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酒の中の拒絶

金曜の夜。久しぶりに、和也は会社の同僚たちと居酒屋へ繰り出した。


 部署の打ち上げ。数字が一段落した打ち上げで、課長も珍しく財布を開き、酒がじゃんじゃん回ってきた。和也は断らなかった。むしろ、久々に“何も考えたくない夜”だった。


 ハイボールを数杯飲み干すと、テンションが上がり、会話も弾んでいた。

 けれど、頭の片隅にはずっと美咲のことがいた。


 今夜、彼女と会う約束はなかった。たぶんLINEも来ている。でも、開くのが面倒だった。

 酒が入ると、どうでもよくなるのだ。

 いや、どうでもいいというより――なんだか、彼女の存在が遠くに感じる。


 二軒目のバーで、スマホが震えた。見なくても、美咲だとわかった。


 開くと、やはり。


「今日はお疲れさま。飲みすぎないでね。ちゃんと帰るんだよ?」


 文面はいつも通り、優しかった。

 だけどその瞬間、和也の中にあった酔いが、一気に「苛立ち」に変わった。


「なんなんだよ……おれの母親かよ」


 口に出したその言葉は、思っていた以上に冷たかった。

 一緒にいた同僚が振り返って「彼女?」と笑って言ったが、和也は曖昧に頷いた。


 バーの帰り、完全に足元が覚束なくなったころ、和也はふと彼女にメッセージを送った。


「ちょっと距離置こうか。俺たち、合ってない気がする」


 送ったあと、数秒だけスマホを見つめていたが、すぐに電源を切ってポケットにしまった。


 翌朝、二日酔いで目を覚ました和也の頭は、重かった。

 胃が気持ち悪く、喉はカラカラで、頭が鈍く痛んでいた。


 寝ぼけたままスマホを確認すると、昨夜の自分のメッセージが、冷たく表示されていた。

 そして、その下に、美咲からの返事が一行だけ。


「わかった。ゆっくり休んでね。」


 既読も、時間も、すべてが現実を突きつけてきた。

 あの一文に、怒りも、悲しみもない。ただ、諦めのような気配だけが漂っていた。


「……なんで、あんなこと送ったんだろう」


 布団の中で呟いてみる。でも、はっきりした理由は思い出せなかった。


 普通なら、後悔に襲われるはずだった。

 でも、違った。


 彼女の顔を思い浮かべても、何も感じなかったのだ。


 むしろ、少しほっとしていた。

 しばらく会わなくて済む。

 連絡しなくて済む。

 気を使わなくて済む。


 “これって、やっぱりもう気持ちが冷めてるってことなのか?”


 そんな問いが、和也の中に静かに沈んでいった。


 翌日の午後、胃のむかつきが消え、頭も少しスッキリしてきたころ、美咲から再びメッセージが届いた。


「今日、少しだけ話せない?」


 和也は、数分間スマホを握りながら、返事をしなかった。

 返信したい気持ちがないわけじゃなかった。

 でも、「会いたい」とも思わなかった。


 あの夜、酔っていたのは身体だけじゃなかった。

 感情そのものが、酔って歪んで、壊れていた。


 ただ――問題は、

 酔いが醒めても、その壊れた部分が、修復される気配はなかった。

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