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3.セストの気遣い

「こちらはお父様が南国で見つけてきたもので、大きな花が咲きますのよ」

「それは珍しい。是非、見てみたいものですね」


ヘンリエッタがセストに説明し、彼が相槌を打つ。


庭園には三人でいるのに、ふたりだけが会話をしているという不毛な時間。

だとしても、一秒でも無駄にしたくないティーナはいかにも花を愛でていますという顔をして、頭のなかでは商売の算段をつけるという器用なことをやっていた。



契約が成立したら早速、工房に発注をかけねばならない。すでに話はつけてある、工房長は材料の確保は既に済ませてあるはずだ。最初のロットは一週間以内に出荷できるだろう。


まずはそれを市場に流して様子を見て、追加製造をかけていくか。

いや、これは売れる商品だ、最初から全力で製造しても危険はないと商売人(ティーナ)の勘が言っている。


こんなとき、父が生きていてくれたらと思う。

彼は伯爵という決して低い爵位ではない貴族にもかかわらず、商売っ気のあるひとで、こんな相談にも打てば響くように応えてくれたものだ。


ティーナは自身の少し前を歩くセストにちらりと視線を向けた。

父が探してきたのだからそれなりに商売に向いている人物だと思うのだが、実際のところはよくわからない。


というのも、彼とティーナがふたりきりで話をしたことは一度もないからだ。


常にヘンリエッタが同席している為、話の内容は彼女の興味のあることばかり。

流行りのドレスやスイーツ、それにデートスポットといったどうでもいい話で彼の能力を測るには無理がある。


今回の事業について彼の意見を聞いてみたい気もしたが、ヘンリエッタがそれを許しはしないだろう。


ラネッタの考えに感化されている彼女は金儲けを卑しいものだと考えている節がある。


義母と違って明確に言葉にすることはないが、彼女の態度から察するにあまりよく思っていないことは確かだった。


そんなヘンリエッタの前で事業の話など持ち出したらまたネチネチとやられるだけだ。




ティーナが黙って考えを巡らせていると急にヘンリエッタが大きな声を出した。


「待っていてください!わたしがセスト様に似合う素敵なお花を見繕ってきますから」


いうが早いかヘンリエッタは庭園の奥のほうにかけていってしまう。


話の流れを全く聞いていなかったティーナはその意味が分からず呆気に取られていると、セストが説明してくれた。


「ヘンリエッタ嬢に花束を作って欲しいとねだったのです」

「そうだったのですね」


ヘンリエッタはその見た目通り美しいものや可愛らしいものが大好きで、花もとても好きだ。


先ほど彼女がセストに説明した内容は彼女自身が学んだ結果であり、まぎれもなく彼女が持っている知識。


そんなヘンリエッタに花束が欲しいと言えば、彼女は張り切るに決まっている。



「これで静かになりました、考えをまとめるにはピッタリですね」


あちらに座りましょうか、とセストは少し先にあるベンチに目を向けたが、ティーナは驚きでいっぱいだった。


「あの、何故、お分かりになられたのでしょうか」


ティーナが花など上の空で考え事をしていたことを、彼はどうして見抜いてしまったのだろうか。


それほどにわかりやすい顔をしていたのかと自分を恥じるティーナであったが、彼はくすりと笑った。


「ティーナ嬢は完璧でした、花を愛でる貴女はまるで女神のようでわたしも見とれてしまいました。

ですが、故ヒクソン伯爵の民芸品が噂になっていると小耳にはさみましたのでね。

今日はなにかお力になれることがあればと参上した次第です」


ティーナはセストが民芸品の話を知っていたことよりも、それが噂になっていることのほうに注目した。


「そのお話はどちらで?」

「昨夜、紳士クラブで聞いたのが初めてです」


昨日の夜ならまだ誰も動き出してはいないはず。

それなら長年、準備をしてきたヒクソン家が最も有利な立ち位置にある。


ティーナは少し迷ってからセストに悩みを打ち明けた。


「工房との話は済んでいますので、正式な書類が整えばすぐにでも製造に入ってもらえます。

ただ、最初のロットをどれだけにしようかと考えていて」


「ヒットしないとお思いですか?」


「わたしにはわからなくて。父はそういうことに長けていたのですが」


