48、凍え夜引き裂く轟雷よ
「さて、どうしましょうか」
困ったことに、なりました。
というのも、やってきたサイルガ家は、僕が全く知らなかった、そしてほとんどの人が知らないであろう長男の娘。
しばらく、探し物のため、この街に滞在するそうです。今は、街一番と名高い高級な宿屋に泊まっているのでしょう。
「しばらく、ですか」
貴族でいう『しばらく』とは、目的が達せられるまで、という意味が多分に含まれています。
つまり、リムさんを血眼になって探すはずです。その価値があるのかどうか、僕は知りませんが、おおかた愛玩動物として飼うつもりだったのでしょう。
「しかし、リムさんは人です。僕と同じように、意思があります」
リムさんは、モノではありません。
ですが、接した限りでは、長男の娘であるルルノイ・サイルガ様は悪い方ではありませんでした。
むしろ、あの息子達に囲まれてよくここまで純粋に育ったものだと、感心しているくらいです。
しかし、本人がどう思っていたとしても、周りがサイルガ家の所有物をどう見るか、全くの別問題なのです。
「とりあえず、リムさんには街を出てもらいましょうか。西の歪骨街はさすがにバレそうですし、ハンターさんのところが一番安全でしょう」
一応、あそこはサイルガ家の旅行ルートでしたが、さすがに竜の危険性は知っているでしょう。そう何回も行くわけではないはずです。
リムさんのおかげで多少はお金も余裕が出てきましたし、また貴族馬車で門を通過させて………
ザア──────
「………え?」
大量の砂が落ちるような、つい最近も聞いた音が、部屋を包みます。
窓を見ると、横殴りの雨粒がガラスを打ちつけていました。
「なっ、降ったばかりのはずでは………!」
窓に張り付き、空を見上げます。
その瞬間、一瞬閃光が煌めき、雲の中の影を大きく映し出しました。
「なるほど、これは最悪に続く災厄ですね………」
僕としては守りたくないサイルガ家がいる中での、『退龍戦』ですか。これは骨が折れるどころか、複雑骨折くらいいきそうです。
「ぎ、ギルドマスター!」
「状況は分かっています。竜騎兵隊に使いを出し、サイルガ家には城館へ退避していただくよう説得する人員を派遣してください」
「わ、分かりました!」
慌てて応接室に入ってきた職員は、僕の指示にすぐさま従います。
ギンセイジュ団がおらず、要護衛対象がいる中での厳しい戦いになるでしょうが、冒険者ギルドのギルドマスターとして、職務は全うしなければなりません。
「今夜は、まだまだ明けないようですね………」
「………………んぅ、んん?」
目を開けると、眩しすぎる光が視界を真っ白に染めた。
直後、ドォン!!と地響きにも似た轟音が鳴り響き、思わず耳を塞ぐ。
「あ、リムさん、起きましたか!?」
まだチカチカする目で声のする方を見ると、セーネインさんが様々な武器を携えて何かの準備をしていた。
使用人の女性も慌ただしく走り回りながら、荷物をまとめている。
「『豪雷龍が現れました。貴女はハーマノ姉さんとともに避難所へ!」
「え、は、え? めるごど………?」
状況も飲めぬまま、大きなリュックを背負った使用人に手を引かれて外に飛び出す。
つい最近降ったというのに、外は横殴りの雨に連れられた風と雷のオンパレードで、周りの水殿からは同じように避難するのであろう人々が荷物を抱えて走っていくのが見えた。
ッダアアアァァン!!
