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え、あ、はい、ワームですよ?  作者: 素知らぬ語り部
祝福された呪い子

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58、微睡みに伸ばした手








「よし、教科書は持ったな? まずは『魔術基礎座学』に行くぞ」


 ライムに言われた通りの教科書を持ち、部屋を出てついていく。


 魔術学院の授業はかなり変わっており、午前の一限と午後の二限しかない。ちゃんと授業中に休み時間はあるものの、それは本当に休憩しかできず、あまり自由なことはできないらしい。


「だが、本当に魔術を学びたい者、魔術を楽しむ者にとっては苦ではない。逆に、それほどやる気のない奴はすぐに落ちていく。いわば、ふるいにかけられているようなものだな」


 それを聞いて若干不安だが、実際に体験してみるしかない。


 そのままライムについていき、何本もの廻廊を渡ると、ようやく教室らしき大きな部屋が見えてきた。

 その部屋はドラマなどでよく見る大学の講義室のように、後ろが一段ずつ高くなっている構造で、塔の中にあるからか、部屋全体が丸みを帯びていてより黒板が見えるようになっていた。


「よし、自由に座っていいぞ。ただ、前に来ると当てられやすくなるから、おすすめは中段くらいだ」


 ライムはそう言うが、それを狙っているのか、他の学生もそこに集中している。俺には目のズーム機能もあるので、他の学生は避けて最後列に座る。


「………そうか、お前には目と耳があったな。ここからでも問題ないのか」


「あ、ごめん、ライムは見えない?」


「気遣わんでいい。私にとってこの教科書の内容は復習にもならん」


 確か、ライムは六年前に初級部を卒業したと言っていた。ライムにとっては、高校生が小学生の頃の問題を解くようなものだろうか。


「あれ? 六年前? 身長で勘違いしてたけど、ライムの年齢って………」


「おい、食事が来たぞ。って、何か言おうとしてたか?」


「い、いや、何も。それより、食事って………」


 確かにまだ朝食を摂っていない。だが、食事が来たとは一体………


 疑問に首を傾げていると、教室に入ってきた学生の一人が猛スピードでこちらに向かってきていた。

 その手には、パンやサラダなどが乗った木製のトレイが握られている。


「中級部のグノーバン・レャンダニア。私に付きまとう底なしの馬鹿だ。だがまあ、便利ではある。久しぶりに来たからもう来ないと思ったが、奴の熱意は本物だな」


「ライム様! お食事をお持ちしました!」


 元気そうにそう叫ぶ亜麻色の髪の少年は、トレイをライムの前に置く。

 一気に教室がざわっと騒がしくなるが、ライムとグノーバンは全く気にしていない。


「毎度のごとく言っているが、なぜこうまでするんだ? お前に利があるわけでもないだろうに」


「僕はやりたいからやっているんです! では、僕はこれで失礼します!」


 嵐のようにやってきた少年は、また嵐のように去っていく。

 一番騒がしいのがいなくなったので教室も静かになると思いきや、今度は俺がいることがバレたらしく、また教室が騒がしくなる。しかし、先ほどの非常識を見て笑うような騒がしさとは違って、誰もがひそひそ息を潜めて噂話をするような、居た堪れなくなるような騒がしさだ。


