52、火種と囁き
「………常熾は、知っているか?
初代魔導師ネル・ラリウスが迫害されていたとき、その夜を越える道標として自らの身体を魔術の火へ焚べた者達のことだ。
彼らは死を超越したが、それと引き換えに魔術を使う知能を失った。
そうと分かっても火に殉じた彼らは、のちに魔術の夜明けの象徴として称えられた。
そんな名誉ある彼らを愚弄する勢力が、いくつかある」
月に照らされた路地裏のちょっとした広場で、石畳の隙間から小さな黒煙がいくつも上がる。
その煙の出所は、未だ燻り続ける肉片だ。
「まず、生に縋りつく魔術師モドキども。奴らは世界の理から逃れるべく、民間人を強制的に常熾にして研究している、唾棄すべき人でなしだ」
ライムの小さな手のひらに、その肉片が集められていく。
魔術によって散ったはずなのに、まだモゾモゾと動き続ける肉片を。
「次に、常熾を魔法と捉える熾喰い教の狂信者。常熾を喰らえば永遠の命が得られると思っている馬鹿どもだ。奴らが勝手に常熾の火に焼かれるのはいいが、その常熾に使われるのは教団の信者でもなんでもない、ただの民間人だ」
やがて、全ての焦げた肉片を集め終わったライムは、それを両手でギュッと押し固めた。
「最後に、自分の素質に絶望したこの阿呆ども。このネテリウネス魔術学国で魔術を修めたというだけで外の世界では職に困らんというのに、学院に固執し、上を見上げ絶望し、それでもこの身が何かの道標になればと、自分勝手な理由で自殺紛いに常熾になる。それが常熾の本質を失わせていると想像できん、頭の固い奴らだ」
肉片の元だったであろう人々を貶しながら、それでもライムは優しく肉片の塊に息を吹きかける。
すると、まだ火を吹き返しそうだった肉片達は途端に灰と化し、風に乗って儚く夜空へと舞い上がった。
「死のない常熾の、正式な死なせ方だ。どんな魔術を食らっても消えない火は、たかだか小娘の息一つで灰になる。いや、灰に戻る。魔術師モドキや熾喰い教が、純粋に常熾にならん理由の一つだ」
夜空へ消えていく灰を見送りながら、ライムは感傷的にため息を吐く。
もしかすると、常熾になりたかった時期があったのだろうか。出来損ないと呼ばれ、盗賊団に身を寄せるほど追い詰められていた、この少女は。
一瞬それを聞こうと思ったが、俺相手にそれを言うとは思えないので、代わりに別の言葉を出す。
「えっと、それで、次はどこに行く? 一応、あっちから音は聞こえるけど………」
「………案内しろ。ただ、あとで学院に寄らせてくれ。こいつを届けたい」
そう言うライムの手のひらには、灰に塗れた緑色のブローチがいくつか見えた。
色こそ違うものの、ライムが付けている火を模したブローチによく似ている。
「それは………さっきの?」
「ああ、常熾になった奴らのだ。常熾の名誉を汚したとはいえ、こいつらも学院の生徒だ」
特段断る理由がないので、首を縦に振る。
ライムは「すまん」と一言謝り、ブローチを懐へしまった。
「で、どっちだ? ここは常に夜だが、昼夜くらいの概念はある。今日中に冒険者ギルドに着かなければ、最悪野宿する羽目になるぞ」
「あ、えっと………こっちかな?」
「………随分、かかったな」
「地図があればよかったのに………」
あれから数時間後、路地裏を抜け出し、通りを彷徨いまくった末に、ようやく冒険者ギルドらしき大きな石造りの建物を見つけた。
その前の大通りには、ライムと同じような紫色のローブの中に学生服を着た人々が多く行き交っている。
ちなみに、今は荷物が斧槍代わりになって尻尾とのバランスを取れている。まだ中腰にならなくて済みそうだ。
「………ここでも冒険者は人気のようだな」
他の学生から妙に視線を向けられているのを丸々無視したライムは、躊躇なく冒険者ギルドへ入った。
入り口にドアはなく、どこかハロウィン風に装飾されたアーチが入り口を飾っている。
その中は上品な雰囲気が漂っており、バルデルハラ街の冒険者ギルドが酒場なら、ここはバーのようだ。
実際、バーのようなカウンターの後ろにはいくつもの酒瓶が並べられ、受付嬢らしき女性達が丁寧に学生達の対応をしていた。
ここでも視線がいくつもライムに注がれる中、当の本人はドカドカと真っ直ぐカウンターに向かい、それを見た受付嬢の一人が対応を始める。
「いらっしゃいませ。初めてのご来店とお見受けしますが、どのような注文をいたしますか?」
