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10.ティーナ不在の夜会

公爵家との取引が始まったことでティーナの周囲はますます忙しくなった。

ありがたいことに夫人はせっせと布教活動をしているようで、問い合わせが後を絶たないのだ。


幸い、商品の入手ルートはすでに確立しており、在庫切れを起こす心配はない。


しかしあちらの家、こちらの家と連日、契約締結に走り回っていたティーナはついに倒れてしまった。


病状としては風邪をひいた程度であったのだが、たまっていた疲れが響いてしまった。

今まで大きく体調を崩したことがなかったティーナだけに、セストはもちろん、家令を含めた使用人たちもひどく心配をした。


運悪く明日の夜は大きな集まりがある。他国の使節団が数日前から来訪しており、彼らを歓迎する為の夜会がひらかれるのだ。


ヒクソン伯爵家にも招待状は届いており、すでに出席の返事をしてしまっている。


レイール公爵夫人の宣伝のおかげで今やヒクソン家と購入契約を結びたいご婦人方は大勢おり、ティーナは会場に一歩足を踏み入れたが最後、彼女らにもみくちゃにされるに決まっている。


体調が悪い彼女に無理はさせられないと判断したセストは、ひとりでの参加を決め、家令にもそれを伝えた。


「そうして頂けますと大変助かります、ですが奥様はきっと自分も行くとおっしゃるかと」


「スケジュール管理をしているメイドに夜会のことは伝えないよう言ってください、ティーナは怒るだろうがあとでわたしが話をします」


ティーナの日常は多忙だ。朝、目覚めと同時に、その日のスケジュールを専任のメイドが彼女に伝える。


倒れてからは全ての予定を別日に調整させており、それも含めての専任だ。その彼女に明日の夜会をふせるように命じたのだ。


「大丈夫ですか?」


ティーナが仕事とそれにかかわる社交場を大切にしていることは家令もよく知っている。その存在を黙っておくなどあまり良作とは思えない。


「彼女の代わりに商談をまとめるのも入り婿となったわたしの仕事ですよ」


セストは渋る家令に笑顔で言い、ティーナをお願いします、と彼に頼んだのだった。








夜会会場に入ったセストは案の定、ご婦人方の注目を集めた。彼女らはセストと共に入場するはずのティーナを探しているのだ。


「おや、ヒクソン伯爵ではありませんか。今日はおひとりですか?」


早速、セストは顔見知りの男性に話しかけられた。


「えぇ、妻が少し体調を崩してしまいましてね」


「それはお気の毒に。今夜、彼女と話をしたい方は大勢いらっしゃるでしょうに」


「わたしが代わりに承ります、そういう方にお会いしたらそのようにお伝えいただけますと助かります」


彼とのやり取りに聞き耳を立てていた人々はパートナーを探すために散っていった。


面識もない異性に話しかけるのは非常識だからだ、パートナーの男性を介してセストに契約の話を持ち掛けるつもりなのだろう。




ひとまずの露払いが終わったところでセストは出席しているであろう自身の両親に挨拶をと思い、会場内を探そうとした。


しかし、突然、誰かに腕につかまれ、驚いて振り返ってみればそれはここにいるはずのないヘンリエッタだった。


「見つけましたわ、セスト様!」


ヘンリエッタは場違いなはしゃぎ声をあげて勝手に彼と腕を組もうとするが、セストはそれを無理やり振り払った。


「何故、君がここにいる?」


怒鳴りたいのをぐっとこらえてセストは低い声でヘンリエッタに言った。


「夜会に出るならパートナーは必要だと思ったので、お姉様の代わりに来ました」


ティーナの代わりというセリフにセストは意地悪く笑った。


「君が彼女の代わりだって?冗談じゃない、社交マナーすらなってない君に務まるわけがないだろう」


「それは今、お勉強を始めたところです」


ヘンリエッタはぷくりと頬を膨らませているが、淑女ならそんな子供っぽい顔を公の場で見せたりはしない。


セストは彼女の手をつかむと自身の腕に添えさせた。


