60、義務と責任
ほとんど俺と一緒だけど、ライムより少し背は低いし、髪は若干短くなっているし、二重瞳も尻尾もギザ歯もなく、本当に卵から生まれたのか分からないほど人間的だった。
「へ、へそもあるな。どういうことだ? マレの卵なのは分かるが………」
姿形から俺の子どもなのは疑いようないけど、あまりにも人間すぎる。
それか、俺の人化のときと同じように、少し時間を置いてサンドワームの特徴が出てくるタイプなのかも?
「とりあえず、お前は早くタオルを持ってこい! ああちょっ、マレに引っ付くな!」
ライムに指示された教授が慌てて部屋を出て、ライムは卵の粘液を纏ったまま俺に抱き着く子ども達を引っぺがす。
ちゃんと俺を親として見てくれているのは嬉しいけど、生臭い粘液と一緒に抱き着くのはちょっと遠慮してほしい。
ってか、全員顔が同じすぎる。親の俺ですら全く見分けられない。
「ああ、私のベッドが………マレも見てないで手伝ってくれ!」
「あ、う、うん、分かった」
とりあえずベッドを降りると、子ども達全員がついてくる。
ただ、立ち方、歩き方は分からないようで、床にペタンと落ちた。
「だ、大丈夫? あ、鳥肌。寒い?」
「ちっ、あいつ遅いな。仕方ない、少し強引に行くぞ」
ライムの短い詠唱とともに、暖かな風が子ども達を包む。
風呂上がりの俺にかけたように、ドライヤー的な感じで乾かすみたい。
「いや、これだけでは無理だ。そのもう使い物にならん毛布の濡れていない部分で拭いてやれ」
「了解」
ライムの風魔術と毛布で一人一人丁寧に拭いていく。
最後の一人を乾かすのと同時に、ようやく教授が戻ってきた。
「なっ、床に座らせるのは良くな………」
「部外者の分際でほざくな。それよりタオルをさっさとよこせ」
教授が持ってきたタオルは計5枚。それらを子ども達一人一人に羽織わせる。
子ども達はタオルを不思議そうに見ながら、その感触が気持ちいいのかタオルの中に隠れた。
「おい、この子達に合う大きさの服はないのか?」
「あ、あるにはあると思いますけど、学生ではない者に制服を着せるなど………」
「じゃあこのまま人前に出すつもりか?」
「………分かりました。もう少し待っていてください」
教授はそう言ってまた部屋を出ていく。
なんかいいようにこき使っている感じがするけど、今すぐ服を持ってこれるのは教授だけなので、俺は黙っておく。
「………よし、今のうちに荷物を纏めておけ。グランシアに頼んで冒険者ギルドに撤退するぞ」
「た、頼むってどうやって?」
ライムは俺の問いに答えることなく、右手を上げた。
ということは………
「ら、ライム様! ドアが外れていますけど、どうしました!?」
「それは気にするな。それより、使いを頼めるか?」
予想通り、あの少年がすぐにやってきた。
………今は授業時間だった気がするけど、内申とか大丈夫か?
