54、学習時間
「ふむ、ひとまず文字の学びはこれまでにして、次は魔術を触るとしよう。いざ学院で学ぶとなって一切知識がないというのは辛いものだからな」
「分かりました」
膝の上で尻尾にくるまれた卵達に注意しながら机にある教材をしまい、アイリスさんが出した本を開く。
その本の中には先ほどの子ども向けの教材よりもビッシリと文字が書かれていた。
「尻込みすることはない。渡した手帳にメモをしただろう。それを見ながらであれば、なんの魔術が記載されているかは分かるはずだ」
アイリスさんに言われた通り、アイリスさんから貰い、文字の勉強中に使っていた手帳を駆使すれば、今見ているページが火の魔術について書かれているのが分かった。
「よくできた。これは火の初級魔術『灯火』と言う。頭上に火を生成し、辺りを照らす魔術だ。使いどころはないことはないが、魔力消費が激しく使う者はめったに見ない」
アイリスさんはそう言いながらページをめくる。
そのページもまた手帳を使って読むと、今度は水の魔術について記されているのが分かった。
「その通り。読む速度が少し早くなったな。これは水の初級魔術『泡沫』と言う。水で満たされた泡を生成する魔術だ。誕生には少し皮肉めいた経緯があるが、それはのちに語ろう」
アイリスさんはまたページをめくろうとして、手を止める。
それを不思議に思って顔を上げると、アイリスさんは俺を見ていた。
「マレ殿、もしかすると………魔術の使い方が分からないのか?」
「あ、は、はい、魔術自体は何度か見たことありますけど………」
「………そうか。では、そこから学ぶとしよう」
今度は本の最初のページが開かれる。
それを手帳を元に読み解こうとするが、今回はなんのことが書いてあるのかさっぱり分からなかった。
「ここは様々なことが無理やり圧縮されている。そう落胆することはない。我が伝えるとしよう」
アイリスさんはそう言うと、書かれている内容をかいつまんで教えてくれる。
「まず魔力の素となる『魔素』のことだ。魔力はこれによって構成されており、魔術などで魔力を消費すれば、魔力は魔素となって霧散し、力を取り戻すとまた魔力として凝固する。また、魔力は全ての生物に宿っている。量については個体差があり、人族、亜人族ともに例外はない」
その説明だと、その力とやらがどこから来るのか分からないが、そこは光合成のように未解明なのだろうか。
「次に、魔術の使い方。魔術は詠唱しながらその結果を思い浮かべると発動できる。ただし、魔法と違い、発動自体は早いものの効果や範囲は込めた魔力量に比例しない。つまり、込めた魔力量にかかわらず常に一定量の効果が発揮される。この点は十分に注意した方が良い」
魔術ごとに消費魔力は異なる可能性があるので、本当に大事なことだろう。なので、手帳に書き足していく。
ちなみに、手帳には文字の意味や書き方などは日本語で書いている。アイリスさんは一度手帳の中身を見たが、全く知らない文字らしい。
「最後に、魔術と魔力の関係だ。基本的に魔術の発動には魔力が消費され、自身や周りの魔力が足りなければ不発となる。この場合、不発となった魔術でも込められた魔力の分は動くため、暴発しやすいので注意することだ」
魔力量はステータスウィンドウでも数値化されないため、連続で使うなら慣れが必要になるはず。
その辺、ライムは十分に慣れていそうだ。帰ってきたら、感覚やコツを教えてもらった方がいいだろう。
「これで魔術、魔力の基本的な情報は伝えた。次は実際に使ってみるとしよう。もっとも、我は一切使えないが」
「え、こんなに教え方が上手いのに………ですか?れ
「我の身体は少々特殊だ。身体能力が高い代わりに、魔術が一切使えない。それでも試行錯誤した結果、我が主から新入学生の師に任命された。望んだ結果ではないが、学んだことが無駄ではないと目の前で見られるのは、恵まれているのだろう」
