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熱の中で戻る愛情

季節は冬へと傾いていた。

 街はコートの色に染まり、吐く息は白く、コンビニにはおでんが並び始めていた。


 そんなある朝、和也は目覚めた瞬間、自分の異変に気づいた。


 喉が焼けつくように痛い。

 身体の節々が軋むように重く、頭は熱でぼんやりしている。

 布団から出る気力が、欠片もなかった。


 「……まじか」


 呟きながらスマホを見ると、時計は朝7時。会社に連絡しなければと思いながらも、指はうまく動かなかった。結局、ベッドに沈み込むように意識が落ちていった。


 次に目を覚ましたのは、昼を過ぎたころ。

 枕元のスマホには、不在着信がいくつも並んでいた。その中に、美咲の名前もあった。


 ――そういえば、あの夜のメッセージ以来、ろくに話してなかった。


 和也は罪悪感のようなものを感じながら、彼女の名前をタップした。コールはすぐにつながり、美咲の声が聞こえた。


 「和也? 大丈夫? 声、変……熱あるでしょ?」


 「……たぶん。ちょっと動けないかも」


 数秒の沈黙のあと、美咲は言った。


 「今から行く。鍵、いつものとこ入ってる?」


 「いや、いいよ、そこまで……」


 「ダメ。言い訳してる場合じゃない。ほっとけるわけないでしょ」


 その強い声に、和也は抵抗する気を失った。


 30分後、玄関のドアが開く音がして、美咲が入ってきた。

 いつものように控えめな笑顔を浮かべていたが、その目は心配でいっぱいだった。


 彼女は手際よく体温計を差し入れ、冷えピタを貼り、コンビニで買ってきたゼリー飲料を差し出した。

 そして、何も言わず、ベッドの隣に腰を下ろし、和也の額にそっと手を置いた。


 「……まだ熱い。38度はあるね」


 和也はその手のひらの温もりに、少しだけ涙が出そうになった。

 情けなさも、ありがたさも、いっぺんに胸に流れ込んできた。


 「……ごめん。色々、ごめん」


 それだけを呟くと、美咲は静かに首を横に振った。


 「謝るなら、ちゃんと治ってからにして。今はそれだけでいいよ」


 その夜、和也はうつらうつらと眠りながら、美咲がキッチンで雑炊を作っている音を聞いていた。

 水が流れる音、鍋の煮える音、食器の音。すべてが、遠い夢のように聞こえた。


 そして、和也はふと気づいた。


 ――好きだな、この人。


 そう、唐突に思った。

 久しぶりに、心から“美咲を好きだ”と感じた。

 彼女の存在が、自分のすべてを覆うように暖かかった。


 夜が明けて、熱は少しだけ下がっていた。

 美咲はまだ眠っていた。ソファに丸くなって、毛布をかけていた。


 和也は静かに起き上がり、キッチンに向かった。

 そして、お湯を沸かして、美咲のために白湯を用意した。


 彼女の寝顔を見つめながら、心の中でそっと呟いた。


 「ありがとう。……ほんとに、好きだ」


 けれど、その言葉のあとに、和也は小さな不安を覚えた。


 ――もし、この熱が完全に引いてしまったら。


 この“好き”も、消えてしまうのではないか。


 その思いが、胸の奥に、ひんやりとした影を落とした。



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