57、値ある者
「ここがマレさん、ライムさんの部屋となります。私は管理人と寮長への報告をしてきますので、少し待っていてください」
扉を中心に線対称的になっている部屋には、二人分のベッドとクローゼット、机に椅子、空っぽの本棚が並んでいた。そして、その中心に大量の本と衣類が置いてあった。
しかし、それには目もくれず、ギルドから持ってきた荷物である白い布袋を広げる。
「とりあえず、隠すのはベッドの下がいい! 寮長でも滅多に見ない!」
「了解!」
アルティッシウス教授が戻ってくる前に、卵達をベッド下に押し込む。
実は、入学までの一週間で、卵の魔力吸収が全くなくなったことから、親から離して衰弱しているのかもしれないと、グランシアさんが卵を返してきた。
思いっきりシステムが絡んでいるので説明できるわけもなく、とりあえず学院まで持ってきた。
では、なぜ教授から卵を隠すのかというと………
『アルティッシウス教授はね、いわゆる『保護依存症』ってやつなの。誰かを保護しておかないと気が休まらなくて、手当たり次第に保護しようとしてくる。魔物学を担当していて、それが妙に合っているからまだ許されてるけど、そんな人が希少なサンドワームの卵を見たら………どんな手段を使ってくるか分からない。卵やマレちゃんには危害は加えないだろうけど、それ以外はどうなるか分かんない。だから、向こうに着いたら、すぐに卵を隠して。まだ私の方にあるって、誤魔化して。分かった?』
グランシアさんからそう聞いたときはそこまでだと思っていたが、あの目を見たら明らかにヤバイと感じた。
なので、卵を大急ぎで隠している。ちなみに、アルティッシウス教授はライムが国を出てから入ってきた教授なので、ライムも初耳だったらしい。だからこそ、二人して慌てている。
「も、もう少し奥がいいんじゃないか?」
「えっと、そ、それじゃあ………」
ダメ押しで尻尾で押し、もはや尻尾でしか取れない位置まで押し込む。
そこから立ち上がった瞬間、扉の向こうの廊下から足音が聞こえた。
「………おや、早速教科書を読んでいるのですか? 勉強熱心なのは良いことですが、今日くらいはしっかりと休んでいいんですよ」
「そ、そうだな、今日の勉強はこのくらいにするか」
「うん、まあ、荷解きもあるし」
………もしかして、ライムは嘘が苦手なのだろうか。声は明らかに震えている上、目が泳ぎまくっている。それどころか、何回もベッドの下に目を向けている。気になるのは分かるが、これではベッドの下に何かありますと言っているようなものだ。
しかし、幸いアルティッシウス教授はそれを不審がらず、俺に向いた。
「この教科書は全てマレさんのものです。使い方、読み方はライムさんが手解きしてくれるでしょう。では、私はこれで」
そう教授は振り返り、部屋を出ていく。
ほっと一息つこうとしたその瞬間、急に教授が振り向いた。
「そういえば、なんですけど………」
「な、なんだ?」
「いえ、ライムさんではありません。マレさんに聞きたいのです。卵は、どうしましたか?」
安心しかけたところでの急な質問だったので、少し言葉に詰まりながらも、グランシアさんが言っていたことを反芻する。
「そ、それは………ま、魔力吸収がすごくて、今は冒険者のギルドマスターに預けていますねー」
「そう、ですか。いや、少し気になりましてね。それでは」
教授は少し残念そうな顔をしながら、今度こそ部屋を出ていく。
その足音が聞こえなくなった後、ようやく緊張を解いた。
「乗り越えたか………今のうちに家具を移動してベッドを隠すぞ」
ライムの風魔術で家具を浮かせ、入口からベッドが見えずとも、不自然なく違和感なくの配置に変える。
これでようやく、一安心だろう。
「よし、これならいいだろう。卵を出せ」
「え、でも、それじゃ隠した意味が………」
「弱っているかもしれないんだろう? そうでなくとも、子は親のそばにいた方が良いだろう」
ライムはそう言って、少し自嘲気味に笑う。親子関係が上手くいっていないんだろうか。
とりあえずライムの言う通りにし、卵を尻尾で抱く。一週間抱いていないだけだったが、何とも言えない懐かしさに包まれる。
「授業中はさすがに無理だろうが、寮にいるときはなるべく抱いてやれ」
「うん、分かった」
「では、私は教科書がどれだけ変わっているか見るとするか。お前は持ってきた荷物を閉まっておけ。だが、いつでも取り出せるようにしろ。お前は特例で入っただけだ。何かしら事情が変わればすぐ追い出されるぞ」
ライムの言う通りに荷物を片付けていく。ギルドから持ってきたのは、アイリスさんから貰った教本と杖、メモ、そして………藍色の布?