「ライム様の仰せのままに!」
「よし、じゃあ冒険者ギルドのギルドマスターに伝言を伝えてくれ。子どもが生まれたと」
「『子どもが生まれた』ですね! 承知しました!」
俺と子ども達が見えていたにもかかわらず、少年は余計な事は一切言わずに廊下を走っていった。
あの子は便利屋みたいな使い方で文句ないのかね。
「知らん。あいつがそうしたいから、してるだけだそうだ。それより、荷物は纏め………それじゃ、無理そうだな」
「ご、ごめん」
「謝るな。私がやっておこう」
子ども達は嵐のようにやってきた少年に怯えたのか、全員俺に引っ付いてきた。
これを引き剥がすのはさすがに可哀想なので、手の届く範囲にあった教科書を手渡したりでライムを手伝う。
もとより荷物の大半は卵だったおかげか、荷物はすぐに纏めることができた。
問題は、子ども達が歩けないこと。転移魔術ならワンチャン冒険者ギルドまで行けそうだけど………
「それはできんだろうな。転移魔術には正確な座標が二つ必要になる。現座標から転移先の座標まで直線を引き、その直線上を無理やり進んでいるような感じだ。現座標は分かっているとしても、ギルドの座標が分からん。まあ、そもそも私は転移魔術を使えんがな」
向こうのギルドマスターがこの国に直接俺を転移しなかったのも、それが原因かな。
ライムはそもそも風魔術があるし、学ぶ必要もなかったのかも。さすがに六人を抱えて飛ぶのは………無理そうだし、まず街中で飛べないって言ってたっけ。
甘えるように頭を擦り寄せてくる子ども達を撫でながら考えていると、廊下から足音が聞こえた。
これは………教授か。
「ライムさん、持ってきましたよ。それで、その子達の保護は………」
「まずは着せるのが先決だろう。お前も手伝え」
「………分かりましたよ」
教授は渋々といった感じで手伝い始める。
子ども達はライムには無警戒なのに、教授に対してはガン見で警戒している。本能で分かるらしい。
少し渋っていた教授だけど仕事は早く正確で、手早く子ども達に服を着せ終わった。
「これでいいですかね。それで、マレさん。この子達の安全を確実なものにするため、あなたと子ども達は私の………」
「伝えてきました!」
教授の言葉を遮るように、少年の快活な声が部屋に響く。
その手には、小さな蒼色の結晶が握られていた。
ってか、早くない? 俺達が一時間かけて道を、往復でこの早さ?
「ライム様! お届け物です!」
少年はそう叫びながら、こっちに結晶を投げる。
「なっ、まさか最初からそのつもりで………!」
教授にはそれが何なのか分かったらしく、放物線を描いて飛ぶ結晶を掴もうとする。
が、その手前で結晶は何かに弾かれたように軌道を変え、俺の手の中にすっぽり収まった。
「あ、え、俺?」
「マレさん、それを私にッ!」
教授の矛先が俺に向き、手が迫る。
だけど、その手が俺に触れることはなかった。
「アルティッシウス教授、ごめんね~。この子達は私の共犯者だから」
「あ、グランシアさん!?」
いつの間にかグランシアさんが横に立っていて、その右手が振り下ろされるとともに教授が床へ叩きつけられる。
「ぐあっ!?」
「それじゃ、皆飛ぶよー!」
とぶ? あ、グランシアさんは転移でこっちに来たのか。
………ちょっと待て、今からまたあのぐにゃぐにゃを!?
「じゃ、さよなら~」
「あ、ちょ、待っ───」
また、身体の中を捻じ曲げられてかき混ぜられる感覚が襲ってくる。
もうトラウマになりそうかも………
「なるほど、分かりました。あなたの処遇は追って伝えます。もう退室していいですよ」
「分かりました。失礼します」
そう礼儀正しく、アルティッシウス教授は出ていきました。
彼の過ぎた保護欲はもう看過できませんね。生徒に手を出しかけるなど、教授として、人としてあるまじき行為です。
「しかし、良いことも聞きました」
マレさん。彼女の卵が孵化し、中から出てきたのは明らかに人間ということ。
少し早とちりかもしれませんが、ある一つの予想を立てました。
彼女は、システムに関わっていると。
「あるいは、調査員に接触したか。どちらにしても、大変興味深い人材がやってきてくれました。これは、もしかするかもしれません」
ここまで特異な人材なら、私すら想像できない魔術を作れるはずです。
その魔術に願います。願うしか、ありません。
「ご、ごめんね? 転移酔いするとは知らなくて………」
「だ、大丈夫です………」
「無理するな。少し寝ておけ」
気づけば、ギルドの執務室にいた。
そして、ライムとグランシアさんに身体を支えてもらいながら、ソファの上で横になる。
サンドワームのときは高速回転しても平気だったのに、なんでこうなる………
「それで、転移錨なんてよく持ってたな」
「魔術師たるもの、脱出用の魔術錨は必須でしょ。ライムちゃんは飛んで逃げれるから便利だよねー」
「ま、私は魔術師ではないがな」
まだぐらつく視界の中、ライムとグランシアさんが話している。
子ども達は俺を心配してソファのそばで立っていた。
「………って、立ってる!?」
「あ、おい、今動いたら………」
「ぐぶっ………大、丈夫………大丈夫………」
一瞬吐きそうになったけど、なんとかこらえた。
いや、さっきまで座ることしかできなかった子どもが立ってたら、そりゃ驚く。見た目的には立ってないとおかしいけど。
「マレちゃん気づいてないみたいだけど、転移した後は普通に立ってたし、歩いてたよ?」
「私も驚いた。おそらく、私達を見て学習したんだろう。ま、だからこそ不思議に思っていることもあるようだがな」
ライムの視線につられてまた子ども達を見ると、ソファの背に力なく乗った俺の尻尾を興味津々に見ている。
どっちかというと、俺の方が分からない。なんでサンドワームの亜人の卵から人間が出てきた?
