6 人材を逃す国
前日のうちに不交付だったという連絡はしていたため、ダミタは比較的落ち着いた様子で現れた。表情には少し残念そうな色が見えたものの、思ったほど気落ちしているわけではないように見える。むしろ、何かしら前向きな方向を模索しているようにも感じられた。
ダミタは落ち着いた声で口を開いた。
「先生、どうしてダメだったんですか?」
朗は、淡々と答える。
「バンさんは、日本語ができないというのが主な理由でした。」
「でも、英語しか話せない社員なんて、これまでに何人も採用してきましたけど、不許可になったことなんてありませんよね?」
当然の疑問だった。朗も頷きながら続けた。
「昨日までは、私も大丈夫だと思っていました。ただ最近、入管の審査が厳しくなってきたという話をよく聞くんです。さっきも、入管で同業者と会ったので少し話をしたんですが、やはり不許可の理由を聞きに来ていたようでした。」
少し考えながら、朗は提案するように言った。
「再申請の際には、日本語能力がそれほど求められない業務内容であることを、もう少し明確に説明してみましょうか。」
だが、その言葉を遮るようにして、ダミタが少し身を乗り出した。
「実は、昨日先生からダメだったという話を聞いてから、いろいろ考えてみたんです。で、今回バンさんは、日本で無理に採用するよりも、スリランカのコロンボにあるオフィスで働いてもらったほうがいいんじゃないかと。あちらも人手が足りていないですし、むしろ彼の得意分野を活かせると思って。」
その言葉には、不許可になったことの落胆というより、新たな可能性への期待がにじんでいた。
朗は「うーん」と少し考え込んだあと、慎重に答えた。
「再申請すれば、許可される可能性はかなり高いと思います。ただ、確かに最近の審査は厳しくなってきています。それを考えると、コロンボでの採用というのも、現実的で良い判断かもしれませんね。」
「本人の意向も確認しないといけませんが、スリランカに行ってもらう方向で進めてみます。決まったら、改めて連絡します。」
ダミタは静かにうなずきながら、柔らかい表情で答えた。
「ありがとうございます。私もまた連絡しますね。」
朗もそれに応じつつ、ふとつぶやくように言った。
「……でも、日本はこうして、また一人、優秀な人材を失うことになるのかもしれません。」
それを聞いたダミタは、少し視線を遠くに向けながら、静かに語った。
「“いい外国人には来てほしいけど、悪い外国人はいらない”って、よく言われますよね。でも、結局それって、“自分の母国のアイデンティティは捨てて、日本の文化や習慣に合わせられる外国人は歓迎するけど、そうでない人はダメ”っていう意味じゃないでしょうか。私は長く日本にいて、この国のことも理解しています。合わせることもできる。でも、母国の文化をすべて捨ててまで、日本に残りたいとは思いませんよ。」
朗はその言葉に、内心深く頷いていた。
日本社会では、すでに高齢化が進み、2035年の今、国民の三割以上が高齢者となっている。労働力不足を補うため、高齢者の就労は進んでいるが、建設現場や介護の現場では限界がある。ダミタの会社のように、ITやソフトウェア開発を担う企業では、海外から若いエンジニアを迎えなければ、世界の技術水準には追いつけない。
にもかかわらず、物価が上がっても給与が伸びないのは、安い給料でも働く外国人労働者のせいだという声が一部で広がっている。だが現実には、外国人を雇うには日本人以上の賃金や手間がかかることも多く、採用に至るには厳しい条件が課されている。建設業や介護、製造業では、日本人の応募がまったくないときに限って、ようやく外国人を採用できるという制度になっているのだ。
しかし、その事実はあまり知られていない。国も国民に十分に説明をしてこなかった。その結果、「外国人にもっと厳しく」と訴える政党が支持を集めている。
そして、優秀な人材が静かに誰にも気付かれないうちに、日本を去っていく。




