7、知らずは罪か
「キュイー!」
翌朝、カラスの甲高い声で目が覚めた。
カラスの方を見てみると、テンションが高そうにピョンピョン跳んで寝床の入り口に移動していた。
俺は慌ててカラスを尻尾で掴んで寝床の奥へ連れ込み、寝床入り口から顔を出して周囲を警戒する。
幸い、カラスの声を聞きつけたネズミはいなかったようだ。
カラスの大きさでは、ネズミ数匹に集られたらなすすべなくやられてしまうだろう。
「キュイ?キュアー!」
当の本人はそんなこと気にする様子もなく、俺の尻尾の先で遊んでいる。
ちなみに昨日の狩りのときは、騒ぐカラスの鳴き声を囮に、俺に気づかず近づいてきたネズミ一匹を丸呑み、さらに一匹をカラスにあげた。カラスは半分しか食べれなかったが。
今日もそれで狩りをしようと考えているのだが、その前に確認したいことがある。
それは昨日の夜の脱皮だ。
そのときから、背中に違和感がある。
それは尻尾まで続いており、縦に曲げるには問題ないのだが、横には少し曲げにくくなっている。
こんなことが起こっているため、一度ステータスを確認した。
〈名前〉フェドマ・レニア
〈種族〉%%%%・%%%%・%%%%
〈スキル〉砂泳Lv2・咬合Lv2・消化Lv2・飢餓耐性Lv3
〈称号〉なし
いつの間にか、種族がおかしくなっていた。
これはエラーと考えていいのだろうか。
エラーだとすると、進化のしすぎでこの世界に存在しない種族になったのだろうか。
ただ、背中の違和感はこの種族エラーと結びつけて考えていいだろう。それ以外に心当たりはない。
しかし、スキルレベルが上がっているのは良いことだろう。未だにスキルの効果は分かっていないけれども。
「キュイ?キュア、キュア!」
固まった俺を不審に思ったのか、カラスが俺の意識を自分に向けようと甲高い声を上げる。
その声で我に返ると同時に、寝床の外から足音が聞こえた。
砂の沈み込みの音から考えるに、少し大きいネズミだろう。
はしゃぐカラスのおでこを尻尾の先で押さえ込み、ここにいろと指示を出す。
カラスが理解してくれたかどうかは分からないが、いくらか大人しくなったので、尻尾を解いて外に出る。
すると、ちょうどネズミと顔があった。
「………………………ヂューーー!?」
逃げようとしたネズミの後ろ脚を即座に噛み、全身を使ってそのままねじ切る。
それでもネズミは逃げようとするが、そこにカラスの追撃が入った。
やはり、カラスは我慢できないようだ。
「ヂュ、ヂューー!」
前脚も喰い千切られ逃走不可能になったネズミに、カラスが的確に啄み攻撃をしていく。
やがて、傷ついて柔らかくなったネズミの脳天にカラスの嘴が突き刺さった。
ネズミはビクンッと痙攣したあと、ついに足を止めた。
「キュイ!キュアー!」
カラスはネズミを引きずり、傍観していた俺の目の前まで来て嬉しそうに鳴いた。
もしかすると、狩りに関してはあまり心配しなくてもいいかもしれない。
まあ今は寝床の前で出血多量の狩りをしてしまったため、他のネズミが来る前に別のところへ移動しなければならない。
しかし、
「キュイ、キュイ!」
カラスは楽しそうな声を出しながら、すでにネズミのお腹に頭を突っ込んで内臓を食べていた。
………………もう少し、ここにいてもいいかもしれない。
結局、ネズミ三匹が追加で来て、一匹は逃したものの他は丸呑みできた。
カラスは最初の一匹で満腹になったのか、ネズミを食べようとしなかった。
一番最初の食事はネズミの半分だったことを考えると、カラスの成長は結構早いのかもしれない。
あれから、だいたい一週間ほど経った。