「皆マレちゃんに似て可愛いね~。触っていい?」
俺の疑問をよそに、グランシアさんの手がワキワキと動く。
子ども達を見てみると、ライムのときと同じように警戒していない。どう判断してるんだ?
とりあえず大丈夫そうなので頷くと、グランシアさんは早速子どもの一人の頬を両手で包んだ。
「わーぷにぷにー! これが若さか~」
「まあ、誕生して半刻も過ぎていないからな。若いとかそういう次元ではないだろう」
グランシアさんにつられてか、ライムも子どもの頭を撫でる。
撫でられた子どもは、気持ちよさそうに目を細めた。
「………ライムちゃんって、意外と人たらしだよね」
「ああ? そんなことないだろう」
ライムはそう否定しているけど、俺もライムは人たらしだと思う。根拠は今の俺自身だ。
グランシアさんはひとしきり若さを堪能した後、ふと思い出したように俺の方に向いた。
「あ、そうそう。この子達、名前は決めてるの?」
「一応、決めてるんですけど、見分けがつかなくて………」
「あーなるほど。まあ、呼ぶだけ呼んでみたら? ほら、お腹のときから名前を呼んでると反応するって言うし。マレちゃんの場合は卵だけど」
一度しか呼んでないし、そのときは卵もそばにいなかったから一度も聞いたことがないはずだけど、反応してくれるかな?
まあ、見た目は全く同じだから、何かしら目印つけて名前を付け直せばいいか。
「んまあ、一応呼んでみるか………ミズノ〜?」
「!」
名前を呼ぶと、ライムに撫でられている子が反応して俺に抱きついてきた。
この子がミズノか。
「お、じゃあ全員分呼んでみて。私が目印つけてくよ」
グランシアさんはそう言い、ミズノの手首に青いリボンを巻きつけた。
確かに、これなら簡単に見分けられる。
しばらくして、ムニンには赤いリボン、メルニスには緑色のリボン、モニには紫色のリボン、マーリャには桃色のリボンが付けられた。
本人達はリボンを不思議そうに見たり触ったりしている。
「よし、これで見分けられるようになったね。んで、ちょっと悪いけど、私は学院への言い訳してくるから、ここで待っててー」
「待て、私も行く。教授に対して魔術を使ったからな」
「りょーかい。んじゃ、マレちゃんだけ待機ね。ギルドにはアイリスちゃんがいるから、安心して」
「わ、分かりました………」
確かに、無断で学院から抜け出したから、色々とお咎めはありそう。
あの学園長に詰められるのか………
「あ、あの」
「ん? なーに、マレちゃん」
衝動的に呼び止めたけど、言葉が上手く出ない。
気をつけて、は学園長が悪い感じになるし、かと言って心配だし………
「………ふふっ、大丈夫だよ。あの人とは何回も会ってるから。それに、今回に関しては色々とこじれてるしね」
俺の心中を察したのか、グランシアさんが優しい声でそう言ってきた。
………それなら、安心………か?
