第三話〜キャベツさえ入っていればサラダっぽい〜
今ここに存在しないものや何か新しいものを考える時、まず大事になってくるのは考えるための土台を作ることである。
例えば新種のリンゴを作るとき、そのリンゴの方向性が土台である。甘いのか酸っぱいのか、早くできるのか沢山できるのかなど。コンセプトさえ軸として確定させてしまえば、あとはその方向に試行錯誤を繰り返せば自ずと答えに辿り着くだろう。
こと人探しにおいてもそれは同様である。
「大城さん、じゃあ考えてみてほしいんだけど……もし雨の降り注ぐ河原沿いで濡れてヨレヨレになった段ボールの中に一匹の捨てられた仔猫を発見したらその彼ならどうすると思う?」
オカルト研究部部室に置かれた長机を挟んで、僕と大城さんは向かい合って座っていた。贅沢にも長机の半分以上は空席で二人だけで使うにはどう考えても大きすぎる。
僕の眼前に座る彼女は形の整った薄桃の艷やかな唇をきゅっと結びながら眉間にしわを寄せて腕を組み、むむむっと悩んでいる。
いま、大城さんの人探し依頼を受けてから二度目となる彼女との戦略会議が行われている。
人探し、殊に顔も名前も分からぬような不明瞭な点の多い人探しにおいて、土台となるのはその某の性格だろうと考えた。性格が分かれば自ずと行動範囲や行動原理が分かってくる。延いてはどんな部活動や委員会に所属していそうかなど絞り込むことも出来るかもしれない。やはり土台さえ作ってしまえば探し方の工夫も考えやすくなるものである。
だから永遠と彼女に様々なシチュエーションを問いかけて彼がどんな行動をするのかを答えてもらっている最中なのである。ここから性格を割り出す算段なのだ。
彼女が悩んでいる間はただただ時計の針の時間を刻む音が耳を抜けている。つまりその場でぼーっとしている。
それにしても、彼女はよく作られた精巧な人形だと言われても思わず頷いてしまう程に整った容姿をしている。こうして、1,2時間と顔を突き合わせることで尚更彼女は正しくアイドルなんだなあと感慨に耽ってしまう。
「たぶん…」
彼女は胸中で言葉を反芻させながら、徐ろに口を開いた。
「多分、仔猫に傘をさしてあげながら雨が止むまで一日中その子を優しく撫でてあげてるんじゃないかな」
「へ―、奇特な人だね」
「優しい人、でいいんじゃないかな…」
仔猫のために行動できているようで出来てないよね。家につれて帰るでも無ければ警察に連絡するでもない。仔猫にとってみれば一時的な雨宿りというだけで解決策になっていないだろう。
「でも、彼なら結局は仔猫のために身を削るかも」
彼女は何かを振り返って慈しむように微笑む。
「身を削る…?」
「うん、お金も時間もかけて仔猫が幸せになれる最大の方法をひとりで考えると思うよ」
「……優しい人だね」
「優しくて、……弱い人だからね」
大城さんの目には仔猫でも見えているのだろうか、そう見紛うほどに彼女から愛が垣間見えた。これが母性と言うのだろう。
「ふ~ん、ありがとう、大体見えてきたよ。彼の人物像が」
「ほんとっ!」
彼女は目を見開いて大袈裟に喜びを顕にした。何処か犬が尻尾を振っているようにも見える。くりっとした丸い瞳の輝きが余計にそう見えさせるのかもしれない。
「うん、だから差し当たってこの学校でボーリング大会を開こうと思うよ」
「…………………ん?」
大城さんの時が止まった。
彼女は思考がフリーズしてしまったようだ。眉間にしわを寄せたまま瞬きをしている。
オカルト研究部には静寂が訪れ、外で響く運動部の快活な掛け声や何処からか聞こえてくる吹奏楽部のトランペットがそれを彩った。
「楽しみだね」
動かない彼女に気まずくなってしまって何となしにそう声をかける。
「……何で?」
もちろん、何で楽しみなの?って意味で彼女が聞いてきたわけではないだろう。ボーリング大会をする意義を問われているのだと思う。僕だってちょっと変なコト言ったなあって自覚はあったので、それは分かった。
「まずは学校で目立っている人達から洗い出そうかなあって思ったんだ」
「目立ってる人?」
「そう、所謂陽キャって人達だね。まあ、筆頭は君だけどね」
「え、私って陽キャ?」
「うん、陽キャだよ。君が陽キャじゃなかったら日本人はみんな陰キャになっちゃうよ。だから言ってしまえば大城さんは日本人の英雄的陽キャだね」
「英雄的陽キャ……いいね」
彼女はニヤリとニヒルに口角を上げる。嬉しそうで何よりだ。
「やっぱり大規模な学校のイベント事は彼らが盛り上げてくれるからね。特に休日も無いような6月なら非日常を求めてたくさん飛び込んでくれると思うよ」
「ふーん」
「まあでも一番は英雄が引っ張っていってくれるからだけどね」
僕は大城さんの顔をじっと見つめる。
すると彼女は目を丸くして自分を指さした。
「うん、お願いね。大城さんが旗振って体育館に向かって行けばみんな着いてくると思うよ」
「が、がんばってみる」
軽く拳を握ってファイティングポーズをとる彼女。
冗談で言ったけど大城さんなら本当に旗を振って陽キャたちを扇動してしまいそうだ。
大城さんはなかなか素直な性格をしているみたいで言われたことを真に受けやすいようだ。そんな所も彼女の魅力である。端的に言えば純粋でかわいいということだ。
「気負わなくても僕もいるから、大城さんは僕のフォローをしてくれるだけで大丈夫だよ」
彼女の圧倒的ブランド力は明朗快活な彼女の性格に依拠している。変にプレッシャーを感じて持ち味を損なってしまうのはもったいない。
それに、せっかくなので日頃の忙しさも忘れて彼女にも楽しんでもらいたいという思いもあった。
「ところで、そろそろ大城さん、時間だよね?」
僕はちらっと部室の掛け時計の方に視線をやる。
「あ、ほんとだ」
釣られた彼女も掛け時計を見て独り言つ。
「内容は僕が詰めておくから大城さんはレッスンに行っておいでよ」
「えっと、ありがとう!」
彼女はスクールバッグを肩にかけ、いそいそと帰り支度を始める。
携帯を鏡代わりに、前髪を整えて、いざ彼女が教室を出ようとする時。
「じゃあね。また来週」
僕は部室の長机を前に座りながら柔らかく微笑んで手を振った。
「…」
僕の言葉を聞いて彼女は一瞬立ち止まって振り返り、ふっと相好を崩した。
「またね。来週」
それだけ言って彼女は軽く手を振りながら去って行った。
これが、毎週水曜日放課後3時間、オカルト研究部活動記録、その始まりだった。