47、祝福された呪い子
「とりあえず、貴女は私の家に来ていただきます!」
有無を言わさず、セーネインさんに手を引かれて門をくぐる。
当然、門番達が止めに入るが、それに対しては「冒険者ギルドの緊急権限です!」と何かの書類を渡し、その動きを封じた。
そのまま、ニャテルさん達を置いて走り始める。
「あ、あの、ちょっと待ってください、なんでサイルガ家が………!」
「私も把握していません。しかし、何か探し物をしに来たようです」
サイルガ家がこの街に探し物といえば、もう俺しかいない。
というか、秘書がギルドにいなくていいのだろうか。
「今は応接室の準備をしていると言ってあります。ですが、来たサイルガ家は一人で………………いえ、人数は関係ありませんね。あ、あそこが私の家です」
そこは以前、タモティナと訪れたことのある公園だった。
セーネインさんはその公園を囲む水殿の一つ、周りより少し小さいものの扉を開く。
「中には使用人がいます。貴女のことは特別な招待人と伝えてあるので、詮索させることもないでしょう。私はギルドに戻ります」
「あ、は、はい!」
「では」
水殿に押し込まれ、扉が閉められる。
カチャンと軽い金属音もしたので、鍵もかけていったらしい。
「あら、貴女様があの子が言っていた特別な招待人でしょうか?」
振り返ると、典型的なメイド服に身を包んだ笑顔の女性が立っていた。
その手には、なぜか太い包丁が。
「あらあら、失礼しましたわ。今は夕食の準備中でしたの。こちらへどうぞ。あ、靴は脱いでくださる?」
「は、はい」
女性の案内でダイニングのような部屋に通される。
白い石壁を上塗りするかのように立て付けられた暗めの木材で構成された部屋の中には、質素ながらも調度品が飾られており、イスもクッションがついていた。秘書という職は実入がいいのだろうか。
「では、私は夕食の準備をしてまいりますわ。貴女様はここでお待ちくださいませ。ああ、それと、その数々の飾り物はあの子が焦がれる殿方へのもの。くれぐれも触って壊すことのなきよう」
「は、はい、分かりました………」
口は笑っていたのに、目は全く笑っていなかった。おそらく、幾度もなく修羅場を切り抜けた女性なのだろう。
斧槍は扉の近くに立てかけておき、調度品は触らず、それどころか座ったイスから動かずに考える。
まず、あの神無塔での出来事は、今は忘れた方がいいだろう。今は何も異常がない上、他にも重要なことができた。
次に考えるのは、その重要なことだ。
なぜ今になってサイルガ家が来たのか。どこかでバレた、もしくはバラされた。それか………
「もともと回収するつもりだった?」
その方が可能性が高いだろう。俺はそもそも胸を開けるような羞恥心爆死のことなんてやらない。冒険者の口止めは詳しく聞いていないが、そもそも見ていないはず。なら、バレたバラされた可能性は低い。
だが、砂漠の悪魔とすら言われるサンドワームを、なぜ?
「あら、難しいお顔をされていますわね。こちら、針茶ですわ。これでその可愛らしいお顔をほぐしてくださいな」
「あ、ありがとうございます」
突然現れた女性がテーブルの上に一杯の陶器のコップを置き、音もなく部屋を出ていく。
コップの中には一本の鋭い針が上を向いて浮いており、そこから滲み出たらしいお茶は甘く匂い立っていた。
「いただきまーす………」
誰に言うでもなくそう言い、コップに口をつける。
ここが砂漠地帯からか、事前に氷で冷やされていたように冷たく、甘い匂いとは裏腹にお茶特有の渋みが口の中を満たす。
しかし、後味はスッキリしており、頭の中がクリアになるような感覚になる。
「ふう………」
このお茶のおかげで落ち着けた気がする。
とりあえず、あの依頼は中断だろう。この状況で外を出歩けるわけがない。しばらくは、またどこかで籠る生活になるはずだ。
あと、あの惨状はギルドマスターには伝えた方がいいだろう。システムのことは知らないようだが、ステータスオープンを伝えれば一発で分かるはず。
そういえば、ライムも気にした方がいいのだろうか。俺の尻尾を見たし、どこか俺を庇っていたような気もする。
………それはないか。
「あらあらあら、特別な招待人様はとてもお行儀が良いですわね。こんな時間になっても何もせずにいられるとは」
またもや突然現れた女性に、上から覗き込まれる。
そんなことを言うとは、これまでここに来た人は何かしでかしたのだろうか。
「お食事が用意できましたので、今お持ちしますわ。針茶のお代わりはいかがですか?」
「あ、お、お願いします」
「はい、しかし、今日は帰りが遅いですわね」
女性の言う通り、窓の外はすでに暗くなっており、星もいくつか見えている。考え事をしていたので気づかなかったが、それなりの時間が経っていたらしい。
