんですよ」


「……珍しいって……?」


「ほとんどの者は、“門”の力に耐えられないんです」



セスは穏やかな声のまま、瞳だけが少しだけ曇った。


マオはその言葉に、言いようのない不安を覚えた。


(……私、本当に、偶然ここに来ただけなんだ)


誰も知らない世界。誰も知らない言葉。


この場所で、何をすればいいのかもわからない。


そのとき、石畳の奥で鋭い声が響いた。



「訓練、終了!」



全員が一斉に剣を下ろす。


声の主は、黒いマントを翻した団長レオンだ。


日に照らされたその姿は、まるで刃そのもの。


表情に感情の色はなく、ただ冷静に隊を見回している。


リオがマオの肩に手を置き、こっそり囁く。



「見た目ほど冷たくはないよ。……多分」


「多分って言いましたよね」


「うん、多分」



マオが苦笑する隣で、レオンは短く命じた。



「見学はここまでだ。新入り、怪我はないか」


「えっ、あ、はい! 大丈夫です!」


「ならいい。次は――昼食の時間だ」



それだけ言い残して、背を向ける。


マオはその背中を見送りながら、いつのまにか緊張は完全に解けていた。




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