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6.公爵夫人からの依頼

騒ぎを起こしたふたりが退場したことで周囲は落ち着きを取り戻し、社交が再開された。


「こちらよ」


令嬢に促されてティーナはセストと共に会場の外に出る。


薄暗い廊下をしばらく歩くとやがて明かりが漏れ出ている部屋が見えてきた。


「お母様、ヒクソン家の者を連れてまいりましたわ」


令嬢はそう声をかけて室内に入っていく。


ティーナはどうしたらいいかセストに目配せしたが、彼は小さくうなずいて、そのまま室内へと足を踏み入れ、セストにエスコートされているティーナも自ずと室内に入ることになった。


ソファにゆったりと座っているのは貴族名鑑でしか顔を見たことのないレイール公爵夫人、そのひとだった。


彼女の隣には、やはり貴族名鑑の上位に記載されているご夫人が座っていて、令嬢は空いているソファにゼベル令息と共に着席をした。


彼女がレイール公爵夫人を母と呼んでいたことで、ここに案内してくれた令嬢がレイール公爵令嬢だと分かった。

そういえば、最近、公爵家同士での婚約が本決まりになったらしいという噂が流れていた。どうやら目の前に座っているこのふたりがそうらしい。



「お初にお目にかかります、ティーナ・ヒクソンにございます」


ティーナの挨拶に夫人は微笑みで応じる。


「貴女がヒクソン伯爵令嬢ね?今夜、お会いできてよかったわ。ずっとお知り合いになる機会を探していたの」


それを詫びたのはゼベル令息だった。


「ティーナ嬢をエスコートしているのはわたしの友人なのですが、彼の婿入り先がヒクソン家だと知っていたら、もっと早くに引き合わせることができていました。申し訳ございません」


