第四話〜モモは甘酸っぱくない〜
高校にはヒエラルキーが存在する。
それはどう言い繕ってもヒエラルキーでしかない。間違いなく学生間での力関係が存在しているのだ。
さて僕はヒエラルキーのどの位置にいるのだろうか。
案外、高校生のヒエラルキーというものは刹那的なもので脆い足場の上に立っている。簡単なことでガラガラと崩れ落ちることも間間あることだ。
だから人はみな、時にへりくだってみれば時に横柄に胸を張ってみることもある。その時その時に貼り付ける仮面を使い分けてその脆い足場の上で何とかバランスを保とうとしているのだ。
果たしてそんな中で自身の立ち位置など精確に見出だせるものなのだろうか。それは否やと言っていいだろう。
しかしながら他人と自分が関わる時は確かに脆い足場を組み立てなければならないのだ。
「ねえねえ聞いてっ!ドリエスのライブチケット当たった!」
「えええー!都市伝説かと思ってた!あれほんとに当たるんだ」
「へへーっ多分あたし明日死ぬんだと思う」
「その時はチケット譲ってね」
教室のど真ん中で繰り広げられる楽しげな会話が僕の耳を通って右から左へと抜ける。
ドリエス、Dreamy☆Estrellaの略称である。大城葵さんがセンターを務める今一番人気のアイドルグループだ。
あまり詳しくない僕でも知っているくらいにドリエスのライブチケットが取れないという噂はよく知られている。そんなライブチケットが取れたのだから大盛り上がりしているのも納得である。
この手の話題について、うちの高校は群を抜いて盛り上がるだろう。理由は単純明快、大城葵さんがこの高校に在籍しているからだ。
どれだけ大城葵さんと親しいか、つまり日本一有名なアイドルに近しい存在かというのが我が校のヒエラルキーの一つになるくらいにはホットな状況である。
教室の窓側一番端の列の前から3番目という好立地でぼーっと僕は曇り空を見上げる。
教室の中央では、この教室内でのヒエラルキー上位の人間がワイワイと盛り上がっている。おしゃれは忘れず、友達と共に楽しむことを重んじて、いま巷で話題の話は欠かさない。一般的に見て彼女らは間違いなく充実しているだろう。斯く言う僕の目にもまさしく青春と言った様体が映っている。
「南、なに黄昏てんの?」
「青春って甘酸っぱいよね…」
「おう、そうだな。相変わらず唐突に意味分かんねえな」
「この世で青春の味に近いものって何なんだろうね」
「甘酸っぱいものって意外とあるからな。柑橘系とかもそうだし」
「………そうだっ!青春の味比べ大会開こうっ!」
「お、また変なコトやろうとしてんのか。さすが校内一の変人だな」
「失敬な。僕は自分に素直なだけだよ」
「入学して1カ月で校庭で流しそうめんを企画する様なやつは変人以外の何でもないだろっ。せめて夏にやれよ」
「まあ何でもいいけど今週末に家庭科室でやるから、人集めに協力してよ」
「はあ……まあ面白そうだからやったるよ」
「ありがとうっ!いやあ持つべきものはイケメン陽キャな友達だね!」
調子のいいヤツめ、なんて呆れ顔で僕に言うのはイケメン陽キャな友達、藤堂章である。教室内ヒエラルキーなら最上位だ。いつも彼は輪の中心に居て、場を華やかに盛り上げている。天性の人好きな性格や整った容姿がそうさせるのだろう。
「ねえ〜、何の話してんの?」
ぐわっと横から、僕らが囲う机に乗り出して来たのは、滝藤茜である。彼女も教室内ヒエラルキーでは最上位、章の女版、女子の中心である美少女ギャルだ。
入学してすぐなのに校則フル無視の金髪と太ももがチラ見えするような短いスカートがギャルの看板をこれでもかと背負っている。
気が強く、――だからこそ校則をフル無視出来るのだろうが――、気が立っている時はちょっと面倒くさい女の子である。
「青春の味ってなんだろうなあって話。今週末に家庭科室で味比べ大会を開いて決定しようかなって考えてるんだ。茜ちゃんもおいでよ」
「えーなんそれ、おもろ、行くわ」
「あそうだ。茜ちゃんも人集めてよ。ギャルパワーで」
「おけおけ。あたしのギャルパワー思う存分に発揮してやんよ」
「ありがとうっ!やっぱり持つべきものはかわいいギャル友だ!」
「あたりまえ」
彼女はドヤ顔を僕へと見せつける。
いやあ頼もしいなあなんて言って僕はおどけて返した。
その後も他愛のない雑談に華を咲かせながら、時折ほんとにどうでもいい事で笑いが起こる。章や茜ちゃんがいるお陰でどんどんと周りにも人が増え教室の中心が窓際前から3列目の席となっていた。
端から見ればいまの僕はヒエラルキーの一番上にいるんだろうなあと、何だか馬鹿馬鹿しく思える今日このごろである。
そして、青春味比べ大会当日。僕は何も考えず開いてしまったこの会に心底大きな後悔をするのだった。
柳美月。
彼女もまたヒエラルキーの最上位層の人間である。
昔から変わらぬ社交的な性格、中学では学年一と持て囃された美貌。これら二つの要素は高校生にとってみれば大きなステータスとなり得るのだ。
学校一の美少女。この称号は今をときめくアイドル、学校一どころか日本一の美少女な女子高生、大城葵が掻っ攫って行った。彼女はどう考えても飛び抜けているため例外であるとしても、茜ちゃんのような美少女もいる訳だが、それでもやはり柳美月は美少女であることに違いない。
そんな人間が社交的であるのだから人気が出ないわけがない。みんな自然と彼女を中心に集まってしまう。ヒエラルキーの頂点にいるのも納得である。
そして頂点にいる陽キャ同士はなぜか非常に惹かれ合う性質を持っている。人が集まりやすく社交性がある者同士だから友達になりやすいのだろう。
気がつけば陽キャ同士が友達になっていることが多いのだ。この前まで接点なんてなかったじゃん、と思うこともしばしばあるわけだ。
…………まあ、だから、茜ちゃんと柳美月が友達になっていても不思議ではないということだ。
……………………僕が開いた青春味比べ大会に連れてきても不思議ではないということだ。




