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13 もうひとりのゲスト

 結局、朗と山川は8月31日の仕事を終えると、そのまま車で長野県の菅平高原へ向かった。日食を見に行く人が多いのだろう。深夜にもかかわらず、上信越道は車の流れが絶えなかった。今井の言ったとおり、もし翌朝に出発していたら、長い渋滞に巻き込まれていたに違いない。


 途中で何度か休憩を挟みながら運転し、今井の別荘に着いたのは、すでに9月1日に日付が変わってからだった。別荘は、10畳ほどのリビングダイニングに、それぞれ8畳と6畳の洋室がある。広々とは言えないが、数人で過ごすには十分快適そうだった。


 玄関を入ると、今井のほかに一人の女性がテーブルに座っていた。朗は、どこかで見かけたことがあるような気がしたが、すぐには誰だか思い出せなかった。


 今井がその女性を紹介した。

 「彼女は悦子。石崎悦子。大学の後輩で、今はクロレリゾートの海外部門の責任者だよ」


 「え、あの石崎さんですか? この間も経済誌に出てましたよね。役員になってすぐ、瀕死だったクロレリゾート・ダナンをV字回復させたって……」と山川が驚いたように言った。


 朗もその言葉で、どこかで見たという感覚の正体に合点がいった。


 「石崎です。大学では今井さんの二年後輩。天文サークルで一緒でした」


 「大学では英語を専攻していてね。」と石崎が補足する。


 「当時から海外ニュースも好きだったけど、それ以上に天文雑誌をよく読んでたかな。大学図書館に行くと、海外から取り寄せた『Sky & Telescope』や『Astronomy』が並んでいて……最新号を読むと、ついサークルの集まりで披露しちゃって…」


 「それがまた、妙に詳しくてね。こっちはただ星を眺めたいだけなのに、“これはアメリカの大学の最新研究では〜”なんて延々聞かされる。正直、たまに辟易したよ」と今井が笑う。


 「でも、今井さんも最後まで付き合ってくれてたじゃないですか」


 「まあな。結局、みんなで山に行って望遠鏡をのぞけば、細かい理屈なんてどうでもよくなるから」


 朗はそのやり取りを聞きながら、今井の学生時代を思い描いた。今井は政治経済学部で政治学を専攻していて、リアルタイムで社会主義という体制そのものが市民の手で崩壊していく場面を見て、市民の持つ力に感動したと話してくれたことがある。


 だが今井は、この国の政治には何の興味も持っていなかった。今でも「政治家は嫌いだ。市民に寄り添わない政治なんて、あっても邪魔なだけ」と吐き捨てるように言う。その反感が、むしろ市民に近い場所で働く行政書士という道を選ばせたのだと朗は思っている。


 朗の脳裏には、二つの光景が重なった。昼間の講義室で、今井が黒板に地図を描き、歴史や制度の仕組みを淡々と考える姿。そして夜の山で、望遠鏡を覗き込みながら、石崎の海外雑誌から仕入れた最新の天文ニュースを苦笑混じりに聞き流す姿。政治と天文、目の前の現実と無限の宇宙……その両極を行き来する今井の姿は、朗にとってどこか遠く、羨望とわずかな疎外感を同時にもたらした。


 その点、法学部で大学時代から司法試験の勉強にしがみついてきた自分には、今井のそうした自由さが、少し羨ましくもあった。限られた範囲を徹底的に掘ることしか知らなかった自分にとって、横に広がる視野や、異分野の人間と交わる柔らかさは、手に入れられなかったものだ。


 深夜にもかかわらず、軽くお茶を飲みながら昔話に花が咲き、四人のあいだには打ち解けた空気が広がっていった。


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