女性が部屋を出ていき、また部屋に静寂が訪れた。
ここで尻尾の布を思い出し、自分の膝の上に持っていく。
布は解けていないものの、もう誰にも見られないようにとキツくしていたのが仇になり、少し痛みだしていた。
「あーっと、これがこっちで、ここが───」
「あら、痛そうですわね。わたくしが解いて差し上げましょう」
「あ、え………」
また急に現れた女性が、俺の力でも上手く解けなかった結び目をスルスルと簡単そうに解いていく。
緩んだ布から現れるのは、当然のごとくサンドワームの尾。
「あ………」
ぐるぐると頭の中で考えが巡る。
とりあえず………とりあえず、目撃者は消さなければ………
「あら、可愛らしい尻尾だこと。こんなに硬く締め付けるのは可哀想ですわ。ここをこう結べば………」
俺が行動するよりも早く、女性が布を巻き直していく。
それは先ほどのものよりもキツくなく、それでいて効率的に尻尾を隠し、もはや余った布が尻尾の先で伸びている。
「ほら、どうでございますか? またこの結び方をしたいときはわたくしに言ってくださいね」
「え、あ、ありがとう、ございます」
セーネインさんの使用人とはいえ尻尾を見られたのは良くないのではないのかと思ったが、よくよく考えれば俺は特別な招待人と言われていたはず。さすがに外部へ簡単に漏らすわけでもないだろう。
その使用人の方を見ると、テーブルの上に次々と見たこともない料理を並べている最中だった。
「見るのは初めてでございますか? では、わたくしが食べ方を教えて差し上げましょう」
女性は怪しいはずの俺に、料理の食べ方をちゃんと教えてくれた。
特に、砂被り蟹の裏詰め焼きとか、丸ごと一匹の蟹を焼いただけにしか見えなくて混乱した。その料理は裏返して食べるのが常識らしい。
消化Lv.3でも消化が追いつかないほど口に放り込み、久しぶりに腹が膨れる感覚を味わう。
そんな俺を見て女性は満足したのか、今度は寝室へと案内された。
「ここは殿方のための部屋でございますが、特別に使用許可が下りておりますわ。ですが、あまりはしゃぎすぎないように。それと、その砂塗れの服も着替えてもらいますわ」
確かに、砂で寝そべっていたので体中砂だらけだろう。
女性が持ってきてくれた白く薄い服に着替えて、ベッドの中にそっと寝転がる。
ちなみに、ちゃんと胸は隠した。女性はずっとガン見だったが。
「では、お休みなさいませ」
扉から差し込む光が消え、部屋が静寂に包まれる。
ギルドのカッチカチのベッドとは違い、こちらのベッドは沈めるほどの柔らかさで、今日の疲労も相まってすぐに瞼が落ちる。
セーネインさんはギルドでの仕事が長引いているようでまだ帰ってきていないが、さすがに明日は帰ってくるだろう。そのときに話を聞いて、今後どうするかの話を、しな………ければ………
「この部屋にお通しするのはあの方だけと言っておりましたのに、どういう心変わりなのでございましょうか………」
まさか、待たされすぎて、そっち方面に目覚めたとか………
「いえ、あり得ませんわ。あの方一筋なのに鞍替えなんてしませんもの」
長年見てきたわたくしが言うなら、それは絶対でございます。
しかし、それはそれとして、招待人様のなんと可愛らしいこと。食べるときなんか口いっぱいに頬張って………
「あのような子どもが欲しかったですわね〜」
セーネイン様は、実はバツイチでございます。
お相手はあのサイルガ家の息子であるデラクル・サイルガ。
結婚式はかなり派手だったようでございますが、家での扱いが酷く、離婚してからはサイルガ家を恨んでおります。
わたくしもサイルガ家の侍女でしたが、セーネイン様に肩入れしすぎており、離婚とともに追い出されてしまい、セーネイン様に拾っていただきました。だからこそ、わたくしもサイルガ家を恨んでおります。
滅んでしまえばいいと、思うほどに。
「当主様が子育てそっちのけなのが悪いですわ。奥様も亡くされて少々自棄になるのは分かりますが………」
サイルガ家の悲劇とも呼ばれています、連続したサイルガ家の病死。
最初は、サイルガ家一番の優才と言われていました長男の死。その後を追うように長男の奥様も亡くられて、最後には当主様の奥様も亡くられてしまいました。
お辛いものが、あったのでございましょう。
「………それにしても、遅いですわね」
セーネイン様は今まで残業をしてございません。
冒険者ギルドがそれだけ優れているのではなく、セーネイン様の仕事処理が優秀なのでございます。
それを持ってしても、ここまで時間がかかるのは非常に珍しいです。
「わたくしは、待つだけでございますが………」
使用人たるもの、ご主人様より早く寝ては名折れというものですわ。
では、針茶でも用意して本の支度を………
「………………音がしましたわね」