「うえっ………うぅ………」
「申し訳ありません。少しの間、我慢してくださいませ」
サンドワームの聴覚の良さと進化で獲得した二重瞳が仇となり、雷の瞬光と轟音がダイレクトに脳を刺激する。
室内であればそこまでなのだが、外となるとそうもいかない。しかし、何かしら脅威が迫っているのは周りの様子を見たら簡単に分かる。逃げるのが最優先だろう。
とりあえず空いている手で最大限耳を塞ぎ、目はかろうじて前が見える程度に狭めた。
「見えてまいりました。もう少しの辛抱ですわ」
もはやどの道をどう進んでいるのか分からないが、しばらく走っていると目の前に今まで見てきた中で最も大きな水殿が見えてきた。どうやらそこはギルドマスターから聞いていた領主の城館のようで、増設された部分の黒い石材と元の白い石材が雨の中でも映えている。
周りの人々もそこを目指しているらしく、様々な怒号や喧騒が聞こえた。
「わたくし達は二階の小部屋です。正門ではなく、兵士用通路を使いましょう」
ハーマノさんについていき、人の壁が出来上がっていた正面の大門ではなく、その横にある兵士が忙しなく出入りしている扉へ飛び込む。
兵士は俺達に構う暇がないのか、それともここから入ってもよかったのか一瞥するだけで何もしてこなかった。
城館の中は明るい色の木材で敷き詰められており、白い石材は全く見えない。
ギルドですら夜は少し薄暗かったというのに、こんな深夜でも中は大量のランタンで照らされていた。
「この階段を上がれば、わたくし達の指定避難先はもうすぐですわ」
少し遠くに見える避難してきた人だかりを横目に、これまた兵士用と思われる階段を上がる。
そして、ハーマノさんは上がってすぐの小部屋に鍵を差し込み、扉を開けた。
部屋の中は物置のように大量の木箱が積まれており、休憩できそうなスペースはわずかしかなかった。
「緊急の避難所でありますから、これは仕方ないと言えますわね。それよりも、服を脱いでくださいませ。それでは、風邪を引いてしまいますわ」
確かに、ここに来るまでの間で随分と濡れてしまった。下着であるさらし、というかただの布まで濡れているので、全部着替えなくてはならないだろう。
「着替えの服ならわたくしが持ってきておりますわ。さあさ、体温が低くなる前に、早く」
一瞬、サイルガ家の紋章が見られてしまうことを危惧したが、セーネインさんが使用人にもかかわらず『姉さん』と呼ぶような人だ。見られたとしても大丈夫だろう。
「ッ………!? い、いえ、なんでも、ありませんわ………」
と思ったのだが、反応的にあまり良くなかったらしい。
初めて会った時のセーネインさんのようにならなければいいのだが………
ハーマノさんが持ってきてくれていた着替えは俺が依頼に行ったときの服で、革鎧はさすがに着けずに置いておく。
ドタバタで斧槍をセーネインさんの家に置いてきてしまったが、ここにいれば戦闘なんて起こらないだろう。
「あ、そういえば、なんで今周嵐が来たんですか?」
「あら、知らないのでございますか? では、詳しく説明するとしましょう」
ふいに浮かんだ疑問をハーマノさんにぶつけると、なぜか自信ありげに話し始めた。
「そもそも、これは周嵐ではございませんわ。この嵐は、この広大な砂漠の中央に居座る嵐の主が纏っているものでございます。その名も、轟雷龍。不定期的に砂漠のどこかに現れては、雷で全てを焼き尽くしていくはた迷惑な龍でございますの」
「それって、大丈夫………なんですか?」
「ええ、この街に居を構える者なら、撃退法も知っております。今は、ここから少し離れたところにある『龍戦場』で冒険者ギルドマスター様や領主様、竜騎兵隊の隊長様が指揮を執っていると思いますわ」
その轟雷龍とやらを見てみたい気もするが、いわゆる『上』の人達が漏れなく戦闘に参加しているので、迂闊に顔を出さない方がいいだろう。
ましてや、俺は元サンドワーム。亜人になったとはいえ、討伐対象にならないとは言い切れない。
「ご心配せずとも、この城館に雷が落ちることはありませんわ。近くに避雷針が10本以上設置されているんですの。火事の心配もございません」