「安心しろとは言えんが、心配することにはならんだろう。大人しく待っておけ」
「ま、そういうこと。んじゃ、転移錨はまだあっちにあるから、それ目印に飛ぶよー」
グランシアさんとライムの周りの空間がぐにゃりと歪んだかと思えば、次の瞬間には二人ともいなくなっていた。
転移を外から見るとこうなってたのか。
「………急に静かになったな」
子ども達はまだ声帯が成長していないのか、声を発さない。
そもそも声を出す方法が分からないっぽい?
俺の寂しさを察したのか、青色のリボンをつけた子どもが俺の手振って取った。
青いリボンは………
「えっと、ミズノ? どうした?」
「………♡」
ミズノは年相応な笑顔になると、俺に頬を擦り寄せてくる。
だけど、桃色のリボンをつけた子がそれを中断させた。
「桃色は………マーリャか。姿は同じだけど、性格は違う?」
よくよく見てみれば、ミズノはこっちへの好意を隠さなくて少しヤンデレっぽいし、ムニンはおどおどして積極性はなく俺に似ている。メルニスは部屋のあちこちを触っていて好奇心が強いみたいだし、モニは喉を触って声を出す方法を知ろうとしてるらしい。そして、マーリャはそれらを見て少しため息をついてる。委員長気質かな?
「五つ子みたいだけど、それぞれ別なのかね。というか、俺はヤッてないのに、なんで………」
そもそも生殖器すらどこにあるのか分からない。
感覚的には、尻尾の先の穴だけど………
起き上がって、ハーマノさんから貰った尻尾カバーを外す。
尻尾の先に穴は見えないけど、風呂の中では確実に開いていた。なら、今でもこじ開けることはできるはず。
「んまあ、子どもの前でやるわけないけどさ」
「?」
マーリャの手を逃れて俺に抱きついていたミズノが首を傾げる。
純真無垢そうなその顔は可愛いんだけど、俺もこんな顔してるはずなんだよな。
あれ? 今の俺ってもしかして可愛い?
だから周りは優しいのか………
さすがにそれだけの理由ではないんだろうけど、もしも俺が普通の人間で、魔術も使えなければシステムにも気づけず、転生者ってこと以外何も持ってなかったら、どうなってたかな。
少なくともここまで波瀾万丈ではないし、ここまで恵まれてはないはず。
どっちが良かったなんて、想像もできない。
「………まあ、なぜか子どもができたし、こっちが良かったかな」
なぜかは分からないけど、子ども達が異様に可愛く見える。これが母性ってやつ?
「………ぁ」
「………ん? 誰?」
急に微かに声が聞こえ、周りを見る。
子ども達も聞こえたらしく、その声が聞こえた方向に向いていた。
喉をしきりに触っているモニを。
「………え、声出した?」
「………ま」
「え、マジで声出てるじゃん」
モニは若干苦しそうな表情をしながら、喉から空気を送り出している。
声帯が上手く震えないみたいで、少しガラガラしている音が聞こえた。
でも、それでもモニは声をひり出した。
「………ま、れ?」
「………そうだよね。誰もママって言ってないからね」
少し期待していたんだけど、これも母性のせいかな。
前はママなんて、と思っていたはずなのに。
「………ま、れ。まれ!」
「あ、うん、言えてる。ちゃんと言えてるよ」
「まれ! みずの! むにん! めるにす! もに! まーりゃ!」
完全に声帯が動くようになったのか、少しイントネーションが違うけど全員分の名前を叫び始めた。
他の子達はその声に反応して、モニの喉を触ったり口を凝視したりしている。
これは、後々皆も声が出せるようになるかな?
なんか、我が子が成長してるのを見て、嬉しいという気持ちが溢れてくる。
ただ、少し怖い気持ちもある。この成長スピードでは、すぐに俺から離れて───
「………これも母性か。なーんか思考誘導されてるみたいで嫌だなぁ」
俺が執着したことのあるものはゲームか小説くらいだったのに、ほんの数十分に生まれた子ども達が同じくらい好きになってくる。
というより、遠慮しなくていいか、と諦めてしまう。
そんなの、一番嫌いなはずなのに。




