第1話誕生
暖かい。
気がつくと、そんな感情が湧き出る。居心地の良い暖かさと鼓動音。このまま、眠り続けたい気分になる。その温もりに包まれてどれくらい経つだろう。人の話す声、生活音、動物の声、楽器を奏でる音。落ち着く物もあれば、怒号、奇声、悲鳴、爆発音。不安になるような物が幾度となく繰り返され、長い長い月日が経ったある日、眩しい光が降り注ぎ、優しい手つきで触れられ、抱き抱えられる。
「おめでとうございます!男の子ですよ!」
「あぁ、あぁ。ち、近く。早く、見せてください。」
「はい!」
「あぁ。良かった。元気に産まれてくれたんですね。」
「……えぇ。…とても。」
「どうしたの?」
「いえ、その…。」
「?」
「産声をあげませんね。先生、どういたしますか?」
「ふむ。お母さん。少し、お子さんお借りしますね。」
母親の顔近くに置かれた俺は、すぐに片眼鏡の男性に抱き上げられ、見上げられた後、ゆっくり降ろされる。
「とても申し上げにくいのですが、お母さん。この子の呼吸は、とても浅い。そう長くないでしょう。」
「そ、そんな!?」
今にも泣きそうな女性の声が響く。安心させようと、声を出そうとするがうまくいかない。
おかしい。
普段通り声を出せばいいのに、どう出せばいいのかわからない。頑張って出そうにも、微かな息がもれるだけで、泣き声すら出ない。
「当主様を、ここへ。」
「かしこまりました。」
「そ、そんな!待ってください!」
「お母さん。落ち着いてください。まだ安静にしていないといけません。」
先生の指示に、忠実に従う堅い女性は、部屋を出て行くと、それを止めようと慌てて動こうとした母親を、優しそうな女性が母を優しく抱き寄せ、ベッドへ戻そうとする。
「だ、だって、当主に知れたら……。大鯨!お願い!返事してちょうだい!」
大鯨。
きっと俺の名前なのだろうが、その切実な思いに答える事は叶わない。どれだけ声に出そうとも、出るのは浅い呼吸音だけだった。
「大鯨か。随分と逞しい名前をつけたじゃないか。」
「「⁉︎」」
「何をしに来たんですか。」
「何をしにとは、酷いことを言うな。もちろん。我が子を見たさにだよ。」
「……。」
「柴田。我が子は、どこかな?」
「ハッ!こちらに。」
父親と思われる男性に、抱き抱えられた状態で近くまで行く。
「……これが。我の子供なのか?」
「はい。男の子です。」
「見ればわかるわ。今にも死にそうではないか。どうなんだ?」
「精密検査をしなければ分かりませんが、肺の病気か神経・筋疾患の病を抱えているかも知れません。」
「ふむ。尾も耳も短い。欠陥だらけではないか。とても我の子とは思えんな。鳳翔、貴様が産んだのは我の子ではないな。」
「何を言ってるの!?この子は、私と貴方の子よ!ゴホッ、ゴホッ!」
「お母様。無理をなさっては、お体に障ります。」
出産後の疲弊した体には、きつかったのか勢いよく咳き込み看護婦に背中を摩ってもらう。
「柴田。記録には死産と記せ。よいな?」
「⁉︎…ハッ!当主の指示とあらば、この柴田従いましょう。」
「ふ、ふざけないで⁉︎何が、死産ですか⁉︎私は、認めません。この子は、私が」
「ならぬ。未来のない者に、時間を費やすのは愚かだ。貴様は、次の子を産めるよう保養せよ。」
「そのような、人道を外す行いが許されると思いますか⁉︎」
「思うよ。我は、この国の主だ。我の行いは、全て正しく正義である。」
「ツッ!?」
「わかったのなら、大人しくしていろ。柴田。そいつを抱えて我について来い。」