「無視しろ。どんなに対策を取っても、人間というものは大して変わらん。無視するのが一番だ。それより、あのお節介焼き、律儀にお前の分も取ってきているみたいだぞ」


 確かに、トレイには料理が二つずつ入っている。ライムしか見ていないわけではないらしい。


「パンにサラダ、これは………ミカン?」


「それはヴェルゲリンという果物だ。皮は厚いが、中身はとろみのある果肉が詰まってる。サラダの底にある肉と一緒に食べるとうまいぞ」














「それで、あの子に近づけばいいの?」


『そうだ。あわよくば、〈顕現の儀〉に巻き込め。分かったか?』


「うん、分かった」


 脳内に響く声に従い、あの子の近くの席に座る。

 あの子は司貴家の子と仲良く食事してるみたいで、こっちには気づいていない。


「………皆、見てる。大丈夫、かな」


 あの子はあまり気にしていないみたい。私なら、すぐに教室から出たくなるのに。

 でも、そっちの方が私にとって好都合。あそこにずっと居てくれれば、私も話しかけやすい。

 ただ、問題は………


「司貴家の子、警戒してる………」


 あの子の隣で、司貴家の子が牽制のように周りを睨んでいる。あまり、人が好きじゃないみたい。

 あの司貴家の子を引き剥がさないと、お喋りできないかも。


『そうか。なら、妾が一つ動かすか?』


「………今はダメ。もうすぐ授業が始まっちゃう。やるなら、休み時間に」


『分かった。妾が奴を離すから、すぐに引き込め』


 頭の中の声がそう言った瞬間に、授業開始を告げる甲高い鐘の音が響いた。

 それと同時に、教師が教室に入る。それだけで、教室内のざわつきは消えた。


「転入生もいることですし、私の自己紹介からしましょうか。私はこの魔術基礎の座学を担当するホトップと申します。授業終了後なら、いつでも質問していいですよ」


 そう手を振る人当たりの良さそうな男教師に、あの子は小さく頭を下げる。

 結構、律儀な子なのかな。何か使って約束して、それで呼び出すのが確実、かな。


「では、他の学生の復習を兼ねて、魔導の概要から話していきましょうか」


 あの子がいるからか、教師は何度も聞いたところから話し始めた。


「まず魔導とは、魔術と魔法の総称であり、魔力を利用して行う行為全てがこれに当たります。

 ただし、学国外では宗教魔法というのがありますが、学院内では宗教や神輪に関するものは全て魔法と定義づけられています。基本的に魔導の分類はこの二つだけですから、間違えないようにしてくださいね。

 そして、百聞は一見にしかずと言いますので、魔術と魔法の違いを見せましょう」


 教師はそう言うと白銀の杖を振り、短い詠唱の後に小さな水の球を生成する。

 それを、皆が見えやすいように頭上に掲げた。


「これは水の初級魔術である『泡沫』です。使い方次第では人を殺めるほどの脅威があるので、あまり乱用しないでください。次は、魔法です」


 教師は水の球は空っぽのコップの中に放り込むと、紫色のローブの中から乾燥した小さな肝を取り出した。


「これはこの学院の地下水道によくいる大鼠の乾肝です。魔術基礎の実践をやったことがある人は見たことがあるでしょう。魔法は基本、魔力と供物を使用します」


 教師は乾肝を教卓に置き、それに杖をかざして長い詠唱を始める。

 魔法は発動難易度が高い分、魔術と違って消費する魔力量は自由に決められるし、消費する魔力量に応じて効果も増減する。つまり、手加減できるし、逆に本気を出すこともできる。


 教師の詠唱が終わり、乾肝がサラサラと塵のように散っていく。

 その瞬間、教師の手の平に大きなヴェルゲリンがポンと現れた。


「魔術では生命を含む物質は生成できないことは知っていますね? ですが、魔法であればこのようにして生成することができます。それゆえに、学院では嫌厭されていますが」


『はっ、人間でも、あのことは覚えてるんだな』


「………まあ、あれだけのことがあったら、当然」


 だいぶ昔に、ある魔女がどこかの貴族と結託して、魔法で人造人間を作ろうとしたみたい。

 結果的には、魔法の元の神様が拒否して失敗したらしいけど、学院側は大きく問題視していて、今でも魔法は冷遇されてる。

 それでも魔法を教えるのは、魔術と魔法は違うと言いたいからかも。


『やはり人間は面倒臭いな。まあ、妾達はその人間の信仰なくして存在できないがな』


 神様は信者がいないと消えてしまうみたいで、旧神のこの声も、時間が経てば消えていなくなる。


『その通りだが、お主が死んでもピンピンしてるだろう。かつての信仰はそこまで進んでいた。もっとも、今いる信者は皆無に等しいが』


 頭の中の声はそう言ってるけど、森の中で私を助けたときに、大きく力を減らしてるはず。

 だから、私に宿ってる。


「さて、魔術と魔法の違いは教えました。次は各属性の初級魔術についてお教えしましょう。特にこの『泡沫』には面白い話がありましてね。いかにも砂漠の住人が考えつきそうな魔術ですが、開発したのは水に困ったこともないような貴族の一人なんです。それも、ただ遊ぶために作ったんです。では当時の下級民はというと、水は貴族から買うものという認識が強く、魔術にするという発想もなかったらしいです」


