表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
え、あ、はい、ワームですよ?  作者: 素知らぬ語り部
はじまり
5/36

5、神解きの中






 ッダアアアァァン!!


 遥か遠くから轟音が響く。

 あの風船虫の群れを見た日から特に何もなく三日ほど経った今日。突然雨が降り出した。


 前兆自体は前日からあった。

 遠くに黒雲が見え、風も強くなっていた。

 そして、飛んでいったはずの風船虫達がいつの間にか戻ってきており、風に乗って辺りを飛び回っている。


 雨は徐々に砂を濡らしていき、陽光が雨雲によって遮られたせいで温められることもなく、もはや俺が潜るには寒すぎる温度になっている。

 しかも、最初は小雨だったのにすぐ豪雨になり、水位が上がってきていた。

 俺は寝床に避難していたのだが、大事をとって岩場の小高いところに移動した。


 雨の雫は岩場をも突き抜けており、岩場の中にはいくつもの水たまりが作られていた。

 やがて、雫が滴る速度が上がっていき、もはや滝のように水がなだれ込んできた。

 その頃になると雨雲が厚くなり、唯一の明かりは時おり遠くで光る雷だけだった。


 俺はその明かりを頼りに、水の少ない高所へ登っていく。

 しかし、それに伴って水が流れる場所が増えていく。

 結局、天辺にあるカラスの巣がちょうど屋根になるところで落ち着いた。

 だが、そこはほとんど外なので、たまに横殴り風とともに大粒の雨がかかる。

 そこは仕方なく受けつつ、体温を奪われないように丸まって耐える。




 そこから少し経った頃、異変が起こった。


「カア!カアアアァァ!!」


 突然、カラスが鳴き始めた。

 その声で半ば夢の中へ行きかけていた意識が引き戻される。

 何事かと思い耳をすますと、岩場の近くから雨音とは明らかに違う、何かを掘り進んでいるような音が聞こえた。

 いつもならこれくらい、この身体なら何が来ているのか音だけで判断できるのだが、いかんせんこの大雨だ。雨音でよく聞こえなかった。


 音の主は地上付近に達し、カラスの興奮が最高潮に達した。


 雨雲が若干薄れて光が戻った砂上に、ズボッと()()()()が現れた。

 次は逆の手が、その次は頭だった。

 その()()は腐っていた。もはや、モンスターという言葉の方が似合うくらいだ。

 手は砂を掘ったせいかボロボロになっており、ところどころ白い骨が見える。

 頭は髪が抜け落ちており、頭骨が見え隠れしている他、目があるはずの場所には大量の砂が固まっており、絶対視力はないはずなのに、その人間もといゾンビは俺を、その先のカラスを明確に見ていた。