「待って!」
「駄目です!お母様、これ以上当主様に、ご意見すれば殺されてしまいます。」
「離してください。これは、意見ではありません!待ちなさい!月山!」
必死に伸ばされた腕は、無情にも離れていき部屋の扉が閉められると同時に、母の姿は見えなくなった。
「当主様。これからどちらに、向かわれるのですか?」
「大湊水産だ。あそこの息子は、数ヶ月前に流刑でいなかろう。家族が減るのは悲しい事であろう?」
「それで、この赤子を預けると?」
「あぁ。我も無実の子を殺めるのは、心苦しいからのぉ。身分相応の場所で、育った方がよいだろう?」
「さすがは当主様、仰る通りです。」
「で、あろう。」
得意気に胸を張る父の姿を見て、人として失望する。こんな父と同じ血が流れていると思うと、不愉な気持ちになる。抱えられながら、暗がりの通路をしばらく歩くと、潮の香りが風に乗って鼻腔をくすぐる。暗い通路が徐々に明るくなり、一気に視界が広ける。眩しさのあまり目を細める。明るさに慣れ目を見開くと、思わず見惚れてしまう。太陽の光が、海を照らし宝石の様に輝いていた。前世の記憶でも、こんな光景は見た事がない。そこから、何分経ったかわからないが、人目を避けるように、裏道を通り目的地に着いたのか足を止めて、裏の戸から建物の中へ入る。
「邪魔するぞ。」
「…誰もおりませんね。」
「…チッ。大湊‼︎」
ために貯めた舌打ちをして、家主の名を叫び呼ぶ。すると、あちこちから足音が聞こえて、5秒も経たない内に、4人の家族が目の前に膝を着く。
「遅い!」
「も、申し訳ございません。なぜこの様な場所に、ご当主様ご本人が足を運ばれたのでしょうか?」
「この子の世話をしてもらいたくてな。」
「えっと……。」
この家の家主であろう、男性が抱き抱えられた俺に視線を向けてあからさまに動揺している。
まぁ、そうなるよ。いきなり現れたと思ったら、見知らぬ子供を押し付けるんだから。
「かしこまりました。」
「うむ。良い返事だ。だが、今後は即答せよ。よいな?」
「御意のままに。」
「柴田、帰るぞ。」
「ハッ。ほれ。」
「ちょっ!?」
父は、子供に対して未練もないのか、素早い動きでその場を去ると、俺を抱き抱えた柴田は、後を追う為投げ捨てるように受け渡す。危うく床に叩きつけられる前に、若い娘にダイビングキャッチされ救われる。
「ふん!」
バン!と、強い勢いで戸を閉められ2人は去っていた。
「何なのよ!あいつらは!」
「コラ!高雄、大声を出すんじゃない!聞こえるだろ!」
「それは、あなたもよ。」
「ぐっ⁉︎」
間一髪で受け止めてくれた娘は、出て行った2人に対して悪態をつくと、父親に叱れるがその父も大声だったので、母に怒られてぐぅも出ない。
そんなやりとりを見ていると、横から顔の整った幼い娘が勢い良く視界に入ってくる。
うわっ
「んぎゃ〜⁉︎〜〜〜〜〜〜⁉︎」
「愛宕ちゃん。赤ちゃんを驚かせないの!」
「う〜。ごめんなさい。」
「ちゃんと謝れて偉い偉い。」
やっ、やっ、やった〜。やっと声が出た。けど、息が……。
「〜〜〜⁉︎」
「大変だ。先生を呼ばないと!」
「高雄、ごめんね。よ〜し。よ〜し。怖くないよ〜。あなた、はやく呼んできてちょうだい。高雄は、お湯と手縫いの用意を、愛宕ちゃんは、布団をしいてちょうだい。」
今にも死にそうな俺を、助けようと家族全員が動いてくれる。見ず知らずの子を助ける為、一致団結する姿は、本来あるべき家族の姿だった。そんな事を、薄れゆく意識の中思った。




