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3 見えない線引き

朗は、新宿駅から電車で30分ほど離れた郊外で、「行政書士法人ベントス」の代表を務めている。都心の喧騒からは距離があるものの、事務所にいれば、さまざまな相談や手続きの電話がひっきりなしに鳴り、決して静かな日常とは言えない。


「今日もまた、事務所で夕飯か……」


そうつぶやきながら、朗は最寄り駅の駅ビルで弁当を一つ買い、歩き慣れた道を戻ってきた。

事務所のドアを開けると、中にいた山川恭子が買い物袋を下げた朗に目を向けて、すぐに声をかけてきた。


「先生、大変ですよ」

その言い方は深刻というほどでもなく、どこか「ちょっと困ったことが起きましたね」というくらいの軽さだった。


山川は、30代の朗よりも10歳ほど年上で、朗と同じく行政書士の資格を持つ。肩口で切りそろえた髪にはわずかに白いものが混じり、穏やかで癒されそうな、人を安心させるような雰囲気を持っている。しかし、ともすれば情に流されがちな朗をたしなめるのも、たいてい山川の役目だった。

山川はこの事務所の要ともいえる存在であり、実務の多くは朗よりもキャリアの長い、山川が取り仕切っている。


事務所の代表こそ朗になっているが、朗にとって山川は頼れるパートナーであり、時には姉のような存在でもあった。


「ソフトランカ・ジャパンさんの在留資格認定証明書交付申請、不交付になっちゃいました」


「えっ……」


朗は思わず声を上げた。

「さっきダミタさんに“大丈夫ですよ”って言ってきたばかりだよ。どうして?」


在留資格認定証明書は、外国人を日本に呼び寄せる際に入管へ申請し、認められれば交付される重要な書類だ。今回の案件は、提出書類も整っており、要件にも合致していた。不交付になる理由など、まったく思い当たらなかった。


「不交付の理由、何て書いてあった?」と朗が尋ねると、山川は手元の通知文を一枚取り出して差し出した。


「『従事しようとする業務が、自然科学の分野若しくは人文科学の分野に属する知識を必要とする業務、外国の文化に基盤を有する思考若しくは感受性を必要とする業務のいずれにも該当するとは認められません。』……とのことです」


「……なるほどね。いつもの“よくわからない理由”ってやつか」


朗は弁当の入った袋をデスクの上に置き、軽く頭をかいた。


「明日の光和建設さんの建設業許可の件、悪いけどキャンセルしておいて。朝イチで東京入管に行って、理由を聞いてくるよ」


山川は肩をすくめて、軽く笑いながら言った。


「先生、お願いですから入管で喧嘩しないでくださいね」


「いつだって喧嘩なんかしてないよ。ほら今だって、見た目通り、穏やかそのものじゃない」

そう言って朗は椅子に腰を下ろし、弁当を取り出した。軽口をたたいたものの、朗は明日の入管でのやり取りを思い浮かべながら、ほんの少し眉をひそめた。


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