6、停滞なき生命
ジリジリと照りつける陽の光で目が覚めた。
どうやら、俺は許されたようだ。
まだ傷が痛むものの、身体は問題なく動かすことができ、周りを見れた。
カラスの巣はひどいことになっていた。
まずゾンビが這い上ってきたところは全て崩れているし、卵も腐ってきたのか変な匂いを放っている。
巣の主はすでにおらず、おそらくは放棄したのだろう。そりゃ、ここまでやられたらここにはもう来ないはずだ。
卵の一つに近寄る。俺と同じように注射器を刺された卵だ。
その卵は唯一形を保っており、ヒビが入っているものの、少し揺れていてまだ生きているようだ。
………………まだ生きている?
そう思ったときにはパキパキとヒビが広がり、卵が割れていく。
俺が何か考えるよりも先に、その卵から生まれてしまった。
「キュイーー!」
甲高い声とともに、卵から声の主が出てくる。
しかし、俺が想像した姿よりも結構成長していた。
そこには、卵の殻を被ったままの小さいカラスがいた。
カラスは眩しそうに辺りを見渡したあと、俺に目を止めた。
まさかと思ったが、一応気づいていない可能性も考えて素知らぬ顔で下に降りようとすると………
「キュイー!キュイ?」
雛カラスがついてきた。
十中八九、刷り込みだろう。ただ、明らかに構造的に自分と違う生物を親と認識するのだろうか。
「キュイ、キュイ?」
カラスがコテンと頭を傾げた。
俺はそれを見て頭に稲妻が走ったような感覚に陥る。
いや、俺には責任はないし、知識も能力もないのだが、こんなカワイイ生き物を放っておくのはできない。
ちゃんと他にも理由はある。
というのも、カラスがゾンビに襲撃されたとき、俺がでしゃばったせいでカラスの攻撃が止まった時があったのだ。
あの攻撃がちゃんとゾンビに直撃していたら、この子はこんなことにはならなかったのかもしれない。
ということで、俺はこのカラスを育てることにした。
その点で言えば助かることが一つ。
このカラス、異世界だからかすでに若干成長している。
大きさとしては親カラスの五分の一、俺の半分くらいだ。
これなら、俺だけが狩りをするのではなく、狩りを教えて自分で獲ってもらうこともできるだろう。
ただ、最大の問題が一つある。
それは、飛行を教えられないことだ。
普通、カラスの子は親の飛ぶ姿や教えを学んで巣立ちするのだが、この子の場合は親がいない。
というか、実質捨て子だ。サンドワームである俺には飛行はできず、その知識もない。
しかし、これは仕方のないことだと考えた。
今更親カラスは戻らないだろうし、戻ってくるにしてもこの子は今が孤独なのだ。
子どもは誰かが守ってやらねば生きることができない。
とにかく、今は降りることが先決だ。ここはもう巣として機能していないし、カラスが転落しては一大事だ。
尻尾でカラスを掴み、なるべく凹凸の少ないところから降りていく。
「キュイ?キュア、キュア!」
カラスはその様子が楽しいのか、高い声が響かせる。
外敵に見つかる可能性が高くなるのでやめてほしいが、今はそれよりも下に降りることを優先する。
やがて砂面に着き、俺の寝床の近くに到達した。
そこでやっとゾンビのことを思い出し、岩場の外を覗いてみる。
カラスが落とした石の中で、最後の攻撃に使われた岩が目立つ。
その岩の下には何もなく、肉片一つなかった。
異世界らしく陽光で成仏したか、あれでは死なず砂中へ潜ったか。
ゾンビの音はしない上、岩付近には腐臭が漂っているのか風船虫が大量に群がっており、ゾンビがどうなったかは調査できない。
そもそも、この子を置いて遠出はできないだろう。
そんなこんなで俺の寝床に到着した。
俺の匂いが染みついているからなのか、カラスは特に警戒することなく、寝床である空洞へピョンピョンと入っていく。
誘導する必要がないから楽なのだが、警戒心がないのもそれはそれで怖い。
子育てなんてやったことがないが、とにかく自分なりにこの子を生かしていかなければ。
とりあえずは、餌が必要だ。
星が輝く夜。
カラスは俺が獲ったネズミの半分を啄んで満腹になったのか、俺の身体に頭を埋めるようにして目を閉じた。
俺は俺で、カラスの体温が冷えた夜を遠ざけてくれたため、周りを警戒しながらもうとうとしていた。
しかし、ある異変が意識を引き戻した。
急に全身がかゆくなったのだ。
三回目の脱皮の予兆だ。しかし、前回の脱皮からそう時間が経っていない。
となると、あのゾンビの注射器のせいか、はたまたゾンビとの戦闘で経験値が貯まったのか。
まあ別に明日でもいいだろうとかゆみを我慢しようとすると、身体がそれを拒否するようにかゆみにねじれた。
幸いカラスは熟睡しているようで、俺が離れても起きなかった。
なら、あまり躊躇することもないので、寝床の壁に皮膚を引っかけてズルッと脱皮を完了させる。
すでに三回目なので、少しは手慣れた。
ちなみに、トカゲの知識を参考に、痕跡を残さないために脱皮後の皮は食べている。おいしくはない。
白っぽい自分の皮をもごもごと完食する。
今回の脱皮はあまり大きくなっていないが、なんか背中全体に違和感がある。
だが、この時間に確認するのは面倒くさいし、カラスから離れたせいでちょっと身体が冷えてしまった。
スルスルとカラスのそばに移動し、尻尾でカラスを抱える。
そしてそのまま、カラスの体温を感じながら俺も眠りについた。