アイリスさんのその言葉を聞いて、昨日の常熾を思い出す。
彼らはアイリスさんのような機会を得られず、これまでの努力に疑問を持ってしまったのだろうか。
少し物思いに耽っていると、いつの間にかアイリスさんは立ち上がって部屋のドアを開けていた。
「ここで魔術の実習は危険だ。少し移動するとしよう」
「あ、は、はい!」
卵達を袋代わりの防寒着の中へ押し込んで持ち上げ、アイリスさんについていく。
入り組んだギルド内を歩いていくと、一際大きな階段が見えてきた。それは下へ続いており、中からは詠唱らしき言葉が絶えず響いている。
「この下が実習用練習室だ。入り口でどれだけの時間利用するかを記載し、その時間だけ利用できる。………何かあったか?」
「………あ、いや、なんでも、ないです」
人化できたとはいえ、あの地下室の体験は未だに尾を引きずっている。
さすがにあんな体験が二度もあるとは思えないが、地下室と聞くだけで少し引いてしまった。
今思い返してみれば、あの轟雷龍の襲来のときに地下室へ逃げ遅れたのは、俺が無意識に止まったからなのかもしれない。
「今度にするか? 学びは決して、無理にすることはない」
「………いや、大丈夫です。行きます」
「………そうか」
俺の返事を聞いたアイリスさんとともに階段を下り、受付のような窓口がある金属扉の前に着いた。
窓口と扉以外は金網で通路が塞がれており、先ほどよりも大きな詠唱の声が聞こえてくる。
「あら、アイリスさんじゃないですか。今日も見習いの教習ですか?」
「そんなところだ。今日は半々刻ほど使用する」
「慣らしですね、分かりました。では、アイリスさんは私が記入するとして………教習生の方はこちらへ名前の記入をどうぞ」
「あ………その………」
窓口の受付嬢が、紙が留められたボードを俺の目の前に出す。
少し迷ってアイリスさんの方を見ると、アイリスさんは大きく頷いた。
「臆することはない。先ほど学んだことを活かす時だ」
「は、はい………!」
手帳を見ながら自分の名前の字を探し、少し間違えながらも拙い筆跡で記入する。
受付嬢はその字を見ると一瞬しかめっ面になったが、名前として十分と判断したのか、扉からガチャン!と音が響き、ゆっくりと開いた。
「さあ、行くぞ」
通路を抜けると、地下とは思えないほど広い石造りの部屋にいくつもの仕切りが立てられ、その中の学生達は思い思いに魔術を撃っている。
アイリスさんはその中の空いている一つに入り、俺に手招きした。
「ここで実習しよう。卵は隅に置いておいてくれ」
「わ、分かりました」
言われた通りに卵を置き、アイリスさんの前に立つ。
いつの間にかアイリスは片手に本を、もう片方の手には宝石がはめ込まれた小杖を持っていた。
「これが学院が外に出している初級学書だ。もう一つは同じく輸出用の初級魔杖。初心者にはこれが最適だ」
アイリスさんから杖と本を受け取り、何が書いてあるか試しに本を開くと、俺の後ろからアイリスさんが本を覗いた。
「まずは12ページを開いてくれ。まず、初級の初級、『小礫』を唱えてみよう」
「12………ここですかね」
数字は前世と変わらないのは助かった。
開いたページには小さな石が飛んでいく絵とともに、その説明らしき文章が書かれている。
「学院内では子ども遊びと称される魔術だが、学び始めのときに誰もが通る道だ。だが、これを発動できるか否かで、魔術を学べるかどうかが決まる」
アイリスさんからこの魔術の説明を聞き、杖先を壁に向ける。
簡単に言えば、小石が杖の先から飛んでいくようにイメージしながら詠唱すれば発動できるらしい。