「わたしたちはそのような話はしなかったものですから」


ふたりの男性の言い訳に夫人はコロコロと笑いながら言った。


「殿方は政治経済のお話が大好きですものね。誰が誰と結婚しようがどうでもいいのでしょう?」


あながち間違いでもないようで、ゼベル令息とセストはバツが悪そうな顔をしている。



「まぁいいわ、こうして連れてきてくれたのですもの。改めて、お願いがあります」


「ヒクソンにできることでしたら、何なりとお申し付けください」


夫人の言葉にティーナは居住まいをただした。



「少し前からそちらで取り扱いを始めた他国の美容液がありますでしょう?あれを我が家に届けてほしいの」


「美容液でございますか?」




確かに数か月前、他国の貿易商から勧められた美容液を試しに一ダース分だけ購入したことがあった。


ティーナも使ってみたのだが、結構な値段がするくせに効果はあまりなかった。


何とか半分ほどを売りさばいたが、残りはまだ倉庫に眠っているはずだ。


不良在庫を引き取ってくれるのはありがたい話だが、相手が公爵夫人であることもあり、ティーナは正直に言うことにした。



「まだいくつかの在庫はございますのでお譲りすることはできます。ですが、わたくしもあの美容液を使ってみたのですが、値段に見合う程の効果は得られませんでした」


ティーナの言葉を聞いた夫人は今度こそ声を上げて笑った。


「ふふふふふ。そうね、貴女のような若い方には意味がないでしょうね。でもわたくしのようなおばあさんには大層な効き目がありますのよ」


「そうなのですか?」


貿易商からの説明では年齢の話はなかったように思う。ということは販売している側も気づいていないことなのかもしれない。


目を丸くするティーナとは対照的に令嬢は眉をひそめている。


「お母様がおばあさんだなんて、早すぎるわ」


「なにを言いますか、あなたたちの間に子供ができたらわたしは立派なおばあちゃんでしょう?」


思わぬところに話が飛び火し、令嬢は恥じらいに頬を染め、そんな彼女をゼベル令息は甘く見つめている。


夫人はふたりの様子をおかしそうに眺めながらもティーナに言った。


「とりあえず、手元にある分はすべてこちらで買い上げます。それとは別に定期的に持ってきてもらいたいの。お願いできるかしら?」


「もちろんです、ありがとうございます。どれほどの数をご用意いたしましょうか」


「そうね。妃殿下にはおすすめするつもりでいるのだけれど、ひょっとしたら太后様も興味を示されるかもしれないわね。

他にも欲しがる方はいそうだから、ひとまず二ダースを確保して頂戴。それ以降はヒクソン家と直接契約するように話をしておくわ」


思いがけず大きな商談となった。

こうなると正当な権利もなく伯爵代理めいたことをしているティーナが表立って進めていい話ではない。


「ありがとうございます。ですが、御覧のとおり、わたくしはまだ成人したばかりの未熟者。正式な手続きは伯爵代理である義母がとりまとめ致します」


「それは先ほどのご夫人のことか?」


ゼベル令息の言葉にティーナはうなずいた。


「はい。義母のラネッタ様はあまりこういったことが得意ではなく、わたくしが少しばかりのお手伝いしているのです」


本当は伯爵家の商談すべてをティーナひとりで取り仕切っている。

しかし書類上の伯爵代理はラネッタの為、手伝っているという表現にしておかないと話が合わなくなる。


「彼女ではなんだか不安だな。ティーナ嬢が担当することはできないのか?」


「わたくしは伯爵代理ではございませんので」


「ヒクソン家には彼女と義妹しかおりませんから、わたしが婿入りして爵位を継ぐことになっているのです」


セストの言葉にゼベル令息は少しばかり考える素振りをしてから言った。


「それなら今すぐセストがティーナ嬢と結婚すれば良いではないか」


「そ、それは」


突然の提案にさすがのセストも慌てている。それはティーナも同じだったが、彼女は冷静に応じた。


「残念ながらわたくしはセスト様より年上なのです。ですから、妹のヘンリエッタを選んでいただいたほうがよいと考えております」


「ティーナ嬢!」


ティーナが自身の婚姻について語ったのはこれが初めであった為、セストはひどく驚いた顔をしているが、ヘンリエッタを選んだほうが周囲に騒ぎ立てられずに済むことは明白だ。