俺の表情を読み取ったのか、ハーマノさんが安心させるようにそう言う。
俺の心配は別のことだったが、その気遣いは嬉しかった。
そのまま、時が経つ。
やることもなく、瞼が重くなってきた頃、部屋の外がにわかに騒がしくなってきた。
兵士達の鎧が鳴る音と、指示を飛ばす声、そして、「避難させろ!」という言葉。明らかにマズイと感じ取った瞬間、城館全体が揺れているような轟音が響き渡る。
「い、一体なにが………」
ハーマノさんが外の様子を見るために扉を開けると同時に、反対の木箱達が壁とともに崩れた。
「え、いや、はあ!?」
崩壊した壁からは雨が入り、また激しすぎる雷光と轟音が脳を刺激する。
それでも、城館の一部を崩壊させた主を垣間見る。
「クオオオォォン!!」
THE ドラゴンといった顔がこちらを捉え、見据える。
その巨躯は白を基調としており、黄金色に輝く鱗模様が強く主張している。
そしてなにより異質だったのは、脚がない代わりに三対もある大きな翼。もはや歩くことすら捨てた龍が、暗い曇雲を背景に力強く羽ばたいていた。
「は、早くこちらへ!」
ハーマノさんに手を引かれて部屋から出る。
しかし、見えなくなっただけで脅威から逃れたわけではない。ハーマノさんは俺の手を引いたまま一階に降り、今度は地下へと伸びている階段に足を踏み入れた。
だが、遅かった。
「ッ!? 止まってください!」
「んぶっ………!?」
階段を降りようとした俺の顔がハーマノさんの胸に埋まり、そのまま抱き抱えられて後退する。
俺の重量の関係上、あまり持ち上げられず移動距離も短かったが、それでも回避行動としては十分だった。
ッダァン!!と何かが落ちるような鋭い音と振動が広がり、目の前の階段に瓦礫が崩れ落ちていく。どうやら、轟雷龍はこの城館をターゲットにしたようだ。
ハーマノさんもその考えに至ったのか、また俺の手を引いて外への扉に向かう。
兵士しか使っていなかった扉なのですぐに出られると思ったのだが、誰かが避難誘導でもしたのか、すでに外へ逃げようとする人でごった返していた。
「………ここからが一番早いはずです。突っ込みますわよ!」
「は、はいっ………!」
ハーマノさんの手を握り返し、人の波に突っ込む。
俺の尻尾は近寄りがたさがあるのか、周りの人々は割と道を開けてはくれたものの、出口に近づくにつれて人の密度が濃くなっていき、ハーマノさんと手を繋ぐ腕が伸びきる。
「あと、少し………!」
そうハーマノさんの声が聞こえた瞬間、その手を放す。これ以上握っていたら、潰してしまいそうだったからだ。
そのまま、かろうじて見えるメイド服が前へと押し出されていく。俺もその波に乗ろうとした瞬間、三度目の攻撃が来た。
「うわあ!?」
「きゃああ!」
あちこちで悲鳴が上がり、耳をつんざく。そして、運の悪いことに、今の攻撃で瓦礫がちょうど扉近くに落ち、出口を塞いだ。
それでパニックになったのか、出口に向かっていた群衆は一転して中へと押し寄る。
「うえ? ちょっ………!」
一瞬見た限りでは、俺なら動かせるくらいの瓦礫だったのだが、人に押されて城館の中心へと追いやられた。
しかし、雷轟龍がここを狙っている以上、ここに留まるのは危険だ。なんとか外へ行かなければ。
ひとまず、人混みから離れるため、正面玄関にある大きな階段で比較的空いていた二階へと移動する。
二階の中央はどうやらお偉いさんの避難所だったようで、一階よりも豪奢な飾りつけがされていたが、もはやその全員が別の場所へ避難したらしく誰もいなかった。
こちらとしては好都合なので、外壁に近い廊下を進んで外への扉を探す。今の俺の筋力は自分の体重を余裕で支えられるくらいはあるはずなので、最悪バルコニーやベランダから脱出できる。
「ここは? ………違うか。って、あの階段は………」
片っ端から扉を開けていると、窓の外に階段が見えた。
それはもっと上から続いているようで、商人のような小太りの男性が屈強な護衛を連れて下って行っていく。それ以外に避難している人は見えないので、この階段は空いてそうだ。