ということで、早速杖先を壁に向け、その壁に小石が真っ直ぐ飛んでいく想像をしながら、教えてもらった詠唱を開始する。
「万物の意思よ、その欠片を我の手元に手繰り寄せろ。『小礫』」
杖を握りしめてそう言い終えた瞬間、杖の先に何か黒いものが現れ、プルプルと小刻みに揺れた後、ポトンと下に落ちた。
「………え?」
「………マレ殿、どのような小石を想像したんだ?」
「えっと………」
小石と聞いて真っ直ぐ想像したのが、ゲーム内の低レアアイテムの『石ころ』だ。
低レアながら敵に投げれば必ず1ダメージを与えるという性質が、勝手に混ざっていたかもしれない。そのせいで飛んでいかず、自分で投げなければならない小石になったのだろうか。
「詳細は分からないが、極端に言えばこれはマレ殿だけの魔術だ。だが、魔術はこの出来から規則に沿ったものへ近づけなければならない。それを慣れるまで繰り返し、咄嗟の場合でも使用できるようにする。それが魔術の本懐の一つであり、魔術における学びだ」
アイリスさんはそう言いながら小石もとい石ころを持ち上げ、手のひらの上で転がす。
これが俺のオリジナルとは思えないが、飛んでいくのを想像していたはずなのにその場で落ちるのは、確かに欠陥だろう。
「とりあえず、これは慣らしだ。さらに何回か発動し、己の魔力量を知るのが目的だ。できないことを気に病む必要はない」
「は、はい、分かりました」
その後何度か『小礫』を使うも、全て飛んでいかず、アイリスさんの手のひらに石ころの山を築くだけで、一度もちゃんとした魔術を撃つことができない。
そして、18度目の『小礫』で、身体の内に小さな穴が開いているようなぽっかりとした空虚さがあるのを感じた。
「それが魔力枯渇の予兆だ。今日はここまでにしよう。ところで………この小石はどうすれば効果終了する?」
その問いに少し考え、アイリスさんの手のひらにある石ころの山から一つつまんで壁に向かって軽く投げる。
これが本当に石ころなら………
「消えた………? この石はどういう性質を持っているんだ?」
「あ、えっと、多分、当たった生物にほんの少しのダメージを与えて、それ以外に当たると消える………と思います」
「………想像は体験したものでしか実らないと言うが、マレ殿は我が想像できないような体験をしてきたのだな」
「んまあ………はい………」
この世界にゲームは存在しないのだから、この世界の住人が体験できるはずもないだろう。
しかし、逆に言えば、この世界の住人は俺の想像もつかないような生活を、体験をしている。そういう点で言えば、どっこいどっこいな気もする。
とりあえず、石ころを処分するために、アイリスさんとともに石ころを投げていく。
最後の一つになったところで、アイリスさんはそれを手渡してきた。
「少し試したい。その小石がどんな威力、効果を持っているのかを。我に向かって投げてくれ」
「え、それって大丈夫ですか? 自分でさえよく分かっていないのに………」
「だからこそだ。さあ」
少し悩んだが、少し離れて両手を広げたアイリスさんに向かって弱めに投げる。
放物線を描いて飛んでいくそれは、アイリスさんの鎧の中心、胸にヒットした。
「ッ!? な、なるほど………」
石ころは霞のように消え、アイリスさんも大きなダメージを負っていないようで安心したが、アイリスさんはしきりに胸をさすっており、何かを気にする様子を見せる。
「あの、大丈夫ですか?」
「なるほど………対象者に対し、必ず傷をつけるのか。面白い」
「あ、あの、アイリスさん?」
「あ、ああ、すまない。少し考えていた。だが………………もしかすると、マレ殿のその魔術は直さなくてもいい可能性がある。磨かなくてはならないが」
飛ばずにその場に落ち、投げたところで壁や床には当たらず、当たったところで1ダメージしか与えられない石ころが?
