ギャンブルの裏表
日曜の昼下がり、和也はいつものパチンコ店にいた。
店内は煙たく、玉の音と電子音が耳を支配する。
光と音に包まれるこの空間は、仕事でも家庭でもない、“どこでもない場所”だった。
この日は朝から負けが込んでいた。最初の2万円は1時間で消えた。追加で入れた1万円も、見せ場ひとつなく吸い込まれた。
和也は無表情のまま椅子にもたれかかり、ただ画面を眺めていた。
「……もう帰るか」
ポケットの中には、あと5千円だけが残っていた。
その5千円を財布に戻しかけたとき、ふと“意地”のようなものが頭をもたげる。
勝てば機嫌は直る。勝てば美咲に優しくできる。
そんな理屈にならない理由で、再び札を投入した。
が、その想いも虚しく、最後の千円が吸い込まれるころには、感情が完全に冷えていた。
外に出ると、冷たい風が火照った顔をなでた。財布は空っぽ。口の中は苦い。
歩きながら、美咲から届いたLINEを開く。
「今日ヒマ? 家で一緒にご飯でもどう?」
それを見た瞬間、和也は無意識に舌打ちをした。
“なんで今なんだよ”
“そんな余裕ないんだよ”
“金もないのに飯なんか作られても、惨めになるだけだろ”
感情は一気に冷えきっていた。
返信はせず、スマホをポケットに突っ込んだ。
美咲が何か悪いことをしたわけじゃない。
それでも、負けて帰るこの体には、彼女の温かさが、どこか嘘くさく感じられた。
次の週末、和也はまたパチンコ店にいた。
今日は違った。最初の台で運を掴んだ。
開始から30分で大当たり、連チャンが止まらない。
トレイに溜まった玉の量を見て、久しぶりに心が軽くなった。
やはり勝利は正義だ。体温が上がるような感覚。目の前が明るく見えた。
換金所を出る頃には、ポケットには7万の現金が入っていた。
和也はそのままコンビニに立ち寄り、美咲の好きなスパークリングワインとチーズを買った。
電車の中で、メッセージを送る。
「今日そっち行っていい?なんか急に会いたくなった」
すぐに既読がつき、
「もちろん! 今日の和也、めずらしく甘いね笑」
と返信が来た。
その言葉に頬が緩んだ。
和也はその夜、美咲の家でたくさん笑った。
彼女が用意した手料理を褒めて、何度も「うまい」と言った。
キスをしたとき、心から「この人と一緒にいてよかった」と思えた。
けれど、和也の心の奥にはうっすらとした疑念が残っていた。
この“好き”の気持ちは、美咲自身への感情なのか。
それとも、“勝った自分”が美咲を必要としているだけなのか。
感情と結果が結びついていることに、和也は気づいていた。
でも、それを認めるのが怖かった。