『嘘つきめ。あやつはそんな奴ではない』


「………毎回、そう言ってるね」


『何度でも言う。あやつはそんな奴ではない。むしろ、自分の財産を切り崩してまで民衆に手を差し伸べようとする奴だった』


「………だから、かもね。だから、悪口を言っても、許されると思ってる」


『………人間が妾達を見限ったと思っていたが、実際は逆だったのかもしれないな。まあ、そんなことは気にすることではない。分かってるな?』


「うん、大丈夫。ちゃんと、やる」


 頭の中の声に小さく頷いて、授業に集中する。

 歴史については嘘っぱちで、実用的だということだけをやたらと押し付けてくる授業を。
















「すまん、少し花を摘みに行ってくる」


「………あ、うん、いってらっしゃい」


「お前は授業の復習でもしておけ」


 ライムはそう言いながら席を離れる。

 全く聞き覚えのない言葉を言われたので少し面食らったが、花を摘みに行くというのは、いわゆるそういうことなのだろう。


「トイレに行く、がなんであんな感じに変化したのかな?」


 考えても答えは出ないのですぐにその疑問を振り払い、ライムの言われた通りに復習を始める。

 といっても、授業内容はあまり濃くなかった。魔導の概要の他に、魔術と魔法の違い、初級魔術の種類くらいだけで、正直前世の授業の半分もないくらいの量だった。


「時計はないから正確な時間は分からんけど、体感1時間くらいの授業でこれだけって………」


 いや、俺がいたから内容が薄くなった可能性がある。

 ただ、こんな授業が続くくらいなら、ライムに教師をしてもらいながら自分のペースで学んだ方が早いかもしれない。

 まあ、ライムが風以外の魔術を扱えるのかは知らないが。


「あ、あの」


「………え、あ、はい?」


 突然声をかけられてその方向へ向くと、他の学生より少し背の低い黒髪の少女がそばに立っていた。

 その華奢な首には、紫色の小さな水晶が嵌め込まれたネックレスがかけられている。


「私のこと、覚えてない?」


「え、あ、し、知り合い?」


 少女からの不意の問いかけに、頭をフル回転させて記憶を漁る。

 と、この少女に関する記憶は意外と直近にあった。


「………あ! 浴場で助けてくれた………」


「うん、私、アリルっていう名前。あなたは?」


「あ、俺はマレって、言います………」


 ぐいぐい来る少女に、思わず敬語になってしまう。

 俺の名前を聞いた少女は少し視線を泳がせた後、俺の手を握った。


「あなたの連れ、お礼するって、言ってた」


「え、言ってましたっけ………………言ってたっすねぇ………」


 あのとき俺は浴場を出たいという一心だけだったが、確かにライムは後で礼をすると言っていた。


「だから、あなたでお礼。一緒に来て」


「え、それ、授業は………」


「大丈夫、間に合う」


 街中ならともかく、学院内で犯罪は起きないだろう。

 間に合うかどうかは半信半疑だが、もうすでに少し飽きてきたところだ。気分転換のついでに借りを返すのもいいだろう。


「それじゃあ………あ、でも、書き置きはしとかないと」


「それも大丈夫。本当に、すぐに済む」


「………………………」


 怪しい。情報を残そうとするのを止めるのは、ゲームや小説では確信犯だろう。

 だが、ここは学院。下手なことはできないはず。


「えっと、はい、ついていきます」


「うん、じゃあ、こっち」


 少女もといアリルは俺の手を掴みながらぐいぐい引っ張る。

 俺は半ばそれに引きずられるようにしてついていく。


 そして、人気のない廊下に出ると、やっと少女は手を離してくれた。


「えっと、それでお礼は、何をすれば………」


「お礼は私にじゃない。あの方に」


「あの方………?」


 俺の疑問符に、少女はゆっくりと目を瞑る。

 次に目を開けたときには、その瞳に嗜虐的な怪しい光を湛えていた。


「『お主、ここまでとは思わなかった。随分と用意周到じゃないか』」