確かに使いどころは全くないわけではないだろうが………
「先ほどの部屋に戻ろう。その後、我は我が主と少し話をする。その間は部屋で待機。分かったか?」
「あ、は、はい、分かりました」
私の執務室、その中のソファで寛ぎながらアイリスちゃんと話す。
「ふ〜ん、鎧越しでも痛みを与える『小礫』ねぇ………」
「あのような小石で痛みを感じたことに、驚いた。主の言う通り、マレ殿は唯一無二の魔術を作り出すかもしれない」
「でも、もうちょっと派手なのがよかったな〜」
そうすれば私の戦術に組み込めるし、使っていて楽しいものになる。
戦るなら、楽しく。短い人生、楽しまないと損だしね。
「次は、何を教える? 最初で魔術を成功させたあの素質なら、初級魔術は全て発動できると思うが」
「う〜ん………」
そもそも初級魔術はどれもパッとしないし、そこから派生しても戦闘には使えなさそう。
やっぱり一番は、マレちゃんだけの魔術を一から作ってもらうのが良いかな。
「なら、学院に入学させるのが一番か。本人も、魔術を楽しんでいた。特に反発はないはずだ」
「まあ、もうマレちゃんの口から言質取ってるから反対しないと思うよ。ライムちゃんもいることだし」
身近な教師の存在は、マレちゃんにとっての魔術の敷居をだいぶ低くしているはず。
学院がどれだけろくでもないところでも、こんなものかと思ってもらえればいいかな。
「あ、それで、卵の様子はどう? 何か変わった?」
「いや、何も変わらず。もう少し時間がかかるだろう」
「早く孵ってくれないかな〜。サンドワームの亜人の子どもって、どんな見た目になってるんだろうね」
「獣人は比較的原始の姿で生まれると聞く。サンドワームもその類いではないか?」
「案外人の姿で生まれるかもよ〜………っと、誰か来たかな?」
部屋の前に仕掛けておいた魔術陣に反応がある。
けど、この時間に面会を予約してる人はいないし、職員かな?
私のそんな軽い予想は、悪い意味で違った。
「あ、あの………すみません………」
「ん、マレちゃん? マレちゃん!?」
執務室に入ってきたのは、辛そうに卵を抱えるマレちゃん。
その顔色は蒼白で、今にも倒れそうになっている。
「マレ殿!」
ふらっと一瞬揺れたマレちゃんの身体を、アイリスちゃんが間一髪で受け止めた。
そういえば、卵を産んでどれだけの時間が経ったか聞いてないけど、確実に産んだばかりのはず。この国に来るまでに色々なことがあっただろうし、体力的にどう考えても休ませるべきだった。
「か、風邪、ですかね………」
「熱は………ない。そう簡単な話ではないようだ」
「と、とりあえず、ソファで休んで。卵は私が持つから」
卵を受け取って机の上に置き、マレちゃんはソファの上に寝かせる。
そして、何が原因でこうなったか確信を持つために、マレちゃんの身体に『秘匿魔術』をかけた。
「熱はないし………風邪ではないね。でも、体力がないわけでもない………?」
どちらかというと、魔力の方が危ない。もう気絶していてもおかしくないくらい魔力が少なくなっている。
でも、アイリスちゃんの話だと、部屋に戻るまで普通に歩いていたみたいだし、なんでこんなことに?
とりあえずマレちゃんに魔力を流し込んで、無理やり魔力量を安定させる。人によっては拒絶反応が出ちゃうけど、マレちゃんはそういうのはなかった。
「アイリスちゃん、何かおかしなところはなかった?」
「………………申し訳ない。分からない。ただ、嘘をついているように見えなかった。嘘をつく必要も思い当たらない」
「だよねぇ」
じゃあ、部屋で待ってる間に何かあったと考えた方がいいね。
元々魔術の慣らしで魔力が減ってたみたいだし、勝手に魔術を使っちゃったとか?
なぜこうなったか考えながらマレちゃんの手を握り、そこから魔力を流していると、二人目の訪問者がやってきた。
「帰ったぞ。あの受付嬢、私がお前の友人だと知ると面白い顔をして、いた、な………」
扉を開けたライムちゃんは、そのまま固まる。
不思議に思って自分を見ると、卵は机の上に、マレちゃんはなぜかソファに倒れて息を荒くしており、その隣にマレちゃんを殺そうと言ってた私がいる。
いやでも、割と長年の付き合いだったし、さすがに疑われるなんてことは………
「貴様、マレに何をしている?」
あっちゃった。