「あ、これ、タモティナと買ったやつ………」
ドタバタしていて忘れていたが、大事なものだ。向こうのギルドマスターが送ってくれたのだろうか。
どこに結んでおこうか少し悩み、最近鬱陶しくなっていた髪を後ろで纏め、布で結ぶ。これなら、なくなってもすぐ気づけるだろう。
「ほう、渡り鳥の祈願か。どこかに旅でもしていたのか?」
「あー、そうじゃなくて、旅に出る人とお揃いで買った。あとどれくらいで帰ってくるのかな………」
「旅に出る人、か。まあ気長に待つといい。そのうちひょっこりと顔を出すだろう。それよりも、だ。さっきはああ言ったが、学習は予習すればするほど良い。せっかくだから、一緒に教科書を読むとするか」
「あ、う、うん」
「おい、起きろ。朝だ」
「ん、んむ………」
翌朝、ライムに叩き起こされる。
寝返りを打たないおかげで、卵を潰す心配をしなくていいのは助かった。
しかし、別の心配はある。
「よし、昨日はお前が駄々をこねたが、今日は大浴場に行くぞ」
「こ、個室はないの………?」
「学生にあるわけないだろうが」
卵はまたベッドの下に隠し、ライムに引きずられるようにして、昨日用意されていた衣類を持って大浴場へと向かう。
「朝だから利用者も少ないだろう。お前の裸は………まあ、見る奴はいるだろうが、そんなに気にすることでもないだろう」
「逆ぅ………なんですけどねぇ………」
そのままズルズルと引きずられ、更衣室に入る。
ライムの言う通り他の学生はおらず、大量の木製ロッカーが並んでいた。
「着替えは持ってきているな? さっさと脱いで入るぞ。まだ早い時間とはいえ、授業開始時間には間に合わせなければならないからな」
それは本当にその通りなので、渋々服と尻尾カバーを脱ぎ、ロッカーに詰めていく。グランシアさんから貰ったこの服は肌触りが良くお気に入りだったのだが、これで当分お別れだろう。次は、学生服を着なければならないのだから。
「おい、脱いだか? だからなぜ目を逸らすんだ。とっとと入れ」
ライムに押され、浴場への扉を開ける。その瞬間に熱がこもった湿気が全身を包み、蒸気が一瞬目の前を塞ぐ。
次に目を開けたときには、前世の銭湯と大差ない浴場が目の前に広がっていた。一列に並ぶシャワーに、その前にある小さな椅子、それらの反対側には広い湯舟がある。
そして、それらを利用する少女、女性達の身体も。
「え、ちょっ………!?」
「………意外といるな。まあ、気にするな」
犬や猫のような耳、尻尾が生えている亜人の学生もいるが、さすがにサンドワームの方が目立つらしく、視線が肌に突き刺さるのを感じる。
なるべくその方には視線を向けず、ライムがシャワーを使い始めると、その隣のシャワーの前に立つ。
「………あ、こっちには石鹸ないんだ」
「昔はあったそうだが、何度も盗まれて廃止したそうだ。だがまあ、こすれば大体の汚れは落ちるからな」
シャワーのレバーを上げると、温かなお湯が出てきた。ギルドの風呂はぬるかったが、こっちはちゃんと温まっているらしい。
流れるお湯の中に頭を突っ込ませて、髪を一気に濡らす。前世ではそんなに濡らさなくてもよかったが、今の身体では意識しないと乾いたままのところが残ってしまう。
そのまま流れで全身を濡らしていき、最後に尻尾を軽く揉んでから、ライムを置いてすぐさま湯舟の方へ直行する。
シャワーには入念に髪を洗っているのか人が多いが、湯舟の方はあまりいない。それに、水面の反射で多少は見えないだろう。
「っ………ふぅ」
少し熱かったが、すぐに慣れて全身が湯の中に沈む。
ほんの少しぬるかったギルドの湯舟とは違い、身体の芯から温まるお湯に段々と筋肉が弛緩していく。
「はぁ〜………」
「東の国にある温泉の効能を再現する魔術がかけられているそうだ」
「んう………?」
いつの間にかライムも俺の隣に座っており、同じようにお湯に浸かっていた。
なんというか、なぜか知らないがお湯に弱くなった気がする。この距離で、話しかけられるまでライムがそばにいたことに気づかなかった。
だが、出ようとは微塵たりとも思わない。それだけ、風呂は気持ち良いものだ。
「………やはり、お前は一人で風呂には行かせられないな」
「んあ………?」
「なんでもない。ただ、時間切れは意識しておけよ」
「んー………」
………確かに、タイムリミットがある。あまり長居できないだろう。
仕方がない。今日しか入られないわけではない。
最後にお湯の中で身体を伸ばした後、立ち上がっる。
