4 理由なき拒絶
都心に向かう通勤ラッシュの電車に揺られながら、朗は何度も頭の中で昨日の通知文を読み返して、不交付になった理由を何度も考えていた。品川駅で降りてバスに乗り換え、東京入管へと向かう。まだ午前八時前だというのに、すでに建物の前には数十人を超える人々が列を作っている。まるで人気テーマパークの開園待ちのような光景だった。
こうした場面は、もう何度も経験している。驚くことでも、慌てることでもない。とはいえ今回の件は、朗自身も納得できるものではない。書類にもソフトウェア開発のためのエンジニアを採用するという理由を記したが、それがどこまで伝わっているかは分からない。ここで結論が覆ることはないが、まず説明を受けておかないと、ダミタに報告するにも歯切れが悪い。
ダミタとは長年の付き合いがある。彼のことはよく知っているし、互いに信頼もしている。だからこそ、結果を淡々と伝えるだけでは済まない。そこにどう説明を添えて、次の対応につなげるかが、今日の一番の仕事だった。
午前八時半、入り口の自動ドアが開くころには、朗の後ろにもさらに長い行列ができていた。蒸し暑い朝の空気に、列の人々の無言の焦燥感がじわじわと広がっている。
やがて呼ばれて入った面談室で、30代半ばほどの細身の男性職員が付箋のたくさんついたファイルをめくりながら言った。
「この方、バンさんですね。ソフト開発で来日したいとのことですが、日本語がほとんどできないようですね。日本の会社で働くのに、日本語ができないなんて、普通ありえませんよ」
「でも、ソフトランカ・ジャパンは海外企業向けの受託開発が中心ですから英語で十分仕事はできますし、社内では日本語を使う業務はほとんどありません。理由書にもその点はきちんと書いてあります」
朗は感情を抑えて答えた。ここで言葉を荒らげても、不利に受け取られるだけだ。相手の論点がずれているのは承知の上で、丁寧に軌道を戻すしかない。
しかし職員は、面倒そうな口調で言い返した。
「そうは言っても、バンさんはベトナム人ですし、英語が母語というわけでもない。英語は中途半端で、ほとんど日本語もできない人が、日本で何をするんですか? こういう人は工場で単純作業に流れる蓋然性も高いんですよ」
またそれか……朗は内心でため息をついた。こうした先入観は珍しくない。だが、いくら説明しても通じない時は、通じない。
「彼は大学でIT技術だけではなく英語も学んでいますし、論文だっていくつも英語で書いています。それに勤務先はれっきとしたソフトウェア企業です。そんなありもしない工場勤務の蓋然性なんて挙げられても、ぜんぜん不交付の根拠にならないでしょう」
職員は申請書に貼られた付箋をめくりながら確認し、事務的に言った。
「大学で英語を学んでいても、母語でなければ“精通している”とは認めません。それに、ソフト会社に就職すると言っていても、実際にはどこで何をするか分かりません。そもそも、僕がこの申請を審査したわけではありません。理由を説明しているだけです。これ以上お話ししても、意味はありませんよ」
朗は一礼して立ち上がった。これ以上押し問答を続けても、あまり意味はなさそうだ。
部屋を出ながら、朗は小さく息をついた。特に驚くことではない。だが、いつもながら頭の痛い展開だ。さて、どうやってダミタに伝えるか……。