「あ、え、声が、二つ………?」


 少女の身体がゆらりと揺れ、それに合わせて周囲の空間もぐにゃりと歪んだ。

 周りの景色の色が絵の具のように混ざり合い、溶け合い、いつの間にか真っ黒な空間にいた。


「『よしよし、ここでならゆっくりと話すことができる』」


「ここは………? これ、もしかして間違ったか………!?」


 思いっきり油断していた。確かに、転移魔術なら学院の中にいようと関係ない。

 しかし、それにしては転移魔術のあのぐにゃぐにゃとした感覚は全くなかった。


「『人間の転移モドキごときと比べるな。安心しろ、妾はお主に危害を加える気はない。むしろ危険を冒してまでお節介をしようとしている』」


 少女の声に重なって、別の女性の声が響く。

 だが、その言葉は全く信用できない。


「『騙すような真似をして申し訳ないとは思っている。だが、あのよく分からない存在にできるだけ感知されないようするなら、このような手段しかない』」


「よく、分からない存在………?」


「『あやつは、確かあどばんすどわーるどの管理者?とか言っていた。最高の人工知能とも言っていたな。お主なら、その意味が少しくらい分かるのではないか?』」


「それって、もしかして………」


 システムのこと、だろうか。

 それがあどばんすどわーるど、アドバンスドワールドなるものを管理しているのなら、そのアドバンスドワールドはこの世界のことかもしれない。


「『ふむふむ、強ち間違ってはいないだろう。あやつは、妾達が生まれるよりも前に存在している。それこそ、最初から唯一神であったかのように。あれに比べれば、妾達も神モドキになるのだろう』」


 というか、今喋っているのは誰だろうか。

 神モドキと言ってるからには、それに連なるほどの存在というのは分かるが。


「『この地域の旧い神の一柱、が正しい。まあ、そこまで偉いものでもない。だが、もう信者が少なくてやることがない。そこに、お主が現れた』」


 少女は薄ら笑みを浮かべて俺を指す。

 それは不気味だが、不思議と敵意はないのが分かった。


「『妾達はいつでもお主を見ている。それほど、暇なのだ。だがな、一つ、妾は気に入らないことがある』」


 少女の顔から、笑みが消えた。

 そして、少女の手が伸び、手の平が何かを掴むように輪っかを作る。

 それと同時に、俺の首がギュッと掴まれた。


「ぐっ!?」


「『お主はいつまで部外者気分なんだ? なぜ本気にならない? どうしてずっと遠慮している?』」


 首を掴む何かの力が、強くなる。


「『お主が目覚めて、何人もの人間と会い、命懸けの場面にいくつも遭ってきたにも関わらず、なぜそこまで能天気になれる? この世界を、舐めているのか? それとも、まだあの世界へ帰れるとでも?』」


 言っている意味が分からない。

 少女の言う通り、俺は何度も死にかけている。しかし、それが真剣ではなかったと言われれば、確実にそうではないと言い切れる。

 俺は必死に、ここまで生きてきた。そのはずだ。


「『ならなぜ、お主の頭の中の言葉は、お主の言葉ではないんだ? いつまで、本を読んでいる気でいる?』」


「それ、は………」


「『おそらく、あの世界でもそうだったのだろう。誰かに失望されることに疲れたか? 誰かに配慮することに疲れたか?』」


「で、も………」


「『だから、いつでもどこでも誰かの言葉で自分を代弁させるのか? お主の本音は、一体どこにある?』」


「………………………」


「『なるほどなるほど。お主のその言葉はあの世界の()()()とやらからか。憧れている者でもいたか? お主がそれそのものになれるわけではないのに?』」


「俺は………」


「『お主のそばに、一人壊れているやつがいたな。タモティナと言ったか? あやつはメニコウとやらの真似をしていたが、お主はどうだ? 家族の死を見たか? 見捨てる覚悟をしたことがあるのか? 全てが消えるかもしれないと、思ったことは?』」


