59、決して切れぬもの
「それで、どうした?」
「え、ど、どうしたって?」
「私がいない間に、何があった」
「そ、それは………」
部屋に着くなり、ライムからそう言われた。
さすがに挙動不審すぎて、疑われているらしい。
話して、いいのだろうか。
「………マレ、来い」
「え、あ、うん」
ライムはベッドに腰掛け、その隣をポンポンと叩く。ここに座れ、という意味らしい。
「よっと………えっと、なに?」
「やはり、似ているな」
ライムに従ってベッドに座ると、急に頭を撫でられる。
身長差があるのでライムがめいっぱい腕を伸ばしている状態だが、本人は全く気にしていないようだ。
「レモンはマレより少し高いからな。こんなものはもう慣れている。だからこそ、少し懐かしい」
「えっと………どういうこと?」
「………少し、話すぞ」
そう言うライムの目は俺に向けられてはいるものの、もっと遠くにある別の何かを見ていた。
「私の妹にレモンと言うのがいてな。独特の価値観を持っているせいで、学院どころか家族にさえ疎まれていた。その影響で、しばらく塞ぎ込むほどにな。
だが、私という似たような存在がいることを知ると妙に絡んでくるようになり、そのうち勝手に立ち直った。
いわく、私は聞き上手で、助言上手だと。それで心労が減ったそうだ。
だからと言うわけではないが………話して、みないか?」
「………………………」
ライムは、真っ直ぐ俺を見つめてくる。
しかし、街に入れてくれた恩人が所属する団を解散に追い込み、俺自身も一度殺しかけた。そんな相手に、話せるのだろうか。話して、いいのだろうか。
「………何に悩んでいるのかは私には分からん。だが、レモンのときのように、話せば楽になる………かもしれん。それに、私は私刑囚であり、マレにも刑執行権がある。黙れと言われれば、喜んで黙る」
「え、そ、それは、なんか、いいの?」
「だから私刑囚と言っている。マレには、権利があるんだ」
葛藤する。
ライムからはあの洞窟のときのような殺意は感じない上、一緒に風呂に入り、魔術を教えてくれ、何回も寝食を共にし、ここまで一緒に過ごしてきた。
ここまでと言っても10日ほどだが、それでも時間と記憶は雄弁に語る。
信じてもいい、と。
「あの、多分、重いよ?」
「もう重いものは慣れている。レモンも、グランシアも、アンスクも、全員背負っている。あと一人くらい、誤差だろう」
「い、いや、それはちょっと多くない?」
「ああもうまどろっこしいな! 言えば楽になるんだからなればいいだろう! なぜそこまで遠慮する!?」
「………………じゃあ」
「ああ来い。一言一句漏らさず聞いてやる」
全部、全部話した。
前世も、サンドワームも、ギンセイジュ団も、洞窟の中も、砂割竜も、人化も、サイルガ家も、神無塔も、システムも、さっきの少女との会話も、全て。
聞きにくかった、と思う。なんせ内容が多い上に、俺は説明が下手だ。
ただ、ライムの聞き上手は本当にその通りで、合間合間に頷いてくれて話しやすかった。
でも、ライムが理解してくれたか、納得してくれたかどうかは、別問題。
「───で、今に至る感じ」
「そう、か………」
ライムは深い深い溜め息を一つ、長く吐く。
やっぱり、妄想って思われた? でも、話してみろって言ったのはライムだし………
そのまましばらく沈黙が続いたけど、それを破ったのはライムだった。
「………理解できん」
「………………………」
「理解できんが、お前のその態度には納得がいった。だから独特の雰囲気があったのか………」
ライムは慰めるように俺の頭を撫でようとする。
俺はその手をやんわりと退かした。
ようやく、今の身体を自分と認められた。前まではゲームのアバターを使っているような感覚だった。直接見てるんじゃなくて、画面越しに見ている感じ。
でも、今は違う。
「あの、それは、ちょっと………ごめん、恥ずかしぃ………」
この身体も自分だ。で、中身男子高校生が、見た目中学生のライムに撫でられるのは、その、なんか、ちょっと違うでしょ。
「………ははっ、ああ、そうか! 恥ずかしいか! はははっ!」
俺の消え入りそうな言葉に、なぜかライムは爆笑する。
それに伴って、自分の顔が赤くなっているのを感じる。
………いや、にしたって笑いすぎでしょ。
「ははっ、ああいや、別におかしくて笑ってるんじゃない。ただ、マレもそうか。そうだったのか」
「………俺もって?」
「いや、レモンと同じなだけだ。あいつも、喋った後は人並みのことを気にし始めてな。私がモンちゃんと呼ぶ度に、今のマレみたいに顔を真っ赤にしていた」
「も、モンちゃん?」
レモンのモンを取っているのは分かるけど、ちゃん付け?
