8、反逆の灯火と白亜の塔
「カアアァ!!」
カラスの鳴き声で目が覚める。
寝床から顔を出して辺りを見てみると、まだ空は紫色で太陽は出ていなかった。
砂に残っていたカラスの足跡を頼りに、岩場を登る。
当然、足跡は途切れたが、カラスの匂いがまだ少し残っていた。
「カア!」
またカラスの鳴き声が響く。
しかし、聞こえる方向が先ほどと違っていた。
どうやら、岩場の周りを大きく移動しているようだ。
だが、どうやってこんな速度で周りを回れるのか………
ある程度登り、岩場から顔を出してみる。
その瞬間、黒い影が目の前を横切った。
あのカラスが子どもを取り戻しに飛んできたのかと思ったが、そのカラスにしては影が小さい。
「カアア!!」
飛び回る影が鳴く。
その鳴き声は、俺と一緒に長い時間を過ごしたカラスのものだった。
どうやら、俺が起きていない早朝にこっそり練習して飛べるようになったらしい。
カラスは嬉しそうに鳴きながら辺りを飛び回り、俺を見つけると近くに着地しようとする。
しかし、着地するのはまだ不慣れらしく、若干もんどりうちながら俺にぶつかった。
「カア!カア!」
カラスはフンス!みたいな表情で、俺にもたれかかりながら自慢げに鳴く。
その頭を尻尾で撫でてやると、カラスは頭を擦り付けてきた。
本当に、あのときカラスを見捨てなくて良かったと強く思う。
そのまましばらく、甘えてくるカラスの頭を撫で続けた。
それに時間を費やしたのが、良くなかったのかもしれない。
ドドド………と地鳴りのような音が下から聞こえてきた。
一旦カラスを撫でるのをやめ、音に耳を澄ませる。
その音は岩場の中心部から響いており、徐々に大きくなっている。
いや、近づいてきている。
「カ、カア?」
カラスにも聞こえたらしく、不安な声を出す。
音が鮮明になってきて、ようやく音の正体が分かった。
「「「ヂューーー!!」」」
獲物としてか見ていなかったネズミが、大軍勢で岩場の崖を駆け上がってきていた。
それは灰色の波となって、ようやく出てきた太陽の光を浴びる。
「カア!?カアア!!」
ネズミの大群を見たカラスが驚きの声を出す。
そして、あろうことか足で俺の尻尾を掴んで崖から飛び降りた。
「ジャ、ジャアアァ!?」
薄橙色の地面が急速に近づき、思わず目を閉じる。
しかし、衝撃は来ず、代わりに風の音が強くなった。
おそるおそる目を開けると、目前の地面が急速に流れていく。
上を見てみると、カラスが必死に翼を広げているのが見えた。
次に下を見ると、あの灰色の軍勢が追ってきており、すでに岩場から離れているというのに、全く数を減らさず追従してきていた。
「カ、カア………」
しばらくすると、カラスの小さな鳴き声とともに高度が少しずつ下がってきた。
さすがに、先ほどやっと飛べるようになったカラスには長時間飛行は酷だったようだ。
追ってきているだろう灰色の軍勢を見る。
どうやら、数の割には諦めが早いらしく、岩場からそれなりに離れた今では最初の半分まで減っていた。
これくらいなら、なんとかなるかもしれない。
わざと尻尾を振り回し、カラスの足から逃れる。
カラスはしまった!みたいな表情をしてまた俺を掴もうと方向転換するが、それを避けて落ちた勢いのまま地面に潜る。
一瞬の静寂の後、俺が潜った場所にネズミが殺到する。
数に物言わせて地面を掘ろうとしているが、そこは砂なので深くは掘れていない。
俺はそこからあまり離れていない場所へバレないように移動し、地表近くでわざと音を立てる。
するとネズミは俺の方に走ってきた。
俺は逃げずに、むしろネズミ達の方へ向き、地面から顔を半分出した状態で泳ぐ。
そして、すれ違いざまに口を開き、ネズミ達の足をえぐった。
ネズミ達は地面スレスレを泳ぐ俺に対応できず、ネズミ達の足を傷つけることができた。
