50、奪い合い
「う、ううう………………」
「これは………そういうことですか。まだまだ残っているみたいです。ちゃんと最後まで出しましょう。あと、テンは向こうを向いてください」
「了解です」
「私は支えておきましょう」
少女と護衛達はこの拳大の白く丸い石のようなものを知っているのかあまり慌てず、さらに排泄を促すように尻尾をなで続ける。
触れられただけで決壊した便意はそれに抗うことなどできず、さらに一個、二個と、透明な粘液を纏って尻尾の先から白い石が出てくる。
「うう、なに………これぇ………?」
入口で詰まっていた便がようやく出た時に感じる解放感を何倍にも強めたような感覚が全身を襲う。
快感にも似たそれは、感じるたびに体力を大量に消費しているらしく、段々と足腰から力が抜けていく。
それを、女性が横から支えた。
「初めてですか? 見た目の割に、まだ幼いようですね。これはおそらく………」
「はい、月のものですね。安心してください。ベイラとテンとともに鳥の亜人さんの対処をしたことがあります」
月のもの………月経のことだろうか。ということは、この白く丸い石は俺の卵………?
「?????」
「初めてで混乱するのは分かりますが、落ち着いてください。力みすぎると、余計に疲れてしまいますよ」
強張った俺の身体を、女性が抱き締める。
その体温と鼓動に身体が安心したのか、上を向いていた尻尾が自然に垂れ下がり、先ほどよりもスムーズに卵が出てきた。
「………尻尾の張り的に、これで最後のようですね。お疲れ様です」
「はあ………はあ………」
結局、卵を五個出して、ようやく便意が収まる。
涙で滲む視界で尻尾を見ると、あんなに張っていた尻尾は元通りの太さに戻っており、その先は粘液で汚れていた。
「粘液は他のカーテンで拭いて燃やしましょうか。卵は………どうしますか? サンドワームの卵は貴重らしいので、高く売れると思いますが………」
「ベイラ、先に休ませてあげましょう。領主様に、少し遅れると言ってきてください」
「分かりました。なら、テンは粘液の対処を」
「了解しました」
床にへたり込む俺をよそに役割分担が完了したらしく、女性は先に階段を下り、少女は俺の尻尾と卵をカーテンの切れ端で拭き、男性はビショビショになった布をたき火に放り込んで火魔法で焼き始めた。
「………はい、これでどちらも綺麗になりましたね。亜人さん、この卵はどうしますか………………って、え?」
卵を抱えた少女が俺を見て突然固まる。
俺に何かあるのか自分の身体を見下ろすと、汗と混乱でずれたのか、服がはだけていた。
胸元の紋章が見えるほどに。
「ッ………!?」
素早く服の襟を正し、少女に背を向ける。
少女の反応を伺うと、まだ固まっていた。が、少ししてハッと我に返ると、
「あ、えっと………卵、どうしますか………?」
また同じ質問をしてきた。どうやら、少女の脳は見間違いと処理してくれたようだ。
「と、とりあえずカーテンにくるんで持って帰ります………」
思わず敬語でそう答え、尻尾が元通りになったおかげで必要なくなったカーテンで卵を受け取り、風呂敷のように結んで中へしまう。
卵は真球のように丸く、殻はかなり硬そうだった。かつてのこの肉体も、この殻を突き破って生まれてきたのだろうか。
「全部焼き終わりました。………お嬢様、何かありましたか?」
「あ、い、いえ、特に、何も………」
少女は本当に見間違いと思ったらしく、護衛にも何も言わない。
それなら、ギルドマスターと相談して少女を消す必要性はなさそうだ。
「えっ………と、案外早く終わりました、ね。下に戻りましょうか………」
「………お嬢様、気になることがあれば言ってくださいね」