その間、カラスの鳴き声を囮にした狩りで安定的に食事ができた。
しかし、そのせいか、カラスが意外と大きくなりすぎてしまい、寝床に入らなくなってしまった。
ネズミには負けないくらいの大きさになったとはいえ、そのままではあまりよろしくない。
ということで、わざと一日絶食した上で俺とカラスでネズミの巣穴の一つを襲撃し、その中にいたネズミを全て喰って寝床を強引に作った。
ただ、そのせいで岩場にいたネズミがいくらか遠くに逃げていってしまったらしく、翌日から岩場で聞こえる足音が少なくなっていた。
あと、目が見えないときには行けなかった岩場の中心部にも行ってみた。
そこには、ここが砂漠だということを忘れそうなほどに豊富な水を湛えた池があり、植物もそれなりに生えていて、なになら実らしきものも転がっていた。
池の中心にはまるで噴水のような感じで水を噴き出す白い人工物のようなものがあり、かなり幻想的だ。
ここはネズミの餌場なのだろう。実際、小さな足音が草の中を走り回る音が聞こえたし、虫もそこら中に飛んでいた。
また、カラスは生き物が飛んでいるのを熱心に見ていて、未だ飛んだことのない翼を羽ばたかせていた。
飛行の教師はこの小さなオアシスにいたらしい。
しかし、ここは岩場のど真ん中のため、周りは全て岩壁で囲まれている。ここで飛ぶ練習をするのはさすがに危ない。
ということで、狩りをする前などの身体がまだ軽いときに、岩場の中腹に移動してカラスの飛行練習を始めた。
はたから見たら崖から飛び降りるという自殺行為であるため、カラスは躊躇するかと思っていたが、さすがは鳥。躊躇う素振りは一切なく、むしろ勢いをつけて崖から跳んだ。
最初は翼を広げることを忘れていたり、逆に力が入りすぎて背中までピーンと張ってしまってたりしていたが、次第に滑空ができるようになり、今では多少の羽ばたきも合わせて結構な距離を飛行できるようになっていた。
こうしてカラスが成長する中、俺もちょうど脱皮の予兆が来た。
今、カラスは成長した自分の声をわざと高くして、雛の甲高い声でネズミをおびき寄せている。
俺はそれを見つつも、近くの岩に身体をこすりつけて皮膚を剥がした。
今度は、ヒレができていた。
最初の脱皮のときから生え、以降の脱皮で少しずつ長くなっていた突起が、そのままヒレに変化していた。
砂中を泳ぎやすくなるのはいいっちゃいいのだが、ワームなのに魚に近くなっているのは少し意味が分からない。だが、それが種族エラーの原因かもしれない。
まあそこは現状では知りようがないため置いておいて、今回の脱皮で俺も相当大きくなってしまった。
今はだいたい成人男性の身長と同じくらいだろうか。前までは掃除機くらいだったというのに、かなりの成長、もしくは進化スピードだ。
「カウ?カア!カア!」
カラスが声を戻した。
すぐにその方向を見ると、カラスの幼い声に釣られたネズミが二匹、カラスに睨まれて動けなくなっていた。
俺はヒレを存分に使って砂に潜ってそこに近づき、ネズミを後ろから驚かせてやる。
極度の恐怖で興奮していたネズミは俺に驚き、目の前にいるカラスに向かって走ってしまった。
「カア!」
カラスはそれに即座に反応。一匹は嘴で咥えられ、もう一匹は足で首を鷲掴みにされて一瞬で大人しくなった。
カラスは鳴かないながらも、嬉しそうに首を振って俺にアピールしてきた。
狩りは成功した。しかし、量が足りない。
先ほどの脱皮で身体が大きくなったため、もはや二匹どころでは腹が完全には満たされない。
ましてや、カラスもネズミを食べるので、どっちも満腹になれない。
これは、もう少し大きな岩場を探す必要がありそうだ。




