疲労の中の冷たさ
その週、和也は“過労”という言葉を体現していた。
月曜から連日、午前様の帰宅。会議、納期、取引先の急な仕様変更。食事はコンビニのカップ麺。睡眠は毎晩3時間。帰宅してベッドに倒れこむたび、「今日も死ななかったな」と、心の中で皮肉めいた独白を繰り返していた。
火曜の夜、風呂にも入らずスマホを放り投げたタイミングで、美咲からメッセージが届いた。
「今日はご飯食べた?ちゃんと寝てる?」
その言葉を目にした瞬間、和也の中で何かが逆撫でされた。
「……それぐらい、自分でわかってるよ」
つぶやきながら、スマホを布団に投げ捨てる。返信はしなかった。
彼女の優しさが、鬱陶しかったわけじゃない。むしろ、いつもはありがたいと思っている。でも――疲労の極みにある今は、彼女のその“心配”が、自分の無力さを突きつける言葉にしか聞こえなかった。
翌朝、目覚ましの音とともに頭が割れそうな痛みに襲われた。鏡に映る自分の顔は、ひと回り老けたように見えた。目の下にはクマ。頬はやつれ、まるで自分じゃないようだった。
「……くそ、なんでだよ」
ふとした瞬間に、美咲の名前がスマホの画面に浮かぶ。けれど、その顔を思い浮かべると、どうしてもイラつく気持ちが先に立ってしまう。
もっと気を遣え。もっと放っておいてくれ。もっと、余裕のあるときに優しくしてくれ。
そんな、身勝手な言葉ばかりが頭に浮かぶ。
――ああ、俺、最低だな。そう思う余裕さえなかった。
土曜の朝、久しぶりにアラームをかけずに眠り、自然光で目が覚めた。
ベッドの中で、ぼんやりと天井を見つめる。
呼吸が楽だった。身体も軽い。まるで長いトンネルから抜けたような感覚だった。
リビングに出て、コーヒーを淹れていると、昨日までの憂鬱が少しずつ霧散していく。
スマホを手に取り、開いていなかった美咲からのメッセージを読み返した。
水曜、木曜、金曜と、毎日欠かさず「体調どう?」「無理しないでね」とメッセージが並んでいた。
和也は、自分がいかに冷たく、そして愚かだったかにようやく気づいた。
あのとき、美咲を嫌っていたわけじゃない。
ただ、自分の限界に気づかれたくなかった。
「大丈夫でいたい」と、勝手に意地を張って、勝手に傷ついていた。
そして、土曜の午後、美咲に「久しぶりに会えない?」とメッセージを送った。
すぐに「会いたい!」と返ってきたその一文に、胸が少しだけ温かくなった。