「………分かっています」
尻尾に布を巻き直し、少女と護衛についていく。
途中で護衛の女性と合流し、一階のエントランスまで下りた。
一階にはすでに多くの侍女や侍従らしき人々が清掃をしており、その中心で指示を飛ばしていた格式高そうな服に身を包んだ男性がこちらに気づいた。
「これはこれは、よくぞご無事で戻られましたね」
「領主様、この度の避難場所の提供、感謝いたします」
「そうかしこまらないでください。救われたのは我々の方です。あの強大な魔術、貴女様のおかげでしょう?」
領主らしい男性が「その勇気、素晴らしいです」と拍手すると、周りの侍女侍従も示し合わせたように拍手の波が広がり、轟雷龍の雷に負けず劣らずの万雷の拍手が巻き起こる。
その中心に立たされる少女は照れるように顔を赤らめ、モジモジし始める。それに助け舟を出すように、護衛の女性が質問を投げかけた。
「それにしても、なぜ今回は撃退に失敗したのですか? 対龍兵器は豊富と聞いていたのですが」
その言葉を聞いた領主は笑顔から一転して苦々しい表情になり、重く口を開いた。
「それが、何者かが火薬を湿らせていたようで………侵入者の仕業ということは判明しておりますが、その侵入経路も不明でして………」
「………そうですか。お嬢様、どうしますか? もう帰りますか?」
護衛の女性は領主には冷たく、少女には優しく言葉をかける。
少女は一瞬だけ俺を振り返った後、首を横に振った。
「………まだ………まだ探し物を見つけていません。あの子を見つけるまでは………」
「………分かりました」
「………………ん?」
そういえば、セーネインさんがサイルガ家が来ていると言っていたはず。そのサイルガ家は探し物があってこの街に来たらしい。
………いや、サイルガ家は息子達だけなので、この少女はサイルガ家ではないだろう。
「それで、そちらの亜人の方は………?」
突然、領主の目がこちらに向く。
領主がどのような仕事をしているか知らないが、今の俺は密入国者同然。それがバレれば、追放の可能性もある。あまり深く考えず少女達についていったのは失敗だった。
「………この亜人さんは私達と同じように初めて轟雷龍の襲撃を受けたようで、混乱して上階に上がってしまったそうです。そうですよね?」
「え、あ、は、はい、そうです」
俺が答えるより早く少女が言い、俺はその言葉に頷く。
これで難を逃れたかと思ったが、領主は「それなら」と続けた。
「その荷物の中身はなんでしょうか? 見たところ、我が城館のカーテンとお見受けしますが………」
「それは………」
少女は俺の方を見て頷く。見せてもいい、ということだろうか。
一応従い、カーテンを開く。中は当然のように卵が入っており、領主はそれを見て声を上げる。
「おお、サンドワームの卵ですか。かなり貴重なのですね。しかし………失礼ですが、ちゃんと検問を通りましたか? それほど貴重なものなら、部下から報告が入るはずなのですが、あいにく聞き逃したのか私は知らないんですよね」
その言葉は予想していなかったのか、少女の表情が苦しいものになる。
この卵は先ほど俺が生んだものだ。検問なんて通るわけがない。ましてや俺自身も検問を馬車で素通りした身。報告など行くはずもない。
「………ふむ、密輸入はそれなりの罰則になるのですが、まさかサイルガ家が庇うわけがありませんよね?」
「………え、サイルガ家?」
いや、ギルドマスターの話では、息子達だけのはずだ。サイルガ家の娘がいるなんて聞いていない。
一応、もしそうだとしたら、俺を庇おうとしている理由は分かる。サイルガ家は所有欲が強いらしい。自分のものが他人に渡るのを大いに嫌うそうだ。
あれ? 俺どっちにしろ詰んでないか?