「………変だと思うか? 私も、子どもの頃はこんな喋り方をしなくてもよかった」
「子どもの頃っていうか、今も………」
「ああ?」
「ナンデモナイデス」
「………言うようになったじゃないか。だが、まあ、今は少し情報整理をしたい。少しいいか?」
「あ、うん」
ライムが気になりそうなのは、まずは神無塔かな。あんなことがあった割に、なぜか皆無事だったし。
「最初に聞きたいのは………本当に、あのサンドワームなのか?」
けど、予想外にも、ライムは全く別のことを質問してきた。
「あの? ………あ、洞窟のとき? そうだよ」
「………殺しかけたやつに、話してもよかったのか?」
「なんか、今更って感じだし」
タモティナも、向こうのギルドマスターも、セーネインさんも、全員が全員俺を殺しかけている。なのに、今はむしろ味方サイドになっているので、もう気にするだけ無駄だと思ってる。
「………あいつだけかと思っていたが、色んなやつに狙われていたんだな」
「狙われてたっていうか、出会い頭的に襲われてた感じ。まあ、今はもう人型になってるし、この国にいる間はサンドワームってだけで襲われないから大丈夫」
「………そうか」
俺の返答に、ライムは少し苦い表情をする。
そういえば、ライムは俺がサンドワームのときから妙に絡んできてたけど、何か気になったのがあったんかな? サンドワームのことに詳しかったし、最初からサンドワーム目的で砂漠にいた?
「あー、それは話しておくか。まず、私は縛りが多い家が嫌になって家出した。じゃあどこに行くかとなって、商人が話していたサンドワームの移動方法が気になってな」
「サンドワームの移動方法?」
「私が風魔術で飛ぶのは知っているだろう? 飛行中は、水の中にいるような抵抗がある。その感覚を掴めば、より速く飛行できる」
「え、じゃあ海とか湖じゃ?」
「ああ、私も最初は国外の湖に行こうと思っていた。だが、道中で助けた行商人から、砂漠とサンドワームの話を聞いてな。海に似た砂原、それを縦横無尽に移動するサンドワーム。私は、その移動方法が気になった」
「だから、砂漠に来たんだ」
「ああ。そこで一文無しの私を盗賊団が見つけ、あとはマレも聞いているだろう」
確か、盗賊団の頭がギンセイジュ団に殺されて、その報復に団家を壊したんだっけ。
完全に逆ギレだし、ギンセイジュ団も少なくない被害者を出してるけど、今話すことじゃないか。
「っと、そうそう。神無塔のことは気にならないの?」
「………正直、知ったところでどうにかできるものではないだろう。それに、その話はマレが辛くなるだけだ。顔色も悪くなっているしな」
「んまぁ………わりかし、キツイ」
この身体を自分だと認めた弊害で、あの時の貫かれる感覚が強くなった。思い出すと吐き気が出てくるレベルで。
だけど、知っていることがあれば教えてほしいくらいには気にはなっていた。ま、ライムはこう言ってるし、何も知らなさそうだけど。
「あと、お前にとっては残念だろうが、前世としすてむ?については全て理解できん。だから、後回しにしていい。次に気になるのは………」
ライムがこっちを見て、固まる。
何か顔についてるのかと思って頬に添えた手を、ライムが高速で掴んできた。
そのまま引っ張られ、ライムを押し倒す感じでベッドに倒れ込んだ。
ってか、この体勢は色々マズイ!