「「があ゛あ゛あ゛ぁ゛ぁ゛!!」」


 喉のどこかで穴が開いているのか、濁った声が二重に響く。

 その声を聞いたカラスが、攻撃行動に移った。


「カア!カアァ!」


 カラスの巣から石が一つ、ゴロゴロと落ちてきた。

 その石は俺の目の前を通ったあと岩場の斜面を駆け下り、そのままゾンビの右手に直撃した。

 ベェキッ!と嫌な音を立てて右手がぐにゃっとあらぬ方向へ曲がる。

 しかし、石はその勢いを落とすことなく、右腕を伝って頭にも直撃した。


 形容し難い音ともに、ゾンビの上半身がのけぞる。

 だが、ゾンビの体勢はゆっくりと元に戻った。

 ゾンビの頭には、石がめりこんでいた。体勢が戻ったことで石がこぼれ、中身が露わになる。


 砂だけが、詰まっていた。ただ、普通の砂じゃない。何かの体液で真っ黒になった砂だ。


「「があ゛あ゛ぁ゛ぁ゛!」」


 ゾンビが叫ぶ。

 曲がった右腕と左腕で砂上を押し、身体が砂から引き抜かれた。

 しかし、ゾンビには上半身しかなかった。

 胴の方もしっかり腐っており、千切れた内臓の管やぶら下がった筋組織が雷光でシルエットになって浮かび上がってくる。

 ゾンビはそれを気にした様子はなく、ズルズルと這いずって岩場に近づいてきた。


「カアァ!!」


 カラスはパニックになったのか、石を次々と落としていった。

 そのほとんどは当たらずに砂上へ落ちたが、数個はゾンビに当たってその脆い身体をいくらか損傷させた。

 しかし、そのボロボロの身体は、腐っているはずの身体は、時を巻き戻すかのように、壊れた場所だけが直っていった。

 まさに、アンデッドだ。死ぬことが許されない身体。死ぬことができない死体。


 そのゾンビの手が、俺のいる場所まで伸びてきた。

 別にこのゾンビは俺を狙っているわけではなさそうなので無視していいのだが、ゾンビの標的がカラスである以上、屋根にしているカラスの巣が壊されては堪ったものではない。


 ということで、俺の目の前にかけられた手を全力で尻尾ではたき落とす。

 離してくれればいいなと思っていたが、意外にもゾンビの指が千切れ飛んだ。俺が思っているよりも脆いらしい。

 手が離れ、不安定な体勢になったゾンビに、カラスの石の追撃が入る。


 しかし、ゾンビは落ちなかった。

 そろーっと下を見てみると、ゾンビは出っ張った岩を噛んで体勢を維持していた。

 その眼球のない眼窩が、俺を捉えた。


「「が、がが………があ゛あ゛あ゛ぁ゛ぁ゛!!」」


 岩を咥えたまま咆哮したゾンビが、それまでとは全く違う素早さで登ってきた。

 口で攻撃するのは生理的に無理なので、再度尻尾で薙ぎ払おうと後ろを向いた瞬間、尻尾を掴まれた。


「ジャア!?」


 掴まれた感覚と初めて出した自分の声に驚きつつ、振り解こうとするも全く動かない。

 それどころか、雨の中へずるっと引き摺り出された。

 掴んでいる主は当然のごとくゾンビ。

 そのまま、俺をカラスの巣の上へと放り投げた。


「カア!?カアァ!」


 カラスは突然投げ込まれた俺に驚くも、幸い攻撃はせず、ゾンビに石を落とそうと巣の端に足をかけた。

 しかし、鳥特有の細脚に、腐った手がぐちっと張り付いた。


「カア!カアアアァァ!!」


「「があ゛あ゛あ゛ぁ゛ぁ゛!!」」


 カラスは慌てて飛び上がろうとするも、脚を掴まれたままでは飛ぶことはできない。

 しかし、ゾンビもゾンビで暴れているカラスを押さえつけようとしても、片手は体勢維持に、片手はカラスを逃がさないようにしている状態ではどうしようもない。

 その均衡を破るのは、当然俺だった。


「ジャア!!」


 さっきにお返しとばかりにゾンビの頭へ尻尾を叩きつける。

 しかし、さっきとは違い全く怯まない。

 何度も打ちつけても、頭はカラスの方を向いたままだ。

 やがて、混乱したカラスが巣の方へ逃げようとしてしまった。

 脚を掴んでいたゾンビが巣へと引き上がる。


 咄嗟に、ゾンビの身体へ体当たりする。

 だが、全く効果はなく、むしろカラスを掴んでいる手とは別の手で掴まれてしまった。

 冷静でないのは俺もらしい。


「「があ゛あ゛ぁ゛!」」


 巣の上をズルズルと引きずられる。

 俺はそれにわざと抵抗せず、ダメージが少なくなるように回避行動だけに専念する。

 今までのゾンビの行動から分かったが、このゾンビには明らかに知性がある。

 だからこそ、油断を誘った上で有効打を与えた方が良いと考えた。

 そして、それを実行するときはすぐだった。


 カラスが巣を掴み、ゾンビと筋力対抗をし始める。

 ゾンビはそれに力を入れるため、俺を掴んでいた手に力を入れた。

 その瞬間に、俺はそこらへんの岩を口で思いっきり咥える。

 直後、力を入れるために引こうとしたゾンビの腕がガクンと止まり、ゾンビの体勢が崩れた。

 カラスとの筋力対抗はカラスが勝ち、ゾンビの手が離れる。


 よしっ!と思ったそのときだった。


 グサッと身体に鋭い何かが刺さった。

 突然のことで遅れた痛みが、頭から尻尾を突き抜ける。

 しかも、刺さった鋭いものの先から、何かが流し込まれた。


「ジ、ジャア………!?」


 口を開いて無理やり自分の身体を見る。

 俺に突き刺さっていた何かは、注射器だった。

 中身はすでになく、全て俺に流し込まれたのが分かった。


 いつの間に、なんて思う暇なく、俺から針が引き抜かれる。

 その後、用済みだとばかりに巣へ放り出された。


 痛みで朦朧とした意識の中、ゾンビがもう一つ注射器を持っているのが見えた。

 ゾンビはそれをカラスに振り下ろすが、自由になったカラスはそれを楽々と避ける。

 しかし、空を切ったと思った注射器は、カラスの下にあった丸く白い石、ではなく卵に向かって叩きつけられた。

 カラスが巣を作る理由といえば、次代を育むためなのは至極当たり前だ。

 だが、その理由たる卵は、一個を除いて全て壊れされた。残った一個も注射器が刺さっており、謎の液体が注入された。


「カアアアアアアアァァァァァァ!!!」


 今までで、一番長い鳴き声が響いた。

 カラスが、もはや岩というレベルの石を持ち上げた。

 それをそのまま、ゾンビにかなりの速度でぶつける。


「「があ゛ぁ゛っ!」」


 ゾンビが今度こそ怯み、岩場の下へ落ちていく。

 しかし、カラスの怒りは収まらず、持っていた石を高所から落とした。

 石は狙い違わずゾンビに命中したらしく、グジュッ!と何かが潰れた音がしたあと、岩場を登ろうとする音は二度と聞こえなくなった。


 しかし、である。

 カラスにとって、外敵はもう一人いる。

 もちろん、俺だ。


 ガツンッとカラスが目の前に着地した。

 だが、俺は動けない。

 傷が思ったより深いらしく、刺されたところが異様に熱を持っていた。

 カラスはゼエゼエと息が荒い俺を見下ろす。

 終わった、と思った。




 俺の意識は、そこで暗転した。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