これなら、今までの速度で追いかけることはできないだろう。俺の泳ぐ速度でも十分逃げ切れるはずだ。
「カア!カア!」
心配そうに鳴きながら上空を旋回していたカラスに尻尾を振り、傷がないことを示す。
すると、俺が特に指示をしていないのに、カラスはどこかへ進み始めた。
何か考えがあるのだろうと思い、カラスが先導する方向へ泳ぐ。
ネズミ達は追跡が不可能と判断したのか、俺達を追うことなくそのまま距離が離れていった。
「カア!」
ネズミの軍勢の襲来から数十分経った頃、先を進んでいたカラスが鳴いた。
地面から顔を出してカラスが進む方向を見ると、今まで俺達が過ごしていた岩場よりもはるかに巨大な岩場、というよりもはや塔というべき高さの岩場にたどり着いた。
どうやら、カラスはこの岩場をどこかで見つけていたらしい。おそらくは、ネズミから逃げていた時からだろう。
塔に近づけば近づくほどその圧迫感は強くなり、中から響く無数の生き物の足音も大きくなっていた。
その足音の中にはネズミ以外にも聞いたことのないものが多く、今までの岩場とは比にならないレベルで豊かだった。
その塔の入り口らしき大穴を発見し、そこで降りてきたカラスと合流、塔の中に入ってみる。
塔の中は明らかに人の手が入っており、レンガのように積み上げられた白い石が塔を構成し、少し遠くに見える中心部には前の岩場と同じ形状で倍の大きさはある噴水があり、塔の湾曲した壁に沿って崩れかけた階段が並んでいた。
その塔内を陽光が上から満遍なく照らしている。
しかも、塔内は砂だらけの外とは違い、草で覆われツタが壁を這い、階段からは水が流れおり、まるで芸術性の高い絵画の中に入ったようだ。
「カア?カア!!」
前の岩場には無かった大きな水溜まりを見て興奮したのか、カラスは水溜まりでパシャパシャと遊び始めた。
その間、俺は階段を登ってみる。
さすがにこの身体で階段を登るのはキツイが、ヒレを使ってなんとか上がっていく。
途中、俺が離れていることに気づいたカラスが飛んできて、俺の意図を汲んだのか、俺の尻尾を掴んで階段に沿って飛び始めた。
カラスにぶら下がりながら下を見ると、階段の一部が崩落して空洞になっている場所を発見した。
ここの捕食者の頂点が住処にしていそうだが、あそこを奪取できれば安定した寝床を確保できそうだ。
やがて、階段が終わりを迎え、塔の最上階に着いた。
そこは天井が完全に崩落しており、水溜まりは大量にあるものの生物は全くいなかった。
カラスの足から降りて、辺りを探索する。
こう、ファンタジーがファンタジーしているような場所は探索意欲がかなり刺激される。
しかし、これといって特徴的なものはなく、カラスがグゥ〜と腹の虫を鳴らしながら俺をつついてきた。
仕方なく最上階を降り、先ほど目星をつけた空洞へ向かう。
予想通り、空洞の中には大きな蛇がとぐろを巻いて寝ていた。あれがここの頂点なのだろう。
あいつを倒せば、寝床と飯が一度に手に入るのだが、いかんせんここの地面は土だ。
俺が潜るには硬すぎて、地中からの奇襲ができない。
しかも、蛇は鳥の天敵で、カラスがホントにアイツやるの?的な表情でこっちを見ている。
やらねば、ここでの暮らしがキツくなる。脅威を減らすのに躊躇している場合ではない。
ということで、蛇を殺す計画を立てる。
といっても、素人には素人の計画しか立てられない。
結局、俺が囮になって蛇を空洞から誘い出し、頭を出したところをカラスが石を落とすというリカバリーが全くないものしか考えつかなかった。
俺自身が囮になるのは正直怖いが、役割交代は無理だし、一応地面に潜れないことはないのだ。
カラスは最上階の天井の石を持ってそのまま階段上で待機してもらい、俺は真正面から空洞に近づく。
蛇が全く動かないので、首を噛んで終われるかと思った直後、蛇が頭をもたげた。
その冷たい目はしっかりと俺を捉えており、威嚇するように真っ赤な口を広げた。