ティーナに言わせたら、今までセストが言を左右にのらりくらりとかわしていたことのほうがおかしい。


「だ、そうだが?」


ゼベル令息はおもしろいものでも見つけたかのような顔をしているが、今はヒクソン家の進退を話してよい場ではない。


「公爵夫人様のご要望は承りました。わたくしになるか、義母になるかわかりませんが、いずれにせよヒクソン家の者をそちらに向かわせます。

正式な契約に先立って、まずは手持ち分をお届けするということでよろしいでしょうか」


「それでかまわないわ」


「ありがとうございます。では、御前、失礼いたします」


ティーナは最上位のお辞儀(カーテシー)で公爵夫人と令嬢、それに令息に挨拶をし、セストと共に部屋を出た。




来た時と同じように薄暗い廊下を歩き、騒がしい会場に戻ったところでセストに言った。


「大変なことになりましたね。わたくし、このまま帰ります。あるだけの在庫を押さえておきたいので」


「それならわたしがお送りします、必要なら商会倉庫のほうに馬車を回します」


セストの申し出にもティーナは首を振った。


「セスト様はこのまま夜会をお楽しみください。まだ挨拶の途中ではございませんか?」


「それはティーナ嬢も同じでしょう?」


「ですが、今は公爵夫人からの注文ほうが大切です」


あの美容液はそこそこな値段がする。それを定期的に購入してもらえるなどなかなかないことだ。

しかも彼女は自ら宣伝してくれるらしい、公爵夫人が無償で広告塔になってくれる商品など未だかつてあっただろうか。


「この商談は絶対に失敗できませんもの。できることはすべてやりたいのです」


ティーナの言葉にセストもうなずいた。


「それならなおさら携わりたい。いずれヒクソン伯爵となるのはわたしですからね」


それを言われたらティーナは反論できない。

自分は他家に嫁ぐ身で、今後のヒクソンを背負っていくのは彼自身なのだから。


「わかりました、では行きましょう」

「まずは倉庫ですね」


ふたりは足早に会場を抜けると馬車に飛び乗ってヒクソン家の展開する商会倉庫へと向かった。





暗い倉庫の中から目的の商品を見つけ出したティーナとセストはそれを持ってヒクソン家に戻った。


「ただいま戻りました」

「夜分にお邪魔します」


バタバタと帰ってきたふたりを出迎えたのは家令だった。


「おかえりなさいませ、お嬢様。ようこそ、モルガリー子爵令息様」


「明日の朝一番で公爵家にこちらの商品を届けてほしいの。人選は任せますが、くれぐれも失礼のないように」


「かしこまりました」


「ラネッタ様はどちらにいらっしゃるのかしら」


「奥様でしたらもうおやすみになられたかと。ひどく憔悴して帰って来られましたが?」


公爵令息から社交界への出入り禁止を命じられたのだ、それで落ち込まないひとがいたら見てみたい。


「うーん、ちょっと問題を起こしてしまって。でもそれを挽回するチャンスも頂いたからきっと解決するわ」


「そのことだけど」


ティーナと家令のやり取りを黙って聞いていたセストが口をはさむ。


「なんです?」


「ここではなんだから、サロンを借りてもいいかな?」


セストが家令に尋ねると彼は快諾した。


「もちろんでございます。長くかかるようでしたら軽食をお持ちしますが?」


「そうしてくれると嬉しいな」


セストの言葉に家令は一礼して厨房へと向かっていった。


彼の話が何なのか見当もつかないティーナではあったが、ひとまず彼をサロンへと案内した。


「どうぞ、おかけになってください」


ティーナはセストにソファに座るよう勧めたが、彼は立ったままで思いつめたような顔をしている。


いつも朗らかな笑顔を絶やさない彼だけに、その様子が心配になったティーナは彼のそばに行った。


「なにか悩みでもあるのですか?わたくしで良ければお話を伺いますわ」


セストはしばらく床を見つめていたが、やがて彼女に視線を移した。その顔はどこか泣きそうにも見える。


「貴女にとって、わたしはどのような存在ですか?」


あまりに漠然としたセストの問いかけにティーナは戸惑いを隠せない。


「どのような、と申されましても」


言いよどむティーナを彼は静かに見つめている。


しばらくの間をおいてティーナは言った。


「セスト様はいずれ我が家に婿入りし、ヒクソン伯爵位を継いで下さる大切な方ですわ」


ティーナには彼の不安を読み取ることができなかったが、ヒクソン家にとって大切な存在であることは伝えておいたほうがいいだろうと思ったのだ。


大切に扱うから心配はいらない、そういうつもりで言ったのに、セストは自嘲めいた笑みを浮かべた。


「そうですね、わたしが婿入りしなければヒクソン家は途絶えてしまいます」


「えぇ。ですから、ヘンリエッタと結婚してこの家を盛り立てていただけると」


「ヘンリエッタ嬢でなければいけませんか?」


セストは幾分声を荒げてティーナの言葉を遮った。


本当に今夜のセストはどうしたというのだろう。こんな風に彼がイライラしているところをティーナは見たことがない。

お腹が空いているのだろうか、そういえば先ほど家令に軽食を頼んでいた。


「わたくし、厨房の様子を見てまいりますね。フルーツならすぐにお出しできるでしょうから」


今すぐにでも彼になにか食べさせたほうがいいとサロンを出ようとしたティーナの手をセストが掴んだ。


「セスト様?」


「わたしはあなたと」


セストがなにか言いかけたとき、ヘンリエッタがサロンに顔を出した。


「まぁ、セスト様。いらしてたんですね!」



彼女は愛らしい笑顔で彼に挨拶をする。


「こんばんは、セスト様」


それからティーナの手をつかんでいるセストに訝しげな顔をしてみせる。


「お姉様と、なにかありましたの?」


そう言われ、ティーナは慌てて彼の手を振りほどいた。


「別になにもないわ。ねぇ、ラネッタ様を知らない?」


「お母様ですか?もう休まれたと思います、なんだか疲れていらしたので」


ヘンリエッタとセストはいずれ結婚をするのだ。変な誤解をさせてはいけないとティーナはわざと別の話題を振った。


「そうなの。ご相談したいことがあるから近日中に時間を作ってほしいと伝えてもらえるかしら」


ティーナの言伝に何故かセストも同意した。


「わたしからもお願いしたい。ヘンリエッタ嬢、頼めるかな?」


そう言ったセストはいつもの彼で、女性受けしそうな柔和な笑みを浮かべている。


「わかりました、お母様にお伝えしておきます!」


愛しいセストからの頼みごとにヘンリエッタは張り切って返事をした。


そのときちょうどメイドが軽食を運んできて、ヘンリエッタも交えた三人で食事をし、セストは自宅へと帰っていったのだった。

お読みいただきありがとうございます

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