ティーナの言葉にセストは考えながら言った。


「紳士クラブでは、ヒクソン伯が気にかけていた民芸品だけでなく、全体的にそのような動きがある、と聞きました。

どうやら、王女殿下か王妃殿下あるいはそれに連なるどなたかが興味を示されているようです。

そうなると流行りは長く続くでしょうし、多めに製作させるべきだと思います」


セストの自信のある発言に驚いたティーナではあったが、彼は根拠もなしに言っているのではなく、つまりは信じるに足るものだった。


「わかりました、できるだけ多くの品を届けてもらえるよう工房にお願いしてみますわ」


ティーナの笑顔とその返事にセストも微笑んで、うまくいくといいですね、と言った。




そのときちょうどヘンリエッタが戻ってきた。

「セスト様、お待たせしました!」


一刻も早く執務室に戻って工房への手紙を書きたいティーナはどうやってこの場を抜け出そうかと考えていたが、セストが小声で、任せて、と言い、ティーナにウィンクをしてみせた。


彼は戻ってきたヘンリエッタを何食わぬ顔で出迎えて、


「素敵な花束ですね。せっかくですからすぐに花瓶に活けましょう、しおれてしまっては可哀そうです」


と言い、先頭に立って屋敷へと戻っていく。


「待ってください、セスト様」


ヘンリエッタも嬉しそうに彼に続き、ティーナもそれに便乗して屋敷の中へと入った。



ヘンリエッタとセストがサロンで花瓶に花を活けている間、ティーナは別室で工房長宛ての手紙をしたためた。

ふたりのいるサロンに戻る途中で会った使用人に、手紙を急いで届けるように、と指示をする。


これで一安心だ、最初に市場を賑わすのはヒクソン家の用意した品々になるだろう。

これから先の一か月間はできるだけ多く納品してもらい、それ以降は売れ行きを見てから決める。


セストが言っていたように、王家が注目しているなら数年は主力商品となるはずだ。

彼らの影響力は大きい。貴族に行き渡ったあとは平民も入手を望むし、いずれ他国に輸出することになるかもしれない。



悩みがひとつ解決したティーナは意気揚々とサロンに入り、ヘンリエッタとセストと楽しいお茶の時間を過ごすことができたのであった。








ヘンリエッタのデビュタントの日が来た。王宮での初めての夜会にヘンリエッタは張り切っている。


「お母様、やっぱりアクセサリーは違うものに変えたほうがいいかしら?」

「散々、打ち合わせをしたでしょうに。まだ気に入らないの?」


さすがのラネッタも呆れている。


ヘンリエッタのドレスはセストが用意したものだ。

デビュタントレディに相応しい清楚なイメージのドレスで、線の細いヘンリエッタにぴったりのデザインである。


ティーナはもうデビュタントを済ませている、あのときは父にエスコートしてもらったが彼はもういない。

その為、ヘンリエッタのエスコートはセストがすることになった。


「セスト様の色がいいと思うの」


ヘンリエッタはまだアクセサリーのことでわめいている。


「正式に婚約をしていないのにそれはどうかしら」


ラネッタは慌ててそう言い、ちらちらとティーナの様子を伺っている。


セストが結婚するのはティーナとヘンリエッタのどちらでもいいことになっている。

ティーナの手前、ラネッタは遠慮するそぶりをみせてはいるが、内心ではヘンリエッタが選ばれてほしいと思っているはずだ。

アクセサリーをセストの色にしたいと言っているヘンリエッタを強く止めないことでもよくわかる。


別にティーナもセストがヘンリエッタを選ぶのならそれでいいと思う。

だいたい自分は彼より年上だ、その時点で落選にしてくれても良かったのにとさえ思っている。


それでも義妹の非常識は家名の恥となる為、ティーナは注意することにした。


「婚約者でもない方の色を身に着けるのは常識を疑われるわ、ラネッタ様と決めたアクセサリーになさい」


「またお姉様は意地悪をおっしゃるのね!」


「意地悪じゃないわ、それにこちらのほうが貴女の愛らしさがより際立つと思うのよ」


と言い、彼女の胸元にネックレスをあててやると彼女はまんざらでもない顔をしている。


「とても素敵よ」


ラネッタもそう言った為、ヘンリエッタはあらかじめ決めてあったアクセサリーを身に着けてくれた。

お読みいただきありがとうございます

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