「とりあえず、ここのギルドマスターを出せ」
「………………え、は?」
さすがの受付嬢も開口一番責任者を出せとは言われたことがないようで、ポカンと口を開けた。
そして、ライムがただ者ではないと悟ったのか、別の受付嬢が前に割り込んでくる。先ほどの受付嬢より年齢が上のようで、どこか貫禄がある。
「申し訳ありません。私が対応させていただきますわ。それで………ギルドマスターとお会いしたい場合は事前の連絡や予約が必要なのですが、それはもうお済みで?」
「あ? あの変な目のガキ、手続きは済ませなかったのか?」
「………いや、俺達が早かっただけでしょ」
ギルドマスター達も俺達がここまで早く到着するとは思わなかっただろう。途中で魔力が足りなくなるだろうからと持たされたムギ薬も、結局三本しか消費していない。
「そういうことでしたら、後日、予約を取り、予約日に再びお越しください」
「………ちなみに、今予約したらいつ会えるんだ?」
「そうですね………………ざっと、二ヶ月ほどお時間が必要かと」
「話にならん。私達は今すぐ会いたいんだ」
「申し訳ありません。それは不可能でございます。今も予約済みのお客様の対応に当たっていますし、お待ちのお客様も大勢います。一人を特別扱いすることはできません」
「融通の効かん奴め」
「あ、あのちょっといい………?」
「ああ? なんだ?」
互いに人を射殺せそうな視線を出す受付嬢とライムの間に勇気を出して割り込み、声を潜めてライムに問う。
「あの、向こうのギルドマスターの名前と紋章をここで出せばいいんじゃないの?」
俺のその言葉に、ライムが心底うんざりするような顔になった。
「お前、馬鹿か? ここであのガキの名前を出しても意味がない。紋章だって、すぐにあの好色家どもに嗅ぎつけられて終わりだ。だから私はここのギルドマスターを呼び出そうとしてるんだろうが」
どうやら、ライムは俺を思ってやっているらしい。
しかし、このままでは明らかに水掛け論だ。しかも、一人は理屈のない一方的な要求のため、論ですらない。
「退け。私はお前をここのギルドマスターに届ける仕事がある。あれだけ迷って来たからにはさっさと終わらせたいんだ」
「ですから、不可能なものは不可能なのです。お引き取りください」
「できないからこうしてるんだろうが」
また受付嬢とライムの視線が細められる。
だが、意外にもライムは引き下がった。
「………マレ、今日は引くぞ」
「え? でも、せっかく来たのに………」
「今日は引くんだ。諦めたわけではない」
「事前の連絡や予約なしでは面会はできませんと言っているでしょう。予約をしてください」
ライムは受付嬢の言葉を無視し、ズカズカとギルドを出ていく。
対応してくれた受付嬢をピキらせたまま放置するのは怖いが、俺一人だと何もできないため、慌ててライムの後を追った。
「………これから、どうするの?」
「まずは学院にブローチを届けに行く。その後は貴族に卵を売りつけに行くぞ」
「え、そういうのって専門店とかじゃないの?」
「結局は店だからな。相場や売り上げを気にして微妙な値段で買い取ろうとしてくるはずだ。だが、好事家達にはそんなもの関係ない。こっちの言い値で買い取ってくれるだろう」
「へぇー」
確かに前世でも、鑑定所に持っていくよりコレクターのオークションにかけた方が値段が高くなる気がする。
世界基準的な価値と個人が見出す価値は、丸っきり異なるということだろうか。
今度は迷わないよう大通りを突き進もうと、ライムが学院までの道のりの一歩を踏み出そうとしたそのとき、
「ねぇねぇ、卵ってどんなものかな?」
後ろから声をかけられた。
「あ? 誰だ………って、お前か」
振り返ると、とんがり帽子にドレスに似た黒いローブを着たTHE魔女的な出で立ちの女性が立っていた。
ライムとは親しい仲のようで、女性は微笑み、ライムはまたうんざりしたような表情になる。
「久しぶりだね、ライムちゃん。私刑囚になったって聞いたけど、本当なの?」
「ああ、竜の狩人があそこまでタフで怪力とは想定外だった」
ライムの何でもないような返答に、女性は少し表情が曇った。
その表情のまま、今度は俺に視線が向く。
「それで、そっちの子が被害者かな?」
「あ、えっと………間接的に?」
「ふむ、お前にとっては間接的なのか。まあ、そうだな。こいつは直接的な被害者ではない。私は向こうの冒険者ギルドに放り込まれ、いいように使われているだけだ」