「タモ、ティナ………?」


「『あの世界は随分と平和だそうだな。それはお主がいる国だけかもしれないが、だからか? だから生命の終わりに対してそこまで淡白になれるのか?』」


「おわ、り………」


「『本気になれ。この世界で生きる覚悟をしろ。お主は転生者。一度死んでいる。もう、あの世界には帰れない』」


「………………………」


「『諦めろと言ってるのではない。ちゃんと生きろと言っている。誰かに流されて、面と向かって本音をぶつけず、ただ漂うだけの馬鹿者が、妾は一番嫌いだ』」


「………………………」


「『ぽっと出の正体不明の誰かが荒唐無稽なことを言っていると思うか? いや、それでもいい。お主がその腑抜けた思考を捨てるのならな』」


「………………………」


「『お主は生きている。生きているんだ。マレという名の物語を読んでいるのではない。お主が、物語を描いているんだ』」


「おれ、が………」


「『そうだ。お主が、この物語を紡ぎ出す。読み手は、後世の人々と神にのみ許されている。誰がどう読むかは、お主の行動次第だ。ただ流されて生きた珍しいだけの亜人か、全く別の道を見出すか。それはお主が決める』」


「………………………」


「『吹っ切れろ。お主の得意だろう? やる前から、失望されたら、拒絶されたらなんて考えなくていい。そんなこと、後でいくらでも考えられる。まずは行動。それから全てが始まる』」


「………………………」


「『………無理をしろとは言っていない。お主が妾を拒絶するなら、元の場所に返そう。安心しろ。ここは時間の流れが極端に遅い。連れが戻る前には帰れる』」


 首への締め付けが、弱くなる。


「『それに、妾が先ほど言った通り、お主の物語はお主が決める。今が良いんだったら、それでもいい。ただ、お主と似たような奴は何人も見てきた。そやつらがどんな結末を辿ったかも』」


 首が離され、その場にへたり込む。


「『自分を騙すやつは、やがて自分を騙していることに気づかなくなる。嘘を吐きすぎて、その嘘に絡め取られるようにな』」


 自分の身体を見る。

 なんてことはない。身体が変わっただけ。変わっただけの、はずなのに。


「『お主があの霊の夢を見たときは、これを機に我に返ってくれると思ったのだが、まさか丸々忘れるとはな。心の防御本能というやつか? 妾がこうまで出張ってこなければならなくなるとは、予想外だった』」


 前世より白い肌に、華奢な手足、少し膨らんだ胸、肩まで伸びた長い黒髪、人間ではあり得ない尻尾、そして、二重の瞳。

 こんなのは、俺じゃない。


「『前世の身体と別れて、嬉しかったか? そして、絶望したか? 結局、何も変わらなかったことに』」


 違う。全部、俺。前世も、サンドワームも、亜人も、全部全部、俺だ。俺が、認められなかっただけで。


「いじめた?」


「『い、いじめてなどいない。少し、追い詰めただけだ。自分で自分を否定するほど、悲しいことはないからな。自分を絶対に愛してくれるのは自分だけだというのに、それを自分が見捨てたら、そやつは一体誰が愛してくれるんだ?』」