運よく近くにあった階段を駆け上がり、外階段の位置にあるであろう扉を開けていく。
しかし、開けた部屋の窓から外階段は見えるのだが、もっと上からの階段のようで、三階には外階段へ繋がる扉はなかった。
ならば上に上がればと思い階段を進むと、四階で階段が途切れた。どうやらここが最上階のようだ。
「外階段の扉は………………あった!」
ようやく外階段への扉を見つけ、そのノブを回す。
途端に雨が勢いよく打ち付けてきて全身を濡らし、雷の光と音が脳を揺らした。
それを最大限無視して階段を下ろうとしたそのとき、
「お嬢様、危険です! お戻りください!」
「そうです! お嬢様の身の安全が最優先です!」
誰かの叫び声が横から聞こえた。
意外と近かったので驚いてそこを見ると、階段の横には大きなバルコニーがあり、質素ながらも高そうなドレスを着た少女が空を見上げていた。その後ろから、護衛と思われる男女が少女を中へ連れ戻そうとする。
「おやめなさい! 二人ともアレが見えないのですか!」
「見えているから言っているんです! お嬢様のできることはありません! 大人しく中へ………」
「私にもできることはあります!」
少女の言うアレとは、轟雷龍のことだろう。城館への興味をなくしたらしい奴は下から放たれる魔法や砲弾を悠々と避け、無数の雷をその身から放っている。
その轟雷龍の神々しくもある姿に臆さず、少女は護衛の手を振り払ってその華奢な両手を掲げる。その手の中には、小さな角が握られていた。
「我、今こそ力を欲さん!」
「お嬢様! 今のお嬢様にそれを発動する魔力はありません!」
護衛の悲鳴に似た声が響く。
しかし、少女は詠唱を続けた。
「我の雄姿、見届けよ! かの龍を屠り、喰らう様を!」
そこまで言葉を紡いだ少女の身体がぐらりと揺れる。
それを、護衛の手が支えた。
「我々の魔力をお使いください! ここまで来たら、とことん付き合います!」
「あとでお茶会をしましょう! 奮発してお菓子もつけます!」
「それは、頑張らないといけませんね………!」
見た目的には分からないが、護衛が少女に魔力を送ったようで、少女が自身の足でしっかりと立つ。
そして、再度両手を掲げた。
「空駆ける風龍よ! 契約に基づき、かの不敬なる龍を叩き落せ! 『龍落とし』!」
最後の言葉とともに両手が振り下ろされ、その瞬間に少女と護衛の三人が崩れ落ちる。
その姿で発動失敗かと思ったが、異変はすでに始まっていた。
「………風が止んだ?」
それどころではない。雨も止み、雷の光も音もない。突然の静寂が世界を包んでいた。
「………成功、です。轟雷龍よ、落ちやがれです」
静かな世界で、少女の言葉が一際大きく響く。
その轟雷龍に目を向けてみると、雷が出ないことに困惑しているのか、その場で漂っている。
その上空の暗雲が、突然音もなく円状に抉れた。
「クオオオオォォォン!!?」
見えない何かが押し潰すように、轟雷龍の身体が下へと落とされていく。必死に翼を広げているのが見えるが、そんなものでは落下速度を軽減できず、わずかに落下先をずらしただけだった。
ただ………
「………って、あれ?」
その落下先がこちらを向かなければ完璧だったかもしれない。
「………え? あ、ちょっ、二人とも、早く起きてください! 轟雷龍がこちらに向かってきてます!」
「なっ、は、早く中へ!」
「こちらに何の恨みが………恨みしかないですね!」
階段を下りるか迷ったが、途中で落ちるのが怖かったため、俺も中へ飛び込んだ。
遥か遠くに見えていた轟雷龍が段々と近づき、その背中がこちらを向く。
そして、その巨体が城館へと突っ込んできた。
「ほ、他の人もいるではありませんか!」
「な、誰だ貴様は!?」
「そんなこと言っている場合じゃないでしょう! 貴女も早くこちらへ!」
どこに逃げようか迷っていた俺の目の前に、少女の手が差し出される。
一瞬迷い、それでもその手を取ろうとした瞬間、
ッガアアアアアン!!!
轟雷龍と城館が激突した。