「ははっ、確かにこの初心さは男だな」
「え、あ、う………」
笑っているように聞こえて、心臓まで貫かれるような冷たい声。
これは、確実に怒ってますねぇ………
「あ、あの、ごめ───」
「………私にも機はあるか」
「───ん。って、え、なに?」
「なんでもない。早くどけ」
「あ、ご、ごめん」
そっちが引っ張ったのに、という文句を飲み込んで、元の座る姿勢に戻る。だけど、ライムは寝そべったまま天井を見ていた。
「………私にとって、マレがどんな存在かは別にどうでもいい」
「まあ、そうっすよね………」
「だが、何をしたいのかは気になっている」
「何を、したいか?」
「私は空を飛び、世界の様々な景色を見に行きたい」
確か、初めて俺と飛んだときに似たようなことを言ってた気がする。
だから、あんなに飛行する魔術に長けていたのかな。
じゃあ、俺は………
「………魔術を、作ってみたい」
「ほう、どんなのだ?」
「え………とりあえず、作ってみたい」
「………まあ、あるだけマシか。じゃあ、授業を再開するか。魔術の作成までなら、比較的トントン拍子で進めるぞ」
ベッドからガバッと起きたライムは、数冊の教科書を手に取って俺の横に座る。
「それって、魔術の作成に入ったら急に難しくなるってことじゃあ………」
「細かいことは気にしないでいい。魔術を作りたいんだろう? やる気があるうちにできるとこまで進めるぞ」
「りょ、りょーかい………」
「転生者とは、末恐ろしいな」
その日のうちに、魔術の作成に入るとは。
この学習速度も、レモンに似ている。興味がある分野は他の人よりも数倍早く吸収する。レモンは魔法だったが、マレは魔術か。
同じベッドに腰掛け、マレの尻尾と毛布で卵を温めながら、二人して教科書を覗き込む。
「───ということだ。分かったか?」
「えっとつまり? 魔術の作成が難しい理由は、唯一無二性を証明しないといけないから、ってこと?」
「加えて、再現性と有用性も確保しなくてはいけない。魔術とは、必要な魔力を込めればいつでもどこでも同じ効果を発揮するものだ。再現できなければ意味がない。そして、それが有用でなければ、ただ廃れるだけになる」
「自分のオリジナルかつ、何回も再現できて、何かに使えなきゃいけないってことか」
やはり、飲み込みが早い。
これなら魔術の作成も、そう遠くないかもしれない。
このときの私は柄にもなく、心が躍っていた。
マレが本音を言ってくれたこと、マレの学習速度が早いこと、誰にも知られていない未知の魔術を見られるかもしれないということ。これで心躍らないわけがない。
だからこそ、忘れていた。
授業を無断で抜け出していることと、そうなれば誰がこの部屋に来るのかを。
マレの手が止まった。
次の瞬間には、卵を毛布の中に突っ込んでいた。
「ま、マレ? どうし………」
「教授が来た! 卵隠れてる!?」
マレは広がっていた毛布をかき集めると、卵を包むように置き、まるでクッションのように立たせる。
これなら卵は見えないだろう。だが、念には念を入れなければ。
私は即座に部屋の入り口に立ち、ドアに耳を澄ませる。
確かに、廊下からコツコツと誰かが歩いてくる音が聞こえた。
その足音が部屋の前に来る直前、こちらからドアを開けた。
「おっと、危なかったですね。それで、ライムさん、これからどこに行くおつもりで?」
「そっちこそ、何の用だ」
ドアの前には、生気のない死んだ目をしたアルティッシウス教授が佇んでいる。
おそらく、先ほどの授業を受け持っていた教授から苦情が来たのだろう。
「いえ、ライムさんとマレさんの両名とも授業を無断欠席していると聞きましてね。何かありましたか?」
「逆だ。何も無さすぎる。あの授業はつまらん。二人でその結論に至っただけだ。それで、もういいか? 今は授業時間のはずだ。なら、こちらも学習するにはうってつけの時間だ」
「そう、ですか。では、最後に一つだけ。マレさんの姿を確認します」
教授はそう言うと、その細腕からは考えられないほど強い力でドアを全開にした。
私がそれに引っ張られて体勢を崩した隙に、教授がするりと部屋に入る。
「えっと、な、なんですか?」
「いえ、ここにいるという確認をしたかっただけです」
すぐに私も部屋に入ると、教授はねっとりと部屋を見回していた。
昨日今日で家具配置を変えたのは、さすがに怪しかったか………?