「馬車を呼んでやるから今すぐ帰りなさい」


そう言って会場の出口に向かうもその途中でつかまってしまう。


「失礼だが、君がヒクソン伯爵だろうか?」


夫人を連れた男性がそう聞いてきた。

初めて見る顔ではあるが、彼の身なりから相手が高位貴族であることを察したセストは丁寧な挨拶をする。


「はい、わたしがヒクソンですが何か御用でしょうか」


本当ならヘンリエッタという爆弾を連れて高位貴族とまみえるなどしたくはなかった。


しかし、貴族社会は爵位がすべて。彼よりも下位であるセストには、ちょっと待っててください、ということは許されていない。


「実は妻がヒクソン伯爵夫人に用があると言っていてね」


男性の橋渡しが済んだところで夫人が要件を話し出す。


「ヒクソン伯爵夫人がレイール公爵夫人にお勧めになられた品物が大層優秀だと聞きまして。是非、我が家にもお譲りいただきたいと思っておりますの」


「それはありがとうございます、ですが、多くの方からお話を頂戴しておりますので、今しばらくお時間を頂けますと助かります」


待てと言われて顔色を曇らせる夫人にセストは続けて言った。


「お待ち頂く間、少量ではございますがサンプル品をお試しになられてはいかがでしょうか?よろしければ、明日にでも当家からそちらに届けさせます」


無料で商品がもらえると分かった途端、夫人は上機嫌になる。しかしそこは高位貴族だ、あからさまに嬉しそうな顔はせず、


「そうおっしゃるのなら。そうね、届けてもらおうかしら」


ともったいぶった言い回しをする。


セストは相手の家名を聞き、それをしっかりと頭の中に記憶した。



「ところで、そちらのお嬢さんはどなたですの?」


商談の目途が立ったところで夫人はセストの腕に絡みついているヘンリエッタを不思議そうに眺めた。


「彼女は妻の義理の妹です、今日は体調を崩したティーナの代わりをしたいとついてきてしまいまして」


「ヘンリエッタ・ヒクソンです」


自分の話になったところでヘンリエッタは礼儀正しく自己紹介をした。それはきちんとマナーに則っていて、早くも講義の成果が出ていた。


「まぁ、お姉さんの代わりを務めようだなんて健気なのね」


夫人の言葉にヘンリエッタははにかんでみせる。


「お姉様と共にセスト様をお支えしたいと思っておりますの、これからもよろしくお願いします」


その言葉に夫妻は一瞬、目を丸くしてから、

「まぁ、そういうこともありますわよね」

と言って、そそくさとその場を離れていった。


「待ってください、誤解です」


セストが声をかけるも先ほど知り合ったばかりの相手が立ち止まってくれるわけもない。


彼らは潮が引くようにその場から姿を消し、周囲の人々はセストとヘンリエッタを遠巻きにしてひそひそと話をしている。



それもそのはずだ、ヘンリエッタは先ほどセストを支えたいと言ったが、既婚男性に対してそういう表現をするのは正妻か愛人しかいない。


つまりヘンリエッタはセストの愛人であることを公言してしまったのだ。




義理とは言え、彼女はティーナの妹だ。ヘンリエッタが彼の愛人宣言をした以上、セストは姉妹同時に手を出す悪趣味な男ということになってしまった。


とんでもない醜聞を振りまいてしまったというのに、ヘンリエッタはのんきに微笑んで、


「誤解だなんてひどいです、わたしはセスト様をお支えしたいと思っておりますのに」


と愛人発言を繰り返した。



セストはヘンリエッタをジロリとにらみつけ、彼女の腕を振りほどくとその手を握った。


「今すぐ帰るんだ」


「ちょっと、セスト様?!」


セストは、驚いて大声を上げるヘンリエッタを引きずるようにして会場を出ると、彼女を馬車に放り込み、自分もそれに乗り込んだ。


「出してくれ」


セストの命令で走り出した馬車の中でヘンリエッタがわめいているが、彼はその一切を無視して帰宅したのであった。

お読みいただきありがとうございます

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