その気の緩んだ尻尾から、強烈な刺激が走った。
「ひぃあああぁぁ!?」
絶叫が浴場中に響き渡るが、そんなことを気にする余裕はない。
「ら、ライム、はなっ、離して………!」
「あ、いや、ぬ、抜けないんだが。力を抜いてくれ」
「で、でもぉ………!」
ライムの人差し指が、俺の尻尾の先、卵を産んだ穴の中に入っている。
ライムはなんとか指を抜こうとしているが、その細かな動き一つ一つに得も言えぬ強い刺激が伝わってくる。
声を必死に抑えるが、抑えたところでどうにかなるものでもない。
「やっ………あの、早っ、くぅ………」
「い、色っぽい声を出すな! 集中できなくなるだろうが!」
ライムは力任せに抜く方向へ切り替えたが、それでも指は抜けない。
おそらく、俺が無意識に尻尾に力を入れているせいだろうが、分かっていてもできるわけではない。
「は、はやくぅ………」
「分かってる! そこまで早くしたいなら力を抜いてくれ!」
「でもぉ………!」
尻尾からの刺激はなるべく無視し、穴を広げるように意識する。
しかし、結局刺激はその穴から出ているので、無視しようとすれば力が入り、意識しても刺激が強くなる。
「ねぇ、ちょっといい?」
「は、はい?───って、うわぁ!?」
突然声をかけられたかと思えば、肩を掴まれてずるっとお湯の中に引き摺り込まれる。
「んぶっ!?」
「今のうち!」
「え、あ、ああ!」
お湯の中に入ったことで筋肉が弛緩し、ようやくライムの指が穴から抜けた。
その瞬間、今まで以上の刺激が脳天を突き抜ける。
「んぶぶぅ!?」
お湯の中にいたことで絶叫は避けられたが、口内に水が入って思いっきりむせる。
「ごほっ、ごほっごほ!」
「大丈夫? ゆっくり息をして」
「ごほっ、はぁ………はぁ………」
背中をさすられながら、水を吐き出していく。
幸い胃に入ったものはなかったのか、吐き出た水から煙が上がることはなかった。
しばらくして、ようやく呼吸が落ち着き、湯舟のへりに身体を預ける。
その背中を、この状況を作り出した元凶がさすり始めた。
「な、なんでこんなところに指突っ込んだの………?」
「す、すまん、お前の股には排泄口がないから、まさかと思い、好奇心でやってしまった………」
「は、排泄口って………」
申し訳なさそうに縮こまりながら、ライムはそう答える。
そう言われて自分の股に手を回してみると、確かに割れ目も穴も一切ないマネキンのようなつるぺただった。これなら、ライムが疑問に思うのも無理はない。
「だけど、人の身体の穴に突っ込むなら一言欲しかったなぁ………」
「す、すまん。………ん? 言ったら入れていいのか?」
「それは………その時々だろうけど………」
俺も中身は男子高校生。そういう感覚に興味がないとは言えない。だが、それは時と場合による。今回のは、最悪に近い。
そこまで考えて、ここが大浴場であることを思い出す。入ってきたときに見た通り、利用者は程々に多く、そこであんな声を出したら………
「ら、ライム、早く出よ。っていうか、先に行ってるね」
「あ、ああ、そうだな。おい、お前、先ほどは助かった。次に会ったときに礼をしよう」
後ろから響くライムの声を聞きながら、俺を見つめる無数の視線を意識しないように早歩きで浴場を出る。
自分のロッカーにたどり着くと、仕舞っていたタオルで身体を拭いていく。しかし、焦っているせいか、身体が中々乾かない。
「焦るな、私がやってやろう」
まだ水が滴るライムが短く詠唱すると、俺の身体を温かな風が包み、水滴を一滴残らず下へ吹き落としてくれた。
なので、すぐさま学生服を取り出す。
「だから焦るなと言っている。その服は普通のものとは違っている。私も手伝うから、正確に着ろ」
確かに、学生服は前世のものとは着方が若干違っており、少し手間取ったところをライムの手が助けてくれる。
そして、ものの数分もしないうちに、紫色のローブまで羽織ることができた。
「よし、着方は覚えたな? じゃあ、外で待っておけ、と言おうと思ったが………私のそばにいろ。そうすれば絡まれることはないはずだ」
俺を追いかけてきたのか、数人の学生が浴場から出てくる。チラチラとこちらを見てくるので、俺のことが気になっているのだろう。
「………よし、こっちも着替え終わった。一旦部屋に行くぞ」
「わ、分かった」
ロッカーから荷物を全て取り出し、ライムについていく。
こんなことをしでかした後、再びこの浴場は使えるのだろうか。
「ねぇ、神様。あれが、転生者?」