「こ、この亜人、さんは………」
少女もといサイルガ家の娘は何か言おうとするが、口が開閉するだけで言葉は出てこない。その護衛達も、すでに諦めたように静観している。
「ここは交易の要。ゆえに、市場を崩壊させるような密輸入・密輸出は厳しく取り締まっています。その亜人はそれに引っかかった。それだけのことなのですよ」
領主が一歩一歩、ゆっくりと俺に近づいてくる。それに合わせて、掃除していたはずの侍従達も周りを囲む。
今の俺なら、突破くらいならできる………はず。しかし、そうなれば罪状が重くなり、指名手配もされるかもしれない。何より、冒険者ギルドやなぜか助けようとしてくれているサイルガ家の娘に迷惑がかかる。
大人しく、捕まるしかない。
卵を再びカーテンにくるみながら、無抵抗を示すためにその場に座る。
「ふむ、その潔さは認めましょう。しかし………」
そして、領主が右手を高く上げて何かを指示しようとした、そのとき、
「少し、待ってもらえませんか?」
よく通る声が、エントランスに響いた。
「………これはこれは、冒険者ギルドのギルドマスター殿ではありませんか。冒険者ギルドも少なからず被害を受けたと聞いています。このようなところにいてもよいのですか?」
領主は右手を下ろし、ギルドマスターに向き直る。
対して正門から入ってきたギルドマスターは俺を一瞥した後、パチンと指を鳴らした。
それを合図に、正門から二つの人影が入ってくる。
「実は『龍戦場』の侵入者に心当たりがありましてね。それを元に捜索すると………」
人影のうちの一つ、セーネインさんが縄で縛られたもう一つの人影を領主の前に投げた。
その黒い外套と口を隠す黒い布は、先日捕縛したはずの盗賊団の一人だった。
「門番が気づけないほどの技術を持つ彼らなら、龍戦場への侵入も可能かと思いまして。街を守る領主様なら、こちらの方を優先するべきでは?」
「………そうですか。しかし、こちらも今密輸入が判明しましてね」
「ああ、申し訳ございません。そちらの亜人は僕の客人でして。色々と立て込んでしまい、報告し忘れていたようです」
ギルドマスターと領主の打算的で冷ややかな目がぶつかり合う。
見ているこちらとしても寒くなりそうな視線を、先に領主が下げた。
「………そうでしたか。次からはちゃんと気を付けるように」
「胸に刻んでおきます」
「それと、密輸入の件は報連相を徹底してください。彼女に関する報告を楽しみにしておりますよ」
「重々承知しました」
領主は手振りで侍従達に指示し、何人かの侍従は盗賊を確保、残りは清掃に戻る。
領主自身は盗賊を連れていく侍従についていき、城館から出た。
「リ………ファドマさん、大丈夫ですか?」
「は、はい、助かりました」
駆け寄ってきたセーネインさんの手に掴まって立ち上がる。
ギルドマスターも安心したような表情で歩いてきた。
「ハーマノ姉さんからはぐれたと聞いたときは、流石に肝を冷やしました。なぜ手を離したんですか」
セーネインさんに責めるようにそう言われ、少し縮こまってしまう。
ただ、本当に責めるつもりはなかったようで、暖かな手が俺の頭を撫でた。
「危機一髪、といったところでしょうか。間に合ってよかったです。僕もこれでようやく一安心できます」
二人に会ったことで、心の中に安堵が生まれる。しかし、脅威は領主だけではない。
「あ、あの、ギルドマスター様はその亜人さんとお知り合いなのですか?」
俺達の様子を見ていたサイルガ家の娘が、おずおずといった感じでギルドマスターに問う。
それに対して、ギルドマスターは極めて機械的に、抑揚のない声で答えた。
「この方は冒険者ギルドで保護している人物です。辛い過去をお持ちのようなので、詮索はしないでください」
「わ、分かりました………」
ギルドマスターの圧に負けたのか、サイルガ家の娘が一歩下がる。その代わりと言うように、今度は護衛の男性が前に出た。
「ですが、その方はサンドワームの亜人のようです。ギルドで保護するには、少し荷が重いのではないでしょうか」
「………何が言いたいのでしょうか」
ギルドマスターの声に、感情が乗る。
しかし、護衛の男性は下がらず、続けて言葉を紡ぐ。
「私達が保護するのはどうでしょうか。各所で傍若無人な振る舞いのサイルガ家ですが、それでも貴族の特権は機能しております。先ほどのような状況を、事前に回避することができます」
「………………………」
確かに、貴族の権力を振りかざせば、罪の一つや二つ、もみ消せるのだろう。
しかし、結局はサイルガ家だ。なぜか俺に来てほしそうな目をしている少女には悪いが、冒険者ギルドに残るのが最善だ。
「………いえ、我々が保護したので、最後までやり遂げます。ご心配ありがとうございます」
「ファドマさん、早く帰りましょう」
セーネインさんに手を引かれ、正門に向かう。
その途中で後ろを振り返ると、少し泣きそうな表情になっているサイルガ家の娘を護衛達がなだめているのが見えた。
それを少し可哀そうに思い、小さく手を振ると、それに気づいたサイルガ家の娘が大きく手を振り返す。
そして、ゲームフレンドと別れるときと同じように、自然といつもの言葉が口から出る。
「またね」と。