「ふーん。それで、なんで帰ってこられたの? 貴族の報復が怖いってんならもっと早く帰ってきてるだろうし、そうじゃないなら普通は帰ってこられないし」
「こいつをここの冒険者ギルドのギルドマスターの元に運べと命令された。だが、向こうの連絡が来ていないかそもそもしていないかで会えん。全く、面倒なことになった」
「ふーん………」
女性は少し思案するように押し黙ったが、突然満面の笑みでライムの頭を撫でた。
「なっ、なんだお前!」
「そういうことならウチにおいでよ。その子も一緒に来ていいからさ」
女性の言葉に、ライムと顔を見合わせる。
ライムがポロポロ情報を話していたので信頼できるのだろうが、それでも俺は初対面だ。女性がどんな人物なのか、ほとんど分からない。
ライムもしばらく悩んでいたが、やがてゆっくりと頷いた。
「ここにどれだけいるか分からん以上、宿代だけでも浮かせたい。それに、口は堅いはずだ。まあ………信頼できるだろう」
「それなら、まあ………」
「すごい渋々って感じだね。大丈夫大丈夫! 私の家はあそこだから!」
そう女性が指差すのは、先ほど出てきた冒険者ギルド。
結局、この女性も宿暮らしなのだろうか。
ライムも同じことを思ったようで、呆れた様子でため息をつく。
「はあ………お前も宿を取っているのか? しかも冒険者ギルドの。さっきそこで少し騒いでしまってな。私はもう出禁だろう」
「ん? そんなこと気にしなくていいよ。気軽に入っても大丈夫だし」
「はあ? 話を聞いていなかったのか?」
ライムの表情が呆れたものから馬鹿を見る目になる。
しかし、それでも女性は笑顔を崩さず、さも当然のように言った。
「いや、だって私、ギルドマスターだもん」
「は?」
「え?」
「それで、私に話と言うのは?」
あの亜人ちゃんは別部屋で待機させて、ライムちゃんだけ私の執務室に入れた。
念のため、遮音魔術もかけておく。
「ほう? ここまでするとは、よほど大事な話らしいな」
「まあね。とりあえずそこに座ってよ」
ライムちゃんをソファに座らせ、私は隣に座ってライムちゃんに抱き着く。ライムちゃんは思いっきり嫌な顔になるけど、引き剥がしはしなかった。
本当、詰めが甘くて中途半端に優しい子。
「だから、あの子を殺そうとは考えられないんだね」
「………なんだと?」
ライムちゃんの首にかけられている囚人用の『隷属の首輪』。これを知っている人は少なく、誰かに頼んで壊してもらえばライムちゃんは自由になれる。
デルンツ王国からこの国に真っ直ぐ来るんじゃなくて、どこかで逸れて小国の一つに降り立てば、そこで全てのしがらみから逃れられたはず。
そうしなかったのは、ライムちゃんが優しすぎるせい。敵には容赦ないのに、そうじゃない人達にはとことん甘い、中途半端な優しさ。
「なら、私が首輪を壊して、あの子も殺してあげようか? そうしたら、ライムちゃんはまた旅に出られるよ。あのときはあまりお金を上げられなくて盗賊団の一員になっちゃったけど、今度は私の名義も貸してあげる」
「………………………」
私なら、あんな世間に疎そうな足手纏いはさっさと処分して、自由に世界を見に行く。それに、ライムちゃんの魔術ならどんなところでも行けるし、誰も見たことがないような景色も見に行けると思う。
だから、なんでライムちゃんが悩んでいるのか分からない。
「………大丈夫。あの子がどんな亜人かは分からないけど、バラシて色んなところに売れば、足もつかない。使えるお金も増えるだろうし、あの子の荷物はぜーんぶライムちゃんのもの。私刑囚になるくらいやっちゃっても、まだやり直せるよ」
「………それで? お前もついていきたいとか言いだすんだろう?」
「………バレちゃってたか」
そう、私はこの国から出たい。太陽と月が回る、本物の空を見に行きたい。
でも、私は自分でも笑っちゃうくらい寂しがりや。一人で出ても、すぐに戻ってきちゃう。
「でもでも、ライムちゃんと一緒なら、問題解決だよね」
というかもう、国を出たいというより、ライムちゃんと旅がしたい。
どこまでも続く空で、二人っきりの自由な旅。こんなロマンチックな物語、小説でも読めない。
「だから、あの子は殺しちゃって、私と一緒に行こう? 楽しいよ、きっと」
「そう、だな。私は………」