「………よく、分からない」


「『お主の年齢ならな。だが、こやつはそうもいかない。自身を確立させ、生きていかねばならない。己の手で、己の物語を』」


「誰かに任せちゃ、ダメなの?」


「『お主は自分の物語をいいようにされていいのか? 確かにそれは楽だが、それで満足するのか?』」


「うーん………………多分、しない」


「『そうだろう? 妾も、面白くないからな。こやつには、自分の手で生きてもらわねばならない。妾のためにも、こやつのためにも』」


 顔を上げる。

 少女は忙しなく口を動かしながら、二つの声を紡いでいた。


「『答えは、決まったか? そう泣くな。お主の得意なのだろう? 吹っ切れて、まずはやってみればいい。最悪、妾に頼れ。言い出した分くらい、背負ってみせる』」


「それ、私も連帯責任?」


「『そうだ。お主が連れてきたんだぞ? めでたく共犯者だ』」


「えー………」


「『それで、どうだ? お主は、どう生きる?』」


「俺は………俺、は………」


 どう、生きたいんだろうか。


「『………まだ代弁させるか。まあ良い。妾のやりたいことは終わった。帰りたいときに声をかけろ。ま、連れが戻る時までには返すがな』」


 結局、誰にも、何も言っていない。

 本音らしい本音は一つも、言っていない。

 言えば、その人との明確な繋がりができるような気がして。


「『確かに、難儀なものだ。信ずるに値する者を見つけ出すというのは。しかし、見つけようともしないまま、そんな者はいないと決めつけるのは、ただの馬鹿だ』」


 その通り、なのかもしれない。

 だが、俺は、怖いのだ。


「『嘲笑(わら)われるのが、か? そんなもの、言った後にしか分からない。そんな不確定要素ばかり考え、成功の光すら捨てるつもりか?』」


 元々人の役に立つことが好きだった俺は、人に笑われることはむしろ憧れの対象だった。周りを笑顔にすることは、ただただ喜びだった。


 二つのことに気づくまでは。


 その気でなくても笑われ、その笑みに別の意味が含まれている。そんなことが何度も起きた。

 時が経つにつれ、自分が変わっていて浮いており、その行為を嘲笑われていたと気づいた。


「『なるほど。だから本音を隠し、自ら行動することを嫌厭していたのか。一人でいるときは、だいぶ自由に行動していたが』」


「それ、私も分かる。こっちが動くと、妙に注目されるの。皆と同じようにしてるだけ。それだけなのに」


 以来、一人の方が気が楽になった。

 しかし、人の役に立つのが好きだった俺には、孤独は一時の癒しにしかならなかった。


「『どっちつかず、ということか。やはり人間というものは面倒なものだな』」


「神様にも、似ているのいたよ?」


「『あやつは神と人の子だ。例外だろう』」


 人に関わりたくて、でも変わっているから話が合わなくて。

 やってみて失敗してを繰り返してるうちに、人と話すこと自体が、怖くなった。



 ──────だけど。



「『そうかそうか。お主の答えは分かった。では、もう帰るか?』」


「………はい」


「『では、妾も休むとするか』」


 少女がパチッと指を鳴らすとまた景色がぐにゃりと歪み、気づけば元の廊下の床に座っていた。

 あの少女は、もういない。


「………戻るか」












「戻ったぞ。どうだ、魔術は面白いか?」


「んー………魔術は面白いけど、授業はちょっと………」


「………ほう? ならば抜けるか。私ならもっと上手く教えられる」


「え、い、いいの?」


「ああ、そもそも魔術を学ぶだけなら本職に聞くので済むし、お前は魔術を作ることを期待されている。そちらに注力した方がいいだろう」


 ライムはそう言いながら教材をまとめていく。その途中で軽く右手を上げた。

 その数秒後、教室の扉が勢いよく開く。


「ライム様! 何かご用でしょうか!」


「お前が持ってきたこれを片付けておけ」


「拝命しました!」


 またもや嵐のようにやってきた少年はライムの言った通りにトレイを持ち、嵐のように去っていく。


「………どうやってんの、それ」


「あいつは〈獣の司祭〉の末裔らしくてな。獣にしか聞こえん音を魔術で出して呼んだだけだ。………そういえば、聞こえなかったのか?」


「うん、聞こえなかった。耳がいいわけではないのかな?」


「そういうわけではなさそうだが………まあいい、休憩時間中に寮へ戻るぞ。授業中に出るわけにはいかんからな」


 教科書はライムが持ってくれたので、さっさと歩いていくライムについていく。

 ライムも先ほどの授業は退屈だったのか、心なしか足取りが軽い。


「聞いて、くれるかな………」


「ん? なんだ?」


「………いや、なんでも」








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