「………ふむ、特に異常もなさそうですし、良いでしょう。ですが、まだお話があります」
教授は私に向き直る。
また、説教か………
「報連相は社会の常識です。それを常々忘れなきよう。状況によっては報連相のどれか一つで命を落としたり、取り返しのつかない事態になるかもしれません。その危険性を理解していますか?」
………驚いた。まさか魔術の授業に出なかったことを責められるのではなく、報連相で叱られるとは。
もしかすると、私が思っているよりまともなのかもしれない。卵は見せないが。
「ライムさんだけではありませんよ。マレさんも短い間かもしれませんが、この学院の一員たる意識と覚悟を持ち、魔術と向き合ってください。分かりまし───」
マレの方に向いた教授の身体が固まる。
その視線の先を追うと、マレの後ろの毛布が段々と盛り上がっていくのが見えた。
「は? ま、マレ! 後ろ!」
「え? ………ええ!?」
あの毛布の中身は卵だ。明らかに異常をきたしている。だが、この教授の目の前で出していいものか………
「あ、た、卵が!」
私が悩んでいる間にも、マレが躊躇なく毛布をめくった。母の本能というやつかもしれない。
ただ、そのせいで教授の目は細められ、しかしこの部屋にいる全員が目を見開くことになる。
「あ、え、膨張? いや、でかくなってる!?」
「た、卵、なんですよね………?」
五つの卵全てが、子どもが入りそうなくらい大きくなっており、そこで膨張は止まっている。
だからといって、事態は止まりはしなかった。
「ま、マレさん、これはどういうことか説明して………」
ピキキッ
「あ、え?」
「はい?」
「まさか………!?」
まるで示し合わせたかのように、全ての卵にヒビが入る。
まさか、膨張はこの予兆だったというのか。
いや、そんなことを気にしている場合ではない。少なくとも奴は追い出さなければ!
「大いなる風に命ずる! 奴を押し退けろ!」
「ら、ライムさん!?」
転ばない程度の風で教授を押し戻し、部屋の外へ締め出す。そして、すぐに鍵を閉めた。
ドンドンとドアを叩く音が聞こえるが、そんなもの無視だ無視!
「ね、ねぇ! これどうすればいい!?」
「と、ととりあえず抱いておけ!」
それしか言えることがない。
当然だ。サンドワームの孵化など、人の目で見るのはこれが世界初だろう。
マレは尻尾と両手を使って全ての卵を抱き寄せようとするが、卵が大きすぎて一、二個取りこぼしている。
私はそれを持ち上げ、無理やりマレの手と尻尾の輪に押し込んだ。
「これで合ってる!?」
「わ、分かるわけないだろう! とにかく抱け!」
私達の対応が適していたのかは分からないが、ヒビは順調に卵全体に広がっていき、ドアの蝶番がひしゃげる音とともに、卵からヒナ達が顔を出した。
そう、私より少し小さいくらいの、少女達が。
「………え?」
「ど、どうなっている………?」
「それ、私が一番聞きたいんですけど………」