特別な招待人様が寝ている部屋。そこから音が聞こえました。
起こさないようそっと扉を開けます。すると、ベッドで寝ている招待人様が何事か唸っています。
「………失礼しますわ〜。悪夢を見ているんですの?」
招待人様の口から出る言葉は全て意味のないものでございますが、嫌な夢を見ていますのかしかめっ面になりながらご自身の尻尾を抱いています。
セーネイン様も、時々こうなります。
本人いわく、結婚後の生活が夢になっているとのことでございますが、わたくしが手を握って差し上げると、すぐに穏やかな表情になります。
この方も、そう差し上げた方がよいでしょうか。
斧槍を持っていたとは思えないほど華奢な手に、わたくしの手を重ねます。
すると、手を握り返してくるどころか、尻尾の先端でぐるぐると巻かれてしまいました。
「なんと………………なんと可愛らしい方なのでしょうか」
お顔も次第に安心したような表情になり、こちらとしても眼福なものが見られて幸せでございます。
セーネイン様が帰ってくる間だけでございますが、手は離さない方がよいでしょう。
それにしても、ああ………………セーネイン様のお子様を、見たかったですわね。
「ふう………………お疲れ様です、セーネイン」
「………レルン様も、お疲れのようで」
普段は飾っていない調度品で囲まれた応接室で、レルン様がイスに体を深く沈み込ませます。
先ほどまで、レルン様の対面のソファにはサイルガ家の一人が座っていました。
「しかし、意外でしたね。サイルガ家と言っても、長男に娘がいたとは。レルン様は知っていましたか?」
「いえ、僕も知りませんでした。あれだけ調べて一文も出なかった存在が、こうも簡単に姿を現すとは思いもしませんでしたよ」
「『探し物』がそれだけ特別、ということでしょうか」
「………特別というより、サイルガ家長男の娘がそれほどでもなかった、の方が正しそうですね」
レルン様は、はぁ………と深いため息をつきましす。
何がそこまでレルン様の頭を悩ませているのかは分かりませんが、いかなることがあろうと私はお側で支えるのみです。
「………今日はもう帰宅して大丈夫です。リムさんの様子を見に行ってあげてください」
「し、しかし、この部屋の片付けなどは………」
「それは僕がやっておきます。今は少し………………一人で考え事をしたいんです」
「………かしこまりました」
レルン様の言葉に従い、部屋を出ます。
廊下に落ちる月光は、今はどれだけ深夜かを語っていました。
「………問題ないと、いいのですが」
私の使用人、ハーマノ姉さんはサンドワームの亜人を見て騒ぐ人ではありません。そう信じています。
しかし、万が一何か問題があり、ハーマノ姉さんがリムさんを街警団に突き出すようなことがあれば、レルン様に申し訳が立ちません。
なるべく早く、帰った方がよいのでしょう。
夜番の職員とすれ違いながら、まとめた荷物を持って冒険者ギルドを出ます。
夜の砂漠は非常に寒いですが、この街に使われている白い石材は、昼間は熱を吸収して気温を低く保ち、夜間は逆に熱を放出して温める不思議な性質があるので、街中の気温はかなり安定しています。
「ですがまあ、公園近くは必然的に水殿が少なくなるので、私の家は比較的冷え込むんですが」
そういえば、サンドワームは寒さに弱いと聞いたことがあります。ちゃんと布団にくるまっているでしょうか。
鍵穴に鍵を差し込み、そっと扉を開けます。
いつも帰ってくるまで玄関で待機しているハーマノ姉さんは、しかし今日はいませんでした。
「………まさか」
本当にリムさんを突き出してしまったのか。その考えが大きく膨らみ、不安を煽ります。
とりあえず、全ての部屋を見た方が良いでしょう。慣れない亜人の相手で疲れてしまった可能性もありますし。
「確か使っていいと言ったのは、一番奥でしたよね」
本来はレルン様だけのお部屋になるはずでしたが、緊急事態なので仕方なく使用を許可しました。
二人がいるとすれば、そこが一番可能性が高いです。
またそっと扉を開け、中を伺います。
ベッドの上にはハーマノ姉さんより小さい人影が寝ているのが見えました。これはリムさんでしょう。
では、ハーマノ姉さんは………
「あ………………ふ、ふふ」
リムさんの尻尾が巻きついて離してくれなかったのか、ハーマノ姉さんはリムさんと手を繋いだまま目を閉じてうつらうつらと首を揺らしていました。
傍目から見れば、とても仲の良い親子に見えます。
「………………私も貴女のような、優しい子が欲しかったですね」
そう自分のお腹をさすります。
奴に暴行され、二度と子を望めなくなった腹を。
「私も、今日は寝ましょうか」
ハーマノ姉さんが残してくれた夕食がありますが、もう夜遅いです。明日の朝食にでもしましょう。




